第378話 欲しい物は決まったか?

「権利の一覧は……、ピンからキリまでありますわね」



 譲渡可能なリストを見たコスティカ様の最初の一言は、中々に辛辣な一言であった。


 ハズレは要らない。本当に。



「価値の変わらない物や、長期的にお金を産む物がいいです」

「エルくんもそう思うわよね……」

「ウエルネイス前伯爵夫人。この宝石鉱山は、そろそろ枯れると噂されておりますわ」

「わたくしもそのような話を聞いた事がありますわ」



 宝石を産出する場所だからか高い評価額を付けられているが、枯渇寸前の鉱山なんて殆ど価値が無いじゃないか……

 俺とコスティカ様が眺める一覧表を、後ろからコスティカ様のお友達が覗き見て、あれこれ助言を授けてくれる。


 ウエルネイス伯爵家は、成り上がりの田舎貴族と揶揄されるくらいなので、他家と多少の交流はあるが爪弾きにされる事も多く、踏み入った事情など、世情に詳しくない部分もある。


 その辺りをお友達が知識を遺憾なく発揮してくれるから、こちらとしては大助かりだ。

 お友達を集めてくれた、コスティカ様に感謝だな。


 それらの助言を受けつつ、一覧にある権利を選抜していく。

 ぶっちゃけ、権利のすべてを足しても賠償金に届かないから、爵位もいくつか受け取る必要がありそうだ。


 その中から気になった権利の詳細について、説明を求めたりもした。



「王家占有ダンジョンの権利を受け取った場合、入退場や魔物の間引きなどの管理はこちらで行うのでしょうか?」



 占有ダンジョンの権利が幾つかあり、その中に学院の研修で向かったクワシャロダンジョンもあった。

 ダンジョンで魔物を討伐しない場合(俺が受け取った場合、放置する事になる)、スタンピードが発生した場合の対処や責任はどこにあるか確認しておきたい。


 ダンジョンを得て勝手に金が転がり込むなら保有する価値はあるが、人が全く来ないようなダンジョンまで保有して、そこから発生するリスクまで背負い込むとなると、ダンジョン所有は悪手でしかない。



「そうなるな。魔物氾濫スタンピードが発生した場合、不慮の事故であれば責任は問わないが、管理不足であれば損害の補填は権利保有者が行う」



 ハズレどころか赤字物件じゃないかっ?!



 王家は騎士団とかを使って間引いたりするだろうけど、俺は自力でやらなくてはならない。

 いや、人を雇ってもいいけど、人気の無いダンジョンだから人が来なくて占有になった場所だ。ダンジョンから産出される素材より、人件費が余裕で上回りそうだな。

 特にクワシャロダンジョンは素材の評価が低く、魔物討伐の大変さもあって人気が出ず、学院の研修や騎士団の演習で利用して、ある程度の管理をしている物件だ。

 伝手の無い者が手を出しても、失敗する未来しか予想できない。


 ライマルの元ダンジョンコアの能力で何とか出来る可能性はあるが、俺が管理するようになってからダンジョンが変化を遂げたとかなれば、確実に怪しまれるのは間違いない。

 危ない橋を渡りたくないので、拒否一択しか選択肢は無い。



 ダンジョン関係は全て除外しよう。そうしよう。



 一覧の中から目ぼしい権利の質疑応答を繰り返し、こちらに良い条件を付ける事で評価額を調整しながら、権利の取捨選択を進めて行く。



「目ぼしいのはこの辺りですね」

「エルくん、これも加えてみない? このダンジョンはお勧めよ」

「そこでしたら管理はわたくし共が担いますわ」



 コスティカ様が敬遠してたダンジョンの一つを、笑顔を浮かべながら勧めて来た。良さげな権利なのか?

 それに反応したお友達が、ダンジョンの管理を申し出る。



「理由をお聞きしても?」

「こちらのダンジョンは、わたくし共の活動が評価され爵位が上がった際、加増された領地にあるダンジョンですわ」


「それがなぜ王家の占有になってるのですか?」

「王家がダンジョンの権利を譲り渡すまでも無いとし、領地だけ任されたのですわ。できる事なら、当家でダンジョンも管理したいのですわ」



 詳しく聞くと、占有ダンジョンといいつつも、冒険者ギルドに貸し出しており、管理も任せているらしい。

 それであれば、お友達の貴族に管理を移譲しても良かったのだろうが、そこまでの功績を上げていないとなれば、王家占有になるのも仕方がない……のか?


 王家から俺に権利が移ったとしても、お友達の立ち位置は変わらない気がするのだが?



「ダンジョンから得られる素材の一部を、特産品として領地の発展に使いたいのですわ。これまでは、王家に全て持って行かれてますのよ」

「検討しても良いですが、何の素材が必要なんですか?」


「果物が取れますわ。美容にも良いとの噂なの。かなり前の王妃様のお茶会で、一時期話題になりましたわ」



 コスティカ様のお友達の美魔女軍団を見れば分かる通り、女性の美に対する探究心は、誰にも押さえる事はできなさそうだ。

 お友達と会話してるというのに、なぜか俺の後頭部にコスティカ様他の謎の圧を感じている……



「ぜ、善処します」



 女性陣に囲まれてる距離が狭まった気がするほど、周囲からの圧力を感じながら、その台詞を絞り出すようにひねり出した。


 魔物氾濫スタンピードを発生させないよう、管理を徹底してくれるなら否やは無い。

 美容に拘るわけじゃないけど、美味しい果物にも興味はあるしね。


 だが、ダンジョンは生まれる際、その周辺の地形を真似、生息する生き物に似た魔物が生まれる。(王都のグライムダンジョンは別だけど)ダンジョン付近でその果物は、採取できないのだろうか?



 一頻り検討した後、王様が結論を求めるように声を上げた。



「それで、欲しい物は決まったか?」

「こちらをいただきたいです」



 対面に座ってるおり、部屋の反対側から書き記した物を渡すため、使用人が受け取りに来た。

 会議室を一周するように一覧を受け取り、国王に渡した使用人は、再び入り口付近の邪魔にならない位置で控えていた。


 受け取った一覧を確認した国王は、それを宰相に目を通すよう渡し、静かに口を開いた。



「希望する権利は【素材保存の魔道具】、【ピエリックフルーダンジョンの占有】、【王国商業権】、【飛行許可証】が20枚か……。随分遠慮しているようだな」

「熟考した結果、そのようになりました」

「あとは爵位であったな」



 コスティカ様を筆頭に美魔女軍団に圧倒されていた冒険者ギルド本部の職員は、最後の最後に口を挟み、許可証関係の発行を指示していた。

 発行しても支障が無さそうな許可証は、王様も気軽に許可を出していた。何せ元手がただだからね。そもそも飛行禁止なんてルールは始めから存在していないのだから、飛行許可証なんて必要なかったんだけどね。

 己の力で成果を上げたと気を良くした本部のギルド職員は、得意顔で胸を張っていた。



 最後にちょろっと口を挟んだだけだろッ!!



「子爵位が10と男爵位が20であるか…。年給を受けない代わりに、王侯貴族からの干渉を受け付けない。代わりに高値で買うと……」



 あまりにもハズレ権利が多すぎたので、吟味した結果そうなったのだ。

 それに、せっかく王国内に展開できる商業権を捥ぎ取ったのに、奪い取り過ぎて王家の弱体化を望んでる訳じゃ無いし、逆に貴族が力を付けて内乱ばかりになっても困るしね。

 まあ、商売に力を入れたい訳じゃ無いけど、ルドルファイが俺の商会の商圏を広げるかもしれないしね。


 飛行許可証のように複数ある権利は、賠償金の帳尻合わせみたいなものだ。

 爵位何て欲しくなかったけど、『こちらの条件を飲んで下されば、百倍でも千倍でも評価を付けます』と爵位に値段を付けたら、国王側の食いつきが良かったから数を増やした感じだ。


 ここまで王家優位な交渉をするのは……、ぶっちゃけ後ろめたいからだ!


 いろいろあって国王をぶん殴りたいくらいには思ってたけど、この詐欺みたいな(実質詐欺だな。俺の被害ほぼゼロだし)手法で大金をせしめていると、むしろ可哀想になって殴るのは止めようとか思ってるしね。

 冒険者ギルドに何度交渉しても得られなかった【飛行許可証】が、この場の交渉で簡単に手に入ったりしたしね。


 だけど、地下牢に何日も放り込まれたのだから、その慰謝料代わりに受け取る気持ちはある。



「ところで、俺が狙われた理由は分かりますか? 何かしらの対策を講じなければ、再び似たような事件が発生するので」

「宰相、説明してやれ」


「ははっ。エル商会長が狙われたのは、フェルメランダー男爵が複数のルートから取引を持ち掛けられたからです」

「取引……ですか?」


「一つは我が国の貴族が、希少肉の買い取りを持ち掛けていたからで、既に悪事に手を染めていたフェルメランダー男爵の立場が、彼らにとって都合が良かったからだと思われる」

「取引を持ち掛けた貴族は、何のためですか?」



 大元の理由を聞かないと、対策が立てられないだろう。

 フェルメランダー男爵が行った行為への対策は、国側が管理体制を見直せば良いしね。



「それは、これから呼び立て尋問すれば、自ずと判明するであろう」

「今回の負債を、ある程度補填せねばなりませんね」



 フェルメランダー男爵関係のあった貴族は、適当に罪をでっち上げて財産の一部でも抑えるのだろう。俺との折衝で、大きな損失を産んだからね。



「複数のルートと仰ってましたね。他にも貴族が関係するのですか?」

「それは……、外交問題に発展する可能性があるりますので、関係者以外に口外せぬようお願いします」


「女神様に誓って」

「……女神フェルミエーナ様か」



 よくある騎士が己の剣に誓って誓約を果たす。のような嘘偽りなく実行する表現で『女神フェルミエーナ様に誓って』というのが、この世界の風習にある。

 そこで俺は「女神様に誓って」と宣言する事で、宰相の口外しないという口約束を、生涯守ると決めた事になる。


 実際に女神様が存在する世界だから出来る宣言だが、昨今の女神事情から、女神様の存在を実感する事が無い為、軽く見られがちな約束事になりつつある。宰相が「……女神フェルミエーナ様か」と口にするのも、今となっては仕方のない事になっている。


 昔の記録では神託が何度も降ろされ、より女神様を身近に感じていたせいだな。



 そろそろ女神様も神託を降ろせるようになる筈なんだが、この国王は【女神のご褒美】に神託は出てるのか? 念のため確認しておこう。



「女神様に誓うのでは不服ですか?」

「いや、そこまでは言ってない」


「国王陛下は、女神のご褒美で【神託】はお持ちですか?」

「なぜ、そのような事を聞く? 隠すような事では無いが、【神託】が出ねば国王は務まらぬ」



 明言はしてないけど、暗に神託持ちだという事ははっきりしたね。



「そのような余談は良い、宰相、続けよ」

「ははっ。他のルートの大半は、リュトヴィッツ帝国の貴族が、エル商会長が持つエリクサーを目的に、取引を持ち掛けていた」


「実際、エリクサーを所持しておったのか?」

「保有しておりましたが……、配下の欠損した腕の治療に使い、既に所持しておりません」



 チッ、エリクサー狙いだったか。

 ルドルファイに使って無くなったと、宣伝が足りなかったのが、今回、地下牢へぶち込まれた一因なのか。



 ルドルファイにもっとエリクサーを使用したと、喧伝してもらうよう手紙を出しておくか。

 まさか、エリクサーに足を引っ張られるとは思わなかったな。

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