第377話 何百年するつもりですの?

 数日が過ぎ、いよいよマジックバッグ強奪の交渉の日がやってきた。


 朝からウエルネイス伯爵家の馬車に乗せられ、コスティカ様と応接室で最後の打ち合わせを済ませていた。



「コスティカ様のお友達も、参加してくださるという事でよろしいのですよね?」

「もちろんよ、エルくん。王城で落ち合う事になってるわ」



 楽しそうにしてるコスティカ様が、逆に恐ろしく感じる。

 ベネケルト伯爵領の情報を得る予定が、なぜか陶器作りの指導みたいな流れになったしね。

 ちゃっかり紹介状まで渡されちゃったよ。


 この伯爵に会いに行けという事か……、立ち寄るのは宿とギルドだけにしておこう。



「それでは出発しましょう」

「にゃー」



 コスティカ様の膝に絡め捕られたマーヴィだけが返事をしていた。

 行きたくはないのだが当事者だし、腕輪を外す可能性があるとなれば行かざるを得ない。



「ほら、行きますわよ」



 王侯貴族を敬遠してるのを知っているコスティカ様が、急き立てるように馬車へ移動するよう促している。


 この期に及んでも気が乗らない俺は、足取りも重く渋々馬車へと乗り込んだ。

 今回呼ばれる相手は、間違いなく大物が出てくるだろうし、王妃との血縁に気付かれそうだしね。


 御者に「出しなさい」と指示を出し、貴族街を抜け王城へとたどり着いた。

 約束は取り付けてあるので、門番のところで軽く検査を受け、王城の車寄せに馬車をつけた。


 俺達が馬車から降りると、タイミングを見計らったかのように王城の扉が開かれた。


 いや実際は、機を見て使用人が扉を開いたんだけどね。

 両開きの扉を押しながら、スタスタと歩く二人の使用人の姿が見えてるしね。



「そういえばエルくん。当家のメダルはマジックバッグの中だったのかしら?」

「直前に迎えの騎士に見せたので、マジックバッグに入れずポケットに入れてました」



 一応、伯爵様から受け取った騎士メダルは、マジックバッグの破壊に巻き込まれず無事だった事にした。

 必要か分からないけど、始末書みたいな書類を書かされるのは嫌だしね。


 伯爵家の馬車の中で、治癒魔法使いの時に使ってたヘルムを被り顔は隠している。



「さあ、待ち合わせてるお友達と合流するわよ」



 俺とノイフェスは黙ってついて行く事にした。

 因みにフェロウ達は、シャイフの影魔法によって俺の影の中に隠れている。



 王城に入ると侍女が一人案内に付き、その後に続き廊下を歩く。

 始めのうちは真っ直ぐな廊下も、次第に道を覚えられ無いほど何度も角を曲がって、ようやく一つの部屋に辿り着いた。


 侍女は扉をノックはするが内部からの返答を聞くことも無く扉を開き、室内へと誘う。足を踏み入れた部屋は大きな部屋で、ロの字にテーブルと椅子が並べられていた。

 大会議室のように見えるその部屋は、並べられたテーブルの角の部分は隙間が設けられ、内側から資料を配布したり飲み物を配ったりと、機能的な一面を見せていた。



「美術品も置かれて無いし、王城にしては簡素な部屋ですね」

「ここは会議室かしら?」



 お上りさんよろしく、左右に視線を走らせ室内を眺めていた。

 コスティカ様も初めて入る部屋なのか、知らないようだ。



「ウエルネイス前伯爵夫人、いらしたのですね」

「お待ちしておりましたわ」



 会議室に来ていたコスティカ様のお友達(美容魔法の施術済みの美魔女軍団)が俺達の来訪を喜び、次々に挨拶を交わしていた。



 時計を持ってる人が少ないようだし、かなり待ったのかな?



 交渉相手が座りそうな席を予想し、その対面になる位置を選んで、その席の後ろに立つことにした。

 良く分からんけど、王様が来たら膝を突いたりしないといけないだろうし、椅子に座ってたら対応が遅れてしまうからね。それに先に座っているのも失礼なのかも知れないからね。


 事実、コスティカ様のお友達は全員立って待っていたしね。


 俺達の後からもお友達が数名やって来て、コスティカ様がお友達との交流を済ませていると、にわかに廊下が騒がしくなって来た。



 ガチャッ!



 前触れも無く扉が開かれ、一人の文官らしき人物が入って来た。

 入り口のすぐ脇に立ち、「国王陛下、ご入室!」と部屋中に聞こえる声と共に、豪華な衣装に身を包んだ銀髪の中年男性と思しき人物が入って来た。

 それに続いて、武装した近衛騎士らしき護衛と、書類を携えた文官らしき人物が何人か入室してきた。



 ファサバサバサ……



 一斉に動いた美魔女軍団の、色とりどりに美しく縫製されたドレスの衣擦れの音も、数が揃えば耳障りで不快な音を奏でている。


 それに合わせてコスティカ様やお友達が膝をつき、俺もそれに倣って片膝を突いて顔を床に向けた。

 長い物には巻かれろ、右へ倣えの精神だ!



「きょうは公式な場ではない、楽にせよ」

「陛下がそう申しておる、席に着くように」



 国王の指示に従い立ち上がり、宰相に促されて着席する。



「来てもらったのは、破壊されたマジックバッグについての話し合いを行うためだ。エル商会長はどこにいる?」



 どうやら宰相が進行をするようで、名指しで呼ばれたので返事はせず、黙って手を上げておく。



「そこに居たか……。陛下の御前であるぞ、仮面は外さないのか!」



 当然ながら、俺が付けてるヘルムに物言いをつけられる。



「恐れながら申し上げます。用件も告げられぬまま王城へ連行され、そのまま何日も地下牢に幽閉されたのです。陛下の勘気に触れたとあっては商売に差し障りがあります。故に、顔を隠した次第であります。寛大なるお心でお目こぼしくださいませ」



 すかさずコスティカ様が、それっぽい理由を並べてフォローを入れてくださる。



「ま、まあ。顔が見えずとも話し合いには問題なかろう」

「よろしいのですか陛下? ……陛下もこう仰ってるのだ、いまは良いだろう。話し合いを始める!」



 ここからは、互いの主張をぶつけ合う討論が始まり、国王が一言いえば、コスティカ様が一言返しつつお友達が挙って言い返す。


 国家の最高権力者相手に、俺とコスティカ様だけでは太刀打ちができないと思い、援軍にお友達に集まってもらったのだが、一を打てば十が返ってくる状況となり、若干国王もやり辛そうにしていた。


 話の流れとしてはこちら側が優勢で、フェルメランダー男爵にすべての責任を押し付け王家は責任を逃れようと試みたが、簡単に荷物を取り上げ易々と投獄できた環境は、王家の管理体制が甘かった点としてこちらに突かれ、王家の責任として結論が出た。


 まあ、王家の責任だったとしても、フェルメランダー男爵や関係者から財産を没収して、俺への支払いの補填とするだろう。


 それをこれから詰めるのだが……



「だが請求金額が大金貨百億枚など、常識はずれではないか!」

「ですが、被害を受けたマジックバッグを金額として換算した場合、それでも格安だと自負しております」



 熱くなった国王とコスティカ様が舌戦を繰り広げ、一進一退の攻防を繰り返している。

 確かに俺の自称マジックバッグは、類を見ない超高性能であり、代用品は一切存在しない。金額に換算したら青天井のうなぎ上りだ。



「分割で支払う事は可能であるか?(侯爵や伯爵の前夫人や現夫人が集まっている。これら全員が反発していては、旦那や息子に働きかけ、一気に反対勢力が生まれるかも知れぬ。下手な対応すると、各地で反乱が起きる可能性が……)」

「奪われたのは一瞬です。支払いも同等であるべきですわ。それに分割払いを何百年するつもりですの?」



 数の暴力に押され弱腰になりつつある国王に対し、お友達の声援もあり、強気な態度を示すコスティカ様。



「しかしだな……、このような大金を支払えといわれても……、城中の価値ある物を集めても到底追いつかぬ…」

「ですわね。賠償の大半は、相応の価値ある物でもかまいませんわ!」



 狼狽する国王を追い詰めるべく、さらに畳みかけるコスティカ様。

 お友達の応援もあり、我が方の戦況は圧倒的だな!



「宰相。何か良い案は無いか?」

「王家の資金の源泉である権利を、いくつか譲渡するほかありません。もしく金銭に代わる対価としては授爵じゅしゃくするなどでしょうか?」



 国王と宰相で、代案が無いか相談を始めたようだ。

 聞き耳を立てると、ようやくまともな案が出て来たが、余計な干渉を受けそうで爵位なんてお断りなのだが?



「エルくん。爵位なんて欲しく無いわよね?」

「話がまとまらないなら、金銭の代わりに受けるのは致し方ないとは思いますが、命令を受けない、義務も発生しないなど、全ての干渉を断れる爵位なら構いません。ですが、できる事なら権利等が、あと腐れなくてありがたいですね」


「そうよねぇ。仕方が無かったとしても、爵位を盾に命令されるのは困るわよね。自由を愛する冒険者ですものね」



 俺とコスティカ様の雑談が耳に入ったのか、自由を愛する冒険者という台詞が、国王の意識を掠めるように通り過ぎた。



「待て、今何と言った?! 冒険者といわなかったか?!」



 頭に一撃を食らったかのように驚愕の表情を浮かべた国王は、エル商会長とグリフォン狩りの冒険者エルと、ようやく関連していると気が付いたようだ。



「ええ、そうですわね。エル商会の商会長は、冒険者でもありますわ。その高ランク冒険者に必須というべきマジックバッグを、王城に呼びつけて奪い去り損壊したのですわ」

「そ、それでは、グリフォンが出る緑色の宝珠を納品したのは……?」



 国王の問いかけを、確認するよう俺に視線を向けるコスティカ様。

 緑色の宝珠の納品までは知らなかったコスティカ様に、頷きを返し肯定する。



「陛下が呼び立てた、エル商会長の事ですわ」



 それを聞き目を剥き、顎の筋肉が弛緩し口を開け放つ国王は、更なる驚きが隠せていない。



「陛下。交渉を誤れば、グリフォン計画に支障をきたしますぞ。国防にも関わるかもしれません……」

「そうだな……、一先ず休憩としよう。我々も熟考する必要があるやもしれぬ」



 ただのマジックバッグの補填で無く、他に予定してる計画がとん挫する可能性が出て来た。

 慌てるように席を立ち、宰相たちを伴い急ぎ退室して行く国王。



 静まり返った会議室で、コスティカ様と今後の予定を話し合う。



「エルくん。予定と違っているけど、王家はグリフォンにかなり注目してるみたいですわね。おかげで賠償の方は良い方向に進みそうだわ」

「グリフォンが出る宝珠は、俺しか取りに行けれないのが幸いしましたね」



 コスティカ様は、お友達に感謝の言葉を伝えつつ、最後まで頑張りましょうと鼓舞していた。



「それにしても、どうやってこれだけお友達を集めたんですか?」

「商売道具を奪われて困ってるエルくんは、美容魔法使いと懇意にしてるから、このままでは美容魔法使い様がこの国の王侯貴族を嫌い、二度と施術をしなくなりますわ。と伝えましたわ」



 女性が美に賭ける情熱は、いつの時代になっても変わらず色褪せないのですね。



「それに、エルくんが持ち込んだヒノミコ国の酒類を、気に入ったお友達も、積極的に参加してますわ」



 いろいろ積み重ねた縁が結集して、国家の最高権力を相手取ってもやり込めていた。

 商売上のつながりであっても、顧客が求める物を誠実に提供した結果、助力してくれる貴族美魔女が多数いる事が喜ばしい。





 一時間ほど経過して、ようやく戻って来た国王一行は、焦燥した姿で現れ、全面降伏するかのように頭を下げていた。


 波乱を迎えたマジックバッグの賠償は、国王と宰相が妥協案を提示してきた。



「これが王家が出せる権利だ。できれば爵位も受けて欲しい」



 譲渡可能な権利を一覧にし、その中からいくつか選び賠償に同意してくれとの事。



「こちらにも、考える時間をいただきたいですわ」

「勿論だとも、ゆっくり考えてくれたまえ」



 といっても国王は席を外したりしないし、座っていても早く決めろと、若干の圧力が籠った視線を向けていた。



 ゆっくり検討する時間くらいくれよ!

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