第375話 もう一通は誰からかしら?

 ガリウス・フォン・ローゼグライムside






 執務室で統治に必要な書類に目をとしていると、宰相の配下の文官が獣皮紙の束を手に、宰相の元へ向かうのを目で追う。



「新しい資料か?」

「いえ、冒険者ギルドからの要請です」

「要請?」



 文官の返答に宰相が訝し気に眉を寄せる。



「はい。グリフォン関連の指名依頼の差し戻しと、指名依頼を受ける前に清算が必要と請求書が送られてきました」

「請求されるような物は無い筈だが……?」



 冒険者ギルドの予想外の反応に狼狽しながらも、「請求書を見せろ」と獣皮紙の束を受け取っていた。



「宰相、何と書かれている?」

「書類の大半はグリフォン関連の指名依頼の差し戻し、いえ、拒否ですね。それと、請求する理由と請求額が書かれた書類が一通です」


「金額は?」

「……大金貨百億枚、になります」


「なんだと?!」



 驚愕の金額だが、明らかに身に覚えの無い請求だ。

 だがその金額は最近耳にした覚えが……



「それは…、ウエルネイス伯爵家が代理で請求してきた額と同じではないのか?」

「左様にございます」


「ならば、なぜ冒険者ギルドがその請求をしてくるのだ?」

「こちらもウエルネイス伯爵家同様、代理請求でございましょう」


「これだけの物が別々の案件という事はないであろう。同一人物からの請求、エル商会長か?」

「請求理由には、【時間停止】【容量無限】【重量無効】【使用者制限】のマジックバッグの返還、もしくは損害請求となっております」


「そのようなマジックバッグ、宝物庫にもありはしないぞ」

「ですので請求額も高額なのでしょう、支払われますか?」


「今の王家に、いや、どんなに大国の王家であろうと、その金額を支払えるはずがないであろう!」

「では、いかがなさいますか?」



 宰相も国政を預かる身なのだから、もう少し緊迫感を持って仕事に取り組んでくれ。

 文官畑の汚職に不祥事が発端だぞ!

 いうなれば、フェルメランダー男爵は遠縁の部下みたいなものであろう、少しは責任を感じてくれ!



「本人と交渉せざるを得ないであろうし、別の物で釣り合いを取り、納得させねばならぬ。それとマジックバッグを切り裂いた犯人はどうなっているか?」

「ヴェストレム辺境伯領で捕らえたと、早馬で連絡が来ております。護送されるまで今しばらくかかります」


「男爵の財産は押さえたであろう?」

「物証と共に、塵一つ残さず確保しております」


「マジックバッグの請求額に対応できるか?」

「不動産程度しか、換金できる物はありません」


「私腹を肥やしておっても、形の無い物に散財する性格であったか……」

「酒と女に使われていたようで、男爵邸に踏み込んだ際、娼婦のような女を数人侍らせていたようです。今回の事件で大金が入る予定だったのか、新しい娼婦も増えていたと報告にあります」



 大金が入る予定とは……?

 奪い取ったマジックバッグの中身は、売約済みだったのか?

 我々以外にも、エル商会長が希少肉を所持している事を、把握していた者が居たようだ。



「事前に取引相手でも居たのか?」

「それは……。フェルメランダー男爵が護送され次第、尋問して明らかにします」


「同一人物からの請求であるなら、ウエルネイス伯爵家と冒険者ギルドとは、同時に話し合いを設けた方が良さそうだな」

「近い内に関係者を集めるよう、手配しておきます。それと交渉に使えそうな物を一覧にしておきます」



 宰相には「頼むぞ」と告げ、マジックバッグの件は一旦終わらせる。


 エル商会長のマジックバッグの強奪は、実際のところ個人の犯行だから、賠償請求はフェルメランダー男爵に行えと云えれば良かったのだが……

 明らかに王家が呼び出して奪われたのだから、被害者側としては一連の流れで王家に請求が来る。


 それに、王家に呼び出されなければ発生しなかった事件であり、トカゲのしっぽ切りのように個人に罪を擦り付けていると、王家に疑惑の目が向けられているのも事実である。


 末端にほど近い部下の不始末とはいえ、解決が困難な問題に頭を悩まされ、眉間に深い皺を作り、酷く大きなため息を吐いていた。



「グリフォン関連の依頼については、いかがいたしますか?」

「複数のAランク冒険者が組んでも達成不能であれば、通常依頼として出すのは諦めるしかなかろう」



 冒険者ギルドから請求があったついでに、宰相が質問してくる。



「グリフォン部隊の計画は修正する必要がありますね」

「そうだな……。伝令用として数個の宝珠が得られれば良しとしよう。ウィリアムが提案していたように、ヒポグリフ部隊の方が現実的か?」



 無敵の航空戦力は諦めざるを得ないが、即応できる伝令は魅力的だ。

 Sランク冒険者を飼う事で実現してるが、自前の戦力の方が望ましい。

 依頼をするには毎回費用が発生し、高額なため何度も利用すると馬鹿にならない負担となる。

 利用するにあたっていくつかの条件が設けられているし、機密文書は取り扱わないなど、科せられた制限が利用し難くなっていた。


 騎士に預けたグリフォンが、早く成長しないものか……



「恐らくは……。せっかく冒険者ギルドから人を呼ぶ予定があるのです、その際、確認を取ってみては?」



 宰相に「そうだな」と返し、再び書類の山を少しでも減らすため、一枚手に取り読み上げて行く。


 書かれている内容は、とある貴族の領内における税の引き上げについてだ。細かい説明も無しに、季節感を表現する詩的な文章や比喩的な表現が書き連ねられ、最終的な要望に『増税希望』の文字が端的に書かれていた。


 読むのに時間ばかり取られてしまう、無駄が多い書類だった。文官に用件だけを書き写した書類に書き直すよう、今後は改善した方が良さそうだ。


 橋が落ちたとか道路整備とか、何かしらの長期的な公共事業に必要な増税であれば、許可も出したであろうが、ただこれだけしか書かれていなくては、私腹を肥やすための増税にしか思えず、却下する外ない。

 税に関する問題は私か宰相しか決定権が無いとはいえ、明らかに却下されそうな申請は、文官の手に渡った時点で棄却して欲しい内容だ。


 だが、何でも棄却していると本当に必要な書類まで弾かれてしまうので、文官に与える権限の境界が難しい。










 コスティカside





 昼食を終え談話室でゆったりとした時間を過ごしていたら、いつもの侍女が扉を叩き声を発す。



「大奥様、二通手紙が届いております」

「何かしら? お入りなさい」


「失礼致します」



 静々と扉を開け、いつもの侍女が手紙を持って近づいて来る。



「一通は王家からの手紙になります」

「渡しなさい」



 流石に王家からの手紙となると、真っ先に目を通さない訳には行かないですわね。

 良からぬ内容では無いかと不安に思いながらも、侍女から渡されたペーパーナイフを使い、丁寧に手紙の封を切る。



「エルくんの代理で請求した金額について、話し合いを持ちたいそうね。もう一通は誰からかしら?」

「こちらはエル様からです」


「エルくんの手紙なら読むわ、渡してちょうだい」

「こちらでございます」



 同じようにペーパーナイフで封を切り、手紙を取り出す。

 枚数は一枚きりね。エルくんの手紙は用件が完結に書かれているから、手早く読めて助かるわ。



「近々、ベネケルト伯爵領のダンジョンに向かうと書いてあるわね……。これは……エルくんが旅に出る前に王家との話し合いに参加してもらわないと、決められるモノも決められないわ」

「いかが致しますか?」


「明日の朝にでも、エルくんに手紙を出しましょう。ベネケルト伯爵領の情報を提供するからと、出発を待ってもらいましょう」

「かしこまりました」



 エルくん宛ての手紙を認め、翌朝届けるよう侍女に手渡した。


 この手紙で時間を稼いで、王城へ上がる時にエルくんを連れて行きますわ。



 貴族に会いたくないと拒否をするでしょうが、エルくんが居ないと決められそうに無いわ。どのように説得するかいまの内に計画しておきましょう。

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