第374話 ベネケルト伯爵領ならどうだ?

 地下牢を出てからの冒険者生活は、一日ダンジョンに籠って20階層のボスを倒して回り、翌日は休日にするというサイクルを繰り返している。


 マジックバッグが出た事にしてアイテムボックスを解禁する予定だったが、王家の指名依頼を回避するためにもマジックバッグは未所持のままが良いだろうと、ボス討伐で貯め込んだ宝珠も開封はしていない。

 宝珠が貯まる一方だ。


 なので二日に一回ダンジョンへ潜る、ゆったりとしたペースで最前線?で活動している。依頼を受けないのはもちろんの事、下手に肉を持ち帰って冒険者ランクを上げないよう、細心の注意を払ってる。

 自主的にランクダウンしたから、最底辺のEランク冒険者だけどね!



「それでエルくん。ノイフェスさんと組むパーティー名は、何にするのか決めたかしら?」



 小首を傾げてそう聞いてくるコーデリアさんの仕草は、ありきたりだが可愛い。

 むしろ、男心を擽るかのようなあざとさがある。

 普段は真面目に淡々と仕事をこなすのだが、その際、表情を動かす姿はあまり見かけない。


 油断してるとか素に戻ってるとか、俺の時だと表情を変えるのは、ある程度心を許してると思えて光栄だが、美人のそれは、視線を送ってる冒険者達の心臓を射止めんばかりだな。


 明日にはコーデリアさんに声を掛ける冒険者が、さらに増員されそうだ。

目撃者が限りなく少ないから、そうでも無いか……



「ラナと組んだ当初みたいに、空欄のままじゃいけませんか?」

「エルくんの実力だと、ちょっと困るかも知れないわ」


「いやいや、Eランク冒険者ですよ」

「そう、だったわね……。でも、パーティー名があった方がギルドも管理しやすいのよ」



 管理しやすいというのは事実だろうけど、依頼主に紹介しやすいというのが本音だろう。『あなたの依頼にちょうど良いパーティーが居ます』という説明より、具体的なパーティー名を出した方が説得力がありそうだしね。


 まあ、パーティーに知名度があればの話だけど。



「どうしても付ける必要があるなら【女神の使徒】で構いませんか?」

「凄く立派なパーティー名ね。でも、エルくん達の実力なら納得できるわ」


「まあ、破門の腕輪で封じられてるので、実力も何もありませんけどね」

「うふふっ。そうね」



 軽口を叩くように告げたので、冗談と受け取り楽しそうに笑うコーデリアさん。


 俺自身の立場があからさま過ぎるパーティー名だが、他人にはすぐには理解されず、本物の使徒だとは思われないだろう。

 何か聞かれても『いつでも無事に帰れるよう、女神フェルミエーナ様にあやかってる』とでもすれば、いい訳も立つ。

 本当の事は、誰にも公表してないからね。

 説明した覚えは無いが、ライマルとノイフェスは知ってそうだ。


 何にせよ、女神の盾だの女神の剣だの、女神のなんちゃらというパーティー名を付ける人達は一定数おり、俺達もその中の一つと思われたようで、すんなりと受け入れられた。


 というより、コーデリアさんには【最速の番狂わせ】よりマシだと思われる節がある。

 そしてそのパーティー名はワルトナーさんが独断で決めたもの……



 コーデリアさんにセンス無いと思われてるぞっ。





 あれから幾日か過ぎ、何度か魔石の換金にギルドロビーに向かうと、ギルド職員の仕事っぷりを見に来たワルトナーさんと遭遇した。



「エル、来てたのか」

「こんにちはワルトナーさん。何か用でもありましたか?」


「用が無きゃ話しかけちゃダメなのかよ!」

「そんな事はありませんが、依頼がどうのというじゃないですか」


「まあな…」



 バツが悪そうに苦い顔で頭をかくワルトナーさん。



「それは良いんだが、何度か本部とやり取りした結果、冒険者から国が奪った物を清算しろと突き付けたそうだ」

「清算?」


「忘れたのか? お前さんのマジックバッグの事だ。金額を添えて請求したそうだ」

「なるほど…。ですが、ウエルネイス伯爵家からも請求してるので、二重請求になるのでは?」


「どうせ払ってねえんだから、構やしないだろう」

「それで良いなら文句はいいませんが……」



 良くないんじゃないかと思いつつも、厄介な依頼を持ち込まれないならその方がいいかと、腑に落ちないが妥協はした。

 気長すぎるといえるグリフォンの出る緑色の宝珠集めは、自分の為なら目的もあって頑張れるが、他人の為(お金の為)では気力が続かない。

 お金に困って無いのも、グリフォン狩りを持続できない理由の一つだな。きっと。



「破門の腕輪を何とかする為の、交渉材料の一つだと思っとけ」



 交渉中であれば、相手に揺さぶりをかけ、こちらが有利になるよう手札を切るのは当然か。

 俺達は不便な生活を強いられてる訳だしね。


 そう思いながら、右腕に着けられた破門の腕輪に視線を移す。

 これを何とかしないと不便で仕方がない。


 鍵はあるからいつでも外せるし、王都の外では外しておくか……



「俺達は暫く王都を離れようと思います」

「構わないが、破門の腕輪を外す時はどうするんだ?」


「その時は、冒険者ギルドかウエルネイス伯爵家で、鍵を預かってください」

「その辺りが無難か…、王家が支払えない請求はともかく、鍵の件は任せろ。【飛行許可証】を何枚でも捥ぎ取って来るさ」



 いや、何枚もは要らないが、商会用にそれなりの数は欲しいな。

 ワルトナーさんが交渉する訳でもないのに、なぜか自信あり気に胸を叩いていた。



「それで、王都を離れるってどこに行くんだ?」

「他のダンジョンに潜ってみようと思いまして……、どこかいい場所ありませんか?」



 美容魔法で領主占有ダンジョンの許可証を貰ってた場所に行こうかと思ったが、マジックバッグを奪われているのに、許可証も近衛騎士の短剣も出せなかった。


 いや、宿の部屋に残していて、奪われたマジックバッグに入れて無かった事にすれば、アイテムボックスから取り出しても問題無いな。



 ……細かい事は気にせず、アイテムボックスの中身を存分に使おう。



「近くのダンジョンだと、王家占有のクワシャロダンジョンがあるが依頼が無ければ入れないか」

「そこは学院の研修で行った事あるので、他がいいですね」



 いまはダンジョンカードの記録は消えているが、1階層しかないあのダンジョンは、ダンジョンコアが失われている。

 女神フェルミエーナ様に捧げるコアが無いのでは、行く意味が無い。



「それなら、ベネケルト伯爵領ならどうだ? 街を二つしか所有してない貴族だが、どちらの街にもダンジョンがあったはずだ」



 街を行き来するのに徒歩三日、約100キロメートルほど離れている。

 ダンジョンコアの獲得を目指すなら、近場で複数のダンジョンを回れるのは良さそうだな。

 パーティー名も【女神の使徒】にしたのだから、それらしい活動をしておかないとね。



「因みに伺いますが、ダンジョンの難易度はどれくらいですか?」

「エルなら無いにも等しいと思うぞ。行けば分かる」



 悪戯でも仕掛けるような笑みを浮かべ、余計な事は聞くなよとでも言いたげだ。

 出発までに、コスティカ様にどんな貴族か聞いておくか。


 ダンジョン二つを攻略するのに何日かかるか分からないけど、次のホウライ商会の入荷までには十分な日数があるから、余裕で攻略できるだろう。


 ウエルネイス伯爵家でラナの女神カードを見た時、ほとんど自立した生活をしているのだが、保護責任者の欄には俺の名前が残されていた。

 一応、保護責任者としてラナが成人年齢に達するまでは、近くで見守っていた方が良いだろう。時折王都に戻り、ラナの様子を見ておきたい。


 ベネケルト伯爵領が、王都から離れ過ぎない場所だと助かるのだが……

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