第373話 あの御方の使いだと?

 ???side





 質の良い調度品で飾られた部屋は、華美になり過ぎず調和の取れており、テーブルとソファーが並べられた落ち着いた雰囲気の部屋は、談話室サロンといった造りになっている。

 夜も更けているが、光量が蝋燭並みに低い灯りの魔道具に照らされ、身形良い服装の人物たちが、酒を交わしながら話し合いを続けている。



「フェルメランダー男爵は失敗しましたな」

「こちらが入手した情報通りなら、あの手法でがこちらの物にできたはずだがな」

「ヴェストレム辺境伯領で捕らえられたと聞きます」


「クックック。以前から似たような事をやっていたのだ、彼は年貢の納め時だな」

「我々の名を出しませんか?」

「出たところで情報を流しただけの我々は、犯罪には関与していない。有力な商人と出会う機会が多い者に、の買取交渉を持ち掛けたに過ぎない」


「その通りだ。あくまでも我々は購入したいと持ち掛けただけだ。名を上げられたとしても、捕らえる事はできんよ」

を確保すれば、王家との交渉も有利になるであろう」

「然り然り」

「その為にもフェルメランダー男爵には、一働きしてもらいたいものだ」


「君も、また良い情報を我々に齎せるよう励みたまえ」

「はっ、有難き幸せ!」



 こうして策謀を巡らす者たちの夜は更けて行く。










 フェルメランダー男爵side






 時は遡り、エルが騎士団に連れられた日に戻る。



 その名を口に出すのも憚られる、とある高貴な御方から情報を得て、騎士団が連れて来た平民の事前審査に割り込んだ。



「国王陛下より召喚を受けた人物であるな。私が審査を担当しよう」

「フェルメランダー男爵が直々にですか?」



 事前審査は平民が訪れた順に、手の空いてる者が担当し謁見の有無を判断している。

 重要人物ともなれば、私が直接審査する事も間々あるし、忙しい時には重要人物で無くとも審査に加わる事もある。


 私がエル商会長の審査をしても、極自然な出来事だ。



「ああ。騎士団を迎えに寄越したほどだ、それだけ重要だと考えている」

「たしかに、そうかも知れません」



 私の申し出に同僚も納得したようで、私がこれから待機する部屋へ連れて来るよう侍女に指示を出していた。





 先に事前審査を行う部屋に移動して待機し、私の息のかかった兵士を警備に回し、万全の体制を整えたところで、その後の儲け話にいくらの値が付くかと想像しほくそ笑む。


 しばらく待つと、侍女に連れられて金髪の少女と見紛うエル商会長が現れ、秘書らしき銀髪を揺らした美しい成人女性を伴っていた。



(それにしても見目麗しい女性だ。これも一緒に牢に入れておけば、好事家からかなりの情報料を得られるだろう。牢から出す事を条件にすれば、大抵の女は簡単に落とせるからな)



 規定通りのやり取りを終え、破門の腕輪を装着させた。


(ここまでは順調だな。この先も上手く行けば良いが……)



「あと荷物を預からせてもらう。特に、君は大容量のマジックバッグを持っていると報告を受けている、そちらも預からせてもらう。それと腰に下げてる武器もだ」



 大人しく武器と荷物を差し出し、テーブルの上に並べられた。



(これで計画通りだな。追加報酬として連れていた秘書も有効に使ってやろう)



「それでは彼らを案内したまえ」



(次の場所へ誘導する台詞は符丁でもある。『謁見の間へ』と案内先を伝えない場合は、金を握らせた牢番を通じ、地下牢へと案内する手はずになっている)



 兵士二人がエル商会長達の前後に付き、予定通り地下牢へと案内して行く。



「これでマジックバッグが手に入ったぞ。この中にアレ希少肉が入ってるはずだ。それと別ルートの依頼者からは、エリクサーの買取も受けている。この商いが成功すれば、大金をせしめる事ができる!」



 大金があれば、それを上納して爵位を上げる事も可能だろう。

 賢い金の使い方というやつだ。

 並みの人物なら大金を得たところで終わるだろう。私は普通とは違うのだよ。



「預かり証を書き上げれば問題無いな」



 武器と秘書の背負ってたリュックサックを預かり証の目録に記入し、エル商会長のマジックバッグは除外する。



「本来なら荷物を預けた人物のサインも必要だが、平民の中には文字の読み書きができない者もいる。我々が代筆するのは良くあることだ」



 エル商会長のサインも書き込み、預かり証を書き上げて行く。

 本来なら控えをエル商会長に渡すのだが、渡したらマジックバッグの記載漏れに気付かれる。当然渡すはずもない。


 部屋を出て人目に付きにくい道筋を通り、マジックバッグを別の部屋に隠す。これは帰りに回収しよう。

 その日の業務を滞りなく済ませ、マジックバッグを回収して自宅へと帰宅する。



「さて、このマジックバッグの中身を確かめるか……」



 リュックサックを開け手を突っ込むが、マジックバッグに手を入れた時のように、脳内に中身が一覧になった表が映し出されない。



「何故何も起きない?」



 リュックサックを全開に開け中身を目視すると、着替えやタオルなどの日用品が入っていた。

 逆さにし中身をぶちまけ再度内部を覗くも、他にマジックバッグらしき物も無く、手を差し入れても何も変化が起きない。



「どうなっている?!」



 トントンッ



 狼狽してると不意に部屋の扉を叩く音が響き、瞬間的に心臓の動きが強くなる。



「なんだ? いまは取り込み中だぞ!」



 苛立ちをぶつけるかのように、扉の前に居る使用人に八つ当たりをする。



「お客様がお見えです。アードルンク侯爵家の使いの者と名乗っております……」



 あの御方の使いだと?!



「応接室にお通ししなさい。くれぐれも丁重にだ! 私もすぐに向かう!」

「はいッ! かしこまりました」



 何と行動の早い御方だ。マジックバッグの中身を得る事ができていないというのに……

 失礼の無いよう鏡で身形を確かめ、ぶちまけた中身はそのままに、マジックバッグ?を無造作に掴み応接室へと向かう。



 応接室に入ると、アードルンク侯爵家の使いの者は、室内にも関わらず山高帽ボーラーハットを目深に被り、顔を見せぬようにしていた。


(これは……、室内での帽子の着用。深く詮索するなという事だな。アードルンク侯爵も慎重なことだ)



「お待たせしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」



 使いの者といえど、アードルンク侯爵に対応の悪さが伝わらぬよう細心の注意を払い、不躾な態度を見せられた不快感という感情を押し殺し、挨拶を交わす。



「単刀直入にいう。我が主は、入手した物の買い取りを希望しておられる。いかがか?」

「実は…、マジックバッグは手に入ったのですが、中身についてはまだ取り出せておりません」


「そうか……。使用者登録がされておるのか?」

「使用者登録……ですか?」



 アードルンク侯爵の使いの者は魔道具にも造詣が深いようで、マジックバッグが使えなかった問題点を指摘していた。



「そのような魔道具が……」

「あとは本人に確認しろ、これにて失礼する」



 アレ希少肉が無ければ用はないといわんばかりに、アードルンク侯爵の使いの者は足早に立ち去った。


 明日にでも本人に確認を取るか……





 翌日を迎え文官としての業務を熟し、昼休みという自由な時間を使い地下牢へと足を運ぶ。



「真面目に仕事に取り組むからこそ、疑いの目を向けられないのだからな。こちらの仕事がやり易くなるという物だ」



 牢番に金を握らせ、奥の扉を開かせる。



「私がここに居る間は、誰も通すなよ」

「分かってまさぁ旦那」



 普段より多く金を握らせたから、牢番はいつも以上に薄汚い笑みを浮かべていた。

 金を払えばそれなりの仕事をするから、こちらとしては構わない。



 最奥の牢の前に立ち、室内の人物を確かめるが、地下牢の薄明かりでは部屋の奥にいる囚人に光が届かず、居るのは分かってもはっきりと表情までは伺えない。



「おい」

「ん?」


「こんなところに放り込まれて、さぞかし不便な思いをしているだろう。出してはやりたいが、お前のマジックバッグの秘密を話せ」

「何の事だ?」


「使用者登録の事だ。解除方法を教えろ」

「はっ、それくらいできないか? 情けないな」



 部屋の中にいる囚人に声を掛けるが、たったの二日ではまだまだ元気がありそうだ。応答する言葉にも反抗的な一面を見せる。

 その不躾な対応に、思わず蟀谷の血管が浮かび上がる。


(カイラーザン公爵が御健在であった頃は、このような手間も省けたものを……)



「それを話せば出してやっても良いぞ」

「俺を呼んだ相手が誰か分かってないのか? 今頃探し回ってるはずだぞ。放っておいても出られるのに、態々そんな事を話す必要も無いだろ」



 昨日の勤務後もきょうも、城内ですれ違う騎士や兵士が多かった。


(コイツを探す人員なのか? いや、そう思わせるようブラフを口にしたのか? だが地下牢に居ては、そんな情報は知り得ないはず)


 不安を覚えた私はすぐに地下牢を離れ、勤め先へ長期休暇の届け出を出した。


 マジックバッグを破壊すれば、中身が飛び出すと聞いた事がある。

 使用者登録の解除方法が分からないのであれば、最終手段としてその手を使うしかない。



(私に残された時間は少ないかもしれない……)



 マジックバッグの中身を取り出し、エリクサーを確保したら依頼人の伝手を頼り、リュトヴィッツ帝国へと亡命を検討しよう。

 アードルンク侯爵に肉を売りつければ、逃走資金は十分過ぎるほど確保できるだろう。


 以前は荷物を奪い本人は奴隷落ちさせて口封じをしていたが、カイラーザン公爵が失脚して以降、小金稼ぎとして細々とやっていたが、あの頃の稼ぎが忘れられず、アードルンク侯爵の口車に乗ったのが運の尽き。



 大金をせしめても、逃亡生活を送るのでは割に合わない!



 ナイフを握りしめ、マジックバッグ?へと手を掛けた……








 ???side





 ここはリュトヴィッツ帝国の帝都。


 女性たちが姦しく語らう、とある貴族家の庭園でのお茶会ティータイムを過ごしている。



「王国で噂に合った、が入手できるかも知れませんわ」

「まあ。羨ましいですわ」


「可能性のお話しですわ。ですが、わたくしは期待しておりますのよ」

「わたくしもお母さまの治療の為に、欲しいものですわ」


「あなたも良い人脈を広げると良いですわ」



 あらあらうふふ。など、口元を扇子で隠しながら、腹の奥底で黒い物が渦巻くような会話が続けられるお茶会は、近くで控えてていても胃が痛くなるようなやり取りですね。


 ただひたすらに、20年前のご令嬢の会話を、聞かない振りして嵐が過ぎ去るのを待つばかりです。


 というのは、美容魔法で顔が真ん丸になった大奥様の、治療に関するモノでしょうね……

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