第372話 エッチなお願いはしませんよ?

 目覚めると柔らかなベッドの感触に包まれ、一肌で温められた優しい温もりを感じる。

 昨日までの硬い床で寝ていたのと打って変わり、快適な寝床でゆっくりと意識が覚醒する。

 窓を開け朝日を浴びると深く呼吸をし、胸いっぱいに冷えた空気を吸い込んだ。地下牢の生活では味わう事の無かった、爽やかな空気を肌で感じられる喜びが生まれた。



「こんな些細な事でも幸せを感じられるなんて、偶に地下牢に放り込まれるのも悪くないか?」



 いや、無しだな!!


 不便な生活から解放され、一般的な生活水準に戻っただけなのに、まるで高級旅館にでも宿泊したかのような気分になれるなんて、生活の落差が激しい。



「おはようございますデス」

「ノイフェスも起きたか、おはよう」



 といっても、ノイフェスは寝てる訳じゃなくて待機モードというか魔力の節約モードというか、人間のように睡眠をとらないし、魔石の魔力が尽きない限り疲れ知らずだから、寝てるように見えて魔力の自然回復。即ち魔石に魔力を充填してるだけだしね。

 だから、俺が活動を始める気配を察知して、待機モードから通常モードへと移行している。



「朝食食べたら、昨日みたいにダンジョンでボス討伐の周回をするぞ」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」



 興味のある人間観察以外では殆ど表情を崩す事の無いノイフェスが、無表情のままに答えると、フェロウ達が何時になく嬉しそうな声音で元気よく返事をする。

 破門の腕輪縛りでのボス周回だと、フェロウ達も一緒に戦えるから嬉しいのだろう。

 まあ、サンダは戦力外だけどね。


 フェロウも魔法が通じないから戦力のように思えるが、素早い身のこなしでアイアンゴーレムの気を引いたりして、役に立とうと涙ぐましい努力をしてるから、その意気込みだけでも汲んであげないとね。





 20階層のボス討伐を繰り返す日々を過ごし、そろそろ休養も兼ねて貯まり切った宝珠を開封しようと考えていたら、冒険者ギルドからの呼び出しがあった。


 呼び出しに応じてダンジョン支部に向かった。


 もちろん混雑を避け、ギルドが閑散とする時間帯にしたよ。ノイフェスを連れてる事でトラブルが舞い込むからね。



「こんにちはコーデリアさん。きょうもお美しいですね」

「エルくん、ありがとう。きょうは何の御用かしら?」



 ほほえましそうな瞳を向け、柔らかな笑みを浮かべるコーデリアさん。何度もやり取りした会話だけに、この程度では一切の動揺を見せない。

 ただ、他の冒険者に対応する際は、真面目な表情を崩さないから、俺との関係はそれなりに親密になってるといえるだろう。


 そこは少しだけ優越感を感じられるね。



「呼び出されたので参上しました。ワルトナーさんと面会できますか?」

「分かったわ。すぐに案内するわ」



 こうして砕けた話し方をするようになったし、受付嬢と冒険者の関係から、友人程度にはランクアップしてると思うのは、俺のうぬぼれじゃ無い筈だ。



「それでエルくん。近頃は解体場に魔物を持って来ないそうじゃない。どうかしたの?」



 牢に入れられてる間はギルドに顔を出して無いし、それ以降も肉の取れる魔物は狩って無いから、解体場に一切顔を見せて無いな。



「あー…。その件ですか…」

「何か事情があるの?」



 心配そうな表情を浮かべ俺の顔を覗き込むコーデリアさん。



「事情という程では無いのですが、騎士団に王城へ連れてかれた際、荷物を預かるといってマジックバッグを奪われたんですよ」

「ええ―――ッ?!」



 思わず大きな声が零れるコーデリアさん。



「王城でそんな事があるの?!」

「ありますよ。いまだにリュックサックは返って来ませんしね」



 実際には切り裂かれたリュックサックが、犯人の自宅で見つかってるから、二度と戻る事は無いけどね。

 まあ、それを理由にグリフォン狩りの依頼が来ても断ろうと思ってる。

 野営用のコンテナや、倒したグリフォンを保存するマジックバッグが無いから、長期滞在は不可能である。とか、もっともらしく理由を並べ立てられるしね。

 破門の腕輪も付けられてるから、魔法が使えなくて無理。という理由もあるから、絶対に依頼を拒否できるな。

 というより、戦闘力と便利道具を封印されてる訳だから、冒険者として致命的だと、今になって自分の置かれてる立場を認識したな。



 気楽に考えすぎてたか……



 まあ、実際は何も封印されて無いからね!

 奪われたリュックサックも、ただの偽装用で何の効果も無いし、魂を女神の力で補強されてるから、破門の腕輪を付けられてても、普通に魔法を行使できるしね。



「そう、大変だったのね。わたしにできる事があったら何でもいってね」

「ありがとうございます。何かあったらお願いしますね」



 はい、言質いただきました!

 美人受付嬢の「何でもいってね」のカードは、どこで切ろうか悩みどころだ。寧ろ、ワクワクするくらい楽しみだ。

 嫌われたく無いので、エッチなお願いはしませんよ?

 本当、本当。


 でも、そんなカードはすぐに使い切るのが俺流だな。



「あっ。それならさっそくお願いしたい事があります!」

「何かしら?」


「ラナがSランク冒険者になったので、お友達としてコーデリアさんがお祝いしてあげてください」

「ええ―――ッ?!」



 コーデリアの叫び再び、だな。



「ラナちゃん、いつの間にSランク冒険者になってたの?!」

「俺も最近聞いた事なので、いつ上がったのか聞いてません」


「わたしも同席するわ! ギルドマスターに確認したいもの」



 暇なときはいつも同席してた気もするが、言わぬが花というものだね。


 歩きながら雑談を重ねていたがギルドマスターの部屋の前に着き、足を止めたコーデリアさんが扉を優しくノックする。


 コンコン


「コーデリアです、エルくんを連れて来ました」

「勝手に入ってくれ!」



 部屋の中から聞こえるワルトナーさんの返事を聞くや否や、間髪を入れずに扉を開くコーデリアさん。

 何度も来てるから、俺も緊張せずにソファーへと腰掛ける。



「エルも大変なところ悪いな。来てもらったのは指名依頼についてだ」

「やっぱり依頼ですか。どこからの何の依頼ですか?」


「依頼主は王家だな。エルも想像つくかもしれないが、グリフォンが出る緑色の「お断りします」宝珠納品の依頼だ」



 グリフォンの名称が出たところで間髪を入れず、お断り宣言を放った。

 ワルトナーさんも俺が断るのが分かっていたようで、落ち着いた様子で会話を続けた。



「まあ、そうだろうな。受けたのは本部だから、これは差し戻しておこう。ただ、何かしらの断れるだけの十分な理由が必要だ」

「それなら山ほどありますよ」



 右腕の破門の腕輪を見せ、どのような経緯で着けられたか詳しく説明した。



「確かにその理由なら、指名依頼を拒否する理由に足り得るな」

「ダメ押しに戦闘力の低下を理由に、俺のランクをEランクまで下げましょう。指名依頼が来なくなって助かりますし。ですが、戦闘ランクはCまで欲しいです」



 Eランクなら他の冒険者に見下される程度だし、そこは力を見せて返り討ちにすればいい。

 戦闘ランクがCあれば、ミスティオダンジョンも入れるから問題無いしね。


 王家の指名依頼を避けるだけならBランクでも構わないのだが……俺からしてみれば、冒険者ランクなんてすぐ上がる。

 Bランクでは安心できず、余裕をもったEランクが最適だな。



「破門の腕輪が外れるまでは、その扱いでも構わないか」

「下がった方が昇格試験うだつの上がらない馬鹿の相手をしなくて済むので、むしろ望むところですね」

「後ほど、エルくんのランクダウン処理を行います」



 俺の提案にワルトナーさんも乗り気のようだ。


 魔法を主体に戦っていたから、破門の腕輪は効果覿面。

 そんな未成年冒険者を、最高難易度の指名依頼が降って来る環境に置いておくはずも無い。自主的なランクダウンは、冒険者ギルドも望むところだった。


 ランク相当の実力を失った冒険者が、いつまでも高ランクに留まっていては、依頼を失敗する可能性が高まる。そんな中でも、指名依頼等の重要な依頼を失敗すると冒険者ギルドの評価も下がり、評判や信頼だけでなく依頼主を失い、金銭的にも損害を被るのは間違いない。


 冒険者ギルドとしても、実力相当のランクに変更するのは歓迎すべき事態なのだ。


 俺のランクが下がるというのに、嬉しい、楽しい、大好き……では無いが望ましい待遇だ。



 それにしても王家の依頼を断るとか、ランクダウンとか不穏当な会話をしてるのだが、緊張感も欠片も無いほど穏やかな雰囲気の中、進行している。



 こんなので良いのか? 冒険者ギルドよ。



 忘れていたが、ラナと組んでた【最速の番狂わせ】のパーティー解散と、ノイフェスと二人組のパーティー結成もしないといけないし、コーデリアさんを伴って、受付カウンターでそれらの処理をさらりと片付けた。

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