第371話 罪状は何であったか?

 ガリウス・フォン・ローゼグライムside






「当家の騎士メダルを持つ者を、断りも無く召喚したのは聞き及んでおります。ですが、数日前から王城より戻らないそうです。陛下はもちろんご存じですわよね?」



 眼前に居るウエルネイス前伯爵夫人が、内に秘めた憤りを貴族らしく隠しつつ、しかしながら言葉遣いに棘を感じる台詞を並び立てている。

 再三の面会申請があり受諾したが、当主では無いが上級貴族ともあって、できる限り早い段階での面会時間を設けたが、急ぎ面会をしたい側からすれば、言葉に棘が出るのも仕方のない事であろう。


 エル商会長を呼び出したは良いが、結局、謁見の時間に間に合わなかった。

 騎士団を動員して捜索にあたったが、城門から出た記録は無く王城内に居るはずだが、行方知れずとなって以降足取りが掴めない。


 だがしかし、ウエルネイス伯爵家所縁の者だとは聞いていない!

 伯爵領に店を構えていれば何かしらの関係性はあったとしても、ただの裕福な平民では無かったのか?



「うむ、行方知れずなのは把握しておる。目下捜索中である」

「その捜索に、わたくし共も加えていただけませんこと?」


「いずれ手を借りる事もあろうが、暫し待て」



 王城内には機密が溢れている。

 王位を継ぐ王族にしか明かされていない、秘密の通路や機密文書。

 それらを隠す隠し部屋など、王城内を見て回る程度なら構わないが、あちこち細かく調べられると、意図せずとも不意に隠蔽してある機構が動き出すかもしれぬ。

 機密の露見を回避するためにも、安易に協力を仰ぐ訳には行かない。



「そこまで仰るならきょうのところは引き下がりますが、いずれまた近い内にお伺いいたしますわ」



 そういってウエルネイス前伯爵夫人は去って行った。



「宰相、まだ見つからんか?」

「申し訳ありません。一度調べた個所も再度捜査の手を伸ばしておりますが、結果の方は芳しくありません」


「はあ……、そうか…」



 王城に招かれた配下の者が、そのまま行方不明となれば捜索させろと言い出すのも無理からぬ事。

 こちらも用件があるのだ、必ず探し出すから安心して欲しい。

 そう思いながら、ウエルネイス前伯爵夫人の後ろ姿を見送った。







 それから数日の後、執務室で書類を片付けていると、宰相から知らせが届いた。



「陛下、冒険者ギルドが依頼の解約を申し出てます」

「何の依頼だ?」


「グリフォン関連の依頼にございます」

「なんだと?! 何故依頼を解消すると?!」



 他国に先んじて空飛ぶ部隊を手に入れるための布石だ。

 部隊を編成できるほど数が揃わなくとも、早馬より早い伝令として各地の重要拠点に配備はしたい。その為に高額な依頼料を支払って冒険者に依頼を出しているのだ。



「理由としては、『王都に拠点を置く冒険者では、グリフォンの出る緑色の宝珠を確保する事が難しい』と書かれております。別紙にて、その詳細な報告もあります」

「貸してみろ!!」



 冒険者ギルド本部が提出してきた報告書によると、グリフォンが出る手前の階層の踏破が困難であり、グリフォンの討伐は可能だが、緑色の宝珠を捜索する範囲があまりにも狭い為、宝珠の確保は絶望的だという見解だ。



「グリフォンは倒せても宝珠の確保が難しければ、依頼を出す意味も無いか……」

「冒険者ギルドは、依頼の意味をよく理解した上での回答ですね」



 大規模編成を組んでも無理だったと書かれている。ギルドとしては、可能な限りの手段を講じたが結果が芳しくなかったともなれば、互いの為にも、達成不能な依頼をいつまでも掲示する気は無いようだ。



「だが、宝珠の納品はあったであろう?」

「それを納品した冒険者は、王都を拠点にする冒険者では無いようです。偶然の一つに過剰な期待をするのは……」


「その者に指名依頼をだせ! 王都での滞在や移動など諸々の費用はこちらで負担するとしておけ!」

「そこなのですが、その冒険者が達成した別の依頼で報酬に【飛行許可証】の発行を希望しております。それを踏まえて依頼を出すのはいかがでしょうか?」


「そうだな。依頼を受けるなら【飛行許可証】の発行も吝かでは無い」

「確約せずとも良いのですか?」


「緑色の宝珠を得るには、何度か繰り返す必要もあろう」

「で、ありますか……。畏まりました、ではそのように冒険者ギルドに通達致します」



 最敬礼をした宰相は下がり、配下に指示を出していた。

 ウォーホースを伝令として数匹配置するよりも、一匹で事足りる飛行魔物。どちらを各地に配備するかは比ぶべくもなく、喫緊の最重要課題でもある。



「それと、赤いグリフォンをテイムした少女が居たな」

「冒険者のラナでございますな」


「その者にSランク認定を出すのだ。グリフォンの出る緑色の宝珠が入手困難となれば、たとえ冒険者であっても国の為に活躍してもらおう」

「畏まりました、そのように打診致します」



 依頼を出す形にはなるが、伝令として活躍してもらおう。Sランク認定を行えば他国への流出が避けられ、国外へ出るにも許可が必要になる。


 無論、許可など出さないがな。








 さらに数日が過ぎ、再度ウエルネイス前伯爵夫人が面会に来ていた。



「未だに、我がウエルネイス伯爵家の騎士メダルを持つ者が戻りません。陛下はいかにお考えなのでしょう?」

「うっ……。目下捜索中である…」


「あれから幾日も経過しております。そろそろ快い返事を聞かせていただけるものかと」



 騎士や兵士を動員した捜索を行うも行方は知れず、いまや手詰まりとなっており、既に城外に出ていると結論付きそうな雰囲気となっておる。

 ここには居ないといっても納得はせぬのであろう。

 捜索の許可を出し自らの脚で探し回る事で、見つけられねば納得もするであろう。



「うむ、ウエルネイス前伯爵夫人に城内を捜索する許可をだそう」

「ありがたく存じます。では捜索範囲に、立ち入りを禁じられてる場所を追加していただきたいですわ」


「何ゆえに?」

「動員された者たちが、何度も捜索した場所以外を探しますわ」



 確かに立ち入りを許可されて無い場所へは騎士達も捜索に向かわない。それ以外の場所を探すのは理にかなっている。

 前伯爵夫人の言葉には道理がある。



「分かった、許可を出そう。ただし、こちらの騎士も同行させる」

「陛下のご配慮、痛み入りますわ」



 全ての個所では無いが、立ち入りを許可する場所の案内を、同行させる騎士に指示しておけば良いか。

 宰相がその手配を行い、同行する騎士を連れてウエルネイス前伯爵夫人は城内の捜索に向かった。




 だが、二時間もしない内にウエルネイス前伯爵夫人は戻って来た。



「陛下のご威光も、陽の差さぬ所までは行き届かないご様子」



 要するに、何人もの騎士を動員しても見つけられなかったが、ウエルネイス前伯爵夫人が動けば、ものの数分で見つかったという事だ。

 戻るのに時間がかかったのは殆どが移動に擁する時間で、多少は発見した者とゆっくりと会話をしてた経緯もあろう。


 発見された場所は地下牢。確かに騎士達の捜索の手が及ばぬ場所であり、わざわざ探そうとも思わぬ場所であった。



「それと破門の腕輪が嵌められ、所持品が奪われております」

「なんだと?!」



 エル商会長は、時間停止のマジックバッグを保有してると目されている。

 その中身について交渉を持ち掛けるための呼び出しであるが、奪われているなら話は別だ。取り戻さねば、サナトスベア肉の交渉が始まらない。



「陛下に危害が及ばぬよう、信頼のおけぬ人物には、謁見前に破門の腕輪の装着は認められております。ですが! それは謁見の間を目前とした控えの間での処置であり、謁見を断られる可能性のある、事前審査の段階で行うものではありません」

「確かにそうであるな。だが、その者は何も抵抗しなかったのか?」

「恐れながら陛下、初めて王城を訪れた者に、初めからすべてを理解しろというのは酷では無いかと……。それも王家の呼び出しとなれば、騙されていたとしても、知らなければ素直に従うものでしょう」



 ウエルネイス前伯爵夫人が言葉に熱を込めて説明しておる。それを聞いた宰相が知らなければ無理も無いと擁護する。



「…ふむ。無知とは罪であるか」

「……では、地下牢から解放していただきたいですわ(エルくんの評価がそれとは……無知とは恐ろしいですわ)」


「罪状は何であったか?」

「ははっ!! 牢番の記録によりますと空欄になっておりました!」



 地下牢からの解放を希望するが、念のため罪の有無を同行した騎士に確認を取る。



「空欄では何も分からぬではないか!」

「恐れながら陛下、事前審査した者と、牢番の間で共謀したと思われます。それに、罪状を無記入としたのは、目的の物を手に入れたら、人知れず解放する計画だったのかも知れません」



 文官の長である宰相にも、忸怩たる思いがあるのであろう。

 末端とはいえ、配下の不祥事に拳を握り締めて振るわせている。

 罪状を書き込めば、裁判を経て罪を償うまで出る事は叶わぬ。

 牢から解放して『地下牢への監禁が無かった事』とするには、罪状を記すのは足枷となる。そこまで練られた計画となれば、事前審査した者のみの単独犯とは考えにくい。協力者がいるのは明らかである。



「そうだな。ウエルネイス前伯爵夫人、罪の有無が分からねば今すぐ解放する訳にも行かぬ。調査の後に開放するか判断する。本日のところは下がるように」

「連絡お待ちしておりますわ」



 あの様子の宰相であれば、徹底的に調べ上げるであろう。関連した余罪も浮かび上がってきそうだな。




 幾日もしない内に、宰相から直筆の手紙で、ウエルネイス伯爵家に地下牢からの解放を許可する通達を出してきた。



 並行して行われた犯人検挙だが、初動の遅れにより事前審査を担当した者を把握したころには、フェルメランダー男爵の住居はもぬけの殻になっており、杳として消息は掴めなかった。

 与えられた事前審査の役職を利用し、平民から奪ったと思しき荷物が多数残されており、その中にエル商会長の持ち物と思われたリュックサックが、切り裂かれた状態で発見された。

 捜索したフェルメランダー男爵の住居に残された数々の物証は、余罪の追求に十分なものだった。



「聞き込みを行った複数の目撃証言をまとめると、逃亡先として、西のリュトヴィッツ帝国を目指していると思われます。方角からして、ヴェストレム辺境伯領を経由すると目されております」

「では、先回りして国境とそこまでの街に、捕縛の通達を出すのだ」


「グリフォン便に依頼してもよろしいでしょうか?」

「せっかくSランク冒険者に認定したのだ。有意義に活用してやろう」

「畏まりました」



 捜査情報を基に宰相に指示を出す。


 初動の遅れと捜査に要した時間を取り戻すためにも、最速で届けられる伝令を使うべきだ。

 これでフェルメランダー男爵を捕らえる手配が進む。

 捜索した住居には、破門の腕輪の鍵は残されていなかった。確率は低いだろうが、手元で保管してる可能性もある。所持しておらずとも廃棄した場所は本人以外に知り得ない。

 破門の腕輪は女神様謹製の品。女神教会への多大なる喜捨と引き換えに入手した、大切な備品でもある。

 それを取り戻すためにもフェルメランダー男爵の確保は重要事項だ。


 何れにしても、マジックバッグを破壊してまで欲しがった中身だ。

 フェルメランダー男爵しか知り得ぬ、希少な物を所持していた可能性もある。

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