第369話 貸別荘なんてあったかしら……?
ラナがグリフォン便の依頼に出立したところで、俺も伯爵邸をお暇する事にした。
行先はもちろん商業ギルドだ。
何せ荷物を取り上げられて無一文(という設定)だしね。
当面の資金を、口座から引き出す必要がある。
それには女神カードで身分証明が必要になるのだが、破門の腕輪の効果で女神フェルミエーナ様への祈りが届かなくなり、魔力を活性化できないから女神カードを光らせて本人確認する事ができない。
即ち、このままでは貯金口座も封鎖されて、ダンジョンの入場料すら支払えない!!
無一文で路頭に迷う、哀れな子羊となってしまう。
そうならないためにも、伯爵家の
危うく人生詰む所だった。
女神カードに魔力を流すとうっすらと光るのだが、最初に登録した魔力でしか発光現象は起きない。したがって、本人以外には光らせる事ができず、本人確認の証明に使えるのだ。
破門の腕輪で光らせる事ができないが、最悪、似顔絵が付いてるのでそちらで確認する事はできる。
それだけで本人確認とするには弱いので、伯爵家の執事さんを連れて来て、女神カード持ち主であることを証言してもらった。
商業ギルドの受付嬢には、終始胡乱げな眼差しで見られてたけど、流石に伯爵家の執事が俺の後ろに立っていては、表立って不審者だとは言えなかったのだろう。
「エル様の口座よりお引き出しですね」
「100万ゴルドを、銀貨10枚と大銀貨でください」
「かしこまりました」
受付嬢は奥に引っ込み、お金の準備をしに行った姿を見送った。
「その程度の金額でしたら、伯爵家で用立てましたのに」
「申し出はありがたいのですが、ラナの面倒を見てもらってる上に、これ以上ご迷惑をおかけする訳にはまいりません」
執事さんを引っ張り出してるだけでも、十分迷惑をかけてる気がしないでもないけど、お金の事はデリケートな問題だしね。こじらせれば交友関係を失いかねない。
だが、伯爵家に頼めばその程度の金額は支払ってくれるだろうし、俺が受け取り辛いなら、何かしらの依頼を作って報酬として支払うだろう。
そうだとしても、できる限り自分の資産で何とかするのが大人という物だろう。
まだ成人前だけどねっ。
「お待たせしました。こちらの革袋が大銀貨9枚、そしてこちらが銀貨になります」
「ありがとうございます」
俺達が手ぶらなのを見て、気を利かせて財布代わりに革袋に入れて持って来てくれた。ありがたい。
大銀貨9枚が入った革袋を掴み、銀貨はポケットに突っ込んだ。
執事さんにお礼をいって、商業ギルドを出たところで分かれ、伯爵家の馬車を見送った。
俺達はこのまま市場へ向かい、昼食を調達してダンジョンに挑む予定だ。
歩いて市場に向かうと、俺の記憶とは違う世界が広がっており、
肉の確保ができて食の安心につながったのか、いつも以上に人々が笑っているようで、その笑顔が眩しく見える。
騎士団や警備兵たちは、この笑顔を守るために、日々の訓練や努力をしてると思うと、頭の下がる気持ちになる。
ちょっとだけね!!
警備兵にはちょくちょく牢に入れられたり、詰め所で足止めされたりしたし(これは
普段、街中で平和な生活を享受しているのは、平時は関りの無い騎士団や警備兵のお蔭なのだが、僅かでも悪い印象を受けると途端に嫌われ者になるのが、こういった職業の報われない点だ。
話は逸れたが昼食に必要な分だけ買い物を済ませ、市場を回って手荷物を入れられる袋や、喉が渇いた時に必要になるコップなどの食器類も買い揃えた。
荷物が増えて来ると流石に邪魔だとは思うが、マジックバッグを奪われた不幸な姿を見せておかないと、王家の依頼が断れなくなる。
「ここでの買い物はこのくらいで良いか……」
「次はどこへ行くデス?」
「冒険者ギルド内の売店で、必要な物を買い揃えて行くよ」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」
賑やかな市場の喧騒を抜け、冒険者ギルドへと足を向ける。
流石に地下牢から出てからもあちこちと移動した事もあって、見上げる青空には、太陽の位置も真上を指していた。
昼飯時も近い時間帯に冒険者ギルドに入ると、殆どの冒険者は出払っているようであった。
要するに、ロビーを見渡す限り、閑古鳥が鳴いているという有様だ。
正面にある受付カウンターを素通りし待合い場所の脇を抜け、ギルドのロビーに併設してある冒険者御用達の売店の前に立つ。
ラナやノイフェス用に利用した事はあるけど、自分用に買うのは初めてだな。なんだか初心に帰るような気持ちで必要な道具を買い揃え、ようやく偽装用のリュックサックを手に入れた。
「エルくん、エルくん。しばらく見なかったけど、どうしてたの?」
「あっ、コーデリアさん。ちょっと貸別荘みたいなところで、臭い飯を食べてましたよ。中々入れない場所なので、貴重な体験ができましたね」
「貸別荘なんてあったかしら……?」
顎に人差し指を当てながら、小首を傾げて考え込むコーデリアさん。
美人があざとい系の仕草をすると、様になってるし男たちをときめかせて、勘違いする野郎どもが増えそうだけど、ロビーが閑散としてたのが幸いしたな。
ダンジョンに向かう前に、コーデリアさんに声を掛けられたけど、適当に誤魔化して冒険者ギルドを後にした。
ダンジョン前に辿り着くと、昼間とあって人気が無いのかと思ってたが、昼時だからこそ外に出てくる冒険者パーティが以外にも多かった。
ウォーホース狩りの連中であれば、昼食をダンジョンの外で食べて再度ダンジョンに入るとしても、11階層に転移して10階層のボスを倒して昇って行けば、すぐウォーホース狩りに戻れるという便利な仕様に変化していた。
稼いでる冒険者は気兼ねなくダンジョンを出入りするようで、新しい流れが生まれていた。
「それじゃ、俺達もダンジョンに潜って一稼ぎするぞ!」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」
俺達もギルド出張所で料金を支払いダンジョンへと潜る。
1階層に入ると近くにある21階層への転移装置にダンジョンカードを翳す。
ダンジョンカードを持つノイフェスはともかく、フェロウ達はダンジョンカードを持っていないので転送されるか不安だったが、俺の転送と共にフェロウ達も同時に21階層へと転送されていた。
「一応、ダンジョンから脱出する時にテイムモンスターも同時に出れたから恐らく大丈夫とは思ってたけど……、予想通りで一安心だな」
「ダンジョンは問題無く機能してるデス」
表情を変えないまま、ノイフェスがそう伝えて来た。
「それじゃ、アイアンゴーレムを倒して、20階層のボスを周回するぞ!」
「ラジャーデス」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」
己を鼓舞するかのように声を上げ、ノイフェス達がそれに続き、20階層のボス部屋へと突入する。
部屋の中央にある魔法陣が輝き、いつものようにアイアンゴーレムが姿を現す。
「それじゃ、予定通りフェロウ達だけで戦って見てくれ」
「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」
「サンダは止めとけ……」
翼を広げて走り出しそうなサンダを抱え上げ、ボスに立ち向かわないように胸に抱える。
「コココッ!!」
不満そうな鳴き声を上げるが、戦闘力の無い奴まで死地に向かわせたりはしないぞ!
近づくフェロウ達に気付いたボスは、身体を反転させゆっくりと歩き始める。
21階層から入るとボスの背中側にあたるから、マーヴィが音も無く近づいたら、気付かれない内に一撃を加えられるのではないだろうか?
まあ、俺達が居るから、マーヴィ以外に気付かれる可能性が高いけどね。
「ピピッ!!」
シャイフがすかさず影魔法を使い、アイアンゴーレムの脚を影に沈める。
「ゴゴゴッ?!」
上半身を振り回し足を抜こうと藻掻くが、その努力も空しく影に沈んだ足が抜ける事は無かった。
「わふぅ~」
バリバリバリッ!!
移動ができなくなったところで、間髪入れずにフェロウが雷魔法を放つ。
直撃したアイアンゴーレムは、帯電するかのように、体中のあちこちでパリパリと小さな光を明滅させている。
獣系の魔物には効果絶大だった雷魔法も、アイアンゴーレムのような金属系の魔物には、あまり効果が得られないようだ。
「うーん。フェロウの魔法は有効打にならないか……。更に深い階層の魔物だけあって、シャイフの影魔法は効果的だな」
移動はできないが暴れるアイアンゴーレムに対し、攻撃を掻い潜りながら小柄なマーヴィがすかさず背後を取る。
こちらからは見えないが、跳び上がったマーヴィが攻撃を加えたようだ。
暴れるアイアンゴーレムから、ポロリと頭部が零れ落ちた。
「アサシンキャット、金属までも切り裂くのか……」
頭部が無いまましばらく動いてたアイアンゴーレムも、電池が切れかかった玩具のように徐々に動きが遅くなり、やがて動きを停止した。
ズシンッ!!
シャイフが影魔法を解除し、沈めてた分の身体がせり上がり、バランスを崩して横倒しになった。
都合よく腹ばいに倒れたので、背中の魔石ボックスを開けて魔石を回収する。
ロックゴーレムは幾つもの岩が重なり合ったような身体つきで、魔石ボックスの継ぎ目が分かり難いが、アイアンゴーレムの胴体は
「俺の魔法抜きでも戦えそうだ」
まあ、足を土魔法で固めるところが影魔法に置き換わっただけで、基本戦術がそれほど変わらないしね。
順調に行けそうだから、このまま周回を始めるぞ!
ボスを倒した時に出る宝珠を回収し、20階層のセーフゾーンへと移動する。
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