第368話 帝国の目もありましてよ?

 コスティカ様の本題は、それほど大した用事では無かった。



 俺を地下牢に押し込めた男爵の足取りと、奪われた荷物の詳細の説明で、基本的に地下牢を出た時に聞いた話しを、より詳しく説明しただけのようだ。



「それで、俺を呼びだした用件は何だったんでしょうね?」

「エルくんの用事なら知ってるわ。知りたい?」



 コスティカ様が悪戯を仕掛けるような笑顔で口走る。


 ええ、是非とも!

 早く教えてくださいな。



「焦らしてもしかたないわね。エルくんが持ってるサナトスベア肉の買取が目的のようですわ」

「それなら、もう呼ばれる事は無いですね」


「何故かしら? 簡単に諦めるとは思えませんわ?」

「いえいえ。何とか男爵がマジックバッグを切り裂いたじゃないですか。もう存在しませんよ」



 これで、アイテムボックスに収納されてるサナトスベアの肉は公にできなくなったから、個人的にこっそり食べて処理する事になったな。

 王家に呼び出される理由も無くなったし、国王親父と顔を合わせて身バレする心配も無くなったわけだ。



「エルくんのマジックバッグは無くなってしまったのでしたね。でしたら、王家からの呼び出しが来ても、断るようにしますわ」

「そうしてください。それでも呼び出しや依頼を持ち込むようなら、マジックバッグの代金と中身を全て買い取った金額。要するに、賠償金の支払いを済ませてからにしてもらってください」



 謁見を受ける上での業務の流れで行くと、俺の荷物を王家が預かってから消失した事になる。消失の責任は王家にあるのは明らかだ。賠償請求するのは当然だ。



「希少なマジックバッグでしたわね? それに中身も……。具体的にいくらの請求になりますか?」

「そうですね……」



 金額か、考えて無かったな。


 容量無限で時間停止機能のあるマジックバッグアイテムボックスが実在したとして、金額を付けたらいくらになるのやら……

 それに加えて中身は、サナトスベアの肉がほぼ半身残ってるし、ホーンバイソンの肉も一匹分丸ごとある。解体に出してない魔物が、種類別には多い物で千を超えてるから、合わせれば一万は軽く超えるだろう。

 魔石や肉、素材などを金額に換算しないといけないし、それ以外にも【飛行許可証】や【緑色の宝珠持ち出し許可証】などの権利関係もある。

 美容魔法で稼いだお金や、捕虜返還費用などの、貴族から毟り取ったお金も入れていた。

 それらが消失した(アイテムボックスに収納してあり、全て無事)訳だし、なんならノイフェスの本体【ライマル】も入れていた。



「大金貨百億枚でも安すぎるくらいじゃないですかね?」

「大きく出たわね、エルくん」


「殆どマジックバッグの値段ですね。中身も相当な額になりますけど、支払いを終えるまで王家との取引には応じない、王城にも立ち入らない事にします」

「そうなるのも仕方ないわね。王家の呼び出しがあったら、責任を果たすように伝えるわ」


「よろしくお願いします」


「でも、エルくんはお金も荷物も全て失ったのよね?」

「お金はありますよ? 商業ギルドの口座の中身まで、失った訳じゃありませんので」


「そういえばそうね。今すぐ路頭に迷うような事は無いのね?」

「お気遣いありがとうございます。ただ、マジックバッグが出るまでダンジョンに通い詰めるくらいですね」



 20階層ボスのアイアンゴーレムを周回して、宝珠を集めてマジックバッグが出た振りをするつもりだ。

 それに合わせて要らない物を売り払えば、当面のお金も作れるだろう。



「では、エルくんの希望は、宿に戻ってダンジョンに向かう事ですか?」

「当面の資金を得るためにも必要な事ですね。そうそう、ラナと組んでたパーティーは解散しても構わないか?」

「パーティー?」



 コスティカ様が今後の予定を聞いて来る。それに答えた俺は、ラナにパーティー解散を告げるが、小首を傾げて聞き返して来た。


 うん、全く理解してないよねっ!


 ラナがSランク冒険者として王家の依頼を受けるなら、王家お断りの俺とパーティーを組むのは不自然すぎるだろうと、ラナにも分かり易いようにかみ砕いて説明した。



「分かったーっ、解散していいよーっ」



 優しく説明したからちゃんと理解してるのだろうけど……、相変わらず返事が軽いな。

 郵便配達という生活の当てはあるだろうし、トロンと仲良く暮らしていけるようにも、同じようなグリフォン便が広がらないよう、グリフォンが出る緑色の宝珠を納品する依頼は断固拒否しよう。

 飛行する魔物をテイムする者が増えなければ、ラナに任せられる依頼が減る事は無いだろうしね。



「そういえば、キャロル様は学業の方は順調ですか?」



 コスティカ様が俺に聞きたい事も済んだだろうし、ラナとの話も終わった。

 お互いの用件が済んだところで、解散の流れになる前に、帰省でミスティオとの往復を護衛したキャロル様の様子も伺っておこう。



「学業は順調ですわ。それなりに良い成績と自負しておりますわ」

「エルくんそうなのよ。キャロルは自慢の孫ですわ!」



 キャロル様が嬉しそうに報告してくると、それを裏付けるかの如く、コスティカ様も孫自慢を始めた。


 コスティカ様。ばば馬鹿が過ぎて、『年寄りっ子は三文安い』となら無いように気を付けてくださいね!


 そんな雑談をしていたら、扉を叩く音が聞こえて来た。



「大奥様。火急の用件との事で、ラナ様への依頼を携えて、王家からの使いが来ております」

「入っていただきなさい」


「かしこまりました」



 火急の用件という言葉を耳にした俺達は、一気に緊張が走るのを感じた。

 扉越しに使用人と会話をしたコスティカ様は、一息つくかのようにテーブルに置かれたカップに手を伸ばし、ゴクリと音を立てて紅茶を一口流し込み、平静さを取り戻して行った。



「失礼します!」



 部屋に入って来たのは伝令の兵士で無く、鞄を肩から下げ、一枚の書類を手に持った文官らしき人物だった。

 短く切りそろえた清潔感のあったであろう髪は、ここまでの道筋を急いで来たのか乱れた髪形をしており、誂えの良い服は、如何にも高そうな印象を受ける。恐らく王宮勤めの文官だろう。



「Sランク冒険者のラナ様への依頼をお持ちしました。依頼内容をお伝えしますので、お人払いをお願いします」

「この場で話せないような内容でしたら、依頼はお断り致しますわ」



 文官の申し出を、にべも無く断るコスティカ様。

 それもそのはず。元々、ラナが請け負う依頼は、門番に渡しても問題無い程度の書類で、機密文書に相当する書類は取り扱わないと事前に定められている。

 人払いをしなければ伝えられない依頼など、当初から条文に盛り込んでいた契約内容に反している。


 ラナが伯爵邸に留まる事で、依頼主に騙される事も無く、しっかりとコスティカ様の力で守られているようで安心できる。



「くっ……分かりました。依頼内容を読み上げます」

「よろしくてよ」


「フェルメランダー男爵の足取りが判明した。西のリュトヴィッツ帝国へ向かっている。国境を超える前に捕縛する為、ヴェストレム辺境伯領マンセルメーヌの街並びに、国境検問所へと命令書を運ぶように!」

「ヴェストレム辺境伯でしたら、早馬より早く伝令が届けられるならと、グリフォン便の契約はされてましたわね?」


「もちろんです! それで此度の依頼は受けていただけますね?」

「マンセルメーヌの街は、今から日帰りで運べるような場所ではありません。一つ手前の街である領都ルガランケイトでしたら運べますわ」


「それですと国境やマンセルメーヌの街へは……」

「辺境伯が伝令を出すか、翌朝にもう一度出立するしかありませんわね。それでも国境検問所へや、マンセルメーヌから早馬を出していただきますわ」


「何とかグリフォン便で運べないでしょうか?」

「国境は帝国の目もありましてよ? 空飛ぶ魔物を使役してると明らかになれば、仲の良い隣国とはいえ、リュトヴィッツ帝国に無用な刺激を与えますわよ?」



 どうにかして命令書を早く届けたい文官と、ラナを守るために日帰りと門番に渡して配達を終わりにするコスティカ様とのせめぎ合いが続いたが、コスティカ様の全面勝利で着地した。


 契約内容を逸脱した飛び込みの依頼を持ち込んでおいて、一切引こうとしなかったなら、最終手段の【お断り】を出すに決まってるしね。

 それらの判断ができるように、伝令の兵士じゃなくて文官が直々にやってきたのだろう。



 まあ、犯罪者を捕縛する命令書は、機密文書に該当する気がしないでも無いけど……



 文官から書類を受け取ったコスティカ様は、本日届ける分だけをラナに渡し、受け取ったラナも、大切そうにマジックバッグに収納していた。

 仕事を終えた文官は、俺達に背を向け部屋を出て行く際、気が抜けたのか安堵するかのように大きく息を吐いていた。



「それじゃ行って来るねーっ」



 いつも通りの緩い言葉遣いで、ひまわりのような笑顔を浮かべながら応接室を飛び出すラナ。



「気を付けて行ってこいよ」

「はーい」



 ラナのグリフォン便は、仕事というよりトロンとのデートを楽しむかのように、とても嬉しそうな笑顔が印象的だった。



 俺と離れる事になったがラナの幸せそうな姿が見れたし、伯爵邸に送り出したこの選択は、間違って無かったと思え、喜びと共に胸を撫で下ろした。

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