第367話 食べさせれば良いのー?

「シャバの空気は美味いぜ!!」

「新鮮デス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」



 地下牢から出て階段を上り切ったところで、万感の思い込めて心の底から沸き立つ言葉が、自然と口から飛び出した。

 それに続いてノイフェス達も次々に声を上げていた。まだ城内だから、シャイフは影の中で休んでいる。

 薄汚れて薄暗い地下牢にずっといては、常人ならば精神に異常をきたすところだ。そこから解放されて、清潔感のある白い廊下に出て、窓から差し込める陽の光を浴びれば、そんな台詞が零れ落ちるのも無理はない。

 それにしても、影空間はいつの間にか容量が増えてたようで、フェロウ達が入る余裕ができたようだ。



「エルくん、気持ちは分かるけど、それだと本当に刑期を終えた罪人みたいですわよ?」



 数日前に牢屋を訪れたコスティカ様は、何かしらの権力を使ったのか、牢を出られるように手配してくださったようで、たったいま迎えに来ていた。



「それで、これからどうするんですか?」

「わたくしと共に伯爵邸に帰りますわ」


「謁見で呼ばれたような……?」

「エルくん……。あんな目にあわされて、王家に義理立てする必要はありません! まずは休息が必要です!」



 なぜかコスティカ様は俺よりも怒っていた。


 拷問とか受けなかっただけマシだし、何度も牢に入れられた経験のある俺としては、不便は感じていても、いつでも逃げ出せると気持ちに余裕があって、それほど大変な思いはしていなかった。


 そんなもんかな?

 と思いつつ、謁見などお断りしたい俺は、黙ってコスティカ様の後について行った。

 ウエルネイス伯爵家の騎士メダルを所持しているから伯爵家の後ろ盾があるとして、平民の俺が呼び出されたとしても、多少は抵抗ができるのだろう。


 ダンジョン明けにすぐ地下牢に連れてかれたし、たっぷり休養はした気がしないでもないが、アイテムボックスから寝心地の良い寝具を出す訳にも行かず、硬い床で寝てたから、肉体的な疲労が取れたとは言い難いか?


 因みにマジックバッグに偽装したリュックサックは取り上げられたままだし、【破門の腕輪】も着けられたままだ。

 鍵となる道具と【破門の腕輪】は対になっており、鍵を失えば当然腕輪は外せない。実害は全く無いけどね。

 いざとなれば女神フェルミエーナ様から鍵を取り寄せるという手も使えるから、不当な扱いをされたという証拠として、とりあえずはこのまま腕輪を残しておくつもりだ。


 俺を審査した何とか男爵、フェルメランダー男爵だったか?

 自分の立場が危うい事を察知したようで、捕縛しに住居に押しかけても、既にもぬけの殻になってたそうだ。

 そこには引き裂かれたリュックサックと入れてあった着替えとタオルが残されており、鍵となる道具は見つかっていない。

 マジックバッグを壊せば中身が飛び出すと考えたフェルメランダー男爵が、リュックサックを切り裂き中身を取り出そうと試みたらしい。


 もちろん中身が出てくるはずも無く、切り裂かれたリュックサックを放置し逃亡したと思われていた。



「男爵だから領地があるんじゃないですか?」

「法衣男爵よ、領地なんて持って無いわ。王城で平民相手に仕事をするのだもの、素直に従うよう、格上である事を拍付けするための爵位で、職を辞したら取り上げられるわ」



 コスティカ様に尋ねたら、眉を顰めながらそんな返事が返って来た。

 フェルメランダー男爵の事は、明らかに嫌っているようだ。似たような貴族が王都には多いのだろうか?

 牢番には賄賂を渡して無実の人間を収監してたりするし、同じ手口で地下牢へもフリーパス。事前審査をする立場を利用して、目ぼしい荷物を強奪して私腹を肥やしている訳だしね。



「それと、エルくんには伝えておかないといけない事があるわ」

「何でしょうか?」



 眉を寄せ深刻そうな表情を浮かべて、コスティカ様が前置きをして話を切り出す。



「このところ王家からの依頼が頻発して、ラナちゃんがSランク認定されたわ」

「えぇーーーッ?!」



 ラナがSランク冒険者なんて寝耳に水の情報だ。っていうか、地下牢に居たから俗世の情報が何も入って来ないのも当たり前か。


 Sランク冒険者とは、Aランク冒険者を国内に繫ぎ止めるため、王家と懇意の冒険者に認定するもので、国外への移動が厳しく制限されてしまう。

 代わりに、依頼料が高額になりがちな王家からの依頼が優先的に振られるが、相応に危険度も増すからラナの身が危ういかも知れない。



「エルくんが何を想像してるか分からないけど、ラナちゃんに依頼されるのは郵便配達の依頼が主になりそうよ。グリフォンをテイムしてる唯一の冒険者を、安易に死地に追いやったりはしないから安心しても良いわ」

「そうだったんですね」



 Sランクに認定したから無茶な依頼を任されるのかと思ったけど、伝令役として繫ぎ止めるのが狙いらしい。

 単独移動という危険はあるが、バーニンググリフォントロンなら攻撃魔法も使えるし、それほど危険は少ないな。むしろ安心できるといえる。大空を移動するから、盗賊には遭遇しないしね。



「早馬より早い伝令ができると、王家もその実力を認めてるのよ」

「唯一といっても、王家にグリフォンが出る緑色の宝珠を納品したし、俺もグリフォンをテイムしてるんですけどね。まだ人を乗せて飛べるほど育ってませんが……なので、その内三人に増えますね、確実に」


「そうなのね、ラナちゃん早まったかしら?」

「ラナが納得してるなら、構わないんじゃないですか? 俺はラナの意思を尊重しますよ」



 それに、ラナがSランク冒険者になった最速記録になるんじゃないだろうか?

最速の紅ラピッドレッド】の二つ名を体現してるみたいで、見た目でラナを侮る冒険者が居なくなれば、ギルドでの居心地も待遇も良くなるだろうしね。

 王都での交友関係も増えただろうし、仕事冒険者活動も私生活も充実してるようで安心できる。



「エルくんは、否定はしないけど肯定もしない感じかしら?」

「むしろ歓迎してる感じですね」


「そうなのね。馬車を正面玄関に回してもらうわ、しばらく待ちましょう」



 喋りながら廊下を歩き王城の玄関に着いたところで、コスティカ様が連れていた侍女に指示を出して、王城の使用人らしき人物に馬車の手配を頼んでいた。

 しばらく待つと、玄関前の車寄せにウエルネイス伯爵家の家紋が入った馬車が止まり、御者が扉を開けて待っていた。



「さあ、帰りましょう」



 にこやかに笑うコスティカ様は、子供のように俺の手を引き馬車へと乗り込んだ。



「にゃー」



 すかさずマーヴィが飛び出し、コスティカ様の膝の上を占拠している。

 この場には、キャロル様の専属侍女のミレーヌが居ないから、フェロウも安心して外に出て来た。


 俺はコッコを抱き上げ、進行方向を向いて座るコスティカ様の対面に座った。

 侍女とノイフェスも居て三人で並んで座っているから、かなり窮屈さを感じている。身分差もあるから、この席順は仕方が無いか。



 貴族街を隔てた壁の内側を移動するだけなので、大した時間も要しない内に、伯爵邸に到着する。徒歩でも移動出来そうなくらい、あっという間だったな。


 ただ、王城の門から玄関までのアプローチが長すぎて、馬車は必須な気がするけどね!



 屋敷に入るとそのまま使用人達に囲まれ、ノイフェス共々お風呂場へと拉致された。



「ずっと地下牢にいたのですから、まずは身体を磨いてらっしゃい」



 俺が光魔法を使えるのは知ってるはずなのだが、美容魔法を封印してた事で、すっかり忘れてしまったのだろうか?


 伯爵邸の風呂場は、もちろん男女別に作られており、俺の入浴を手伝うのは当然ながら下男だった。


 男に身体を洗われても嬉しくもなんともない。


 丁重にお断りしたのだが、お世話を命じられた使用人に、何もさせないのも役目が果たせず咎められるかも知れない。

 流石にその程度の事でコスティカ様からお叱りを受けるのも可哀想なので、手が届かない背中を流すのだけ許可を出して、着替えの用意とか、風呂場の外で出来る仕事だけをお願いした。



 毎日、浄化クリーンで清潔にしているけど、湯船に浸かるのはまた違った感覚で、温泉に浸かる娯楽のような認識だった。


 身体も温まりサッパリとしたところで、下男に連れられ伯爵邸の廊下を歩く。

 ひんやりとした空気が頬を撫で、火照った身体を程よく冷ますのが心地よい。


 案内されたのはいつもの応接室で、そこにはコスティカ様にキャロル様、それとラナがソファーに座っていた。

 キャロル様とラナが対面に座り、コスティカ様が一人掛けのソファーに座っている。所謂お誕生日席というヤツだ。

 ノイフェスはまだお風呂に浸かってるのか、この場には居ない。



「来たわね、エルくん。座ってちょうだい」

「エルさん、こちらへどうぞ」



 コスティカ様が着席を勧め、キャロル様が嬉しそうに隣に座るよう案内していた。



「お風呂ありがとうございました。では、失礼して……、そういえばラナはSランクになったんだってね、おめでとう」

「エル、ありがとーっ」



 部屋に入った時から嬉しそうにしてたけど、俺に褒められたせいか、いつも以上に満開の笑みを浮かべていた。



「エルくん、本題に入っていいかしら?」

「もう少しだけ待ってもらっていいですか? ラナの女神カードを確認したいので」


「エルくんが気になってるのなら仕方ないわね。先にそっちを済ませなさい」



 ため息を一つ吐いたコスティカ様は、侍女に命じてお茶のお代わりを準備させていた。

 俺の用事を優先させてくれてありがたい。

 ってか、騎士に連れて行かれる前から、話しがあるからとラナを角猛牛亭まで呼んでたからね。先約は俺の方が先だから遠慮はしない。



「ありがとうございます。ラナ、女神カードを見せてくれ」

「わかったよーっ」



 ラナから女神カードを受け取り、裏面に記載されてる【女神のご褒美】を確認する。



「8番目の【女神のご褒美】に【テイムの絆(微:トロン)】が増えてるから、ラナの保有魔力だけでトロンをテイムするのに必要な魔力は足りるよ」

「本当っ?!」


「まあ、【黒鉄の鉄槌】に出してる指名依頼が無くなるけどね」



 それくらいは問題無いか。

 いくら金を持ってるからといって、ラナがキーロン達を養うのもおかしいしな。



「そっかー……」

「何か不満か?」


「ううん、エルはフェロウ達の魔力は足りてるんでしょー?」

「まあ、足りてるな」


「でも、ご飯はいつもあげてるよねー?」

「気分的なものだが、効果があるかは知らないぞ?」



 俺だけ飯食って休憩してるのに『フェロウ達は見張りをしておけ』、そんな薄情な真似ができないだけだな。後ろめたいというか、ただの偽善だ。



「俺みたいに食べさせても問題無いと思うぞ。ただ、ウォーホース三匹分も食べさせる必要は無いかな」

「ホットドッグを食べさせれば良いのー?」


「冒険者メシでも果物でも、何でも構わないと思うぞ」

「わかったよーっ!」



 それを聞いたラナは、きょう一番の眩しい笑顔を浮かべていた。



【黒鉄の鉄槌】に出してる指名依頼は取り下げておけよ。ウエルネイス伯爵邸の食事に使うなら別にいいけど……



 キーロン達はダンジョンが封鎖されても、調査隊に潜り込んでまで依頼を果たそうとウォーホースを集めてきたのに……



 美味しい依頼が無くなって残念だったな!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る