第366話 奥の扉を開けてくださる?

 ウエルネイス前伯爵夫人 コスティカside








 エルくんが行方不明になってから数日、王城内を捜索する申請をいくら出しても、『城内を把握している騎士が捜索をしている。不慣れな臣下の手は不要』と返って来た。



「未だにエルくんを見つけられて無いのに、手助けは不要とは言ってくれるわね!」

「大奥様、落ち着いてください!」


「……そうね。きょうこそ王城捜索の許可をいただきたいわ。また謁見の申請と捜索許可を願う手紙を出しましょう」

「かしこまりました」



 手紙だけで許可が出るとは思えませんし、謁見を申し出て直談判しますわ。


 エルの行方は未だに分からず、捜索にあたっている騎士達の不甲斐なさに、苛立ちを抱えたコスティカは少々荒れていた。

 腹いせか嫌がらせとばかりに、捜索協力を申し出る手紙と、直談判する為の謁見申請を毎日提出していた。

 もちろん、目的はエルを見つける事であるし、捜索に協力する予定でもあるから間違ってはいない。



「大奥様、そろそろお茶会の準備を致しませんと……」

「もうそんな時間なのね、会場の準備は万全かしら?」


「滞りなく進んでおります」

「分かったわ、着替えます。手伝いなさい」


「かしこまりました」



 室内着を脱ぎ、お茶会に合わせたドレスに着替える。

 以前まではコルセットを着用していたが、お腹を締め付けるばかりの苦行のような下着を着用するのは下火になり、胸部用女性下着ブラジャーで胸を強調するようになってからは、くびれを強調せずとも女性らしさを表現する事ができるようになった。



「お茶会などの小規模な集まりで、コルセットを着けなくても良くなったのはありがたいわ。これもエルくんのお蔭なのよね~」

「そうですね、着替えに要する時間も短くなり、わたくし共も楽をさせていただいております」



 仕事に手を抜いてるといってるような物だが、その答えに満足そうに頷くコスティカは、上に立つ者として仕事を命じたとしても、使用人達を大切に扱っている事が見て取れる。

 ウエルネイス伯爵家と使用人の関係が良く分かる一面だ。



「身内のような集まりなら、コルセットを着けずとも気兼ねなく参加できますのに……」

胸部用女性下着ブラジャーも広まり始めました。大奥様が、新たな流行を作ればよろしいかと」



 公式の場である社交界では伝統という名の慣習もあり、まだまだコルセットを手放せないのが実情だ。

 その中で、ドレスに合わせた装飾品を身に付けながら、コスティカがコルセットを不要とする文化を作れと、侍女は進言しているのだ。



「……そうね。それもきょうのお茶会でお話ししましょう」



 着替えを済ませたコスティカは、客人を出迎えるべく屋敷のロビーへと移動を始めた。







 天気も良く心地よい日差しを感じられるよう、庭を一望できるバルコニーが本日のお茶会の会場となっている。


 広々としたバルコニーだが、大き目のテーブルを配置すると些か窮屈に思える。白く清潔なテーブルクロスが、陽光を受け反射して眩しく見える。


 エルくんがいうには、この下からの反射が顔に作られる影を隠し、一段階美しく見えるとのこと。



 ですが……



 集まったお友達は、エルくんの施術を受けた方々ばかりで、皺や弛みは無くなり、若かりし頃の瑞々しい肌を取り戻していますわ。

 施術前の印象を損なわずに美容魔法の施術をした結果、少女時代の溌溂とした印象は無く、年を重ねてから得られる柔らかな印象をそのままに、若返ったかのように仕上がってますわ。



 要するに、美魔女集団の集いである。



 そのお陰もあり、柔らかな印象で擬態した長年貴族社会を生き抜いた精鋭たちが、旦那諸共男性陣を手玉に取り、数々の戦場社交界で様々な情報を引き出していた。


 その情報を共有する場が、このコスティカが開くお茶会であった。

 美容魔法使いと連絡の取れる唯一の人物として、上位貴族の中でも下っ端に相当する伯爵家であっても、主導権を握る事に成功している。

 施術会場がウエルネイス伯爵邸に限られているのもあって、その立場は盤石といえる。


 コスティカとしても有利な立場を失う訳には行かず、エルの捜索に力を注ぐのは当然の結果である。



 始まったお茶会で、彼女たちが権謀術数のすえ入手した情報によると、王城内のエル商会長捜索隊は、一日過ぎる毎に捜索人員が半数に減らされているとのこと。

 捜索済みの範囲を除外して行けば、捜索範囲が限られて行き、動員する人員を減らしても問題無さそうにみえるが、未だに見つかっていないのだから、人員の削減が最善手とは言い難い。


 エルくんの事は美容魔法使いの親友と紹介しており、彼の身に何かあれば、今後一切の協力を得られなくなると伝えてある。



『そんなに重要な人物でしたら、わたくしの下で保護しますわ』



 などと言い出すご婦人が現れないよう、顔も合わせたく無い程の貴族嫌いだと伝えてある。


 顔を合わせたがらないのは本当の事ですわね。


 貴族やその使いが接触する事は、美容魔法使い共々反感を買うのは間違いない。


 エルくんにとって、過剰な貴族との交流は何の益も無いですわ。必要最低限(ウエルネイス伯爵家が選ばれたのは喜ばしい事ですわ)に留めるはず。

 追えば追うほど逃げられる。そう、念を押して伝えてあるから、抜け駆けに走るお友達は居ないと思われますわ。



「わたくしも、息子にしかと申し付けます! 是非とも協力させていただきますわ」

「ありがとう存じます」



 こちらのご婦人の息子は、文官の中でも高い地位にある宰相直属の部下であり、謁見の申請を優先度に応じて選別してるそうですわ。


 わたくしのように前当主の夫人ともなれば、貴族であっても女性であるが故、謁見の申請が後回しにされるのが落ちですわ。

 この時ばかりは、グレムス息子の不在や前当主が亡くなってる事を悔やんだことはありませんわ。



 わたくしの申請を見かけたら、優先的に謁見に回してくださるよう協力してくださるそうですわ。

 彼女以外からも協力を取り付け、必要に応じて手を貸すと言質を取りましたわ。



 エルくんに押し付けられた?ヒノミコ国の特産品をお友達に紹介し、希望した商品を屋敷に届けると約束し、恙無くお茶会を終える事ができた。





 あれから数日、ようやく謁見に漕ぎ着け、陛下の御前で膝を突いていますわ。

 一段高い位置に置かれた、立派な玉座に座る国王陛下。その脇に控える宰相。左右の壁に張り付くように護衛の近衛騎士が並んでいる。

 形式に沿った挨拶を交わした後、人を介して言葉を交わす手間を省きたかった陛下に、直答を許された。



「その方が申すように、城内の捜索は終えたが一向に見つからぬ。それでも捜索をすると申すか?」

「はい。出来れば、立ち入り禁止の区域であっても、立ち入る許可をくださいませ」


「まて! 立ち入り禁止の区域だと?」

「はい。城内の捜索が済んでいるのであれば、そのような場所を探すのが肝要かと」


「……う~む。分かった。宰相、可能な限り許可を出せるよう図らってくれ」

「畏まりました」

「ありがとう存しますわ」



 陛下の指示を宰相に続き受け入れたが、条件を付けくわえられた。



「ただし! 騎士を同行させるように!」

「かしこまりました」



 臣下とはいえ、王城内を自由に歩かせる権利は与えぬと、監視役に騎士を付けられた。

 それはともかく、これで城内をある程度自由に動けるようになった。


 宰相の部下の一人に先導され別室へと連れて行かれた。

 先日のお茶会で宰相の部下に息子がいると伺ってたが、この男性があのご婦人の息子らしく、丁寧な挨拶と説明を受けた。

 先ほど許可の出た区域が明記された【立ち入り許可証】を作成してもらい、それを受け取り騎士を連れてさっそく捜索に乗り出した。



「これでエルくんを探しに行けるわ」

「どちらに向かいますか? 大奥様」



 コスティカは迷う様子も無く、事前に考えていた場所を言葉にする。



「普通のところは調べつくされてると思うわ。だからこそ立ち入り禁止区域に行くのよ。騎士君、平民が受ける事前審査の場所から、一番近い立ち入り禁止区域はあるかしら?」

「それでしたら……。そうですね、地下牢が近くにあります」


「その地下牢は、何のためにあるのかしら?」

「王城を訪れた平民を捕らえるためです」


「その説明だと、誰しも捕らえるように聞こえますわよ?」

「も、申し訳ありません。王城に入り込んだ王家に仇なす者を捕らえ、罪人として収監する場所です」


「では、そこに案内してくださる?」

「畏まりました」



 コスティカ一行は騎士を先頭にして進み始めた。【立ち入り許可証】を受け取った謁見の間近くの部屋から、複雑な順路を進む騎士に続き城内を歩くだけでも、かなりの運動量になった。


 ほどなくして見えた地下へと続く階段は、降りるに従い薄暗くなり、その先の牢番と看守が待機する部屋へとたどり着いた。

 奥へと続く扉の先が、地下牢への入り口となる。


 牢番は近づく騎士に胡乱げな眼差しを向けるが、その後ろを歩くわたくしを一目見て貴族と理解し、狼狽えながらも立ち上がり、右手で手刀を作り頭の上に掲げ敬礼の姿勢を取った。



「わたくしはウエルネイス前伯爵夫人、コスティカですわ。陛下の許可は下りてますわ、奥の扉を開けてくださる?」



 後ろに控えてた侍女が一歩前に出て【立ち入り許可証】を上下に広げ、牢番に見せつけた。


 不意に近くの扉が開き、室内の明るさに目を細めながら、寝ぼけた顔の牢番が現れた。

 恐らく、後退の人員が必要なこの場所には、宿直や当直といった事態に備えて、仮眠できる施設が備わってるのだろう。



「おお~、えれえ別嬪じゃねえかぁ。中に用があるなら金を払いな。なんなら身体で払ってくれてもいいんだぜ?」



 寝ぼけ男の態度に不快感を示したコスティカは一歩下がり、代わりに騎士が庇うように前に出る。

 それを見て敬礼してる牢番は、一気に顔を青ざめさせた。



「立ち入り禁止区域というのは、お金を払えば誰でも入れるのですこと?」

「そ、そのような事は決して!!」



 コスティカの問いに敬礼した牢番は、慌てた様子で返事をするが、寝ぼけ男の台詞からも、日常的に金で扉を開いてたようだ。



「お前達! 何を考えている!!」



 騎士の怒声で寝ぼけ男も目を覚まし、徐々に状況を理解した男は、冷や汗を大量に流しながら顔が青ざめるどころか血の気を失い、いまにも倒れそうだった。



「この事は上官に報告する! 改めねば命は無いと思え!」

「「は、はい!!」」


「他の者も同じような事をしてるのだろ、全員に通達せよ!!」

「「ははっ!!」」



 牢番の不始末はわたくしには関係の無い事。「その辺りで済ませて、地下牢を探りますわよ」と怒りの収まらない騎士を促し、奥の扉を開けさせた。



「騎士はその場で待機なさい。わたくしが奥に入ってる間に扉を閉められたらかないませんわ」

「そうですね、こいつらは信用なりません。鍵は私が預かり、見張っておきます」



 騎士に「そうしてちょうだい」と礼を言い、侍女を連れて地下牢へと向かった。


 案の定エルくんは捕らえられており、その割には疲れた顔も見せずに元気そうにしていましたわ。

 こんなに簡単に見つかるのに、捜索に駆り出された騎士は何をしてたのかしら?


 当然のことだが、捜索に駆り出された騎士に立ち入り禁止区域への侵入許可は出されておらず、地下牢に囚われてるエルは、誰の目にも触れる事は無かった。



「目的の人物がここに囚われてましたわ。救助するのに必要な手続きをしてくださいな」



 待機部屋に戻りそう伝えると、騎士が畏まりましたと返事をして、牢番から収監されてる罪人の罪状を調査した。

 罪状は何も書かれておらず、空欄のまま収監されていた。



「こんな事がまかり通るなど、末端の兵士には呆れますわね。それとも騎士団の規律が緩んでるのかしら?」



 目を細め騎士に向かって嫌味を放つ。だがしかし、それはただの事実であった。

 悔しそうに顔をゆがめるが、不正が横行する現実を見てしまっては、騎士からは何も言い返せなかった。



「無実なのは明らかですのに、なぜ牢から出せないのですか?!」

「収監を決めた当事者ではありませんので、申し訳ないですが推定無罪というだけでは解放する訳にはいかないのです。一定の手続きを踏んでからになります」



 規律を正そうとする騎士は、必要な手続きを踏めば解放できると頑ななまでに弁明するが、コスティカとしては、この場でのその態度は度し難く、今すぐにでも解放せよと互いの意見は平行線だった。


 何かしら罪状が書かれてあれば、それを否定する証拠を用意する事で解放されるのだが、『調査中』だの『結論が出た罪状をこれから明記する』などが考えられ、空欄であった事が逆に手続きを煩雑にさせていた。


 その後、エルが解放されコスティカに保護されるまで、手続きを済ませるのに数日を要した。

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