第365話 ソフトクリームか?

「やっぱりここにいたわ!」



 そういって現れたのは、護衛の騎士を連れたコスティカ様だった。

 短期間ではあるが、牢の中に押し込められていても無事な俺の姿を見て、喜びの表情を浮かべていた。



「不安そうにしてるかと思ったら、意外と元気そうね……」

「こんにちは、コスティカ様。助けがいがありませんでした?」


「すぐに出してあげるわ。……といいたいところだけど、罪状次第よね。エルくん、何で牢に入れられてるのよ?」

「さあ? 騎士団に連れて来られて謁見前の事前調査?の後、謁見の間に案内されると思ったら流れるように地下牢に入れられたので、罪状も何も知りませんよ」



 俺の身に降りかかった境遇を、素直に答えた。



「それよりもこの国の牢獄はどうなってるんですか?」

「何かしら?」


「看守や牢番といった兵士とは無関係の人が連日訪れて、身売りと引き換えに牢から出すような事をいってましたよ」

「そ、そんな事をいってたの?」


「身形が良かったので金持ちなんでしょうね。牢番にお金を握らせたら、誰でも王城の地下牢見物に来れるんですか? それに、自分勝手に囚人に特赦を出せるみたいですよ?」



 くだらない理由で投獄や釈放が簡単に行えると聞いて、流石にコスティカ様も頬を引きつらせている。



「陛下のお膝元でそんな事が行われてるなんて……。由々しき事態ね」

「お金を握らせたら、すぐに出られそうですね」



 にっこりと笑顔でそう伝えると、冷めた目で笑顔を浮かべながら、こめかみに血管を浮かび上がらせていた。



「ウエルネイス伯爵家まで、そんな事は致しませんわ! ですが、この実態を報告して早急に出られるように致しますわ」

「分かりました。大人しく救助を待っていますね」



 賄賂が安易に通用する世界。腐敗に汚職、二つの熟語が頭をよぎる。


 こんなに組織の末端から壊れかけてるのに、砂上の楼閣のような支配体制で大丈夫なのか、この国の未来が不安になるな。


 だからといって、『王家の血筋を引いてます』と名乗りを上げて、玉座を奪って組織の膿を綺麗さっぱり洗い流すとか、そんな面倒な事はしないからね。

 そもそも、支配階級の教育なんて受けて無いし、しっかりと学んでる者が次の王になった方が、余計な混乱も少ないはずだ。


 話は逸れたけど、俺の所在はコスティカ様に把握してもらったし、もう少し待てば穏便に地下牢から出られるだろう。



「それよりエルくん。マーヴィちゃん達は居ないのかしら?」

「いますよ。マーヴィ出ておいで」



 間髪を入れず、俺の足元の影からマーヴィが飛び出す。



「にゃー」



 音も無く着地を決めたマーヴィは、そのままコスティカ様の足元まで歩いて行く。

 やっぱり地下牢の鉄格子では隙間が有り過ぎて、マーヴィの体格だと余裕で抜けられるね。



 しばらくマーヴィと交流もふもふしたあと、満足そうに表情を緩めていたコスティカ様は、最後の確認とばかりに口を開く。



「マーヴィちゃん、ありがとう」

「にゃー」


「エルくん。地下牢に入れられたからといって、早まった真似はしないでね?」

「早まった真似とは?」


「牢破りをしないでってこと」

「そんな事しませんよ」


「エルくんだと、なんだか思いがけない事をやりそうで怖いのよ」

「………」


「そこで沈黙しないでちょうだいっ」

「コスティカ様の速やかな救助を、お待ちしております」


「はあ……。分かったわ、できる限り早く救助致しますわ」



 お互いに了承をするように小さく頷き、そう言い残したコスティカ様の一行は、地下牢から立ち去った。





 コスティカ様の来訪を受けてから数日が経ち、マジックバッグを奪った何とか男爵も、ノイフェスに言い寄る男共も、すっかり来なくなっていた。

 だが相変わらず地下牢に囚われたままである。

 たとえ変態や変人であろうとも、人が来てた方が退屈を紛らわせたのだが、それがさっぱり無くなると、これまた時間を持て余す。


 マジックバッグを奪われているという設定だから、あからさまにアイテムボックスから退屈しのぎができる道具を出したり、料理をおっぱじめる訳に行かないしね。

 すぐ出られるかと思ったけど、コスティカ様は、なかなか焦らしてくれます。



 そろそろ地下牢を出たいです!






 暇を持て余した俺達は、アイテムボックスの荷物整理を始める事にした。



「という訳で、看守の巡回の合間を縫って、【先導】中に得た宝珠の開封を行います!」

「ラジャーデス」



 さっそく赤色の宝珠から開封を……する前に!

 外と違って地下牢の床は硬いから、開封て出た武器防具が地面に落ちる時に、大きな金属音がならないように、衝撃吸収を兼ねて、野営用に用意してある毛皮を何枚か重ねて床に広げた。



 取り合えず目ぼしい物が出るまで、赤色の宝珠を連続して開けて行く。



 長剣、短剣、ブーツ……



 何の変哲もない武器が二つ続き、三つ目にして魔法防具が出た?!


 全体的に革製品のように見え、ブーツのトップエンドが高い位置にあり、脛の部分まで保護できそうだ。

 つま先の部分を軽く叩くと、音の感触から頑丈そうな素材でつくられており、全体的に、雑に扱っても門際無さそうな強度を有していそうだ。

 アウトソール使われてる素材は、柔軟で且つ丈夫そうで濡れた地面でも滑り難そうだ。

 恐らくこれは、エンジニアブーツとかワークブーツと呼ばれる類の靴で、

 それだけ頑丈に作られてるのに、持ってみると驚くほど軽い。


 明らかに俺の足のサイズに合わないくらい大きいが、試しに履き替えてみると自動サイズ調整が付いてるようで、きゅっと縮まりちょうど良いサイズに変化し、俺の足にピタリと嵌った。



「履き心地もなかなかいいな。靴の締め付けも痛くない。これは俺が使おう」



 地下牢の中を三周くらい回り、硬い部分が足に当たってるとか、何かしらの違和感が無いか探ってみたが、何も履いてないと感じるほど靴が軽く、足首を曲げるにも靴の硬さを感じなかった。

 それなのに丈夫なのが、魔法防具の不思議なところだ。


 元の靴に履き替え、魔法防具のエンジニアブーツはアイテムボックスに収納する。

 牢に入れられた時と、出る時で靴が変わってたらおかしいからね。辻褄合わせで、この靴を使えるのは地下牢を出てからになる。



 残りの赤色の宝珠も開けて行くと、最後の一つでまた魔法防具が出た。



「これは乗馬靴かな?」



 先ほどのエンジニアブーツよりもスマートな仕上がりで、膝下ほどの高さまで足を覆うブーツだ。因みに拍車は付いてない。


 バーニンググリフォントロンに騎乗するし、この乗馬靴はラナに使ってもらおう。



 次に開けるのは青色の宝珠。

 こちらは魔道具が出るから、俺にとってはこっちが本命だ。

 生活が便利になる魔道具が出ないかと、期待に胸が膨らむ。


 パカパカパカと開けて行くも、目ぼしい魔道具は出て来ない。



「う~ん……、青色の宝珠で運を使い切ったか?」



 よく見かける魔道具ばかりで、ようやく最後の一つで変わった物が現れた。


 高さは一メートル程度だが、テーブルなどの台に乗せて使う魔道具のようで、載せたら胸元付近に手前に下げるレバーが付いている。

 レバーには吹き出し口のようなチューブ状の丸い出口が付いており、液体が出てくるには少々太いと思われた。


 前世の知識から引っ張り出すと、見た目からして居酒屋に置いてあるビールサーバーのようにも見えるが、レバーが二つ付いてるし、吹き出し口ももう一方は更に大きい。


 魔道具の上部に取り付けられた蓋を開けると、液体を貯めるタンクのようになっており、何かしらの飲み物でも居れるのかと、取り合えず浄化クリーンを掛けて洗浄し、試運転に水魔法でタンクいっぱいに水を注ぎこむ。


 蓋の近くにスイッチらしき物があったので試しに押してみると、蓋がロックされ開かなくなり、ブーンと小さく稼働音のような音がして、触ってみるとかすかに振動していた。

 魔道具の動きが止まったところで、吹き出し口が細い方のレバーを倒してみると、粒状の氷と水が入り混じった氷水が、滝のように流れ落ちた。



「水がシャーベット状になってる?」



 シャーベットが出る注ぎ口より、一回り大きいレバーを倒してみると、拳大の氷の塊が球状になってボトッと落ちた。氷の塊は内部に細かい気泡がたくさん含まれるようで、透明では無く白い氷になっていた。



「……水じゃ駄目みたいだな」



 シャーベット状になるなら、ミルクシェイクが作れるかも?

 と思い、魔道具に入れた水を抜き、代わりにミルキーバッファローの牛乳を入れる事にする。

 もちろん牛乳でお腹を壊さないように、浄化クリーンを掛けてから投入した。



「今度は上手く行くといいなぁ…」



 魔道具のタンクに吸入を入れ起動スイッチを押すと、再び魔道具が稼働し始めた。しばらく待つと準備ができたようで、魔道具は停止した。


 今度はレバーを倒す前に、ジョッキを注ぎ口の真下に準備する。


 レバーを倒すと、白い棒状の物がジョッキに注がれ、流れ落ちる速度は意外と緩やかだった。

 先端がジョッキの底に到達するとぐにゃりと曲がり、ジョッキの中で折り重なるように積み上がって行く。液状よりも固形に近いようで、曲がりはするが丸い棒状の形状は保っていた。


 ゆっくりと流れ落ちる物を、持ち上げたジョッキの縁に寝かせるように流し込むと、綺麗なとぐろを巻く事ができた。


 白いとぐろの先端を口に入れてみると、冷たく滑らかなミルクを感じ、噛まずとも体温でゆっくりと溶けて行った。



「これはソフトクリームか?!」



 濃厚なミルクの風味を感じるのだが、残念ながら甘味を入れて無いから、ほんのりとしたミルクの甘みしか生まれない。

 ソフトクリームを作る材料は、あらかじめすべて投入する必要がありそうだな。


 因みに、大きい方の注ぎ口のレバーを倒すと、アイスクリームディッシャーでくりぬいたかのように、丸い形状のアイスクリームがボタリと落ちる。



「ソフト/アイスクリームメーカーの魔道具だな!」



 浄化クリーンも使えて牛乳を取って来れる俺にしか使えないから、個人的にアイスとソフトクリームを手軽に楽しむために俺専用にしておこう。


 その後、黄色の宝珠を開けるのも忘れ、ミルクをベースに色々な果物を投入して、味の違うアイスクリーム作りに嵌ってしまったのはお愛嬌だ。



 うむ、実に有意義な地下牢の使い方だった。

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