第363話 角猛牛亭なのよね?

 ガリウス・フォン・ローゼグライムside






 広々とした謁見の間は、入り口から玉座がある段差の手前まで赤い絨毯が伸びている。

 本日は週に一度の平民の陳情を受け付ける日。

 玉座に座り、赤い絨毯の上で平伏している平民の訴えに耳を傾ける。



「近所の井戸の手押しポンプが老朽化して動かないので、取り換えてください」



 王家が王都の管理をしてるとはいえ、広い王都では、管理の目が行き届かない部分も出てくる。

 そんな部分を王都に暮らす市民の目線で、処置が必要な場所を教えてもらう日でもある。


 宰相に目配せを送ると、小さく頷くのを確認できる。

 公費の負担も少ない修繕だが、水は生活必需品。率先して対処をするだろう。



「うむ。必ずや近い内の対処を約束しよう」



 鷹揚に頷きそのように答えると、宰相なり私が「面を上げよ」と告げる間もなく、平民は顔を上げ「ありがとうございます!」と涙ながらに口元を綻ばす。


 このような公的な願いなら、予算次第で聞き届けてやらんでもないが、国王に訴えれば何でも叶えてもらえると勘違いしている連中も僅かながらに存在する。



『亭主が浮気性で、よその女に家の金を使い込むんです!』

『飲んだくれてちっとも働かないんです!』

『隣の店ばかり客が入って、内の店には客が来ないんです!』



 こんな個人的な陳情を上げて来る奴らも居る。

 そんな奴らは、文官が事前に審査して弾かれるから、謁見の間まで来ることは無いがな。



 先ほどの平民が謁見の間を退室し、扉が閉められる。



「あれで最後か?」

「いえ、エル商会の商会長が来る予定になっております。騎士団からも、王城へ送り届けたと連絡を受けてます」


「ぬっ?! ウィリアムが高級食材を使った料理で、高額請求をしてきた商会か?」

「その通りでございます」


「交渉次第では、サナトスベアの肉が手に入るのだな?」

「あちらに在庫があればですが……」


「まあ、それも確認せねば分かるまい。して、いつ来るのだ?」

「控えの間に居る者を確認致します」



 宰相は部下に指示を出し、エル商会長の順番を確認しに出て行った。


 希少肉を所持してるか確認を取るのは問題無いだろうが、いかにして買取交渉に持って行くか……


 最悪の場合、オークションで競ってくれといわれてしまっては、手が出せなくなる。

 何せ冒険者ギルドから、オークション参加停止の罰則を受けた期間中だからな。


 今後の予定を計画していると、先ほどの文官が小走りに戻って来た。



「して、どうだった、宰相?」

「ははっ。確認を取りましたところ、控えの間には居ないようです。王城内で迷ってるのではないかと……。念のため、城外に出ていないか門番に確認を取っております」


「探し出して、ここに連れて来るように」

「畏まりました。ですが、その間に滞ってる陳情の処理をお願いします」



 まだ謁見の時間であったか……、「うむ」と返事をして順番待ちをしている次の平民を謁見の間に招いた。



「王様! 崩れかかる街壁の修繕をお願いします」

「うむ、良かろう。補修が必要な個所を詳しく述べよ」



 こうして謁見の時間は過ぎ去って行く。







 夕方を迎え、平民の謁見の時間は終り、未だエル商会長は見つかっていない。



「宰相、王城の外には出ていないのだな?」

「はい。入退場の記録は取っておりますので、そこは間違い無いかと。ですが門以外の場所から出られた場合は、その限りではありません」



 たかだか商会長が、王城を囲う防壁を乗り越えて帰ったでもいうのか?



「兵も巡回しておるし、門以外の場所から容易に出入りできるのか?」

「い、いえ。陛下の仰る通り、万全の警備をしております! ですが……、グリフォンなどの飛行可能な魔物をテイムしておれば、その限りでは無いかと……」



 確認できる騎乗可能なグリフォンは、【最速の紅ラピッドレッド】がテイムする赤いグリフォンしかいない。

 王家でもグリフォンの出る緑色の宝珠を手に入れ、騎士団の中でも魔力の高い騎士に使わせたが、まだ大人を乗せられる程の大きさに育っていない。

 だからこそ急ぎの郵便は【最速の紅ラピッドレッド】に頼っているのだが……



「心当たりは一人しかいないが、宰相がいう騎乗可能な魔物は、大人が二人乗りしても耐えられるのか?」

「い、いえ。私も存じ上げません。ですが! そのような疑惑がある事を盾に、Sランク冒険者として王家から打診してみてはいかがでしょうか? 要らぬ懸念を払拭する為にも、互いに有意義な事だと思われます」



 Sランク冒険者。

 それは、Aランクの実力を持つ冒険者を国家が推薦し、国に属する冒険者として生きる者をいう。

 冒険者は最高ランクという拍付けができ、国家としては有力な人材の流出が防げるという、両者にとって有益な仕組みだ。

 Sランク冒険者ともなれば、国家の依頼を優先的に受けるだろう。



「そうだな……、問題が無ければSランク冒険者の推薦もしよう。だがそれは追々として、まずは行方知れずの商会長の足取りだ」

「謁見の業務に割かれていた人員を、捜索に回し増員します」



 王城内の人探しで、騎士や兵士たちも残業が確定だな。


 謁見に訪れた平民が初めに待機する部屋は、入り口から近く、その後に軽い審査を受ける部屋も何室かあるが、そこも迷うような距離には無い。

 迷うとしたら、その先から謁見の間に通じる通路しか考えられない。不届き者が安易に謁見の間に辿り着けぬよう、複数且つ複雑な順路になっている。城内を探す人手を増やせば、何れ見つかるであろう。





 あれから数日が経ち、人手を増やし王城内を大捜索するも、エル商会長の足取りは一向に掴めなかった……


 日に日に捜索に回す人員は減らされ、とある貴族の私兵に捜索の許可を与える事になる。









 ウエルネイス前伯爵夫人 コスティカside






 エルくんのお蔭で領地の運営が頗る好調で、グレムスの仕事は忙しくとも金銭的な余裕はでき、足を向けて寝られない程には感謝をしていますわ。


 ですから、バーニンググリフォントロンの居場所が無いラナも、喜んで預かります。


 ヒノミコ国の特産品も、喜んでお友達に紹介しますわ。

 その商品の売り上げ管理や在庫管理をヴィルジールに任せてるといったら、エルくんは驚くかしら?


 そんな中、一通の手紙が届けられた。



「大奥様、角猛牛亭より手紙が届いております」

「エルくんじゃなくて角猛牛亭なのよね? 何かしら? こちらへ渡しなさい」

「かしこまりました、大奥様」



 渡された手紙に目を通すと、前日に騎士に連れて行かれ、その際、ウエルネイス伯爵家の騎士メダルを提示していた。

 にもかかわらず騎士団からは何の連絡も無く、翌日になってもエルくんが戻って来ず、心配になった女将が手紙を出して来たのね。


 ウエルネイス伯爵家の庇護下にある者を、騎士団が連れ去って連絡が取れなくなった。

 本来なら庇護下にある者に命じる際、伯爵家にも同じ連絡が送られる手筈になっていなければならない。



「エルくんの行方を探す方が先決ですわ。 取り合えず、騎士団には抗議文を送ればよろしいですわ」



 騎士団がエルくんを連れて行ったのは、罪状があっての事では無さそうね。その場合は騎士団から、こちらにも必ず連絡が入ります。



「騎士団から何の音沙汰も無かったのが、一層不安ね」



 物憂げな眼差して、窓の外を見つめるコスティカだった。



 抗議文を送った翌日に騎士団から齎された返答は、職務上エルくんを王城まで送迎したとの回答のみで、行方不明に陥るような事はしていないとの事。


 そうなると、王家が意図的に隠蔽しているか、第三者が何かしらの工作を用いたか……目的次第であるけど、エルくんの無事が危ぶまれるわ。



 一先ず王家に謁見を求め、こちらからも人探しの人員を派遣した方がよさそうね。

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