第361話 謁見は可能だろうか?

 いつものように角猛牛亭で朝食を済ませたところで、グリフォンを解体に出すため冒険者ギルド向かう予定を立てていたら、動くたびにガチャガチャと甲冑を鳴らす音が聞こえ、入り口付近が騒がしくなっていた。



「騎士団だ! この宿にエルという者が宿泊しているのは把握している! どいつだ?」



 揃いの甲冑を身に纏った数人の騎士が入り口に立ち並び、食堂中に響き渡るような大きな声を上げ、全体を見渡している。


 俺を呼びだす理由は分からないが、ここ最近何度も呼びに来てた騎士団の使いなのだろう。



「あー。多分俺の事だと思いますけど?」



 こんな感じで毎回来てたのか、さぞかし宿には迷惑がかかってるな。

 騎士団が大声をあげてド派手に呼び込みなんてしてたら……


『この宿は犯罪者も泊めてるのかしら?』

『騎士団に目を付けられてるのね』

『怖いなー、怖いなー』


 こんな感じで、ご近所さんの井戸端会議噂話が、盛大に盛り上がるような話題を提供している事だろう。


 ゾラさんはそんなに迷惑そうな話しぶりじゃなかったから、前回二回の訪問時は、受付で丁寧に訪ねてたのだろうか?



「貴殿がエル商会の商会長か?」

「そうですが、何か?」

「……子供だな」

「それが何か問題ですか?」


「いや、失礼した。このまま我々とご同行願います」

「分かりました。何度も足を運んでくださったようで申し訳ございません。仲間は一緒でも構いませんか?」



 俺を迎えに来た騎士は、『貴殿』と呼称してたくらいだから、捕縛に来たという線は消えたと思っていいだろう。

 別の用事で来たとしても、商会長として呼び出される理由がさっぱり分からない。

 だが、騎士の態度や言葉遣いからいっても、丁重な扱いを受けるようで一先ずは安心できる。

 とりあえず大人しくついて行くつもりだが、送り届けられる先がどこになるかで、今後の人生も左右されそうだ。


 それ次第で、のんびりとした冒険者生活は望めなくなるかも知れない。


 念のため、騎士にはウエルネイス伯爵家の騎士メダルを提示しておこう。これを提示しておけば、問答無用で投獄される心配が減るというものだ。


 品定めするかのように俺達を見渡した後、その騎士は仲間の同行の許可を出した。


 まあ、出入りの商人だって秘書や護衛を付けてるだろうし、拒否されないのは想定通りだ。



「ノイフェス達も行こうか」

「ラジャーデス」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」



 歩き出した俺の後に、ノイフェス達もついて来る。

 シャイフの返事が無いのは、これから街歩きになるからと、テイムモンスターの中でも一番身体の大きいシャイフは、宿を出る前に俺の影に潜り込んだからだ。シャイフの大きな体は、街歩きをするのに向いてないからね。



 ダンジョン方面に歩き出した騎士の後について行くと、どうやら詰め所で馬車に乗り換えて王城へ移動するようだ。

 騎士が徒歩で迎えに来たのは、何度も留守だった事もあり、馬車の用意が無駄になる事を避けるためらしい。



「こちらの馬車で、王城までお送りします。さあどうぞ」



 案内してきた騎士が示す方向には、二頭引きの馬車が用意されていた。

 キャビンは箱型になっており、窓は付いているがカーテンを閉めれば外から中の様子は伺えない。行先によっては、見られない方が良い可能性もあるから、外界と遮断できるのはありがたい。

 騎士の一人が馬車の扉を開け足元に踏み台を置き、もう一人の騎士がノイフェスの手を取り馬車へと誘う。



「お前いつの間に?!」

「抜け駆けかよ!!」

「早い者勝ちだろっ」



 騎士同士が小声でやりとりをしているが、近くに立っている俺達には、騎士の醜聞が丸聞こえだった。

 誰がノイフェスをエスコートするか、互いに牽制しあってたようだ。


 痴漢行為をして来るヤツは問答無用にぶちのめせと伝えてあるが、それは胸や尻、あとは顔回りを無許可で触れてきたらという事にしてあるから、手を取るくらいでは行動に起こさない。


 主にノイフェスに殴られる騎士の心配だな。


 ノイフェスはエスコートされたが、俺にはそれは無いようだ。

 まあ、身長も150センチメートルまで伸びたし、手伝いが無くても十分乗り込めるからね。

 サンダを抱え上げ先に馬車に乗せ、それにマーヴィとフェロウが続く、最後に俺が乗り込み扉を閉める。


 ノイフェスが進行方向に向かって座る座席の奥で、俺がその隣に座り、エスコートした騎士が進行方向とは逆向き、つまり御者台を背にして着席している。


 メイド服を着たノイフェスを一番の上座に座らせ、俺はその隣って……。騎士のマナーはどうなってるんだ?


 気になる点はあるが、中に座った騎士が御者台に通じる窓を開け、一言二言交わすと馬車はゆっくりと走りだした。



「ところでこの馬車はどちらに向かってるのですか?」

「これから王城へ向かい、国王陛下と謁見する事になっている」



 国 王 と 謁 見?!



 最悪な展開だ!!

 どうにか回避したいが、騎士に見張られてる現状では、どうあがいても無理そうだ。

 それに、この場から逃げだしたら明らかに脛に傷があると思われて、手配書が回ってお尋ね者になってしまう。


 流石に商会長がお尋ね者とか、ザックさん達にも迷惑がかかる。



 謎の治癒師が使用していた顔も隠れるヘルムを装着して、謁見は可能だろうか?



 呼ばれているとはいえ昨日連絡が付いたばかりの平民が、即座に謁見できるとも思えないし、待たされているどこかのタイミングで、ヘルムの装着を試みよう。


 悪あがきを計画しつつも、諦めの気持ちを若干抱えながら、馬車は無情にも王城へとたどり着いた。



 御者台に座り馬を操る騎士が王城の門番と言葉を交わし、事前に連絡が通っていたのか箱馬車の内部を確認することも無く、王城の敷地内へと入って行く。


 正面玄関?と思しき、雨天でも利用しやすいよう小さな屋根の付いた車寄せに馬車を近づけ、影になる部分で馬車は停止した。



「到着しました、降りてください」



 車内にいた騎士が内側から馬車の扉を開け、急かすように俺が先に降りるよう、穏やかな笑みを浮かべて手で促していた。目が笑ってないところが、降りる時にノイフェスをエスコートする気で一杯のようだ。


 下心ありきの態度が露骨すぎる!


 ここで順序を争っても仕方ないので、大人しくコッコを抱えて先に降りる。


 馬車回しには屋根がある為お城の全容は見えないが、厳かな雰囲気を醸し出す、立派な彫金が施された玄関扉ですら巨大で、その玄関扉に見合うだけの城と考えると、王城は相当に立派な建造物だと容易に想像ができる。


 俺の顔を見知った人物を避けるためとはいえ、遠目にすら王城を見る事が無かったのが悔やまれる。



 玄関を入ると、ここまで案内してきた騎士と別れ、城内の案内は侍女に引き継がれた。

 どうやら騎士が立ち入る事ができるのはここまでのようだ。



「お待ちしておりました、エル様。ここからのご案内を仰せつかっております」



 メイド服に身を包んだ侍女は、背筋の通った綺麗な立ち姿から深くお辞儀をして出迎え、役割を果たす為に先導するように歩き始める。

 王城に迎え入れられたが、有効な対策が浮かばないまま場内を眺めていると、いつの間にか侍女との距離が開き、慌てて侍女の後について行く。


 城の中だから複雑な通路を通って……と思ってたが、割と近くにある一つの部屋へと導かれた。



「こちらでお待ちください」



 案内された部屋は、奥行きの少ない横に長い部屋となっており、奥の壁際に横一列になったベンチシートが設置されていた。王城の一室と思えないほど質素な部屋になっている。

 そのベンチシートには何人もの先客がおり、彼らの服装からして、あまりにも簡素なこの部屋は、平民が謁見待ちをする待機部屋のようだ。


 この横長の部屋は入り口と出口が別々になっており、時折奥にいる人がお城に勤める侍女に連れ出され、空いた席に座る位置をずらして行く事から、先着順に呼び出される仕組みになっている。


 部屋を出て行く人達は、じゃらじゃらと宝石を身に付け仕立ての良い服を着た、羽振りの良さそうな商人っぽい人から、肘や膝に継ぎ接ぎのある服を着た農民のような人までいる。

 村を代表して、何かしらの嘆願書だか請願書を渡しに来たんだろうか?


 人の流れは割と早く、控室に居る人達は次々と連れて行かれ、この速度で国王と謁見してるとはとても思えず、事前に文官相手に篩い分けをされてそうだ。


 そんな中、順調に消化される列を前に、途中に座る俺だけ変則的に呼び出された。




 何故だ?

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