第354話 殿にするか?

 野営コンテナの中で目が覚めた俺は、真っ暗な中に明かりを灯し、コッコ羽根布団をめくり、ベッドから起き上がる。

 十分な睡眠を取ったはずだが、疲れを取る為と睡眠時間を伸ばしたのが悪かったのか、起きてみればどことなく気怠さを感じていた。


 俺自身とフェロウ達に目覚めの一発の浄化クリーンを掛け、人型接続用端末ヒューマノイドインターフェイスに必要か不明だが、ついでにノイフェスにも浄化クリーンを掛けて身支度を整える。


 寝起きの気怠さはあったが、生活魔法を使ってみると支障無く使え、これから始まる【先導】の仕事も問題無く熟せそうだと安堵する。

 俺達にしかできない仕事だから、この場に来て体調を崩したとなれば、足止めを食らって大きな反感を買うだろうし、心配事が杞憂だった事に安心する。


 野営コンテナを片付けた後、依頼の為にも体調を最適な状態に戻そうと、取り合えず柔軟体操ストレッチで身体を解し始めた。




 柔軟を終え朝食を済ませると、【黒鉄の鉄槌】も食事を済ませたのか、空になった寸胴と五徳の魔道具を返しにキーロンがやって来た。



「おはよう、エル。これ、助かったぜ」

「どういたしまして」



 腹が満たされ満足そうな顔をしたキーロンから、お礼と共に荷物を受け取り、リュックサックに仕舞うように見せかけながらアイテムボックスに収納する。



「さっきやってた変な動きは、何の為にしてたんだ?」



 どうやらキーロン達に見られてたらしい。



「あれは事前に関節を伸ばして柔らかくすることで、怪我を防ぐためのものだ。キーロンも訓練前にやるだけでも、多少は怪我が減るぞ」

「そうなのか?! 今度教えてくれ!」



 身体が資本の冒険者。

 怪我の予防になると聞いては、興味を引かれたのだろう。期待の籠った眼差しを向け、前のめりな勢いで指導を希望していた。



「絶対に怪我しない訳じゃ無いし、気休めみたいな物でよければ、いくつか型を教えるよ。依頼が終わった後にな」

「ああ、頼む!」



 嬉しそうに笑顔を浮かべ、仲間と合流しボス部屋前へと移動して行った。

 柔軟体操ストレッチを教えるくらい大した手間でも無いし、痛気持ちいところを伸ばせば良いとさえ理解していれば、型なんて多少崩れてても問題無い。


 俺達も準備を整え、【黒鉄の鉄槌】を追いかけボス部屋前に移動した。




 ボス部屋前でしばらく待つと【栄光の剣】が歩いて来て、ようやく全員が揃った。



「揃ったな。それで、ボスはどのパーティーが担当する?」

「そんなのは決まっている! 予定通り【先導】役がグリフォンの階層まで引っ張るのだろう? きょうから早速やりたまえ! 僕たちはグリフォン狩りに備えて体力を温存する」



 相変わらず悪知恵を働かせて、魔物との戦闘を避けるよう、他のパーティーに押し付けて来た。


 昨日までのは何だったのか?



「希望者がいなければ、【最速の番狂わせ】に任せたい。行けるな?」

「まあ、依頼といわれれば仕方ありませんね」



 20階層のボス討伐も含めて【先導】しろといいたいらしい。


 俺の記憶では21、22階層を抜けるだけの依頼だと思ってたけどね。

 後ほど依頼書は確認するが、俺としてはボス討伐は望む所だ。何かしらの宝珠が確定して拾えるからね。



 俺達を先頭にボス部屋へと侵入する。



 全員が入ると部屋の中央にある魔法陣に光が灯り、アイアンゴーレムが現れる。


 戦闘に時間をかけたくない俺は、女神フェルミエーナ様への祈りの言葉を紡ぎ、魔力を起動し、小声で詠唱するかのように口を動かし、手早くジャベリンの土魔法を連続して放つ。



「ゴゴゴッ!!」

 ギンッ、キンッ、ギンッ!!



 こちらに向かって歩き出すアイアンゴーレムの胴体に、鈍い音を立てて突き刺さるジャベリンと、体の湾曲した面で弾かれ、高い金属音をあげるジャベリンを身に受けたボスは、移動速度が一段と遅くなる。


 炭化タングステンをイメージしたジャベリンの土魔法は、アイアンよりも硬い素材の為、衝突角度さえ問題無ければ、しっかりとダメージを与える事ができていた。

 何度か魔法を繰り返し、サボテンのように身体から棘を生やしたアイアンゴーレムは、こちらに辿り着く前に力尽き動きを止めた。



「ゴゴ………」


 ヒュー……カンッ!



 まるで奥州衣川で最期を迎えた弁慶のように、アイアンゴーレムは立ったままの大往生であった。


 ボス討伐の判断は、ゴーレムの頭部に宝珠が落下した事ではっきりとしていた。

 ちょうど倒したゴーレムの付近に宝珠が落ち、赤色と青色の一つずつ宝珠を手に入れる事ができた。


 武器と魔道具が出る宝珠……。ボス部屋で入手したこの二つは、中身に期待できる!

 得られた宝珠に満足を感じ、21階層への扉を開く。



「一応確認するが、21階層を抜けられるんだな?」

「俺達が単独で抜けた実績はあるぞ、群れで来るから俺達以外に人間がいるなら、打ち漏らした魔物がそちらに流れる可能性はあるから、安全は保障しない」

「なんだと?! 先導役なら魔物は全部倒すのが筋だろ!」



 少なくとも【護衛依頼】ではなく【先導】なのだから、俺達が安全を保障するような依頼では無い。多少は自衛をしてもらわないと、標的を他に変える魔物まで面倒は見れない。



「そんな依頼は始めから受けていない。嫌なら後ろの台座にダンジョンカードを翳して帰ればいい」

「……ッ?!」



 この反応を見るに、予想通りエウディゴはダンジョンカードを紛失しているな。



「グリフォンの階層まで【先導】する冒険者が用意されている。としか聞かされていないのだが、具体的にどんな内容で受けたんだ?」



 ゴッツファールだけが、冷静に俺達が受けた依頼の確認をしてきた。

 依頼書を確認すると、やはり『21、22階層を先導し、グリフォン関連の依頼を受けた冒険者を送り届ける事』としか書かれていない。


 うん、20階層のボス討伐や、引き連れる冒険者の安全を保障するような文言は、どこにも書かれていなかった。

 ずっと先導していた分は、事後依頼としてギルドに請求するからいいけどね。



「そういう事らしい。【栄光の剣】はここで引き返すか?」

「い、……いや。僕が引き返す訳が無いだろう」

「なら隊列を決める!(この階層でオレは引き上げる予定だったが、このままグリフォンの階層まで行った方がいいな。先導の依頼書には、他の冒険者に任せる予定だったが、オレがサインをした方が良いだろう)」



 流石に、ここまで来て帰るようでは何しに来たのか分からないし、いくら文句をつけても、エウディゴのゴネ得にはならない。

 21階層ともなれば先導役がいたとしても、同行者にも多少の危険が伴うのも当たり前だとギルドは判断しているからこそ、護衛では無く先導と記された依頼なのだろう。


 参加者の意見を聞きながらレンツォピラーが決めた隊列は、【最速の番狂わせ】俺達を先頭に、【栄光の剣】が続き、レンツォピラーと護衛の【黒鉄の鉄槌】を中央に配し、【雪花の絆】がそのすぐ後ろ、【琥珀色の旅団】が殿に決まった。


【栄光の剣】だけは安全そうな中央にしろとゴネてたが、レンツォピラーの『殿にするか?』一言で、二番目か四番目の二択になったが、『女性のみのパーティーを危険に晒す訳には行かない!』と口走って二番目を希望していた。



 ……【雪花の絆】の方に視線を向けて、鼻の穴を広げてひくつかせながら言わなければ、好感度も上がっただろうに。



 女性には格好をつける割に、そこはかとなく三枚目から抜け出せない、黙っていれば二枚目のエウディゴであった。



 沈黙は金、雄弁は銀。

 昔の人は、含蓄のある格言を残したよね。



 せっかくの男気溢れる台詞も、その前の安全な位置を希望した事で、効果ゼロどころかマイナスだけどね。

【雪花の絆】の女性陣も、白い目で見るか、そっぽを向いて目を合わせない。



 エウディゴが行動した通りの結果が出てるね!



「出発する前に、これを受け取ってくれ」

「何ですか?」



【琥珀色の旅団】が連れて来たポーター二人が差し出して来た革袋を受け取り、中身を確認すると多数の魔石が入れられていた。



「放置されたロックゴーレムから、全部では無いが、行軍に遅れない程度に回収しておいた」

「同じく」

「おお! ありがとうございます! 優秀なポーターなんですね」



 ロックゴーレムから食べられる物は取れるはずも無く、文字通り美味しい相手ではないので、それまでの行軍で時間を取られてた事もあり、僅かな時間も勿体ないから、今回はまるっきり放置して進んだ。

 それを見かねて殿に居るポーターが、気を利かせて回収していてくれたようだ。

 お礼をいって、二つの革袋の内、一つをポーターに返却した。



「……えっ?!」

「今回は、俺が倒してあなた方が回収した、共同作業としましょう。魔石の半分はあなた方の物です。構いませんよね? ゴッツファールさん」

「ああ、構わない。うちのポーターが世話になった」

「そういう訳で、働いた報酬を受け取ってください」

「「ありがとうございます!!」」



 縁の下から支えるような地味な労力が報われた瞬間であり、感激のあまり二人のポーターは目を潤ませていた。

 Aランクパーティー【琥珀色の旅団】に参加するとなると、ポーターも相応に優秀なんだね。



「それとレンツォピラーさん」

「なんだ?」

「10階層ボスと同じ魔物ですし、17階層から19階層で取れるロックゴーレムの魔石からも、ダンジョンカードの再発行が可能か検証する必要がありますよね?」

「……そうだな」

「これ、預けておくので検証に使ってください。もちろんギルドの買い取りでお願いします」

「まあいいだろう(いわれてみれば、その検証は必要かもしれん。いまの内にやっておけばオレの評価に繋がるか)」



 革袋からロックゴーレムの魔石を一つ取出し、レンツォピラーさんに手渡した。

 受け取ったそれを、無造作にポケットへとしまっていた。



 雑っ?! 扱い方が雑だなっ。



 二人のポーターへと向き直り……



「結果次第でロックゴーレムの魔石の価値が上がるかも知れないので、売る時期は見計らってくださいね」

「ああ!」「ありがとう!」



 ただでさえ臨時収入ロックゴーレムの魔石を得たのだ、それが標準の買取価格より高値が付く可能性があるともなれば、喜びも一入だ。

 二人のポーターは肩を組みながら、空いてる手で握りこぶしを作り、二人の拳を突き合わせていた。

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