第353話 魔物氾濫は起きるの?

【栄光の剣】が10階層のボスを倒した事で11階層への道が開き、一行はフォレストベアの階層へと足を踏み入れる。



「これより本格的に調査を始める!」

「「「おう!!」」」



 普段は草原が広がり、所々に小さな森や林が見られるのだが、この数日、倒されなかった魔物がうようよしており、擬態できる森からあぶれたフォレストベアが、草原の真ん中で熊の威嚇の姿勢で固まっていた。

 草原では、時折見かけるという程度だったフォレストベアは、あちこちで見かけるに変化している。


 そんな両手を挙げて樹木のように擬態してるフォレストベアを、棒手裏剣の圧縮土魔法で倒しつつ、俺達を先頭に移動を始めている。

 特に指示は無かったが、【栄光の剣】の戦いを見た後だと、一戦一戦に時間を取られそうだからね。


 そうしているのは俺の為でもある。

 夜までにセーフゾーンに着きたい。

 不寝番のローテーションに組み込まれたくないからね!


 草原に出て来ているフォレストベアのみ倒し、森や林に近づきさえしなければ、比較的安全に移動ができる。



「おーーい!! オレ達も魔物と戦いたい。一戦交えて以前と比較したいのと、解体で魔石に変化が無いか確かめたい」

「分かった、許可をする」



 ここでも殿を務める【琥珀色の旅団】が、調査の仕事に向け意欲を見せる。

 レンツォピラーが応じた事で、俺達は足を止め先頭を譲った。


 たしかに俺の魔法だと、動かないフォレストベアを一撃で倒せているし、以前との違いはさっぱり分からない。寧ろ、差は無いとしか思えない。


 直接戦闘する事で相手の力の強弱や、解体する事で体の構造の変化などを調べるのだろう。この集団で本格的に調査ができるのは、情けない事に【琥珀色の旅団】だけかもしれない……



 俺は死体をそのまま持ち帰って、地上で解体調査はできるだろうから、全く調査に向かないって訳じゃ無いと思う。……タブン。



 益体も無い事を考えていると、【琥珀色の旅団】の戦闘が始まった。



 カンカンカンカンッ!!



 盾を持った壁役二人を前面に押し出し、盾を打ち鳴らしながらフォレストベアの注意を引き付ける。

 その挑発に釣られ、丸太のような太い両腕と、脇の下から生える細かい作業に向いた副腕を駆使し、【琥珀色の旅団】の盾役に襲い掛かる。


 フォレストベアが振り回す腕を、盾で受けた一人は吹き飛ばされ、もう一人は受け流した。



「受けてみた感じ、威力はどうだ?」

「以前と変わらない! 攻撃方法にも変化無し!」

「一撃で盾が拉げた! 身体は無事だ、代わりの盾を頼む!」



 髭を蓄えたゴッツファールの疑問に仲間が答え、それならば問題無いかと攻撃役の仲間たちが一斉に取り囲み、死角から襲い掛かる。

 盾を失った盾役は、ポーターから代わりの盾を受け取り、戦線へと戻って行った。


 頑丈な奴だな。

 盾の有無は生命線だと思っているのだろう、予備を用意しているとは、用意周到なやつらだね。そういった備えが、冒険者として長く活動する秘訣なのかも知れない。


 調査を踏まえた戦闘で、遠距離攻撃で削ったりせず相手の攻撃を受けたり、フォレストベアの力を確かめながら、危なげなく戦っていた。


 人数の多いパーティーだが、調査を済ませた後は、老獪な連携攻撃であっさりと討伐した。

 ポーターが近づきその場で胸を開き、魔石を取り出し血を拭き取る。



「どうだ?」

「戦ってみたが変化は無いな」

「魔石にも異常は見られません」



 レンツォピラーの問いに、ゴッツファールと仲間のポーターが答え、「それならまた先頭を頼む」と、俺達に露払いを丸投げされた。




 11階層を抜け、12階層に辿り着いたが、この階層が少々厄介に思える。


 フォレストベアの得意な地形。

 即ち森林地帯となり、ただでさえ魔物の数が多いのに、木の影で待機するフォレストベアが居たりと、直接狙えない位置に敵がいる事が多々ある。


 そこで、横回転で変化する土魔法を作り出し、曲射攻撃で木の影に居るフォレストベアに当てる。



「ゴガァッ!!」

 ドスッ! パンッ!!



 攻撃された怒りで咆哮を上げるフォレストベアが、木の影から飛び出したところを、圧縮棒手裏剣を放ち、爆散効果の一撃で絶命させる。


 そんな感じで魔力探知で敵の反応を確かめつつ、正面と左右前方の近い位置にいる魔物を倒して行き、擬態したフォレストベアに不意打ちを食らう事無く12階層を抜けだした。



 13、14階層はヒポグリフの階層だ。

 こちらも人が来なかった分魔物が多く存在し、数多く倒す羽目になった。



「この魔物も調査をしたい、先頭を代わってくれ」



 真剣な表情を浮かべ先頭までやって来たゴッツファールが、再び調査に意気込みを見せた。


 戦う相手を一匹に絞りたかったのだろう。俺達がある程度殲滅してからの申し出で、多少はいいたい事もあるが、ぐっと堪えて先を譲る。



 グリフォン討伐の前哨戦には、もってこいの相手だ。



 調査の為の戦闘とばかりに、盾役を前面に押し出した戦術で、危なげなくヒポグリフを屠っていた。


 いまのところ、一番頼りになりそうなのは、一番見てくれの悪い【琥珀色の旅団】だと思う。

 矢玉の温存で【雪花の絆】は戦わないし、【栄光の剣】に至ってはAランクが出鱈目と思えるほど、武器の性能に頼ったお粗末な戦闘だった。


 普通の武器を持たせたら、【黒鉄の鉄槌】の方が強そうだ。



「ゴッツファール、結果はどうだ?」

「ヒポグリフにも変化は無い」

「魔石も同様です」



 フォレストベアの時同様、異変が起きて無いか、真剣な眼差しで確認し合う。

 ダンジョンを管理してる側のギルド職員としては、魔物氾濫スタンピードも念頭に置いて、的確な判断を下す必要がある。



「なら、11階層以降も魔物に異変は見られ無さそうだな」

「そう決断するのは早計だ、余裕のある内に調べるぞ」



 ゴッツファールがレンツォピラーを窘める。

 ダンジョンには冒険者ギルドが把握してない事が多々ある。長年の経験から、調査に慎重になるのも当然だ。

 ヒポグリフの処理が終わったところで、再度出発の合図を入れる。



「それじゃ、移動を開始する!!」

「「「おう!!」」」



 続く15、16階層はラッシュブルの階層で、ここでも異変どころか上位種も見かけなかった。

 相変わらず【琥珀色の旅団】は丁寧な調査を行い、ラッシュブルとも一戦交えていた。



 17階層に到着した際、移動速度を上げたい俺は、ロックゴーレムの階層の進み方に、レンツォピラーの指示を仰いだ。


「これまで魔物が多くて時間がかかってるから、セーフゾーンまでの3階層は走り抜けたいです」

「ふーむ……、皆はどうだ?」

「僕は構わない」

「わたくしも構いませんわ」

「ロックゴーレムに追いかけられても走って逃げるって事だろ? オレ達は盾役とポーターが脱落するから、遠慮して欲しいぜ」



 ゴッツファールの話を聞いたエウディゴは、盾役の男、アンデリックから冷たい視線を向けられ目を泳がせていた。


 あいつ……、自分の体力だけで判断して、仲間の事は一切考えてないな……


 セルケイラの返答にも疑問はあるが、【雪花の絆】はここまで一度も戦闘する事無く進み、盾役も3階層を走破できるほど体力に余力を残してるのだろう。



 脱落者が出るなら、走り抜けるのは無理そうだ。



「ロックゴーレムから逃げきれない人が居るなら、普通に倒して進むしかないですね」

「それで頼む」


 希望を修正した戦法がレンツォピラーに承認されるも、エウディゴが最後に余計な一言を付け加えて来た。



「初めから、そうしておくべきだ。余計な波風を立てるな!」



 いや、波風立ったのはお前のパーティーだけだろっ!!



 後ろで盾役が、あからさまに睨みつけてるぞ。



 17階層からロックゴーレムが現れる。

 草原のような地形に、ぽつぽつと岩が点在している。そのすべてが、膝を胸に抱えるように座り込んでいるロックゴーレムだ。人が近づくのを感知するまで、待っている姿勢なのだろう。



 ザスッザスッザスッ!!

「ゴゴッ………!!」



 ロックゴーレムの感知範囲を見極め、動き出す前に俺達が通る近辺のロックゴーレムに、片っ端からジャベリンの土魔法を数発撃ち込む。


 テンポ良く魔物を倒しながら移動速度を上げ、足早に次の階層を目指す。

 ロックゴーレムはお肉が取れ無いし、素材もただの岩だから、進行方向で倒れている分だけしか回収せず、移動ルートの近辺で倒したロックゴーレムは、手付かずのまま放置していた。



 かなりの魔力を消費しながら、俺達は無事20階層のセーフゾーンへと辿り着けた。



「皆ご苦労! 明日に備えて十分休息を取るように!」



 レンツォピラーの解散の台詞で、三々五々に散っていく冒険者達。

 10階層の時同様、似たような場所を陣取って野営の準備を始めていた。


 因みにレンツォピラーは、【琥珀色の旅団】の野営に混ざっている。

 男ばかりの集団だから、気を使う必要が無くて楽なのだろう。



 その日の野営は、アイテムボックスにある調理済みの料理で手軽に済ませた。


 魔力も枯渇寸前とは言わないが、体調が悪くなる寸前くらいまでは消耗したし、早めに野営コンテナに引っ込んで、中から閂をかけた。


 あっ……?! きょうは【雪花の絆】に肉を売ってないや。キーロン達には肉とスープを渡したけど、疲れて食事を済ませたらすぐにコンテナに引きこもったから、買取交渉する隙も無かった気がする。


 まあ、肉を売らなくても、味はともかくギルドが保存食を用意してるだろ。


 餓死する訳じゃ無いから、気にせずベッドで休む事にした。

 疲れを取り除かないと、明日の23階層への【先導】が本番なのだから。



「ノイフェス、そういえば魔物が多いけど、このダンジョンって魔物氾濫スタンピードは起きるの?」

「一階層当たりの魔物の上限を設定しておりますデス」



 人が全く来なくても、グライムダンジョンは魔物氾濫スタンピードを起こさないそうだ。


 たしかに、際限なく魔物を生み出す仕組みになっていたら、グリフォンより先の階層は魔物だらけになるはず。誰も踏破した実績が無いからね。


 それでも魔物氾濫スタンピードが発生してないなら、|ライマルがグライムコア時代に、しっかりと管理していたのだろう。

 それもそのはず、ダンジョンを飛び出してまで街を散策するほど、人の営みに興味を示していたグライムコアが、人々の生活を魔物に荒らさせるはずも無い。


 20階層までに魔物の数が多かったのは、人が良く来る階層ということで、魔物の補充頻度が短期間に設定されているらしい。たとえ上限が決められていても短期間で補充するから、数日放置されただけで大量の魔物に遭遇したという事だ。


 人が殆ど来ない21階層からは、通常通りといっても過言では無いらしい。




 安心材料を耳にし、今夜はぐっすり眠れそうだ。

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