第350話 はたまた変態紳士か?

「よし! 出発するぞ!」

「「「おう!!」」」



 レンツォピラーの掛け声で一斉に返事をする冒険者達。

 大きな声を上げ気合を入れて、ダンジョンに向け足を踏み出す。



「調査隊の体力を温存したい、セーフゾーンまでは【黒鉄の鉄槌】に先頭をまかせるぞ」

「了解だ」



 ギルド職員が来るとは聞いて無かったが、個々の意思が強すぎて、まとまりの無い冒険者を束ねる為に、冒険者ギルドを代表して派遣されたようだ。

 対等の立場の冒険者だから、互いの意見が衝突するのであって、第三者、それも依頼主に近い立場の人間が上に立つ事で、大規模パーティーとして機能させようという腹積もりらしい。



「いや、待ってくれ! まだ彼女たちを信頼した訳じゃ無い。先導する場所までに実力を把握したい。先頭は彼女たちに進ませるんだ!」



 レンツォピラーの指示に異を唱えたのは【栄光の剣】のエウディゴだった。



 グリフォンに辿り着けない実力のくせして、何をいってるんだ。



 ……と、いいたいが、先導する時に俺達の実力は露見するわけだし、遅いか早いかだけの違いでしかない。

 それに、実力を認めていないのは【栄光の剣】だけじゃなく、恐らく【雪花の絆】も同じだから、どこかで実力を見せる必要はあるからね。



「そういってるが、【最速の番狂わせ】は構わないか?」

「いいですよ。ですが、依頼内容に入って無いのだから、追加の報酬をいただけますよね?」



 少し思案した後「いいだろう」と了承を得られた。

 我儘な高ランク冒険者3パーティーのお守りをするんだ、追加報酬でも貰えなければやってられない。



「ふふん。そうやって、大人しく僕らに従ってればいいのだ」



 優越感に浸るかのように胸を逸らし、【栄光の剣】のエウディゴは誇らしげに立っていた。



「そうだ。そちらの背の高い女性も、僕のパーティーに入らないか? 見習い期間が済んだばかりなら、戦い方の指導もできるし、資金力もあるから訓練施設も整ってるし装備も充実している。そのパーティーよりも良い思いをさせてあげられるよ」



 どこまでも上から目線のエウディゴは、続けて勧誘の台詞に加えて、【栄光の剣】の良いところを並べ立てるが、ノイフェスの答えは決まっている。



「お断りデス」



 そう答えるよう教えたし、本体を差し置いて端末だけ別行動する訳にも行かないしね。断る以外の選択肢は始めから存在しない。


 自身の魅力で靡かない女性は居ないとでも思ってるのか、エウディゴは衝撃を受けて唖然としている。



「こ、この僕が袖にされるなんて……。ふんッ! 後悔しても知らないからな!!」



 大丈夫だ。こんな依頼に強制参加させられて、既に後悔してるからな。

 それにしても、この場に居るという事は高ランクパーティーなんだろうけど、あんなのも居るんだな。

 成人男性に見えるけど、中身は子供か?


 逆にエウディゴから離れて行くのを幸いと、ノイフェスのダンジョンカードを作る為、水晶の乗った台座の前に立つ。


 その姿を見て、レンツォピラーが皆に忠告をしてきた。



「封鎖後から、ダンジョンカードが必須になりそうなほど便利になった! ダンジョンに入る際には、必ず所持するように! まだ作って無いヤツは、いまの内に所持しておけ!」



 それを聞いて、一部の冒険者が狼狽え始める。


「おいおい。随分前に作ったが、今さら必要になっても、どこにあるか分からねぇぞ」

「おいバカ! この前の説明で、再発行できるようになったっていわれただろ!」

「そうだったか? なら今から再発行してくるか……」

「魔石が要るから、今はどうにもならねぇよ!」


 むさ苦しい男ばかり7人居る【琥珀色の旅団】のメンバーの会話だ。

 ポーターとして更に二人の男性がいて、総勢9名の大所帯だ。

 だが、20階層のセーフゾーンで遭遇したということは、それなりに実力は備わっているのだろう。

 ノイフェスに変に絡んでこなければ、今のところ一番期待しているパーティーだ。



「お姉さま、わたくしもダンジョンカードを持っておりませんわ」

「よろしければ、今からでも作りませんこと?」


 女性ばかり8人で編成された【雪花の絆】でも、似たような会話がされていた。


 無事、ノイフェスのダンジョンカードが作られたから、彼女たちの為に場所を開ける。




 ダンジョンカードを作る台座付近で、先ほどの二つのパーティー間で小さな衝突があったが、深く言及するほどでは無いだろう。どちらが先にやるかと口論になっただけだし。

 調査開始地点である、11階層へと先を急ぐ。




 先頭を行くのは【栄光の剣】に指摘を受けた俺達が担当し、そのすぐ後ろでレンツォピラーが道順の指示を出し、彼を囲むように護衛の【黒鉄の鉄槌】が続く。その後ろに【栄光の剣】、【雪花の絆】ときて、【琥珀色の旅団】が殿だ。


 隊列からしても、一番安全そうな位置を【栄光の剣】が取っており、殿という大事な役割がある位置を【琥珀色の旅団】が担っている。


 日焼けマッチョ集団だが、意外と紳士なのかもしれない。

 いや、女の尻を追いかけたいという、下心丸出しの位置取りかも知れないけどね!


 はたして紳士か変態か……、はたまた変態紳士か?

 人物像が分からないから、今のところは紙一重だな。






 1階層から4階層までの魔物は、タングトードとホーンラビットだ。

 どちらも単独で行動する魔物で、基本的に、近づかなければ襲って来ない。


 近付いたら襲い掛かって来そうな位置にいる魔物と前方の魔物を、土魔法の棒手裏剣で消費魔力を押さえつつ、着実に仕留めながら進んで行く。


 因みにフェロウは宝珠の回収要員で、シャイフは進行方向から少し外れた位置で倒した魔物の回収要員だ。生きてると足首を固定する程度にしか影に沈められないが、死体なら全身を影に収納できるらしく、回収してきた魔物を俺の傍まで運んでくれる。


 ダンジョン封鎖されていた影響で、割と宝珠が散乱している。

 黄色の雑貨の宝珠ばかりだったが、4階層を抜けるまでに4個も回収出来ていた。普段なら、一日ダンジョンに潜ってようやく一つ手に入れられる頻度だしね。

 もちろん、毎回宝珠が出るボス部屋は除く。


 露払いのような先頭を行く役割は面倒だと思っていたが、他の冒険者に先駆けて宝珠の回収ができる分、役得な仕事だと思えて、今ではありがたいくらいに感じている。


 5、6階層のウルフ系が出る階層を易々と抜け、7階層に到着した。

 ダンジョン内に冒険者が一切おらず、魔物との戦闘回数が明らかに多いが、この階層では然程苦にならない。



「ここで休息を取る!」



 階層が変わる度に小休止はしていたが、昼頃になったと判断し、レンツォピラーが食事休憩を宣言した。



「はあ、やっと休憩か……」

「移動が速すぎる……。重装備してるオレ達にも気を使えってんだ」



 戦闘回数が多いとはいえ普段の移動速度で進んでるから、盾役などの武装や荷物が重たい連中には、ついて行くのがやっとなようだ。

 中でも【琥珀色の旅団】は、ポーターを雇ってるくらいだからマジックバッグを所持しておらず、武装に加えてある程度の荷物は各々が運んでいる。

 それに、他の冒険者は魔物との戦闘後には解体を行い、その時間で休憩が取れたりするのだが、俺はアイテムボックスに放り込むだけだから、戦闘直後も即移動する。

 魔物に向けて魔法をぶっ放すだけだから、戦闘時間も短いしね。



 7階層の入り口付近に腰を落ち着け、それぞれが持ち込んだ食事を取るようだ。

 一応、調査時の食事は冒険者ギルドが負担するのだが、当たり前のように、腹に溜まるだけの安くて不味い保存食が振舞われる。

 せめて初日くらいは、鮮度の良い美味しいものが食べたいと、各々が用意した果物などの新鮮な食事を摂っている。



 俺達は王都から肉が消えていても他人事とばかりに、冒険者メシやホットドッグで手軽な食事を摂っている。



 ソーセージを噛み切るパリッとした小気味の良い音を立てながら、柔らかいパンと一緒に赤いトマトソースのかかったスクランブルエッグを頬張る。

 トマトソースの酸味を卵がまろやかに受け止め、肉の食感を感じられるソーセージから肉汁が飛び出す。

 それらをパンが優しく包み込み、混然一体となって口の中で絶妙な調和を生み出し、味蕾を激しく刺激する。



「……美味い」



 余計な言葉は不要だ。ただ、一言感想を述べれば良い。

 ノイフェスも俺に倣って「美味しいデス」と一言だけを口にする。


 そんな俺達の食事風景を、見ていた者が一人だけ居た。


【雪花の絆】のリーダーセルケイラだ!



「あなた達、それはどちらで購入なさったの?」



 移動中、ずっとマーヴィを抱えていて(魔物に襲われても剣を握れないだろ!)、食事の最中も視線はマーヴィに釘付けだったようだ。

 マーヴィが食べてるホットドッグや、その視界の端に入る俺達が食べてるものが気になったらしい。

 王都から肉が消えているのに、干し肉以外の肉を俺達だけが食べているから、匂いに釣られて興味を持たれるのも仕方がない。



「ミスティオの屋台ですよ」

「それがお店の名前かしら?」



 地名だよっ!!

 と、突っ込みを入れる訳にも行かず、丁寧に説明したら、頬を赤らめ己の無知を恥じている。


 多分この人、元貴族令嬢だよね?

 だったら学院に通って地理とか学んでるはずなんだけど、ウエルネイス伯爵領は忘れられるほど田舎なのだろうか?



「時間停止のマジックバッグを、保有してらっしゃるのですね。宜しければわたくしに売ってくださらないかしら?」

「俺専用に登録されたマジックバッグなので、たとえ売り払っても他人には使えませんよ」



 そもそもマジックバッグじゃ無いし、売り払う事も不可能だからね。

 お金を積んでも手に入らない物だといえば、大抵の人は引き下がるが、このお嬢様?は別の手段を思いついたようだ。



「でしたら、あなた方もわたくしどもの【雪花の絆】に加入しませんこと? 女性だけのパーティーなのでそれほど気も使いませんし、お二人にも参加資格はありますわ」

「残念ながら俺は男ですよ」

「お断りデス」



 ここでも女と思われてたし!!

 ずっと一人称を俺にしてたと思ったが?!



 彼女たちのパーティー【雪花の絆】はリーダーが中肉中背の剣士で、技巧派といった印象だ。それと、他の女性と体格が二回りどころか、恐らく四回りは違う筋肉の鎧を身に纏った盾役の女性が一人居る。

 その二人が前衛として戦い、残りの6人は全員弓を装備している。その内の半数は杖も持っている事から、魔法使いとして戦い、魔力が切れたら離脱する事無く、弓に切り替えて戦闘に参加する感じだろう。

 女性たちが力を合わせて団結してるとも思えるが、近接戦闘の人員が少ない分、手数を増やすために数を揃えたともいえる。


 後衛多数のバランスの悪いパーティー編成をしている彼女たちにしてみれば、ノイフェスという盾を装備して剣を佩いた前衛が欲しいのだろう。声をかけてみたら時間停止のマジックバッグ持ちという俺の存在もあって、是非とも。と、加入の打診をしてきた。


 集合時に【栄光の剣】が勧誘していた影響もあるのだろう。


 有望な人材を取られまいと、声をかけて来たのだろうが、ダンジョンに突入したばかりだし、強制依頼もあるのに不謹慎としか思えない。



 二人して断りの返事をしたら、「申し訳ありませんわ」と肩を落として【雪花の絆】の下へと戻って行った。



 食事を終えたマーヴィという戦利品を抱えて……っておい! いつの間に?!



 あのお嬢様リーダーは、猫大好き! なのか?



 マーヴィ本人(本猫?)が抵抗していないから、見逃すけどさ。


 俺のパーティーメンバーを勧誘したら、【先導】の仕事がどうなるか、冷静になって良く考えて欲しい。



 切実にね!!

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