第351話 スープも貰えるのか?

「よし! 休憩を終えるぞ! 野営予定の10階層のセーフゾーンまであと僅かだ! 気合入れて行け!!」

「「「おう!!」」」



 昼食を済ませ、昼下がりの7階層。

 安寧を得られるような場所では無いが、どの階層でも出入口付近は魔物に襲われ難い。調査に立ち入った冒険者達は、十分な休息を取れたようだ。


 これから3階層続くウォーホースの階層を進み、ボス部屋前で野営する予定となる。

 不寝番を立てるにしても、警戒対象が冒険者のみに絞れるセーフゾーンで野営をしたいようだ。


 俺の予定ではもっと進みたいけど、人のいないダンジョンだと魔物が倒されない分数も多いので、どれだけ戦闘に時間を取られ足止めを受けるか分からない。

 セーフゾーンでの野営は、正しい選択のように思えて来た。


 下手な階層で野営をするとなると、各パーティーから人手を出して、不寝番の役割を負わされそうだしね。

 セーフゾーンなら魔物に対抗する心配は無いから、不寝番の有無は各パーティーの自己責任だ。俺達はその方が楽で良い。




 午後からたっぷり時間をかけてウォーホースの階層を移動するなら、本来のダンジョンであれば余裕だが、魔物との遭遇が多い現在、以前の人気の無い8階層を通るつもりで警戒した方が良さそうだ。



「また先導を頼む」

「了解です」



 レンツォピラーが声をかけてきて、俺もそれを受け入れる。

 なんせ、先頭を進めば宝珠の独占ができるしね。

 10階層のボスを討伐した後も、先頭を任されたいくらいだ。


 それにしても、ウォーホースの階層を過ぎたら野営となるのに、後ろの奴らは戦闘する気はないんだろうか?


 当初の方針は、調査隊の体力温存で【黒鉄の鉄槌】が先行する予定だったのに、ずっと俺達が先行している。

 倒した獲物は俺の物にするからそれ自体は別に構わないんだが、この後野営が待っているのに、夕食用の肉を確保しなくていいのだろうかと心配になる。


 だが先頭を進む以上、向かって来る敵は全部倒すから、後ろのヤツラには肉を分けてやらないけどね!


 護衛依頼中の【黒鉄の鉄槌】は、積極的に戦闘に参加する訳にいかないだろうから、ウォーホース(新鮮且つ未解体)を渡すけどね。



 先行させた目的通り、俺の実力を思い知るがいい!!



 ━━フハハハハッ!!



 心の中で高笑いを上げつつもおくびにも出さず、誰よりも先頭を突き進む。


 さっそく敵に察知された様で、視界のあちこちから土煙が上がっている。

 3、4頭の群れを作るウォーホースが、いくつかの群れを形成して、こちらに襲い掛かろうと駆けて来る。



 ウォーホースの攻撃手段は体当たりだ。


 体重という質量と移動速度の速さを掛け合わせた、魔物の特性を生かした攻撃となる。

 もちろん足を止めて、踏みつぶしや蹴り足など馬らしい攻撃方法もあるのだろうけど、基本的に突進で弾き飛ばし、勢いを落とさずそのまま駆け抜け、引き返して体当たり。というのが基本戦術だ。


 狙いを付けた相手に真っ直ぐ突っ込んで来るから、魔法で反撃するのに最適だ。機敏な横移動が苦手なのか、回避行動を取る姿を見た事が無い。



 近づか体当たりされる前に殺れ!


 それがウォーホース狩りの基本戦術だ。



 ドドドドド……ッ!!



 蹄を地面に叩きつける音を響かせながら、迫りくるウォーホースを魔法の射程内に納め、丁寧に狙いを付けてジャベリンの土魔法をぶっ放す。



「ヒヒーンッ?!」



 先頭を走るウォーホースから順に胸や首にジャベリンを受け、防御力の低いその体に突き刺さる。被弾したウォーホースが失速し、足の力が抜け頭から滑り込むように倒れていく。

 それらを繰り返し、距離のある内に群れの数を減らして行く。


 正面、右前方の群れ、左前方の群れと、次々に倒して行き、レンツォピラーが指示する方角に進み、その近辺のみ死体を回収していく。

 比較的近くで倒れている魔物を、シャイフが影魔法で自分の影に収納しているが、容量が小さいのか首だけ飛び出してたり、お尻と後ろ足が飛び出てたりと、地面から飛び出す奇妙な剥製のような姿で運んでくる。

 流石にシャイフの影から飛び出した状態ではまともに歩けないので、地上数メートルの低空を飛んで移動している。走るより断然早いしね。



「ありがとう、シャイフ」

「ピッ!」



 シャイフは俺達より遥かに移動しているが、まだまだ元気いっぱいに走り回ってる。まだ成長しきって無いと思われるシャドウグリフォンは、体力も相当ある魔物のようだ。



 ウォーホースを後ろに逸らさず、狙い通り他の連中が一度も戦う事無く、10階層のセーフゾーンに到達した。






「無事辿り着いたな。今夜はここで野営にする! 適切な距離を取って野営をするように!! 【最速の番狂わせ】もご苦労だった」



 実力が上がり自信を持つ事で、自己主張が激しくなった高ランク冒険者同士の喧嘩を避けるため、レンツォピラーはパーティー毎に分かれるよう指示を出した。

 その中には女性冒険者に気を使って、むさい男たちが近づかないよう配慮した側面もあるだろう。



「僕の作戦で楽に辿り着けただろう。お礼代わりに僕と食事でも……」



 別のパーティーの女性に向けて、肉体的負担が少なくセーフゾーンに到達したことを、自らの成果のように誇らしげに語るエウディゴ。

 そんな事を思ってるのはエウディゴだけで、誰の働きで楽に進めたか理解している女性たちは、お礼を強請るエウディゴを無視し、速やかにその場を離れようと、足早に奥へと進んで行った。



「くッ……!!」



 エウディゴは悔しそうに顔を歪めるが、女性陣が誰一人として感謝をしていないのは見ての通りだ。



「オレ達は手前の右角を使わせてもらうぜ」

「僕らは騎士団が使ってた左角に陣を張る!」

「わたくし達は左奥にしますわ」



【琥珀色の旅団】、【栄光の剣】、【雪花の絆】と順に、それぞれがテントを張る位置を主張している。



「なんの張り合い?」

「エルは知らなかったか。セーフゾーンの暗黙の了解ってやつだ」



 近くに立っていたキーロンが、セーフゾーンならではのルールがある事を告げた。



「何それ?」

「簡単にいえばトイレの場所だ」



 詳しく聞くと、奥に長く伸びる長方形の大広間といったセーフゾーンは、入って左は騎士団が野営地に使っている。

 その残りの個所を冒険者達が利用するのだが、いずれダンジョンに吸収されるとしても、どこでも自由に排泄物を撒き散らされると、天井が低い位置にある事もあり、籠った匂いでセーフゾーン全体が臭気に侵される。

 そうならないよう四つの角を排泄、廃棄場所とし、手前右角が男性専用、対角線上の左奥が女性専用、右奥は変則的で性別の多い方(男性が多ければ男性用、逆もまた然り)となる。

 厳密に人数を数えたりしないので、概ね男女混成のパーティーが利用する事が多い。


 そういえば20階層のセーフゾーンで【琥珀色の旅団】が野営していたのも右角近くだった。

 だから、無視してボス部屋に進みやすかったんだね。



 今回はキーロン達が右奥を使うようだ。



「エルもオレ達の近くでいいだろ?」

「ギルド職員の護衛はいいのか?」

「ほぼ危険が無いから、セーフゾーンでの護衛は要らんとさ」



 断る理由も無いので「そうさせてもらおうかな」と、了承の旨を伝え、キーロン達の後ろについて行く。



「今夜の食事に、ウォーホース要る?」

「おう、ありがてえ! 護衛をしてると離れられないから、飯の調達どうしようか悩んでたんだよ」

「血抜きと解体は自分でやってね」

「まかせろ!」



 排泄、廃棄場所から少し距離を開けた右奥で、テントの設営を始める【黒鉄の鉄槌】。キーロンに綺麗に倒したウォーホースを渡す。


 今夜と明日の朝に食べたとしても、【黒鉄の鉄槌】の6人じゃ、明らかに食べきれないよね。

 肉串にでもして、明日の昼食に持って行くのだろうか?

 肉が硬くなりそうだ。



 俺達はボス部屋と【黒鉄の鉄槌】との中間の位置にトイレ穴を掘り、その上から覆いかぶせるように、トイレの位置を合わせて野営コンテナを設置する。


 腕時計の魔道具を見ると、16時を回和ったところだ。夕食にするには少々早い。



「まだ時間も早いし、出来合いの物アイテムボックスの料理で済まさず、これから作るか」

「ラジャーデス」



 ちゃぶ台と調理器具、それに食材や調味料、メイン食材にグリフォン肉を取り出す。


 明日は20階層まで踏破したいので、体力をつける意味でにんにくを使った料理を選択する。



 グリフォン肉を一口大に切り分け、キャベツをざく切りにして、にんにくを薄切りに。

 キャベツとにんにくは切り方を教えて、学習能力の高いノイフェスに任せた。


 グリフォン肉をボウルにあけて、塩コショウを振り下味を付け、肉の臭みを抜くのにお酒も入れ揉み込む。


 油を引いたフライパンで肉から焼き始め、火が通ったら一度取り出し、キャベツとにんにくを炒める。

 火が通ってきたら塩コショウで味付けし、グリフォン肉を戻して炒め合わせて完成だ。

 手軽に作れるけど料理名は良く知らない。グリフォン肉のスタミナ野菜炒めか? お洒落にするなら、グリフォン肉のソテー~葉野菜を添えて~。とか?

 俺にセンスが無いのが良く分かるな。



 にんにくを加熱した匂いに肉を焼く匂いが加わり、食欲をそそられる暴力的な香りが周囲に広がっている。




 パンやスープを用意していると、匂いに釣られてキーロンがやって来た。



「凄く旨そうな匂いをさせてるな?」

「俺達の分しか作って無いからやらんぞ。スープなら分けてもいいが……」

「そんなんじゃねえよ! 火の出る魔道具を貸してもらえねえか? 薪が調達でき無いから焼けねえんだ」



 済まなそうに後頭部をかきながら、小さく頭を下げるキーロン。


 セーフゾーンには、当然ながら樹木など生えていない。

 他の階層で木を切り倒しでもしないと、加熱調理ができないのか。

 生木を焚火にくべたら煙が凄い出そうだし、料理を作っても煙に燻されて匂い移りがして美味しくなさそうだ。

 平時であればダンジョンで露店を開く商売人が居るから、そいつらから薪の調達でもしてたのかな?



「まあ、それくらいならいいよ」

「ありがとな、エル! それで……、スープも貰えるのか?」



 仕方ないな。

 そう答えつつ、スープの入った寸胴を一つ取り出しお玉を入れ、五徳コンロの魔道具と一緒にキーロンに手渡す。



「エル、ありがとう!」

「気にするな、スープは若手が作ったやつだしね」

「……お、おう。何にせよ助かった、ありがとう!」

「鍋と魔道具は明日の出発前にでも返してくれ」



 今夜だけでなく翌朝も調理に使うだろうし、翌朝に借りに来るのも二度手間だからね。



「ああ、分かった!」



 スープだけは大量にある。


 角猛牛亭で作ったやつだが、若手や見習いにも作らせてるからだ。

 馬骨の出汁を取とったスープなら、煮込み過ぎて野菜がぐずぐずになったり、肉が硬くなったりはしても、失敗といえるほど不味くなることは無いだろうと挑戦させてるのだ。


 人気食堂で忙しく調理するズワルトには、若手の指導に費やす時間があまり無く、休憩時間を潰してまで料理するこんな機会でも無ければ、若手や新人が料理を一品仕上げる機会は無い。その上で直接手ほどきを受けられるのだから、料理にもいっそう身が入る。技術の向上ってやつだ。



 俺の無茶振りも、角猛牛亭の為になってたんだね。



 嬉しそうに荷物を受け取ったキーロンは、寸胴に魔道具を乗せ、スープで満たされた寸胴を両手で慎重に運び、【黒鉄の鉄槌】の野営地へと戻って行った。




 その後、【雪花の絆】も似たようなお願いをしてきたが、こちらはきっちり料金を取った。



 別に俺から買わなくても、9階層に引き返せばウォーホースを倒して肉の調達はできるからね。

 それと、頻りに野営コンテナを褒めていた。こちらにチラチラと視線を送りながら……



 羨ましそうに見たって、野営コンテナは売らん!!



 大きさもあるから、手軽に買えるマジックバッグの容量じゃ、どうせ持ち運べないだろうからね。

 どっかのおバカ貴族の二の舞になるだけだ。



 ちなみに、【雪花の絆】と同じ要求でエウディゴも来たけど、フェロウが吠え立てしっかり追い払ってやった。



「僕の指示に従わなかった事を、後悔するなよ!!」



 とか捨て台詞を吐いて去って行った。



 ……いやいや、あれだけ敵対的な行為をしておいて、こちらが便宜を図る理由が分からないよ。

 自分たちの世話くらい、自分でやってくれ。



 調査初日から疲れたよ。






 翌朝を迎え、朝食を済ませた俺達は、ボス部屋の前に集まっていた。



「昨日の移動はご苦労だった。次の階層から本格的に調査が始まる! 気合を入れて行け!」



 レンツォピラーが10階層のボス部屋の扉を背に、冒険者達に向け気炎を揚げていた。



「それでお前達、誰がボスの討伐をする?」

「昨日と同様、先導役に任せればよい」



 レンツォピラーの質問に【栄光の剣】のエウディゴがそう答え、チラリと俺に視線を向け、奸策を弄したかのように片側の口角だけ上げた表情を見せていた。


 昨日、肉を分けずに追い払った腹いせか?



「倒すのは構わないが、魔石はこちらでいただくぞ。ボスの魔石が必要なヤツは居ないと判断して良いのか?」



 10層ボスの魔石は、ダンジョンカードの再発行に必要な素材だ。


 ボスを倒せば何かしらの宝珠が確実に手に入るから積極的に倒したいくらいだが、これから需要が見込めそうな魔石だし、再発行を希望する人も居るだろうと確認を取る。



「ふ…、ふん! そこまでいうなら僕たちが片付けてやろう」



 目を泳がせながら、一瞬で掌を返すエウディゴ。



 こいつ、絶対ダンジョンカード紛失してるなっ!!



 再発行にボスの魔石が必要な事、忘れてただろっ!!

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