第349話 なかなかの策士だなっ?
あれからひたすら野営用の料理を作り、グゼムさん達にも大量の魔物の解体を任せたが、今回の肉や素材の納品はノイフェスの昇格に必要なポイントに加算されていない。
ダンジョンに参加して無いのに、ダンジョン内で取れる魔物の素材納品でランクアップするのも変だしね。その辺りはきっちり分けておかないと、後々不正を疑われかねない。
中には、金にモノを言わせた貴族が、買い取った素材で納品依頼を済ませて、ランクアップに必要なポイントを稼ぐという事はありそうだけどね。
今回、戦闘評価でCランクを貰ったノイフェスもダンジョンに入る事が可能になったから、この先、魔物の解体に伴う納品依頼は、ポイントを二人で分け合う形になる。
肉を引き取らない魔物ばかりを解体に出せば、冒険者ランクが勢いよく上がって行くという寸法だ。
強制依頼当日を迎えた俺達は、朝の爽やかな空気を感じながら、このあと血なまぐさい魔物との戦闘が待ち構えるダンジョン前に向かっている。
そこには
平時の検査には革鎧を装備しているが、今回は戦闘を想定した装備で金属鎧を着こんでいる。
若手の冒険者達も何組かが、ダンジョンに異変が生じた際の監視・連絡要員として待機している。
ダンジョン封鎖から数日経過してるせいもあって、そろそろ異変が発生するのではないかと噂をしており、どことなく落ち着かない雰囲気で、遠巻きに監視対象を注視している。
それらの人垣をかき分けてダンジョン前に辿り着くと、ダンジョンへの入場料を徴収するギルド出張所に人だかりができていた。
おそらく、その集団が調査とグリフォン狩りの冒険者パーティーなのだろう。男性だけでなく女性も何人かいるようだ。
因みにギルド出張所は、今は無人だ。ダンジョンは封鎖され、用を成さないからね。
事前に強制依頼は打診されていたけど、誰が来るとか全く把握して無かった。顔合わせする機会も無かったしね。
その集団に近づくと、ノイフェスを見た誰かが口笛を吹いていた。
あまり近づき過ぎない程度に近くで待機していると、【黒鉄の鉄槌】を連れたギルド職員がやって来た。
最近見た事がある顔だと思ったら、ノイフェスが戦闘評価を受けた時に、試験官をしていたギルド職員だ。
「おはよう、キーロンも依頼か?」
「おう、エル。おはよう」
「オレ達は、ギルド職員の護衛だ。この依頼を受ければダンジョンに入れるからな」
キーロンに声をかけると挨拶を返し、リーダーのゲイツがここに来た理由を話してくれた。
「お前等、この子供と知り合いか?」
「ああ、知人だ。魔法の腕は相当な実力を持ってる。ダンジョン支部でも有名人だと思うが?」
先ほどのギルド職員とゲイツが話し込み始め、それを無視してキーロンが近づいて来る。
「エルも調査の依頼か?」
「それと、グリフォン関係の依頼だな。キーロン達もか?」
「その依頼じゃねえよ、ランクが足らなくて呼ばれて無いからな。オレ達は調査に向かうギルド職員の護衛だ。20階層のボス部屋を抜けるまでのな」
「通りでおかしいと思った」
主戦場がウォーホース狩りのパーティーだし、ある程度は戦えるだろうけど、10階層の先の戦いは厳しいかもしれない。
キーロンが人が良すぎて、困ってる低ランクをパーティーに誘って育てたりする癖があるしな。
キーロン達に危険が及ばないよう、なるべく前方の敵は殲滅して進むか?
「おかしいとかいうなよ! どうにかダンジョンに入れねえかギルドで情報収集してたらギルマスに捕まって、護衛の仕事にちょうど良いと押し付けられたんだ!」
キーロン達【黒鉄の鉄槌】は、ラナの依頼であるウォーホース肉の納品を請け負ってる。ダンジョンに入れないと依頼の達成が不可能なので、どうにかしてダンジョンに入りたかったのだろう。
トロンの食の好みがウォーホースというだけで、テイムに必要な魔力を供給するだけなら、どんな食材でも構わないんだけどね。
「それよりもラナはどうしたんだ? 代わりに凄い美人がいるが……、メイドか?」
「ラナは別の依頼中で参加できないんだ。それで、彼女はノイフェス。とある方から預かってる」
「そ、そうか。エルも大変そうだな……」
悪い事でも聞いてしまったと、若干気まずそうにするキーロン。
だいたいこの説明で、貴族から監視か世話係を押し付けられたと勘違いされるから、深くは追及してこないはず。
「……それで、エル。あの立派な物には、もう手を出したのか?」
俺の耳元に顔を寄せて、鼻息荒く小声で尋ねるキーロン。そういった話題に興味が尽きないのは、男ならではといえる。
……どう返せと?
「キーロン。ノイフェスに色目を使ってる暇があったら、グレンダの肩でも抱いてやったら?」
隣に立つグレンダにもギリギリ聞こえそうな音量で、キーロンの馬鹿な質問に返答した。
「みんな揃ったみたいよぉ、レンツォピラーが集合をかけてるわよぉ。……キーロンは後でじっくりとお話ししましょう」
キーロンの隣に立つ恋人のグレンダが、雑談を止めるよう声をかける。
若干目が座ってる気もするが、変な事を聞いて来たキーロンの自業自得だ、野営の時にでもゆっくり話し合ってくれ。
「ダンジョンの調査関連の依頼を受けてるやつらは集まってくれ!」
ダンジョンの入り口を背に集まった冒険者達に声をかけ、集まった人員を手元の資料とを照らし合わせている。
顔見知りも多いのか、冒険者の顔を見ただけで出欠の印を付けているようだ。
「【最速の番狂わせ】のエルってのは来てるか?」
「ここに居ますよ」
「…ッ?!」
名前を呼ばれてもすぐに反応できなかった。
パーティー名で呼ばれる事が殆ど無いから仕方ない。しかも自分で決めたパーティー名じゃないから、呼ばれても思い浮かばないよね。
「隣居るのはお前の仲間か? ………、こないだ冒険者登録したばかりの新人じゃねぇか!! お前等が【先導】するのか?!」
「ちょっと待ってくれたまえ、聞き捨てなら無いぞ。ギルマスから聞かされた、21階層から【先導】する冒険者というのが、この新人の少女たちだというのか? ふざけないでくれたまえ!」
俺の事は把握して無かったようで、周囲を見渡した後、
それもそのはず、登録したての冒険者が来るには、場違いな場所だからだ。
俺が見た目で侮られるのはいつもの事だが、彼らは先導役を立てる事でグリフォンの階層に向かおうとしている。登録したての冒険者が隣にいる事で、命を預けるには一層心許ないのだろう。
だが、こちらも見ず知らずの相手に手の内をさらけ出したい訳じゃ無いし、移動に便利だからと信頼できない相手にまで、ライマルという特殊な手段を披露するのは止めておこう。
そう心に決めた瞬間であった。
「お前さんは確か……」
「Aランクパーティー【栄光の剣】のリーダー、エウディゴだ」
自己紹介をした、金髪を短く切りそろえた美丈夫のエウディゴは、おれ達の参加を快く思ってないようで、険しい表情でねめつけている。
そうはいっても、強制依頼の名の下に調査と先導を押し付けられたんだ。【栄光の剣】のエウディゴの機嫌を損ねたからといって、依頼が拒否できる訳でも無い。
「待てよエウディゴ。隣のえれえ別嬪の姉ちゃんは初めてだが、こいつの顔は見た事あるぞ」
「…なんだと?」
「Aランクパーティー【琥珀色の旅団】のゴッツファールか……。お前は知っているのか?」
あちこち跳ねた茶髪にもみあげから繋がる髭面の男が横から口を挟み、エウディゴが不機嫌そうに聞き返し、レンツォピラーが冷静に尋ねる。
【琥珀色の旅団】のメンバーは、名に恥じないくらい日焼けした小麦色の肌を晒し、むさ苦しいくらいの筋肉質な身体を披露している。露出の多い防具を使用していて、防具の用を成しているのか甚だ疑問だ。
「いや、直接は知らない。20階層のセーフゾーンで見かけたから、そこまで来れる力はあるはずだ。実力は未知数だが、オレは先導を任せても構わないと思う」
「なんだとッ?!」
ゴッツファールが俺の事を知っているという事は、20階層で野営をしていて、見張り中に俺達に声をかけて来たアイツか。
あの時は無視したけど、話くらいは聞いておけば良かったか?
「そうか…。同じAランクパーティー【雪花の絆】のセルケイラはどうだ?」
レンツォピラーの視線の先には、マーヴィを抱え上げ嬉しそうに撫でている、赤みの強い茶髪を背中まで伸ばした、凛とした佇まいがいかにも剣士という出で立ちで、腰に剣を佩いた女性が立っていた。
パーティーメンバーと思しき女性たちも、横合いからマーヴィの背中を撫でている。
女性ばかりで編成されたパーティーのようだ。
マーヴィは、さっそく綺麗な女性の下に向かって可愛がられているのか……、本当に節操が無いな。
「この子もついて来るなら、わたくし達は一緒にいても構わないわ」
早くもマーヴィに篭絡されたか……
なかなかの策士だなっ?!
マーヴィが愛想を振りまく姿は、女性には効果覿面なようだ。
だが、彼女たちにとってはマーヴィが主役で、俺達はおまけと判断したようで、先導の仕事を任せる気は無い。即ち、命を預けるまでは至らないと思われた。
「賛成2、反対1で【最速の番狂わせ】も参加だ、いいな!!」
ギルド職員のレンツォピラーがそう閉めて、俺達の参加が決定したらしい。知らない間に、俺の不信任投票がなされていたようだ。
そんな結論が出てしまっては、【栄光の剣】のエウディゴも不承不承了承している。
いや、だから強制依頼なんだって!!
お前等の意思は関係ないだろ!!
始まる前から波乱を迎えた、ダンジョンの調査が今始まる。
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