第348話 郵便配達をするのですか?

 エリザリアーナ・フォン・ローゼグライムside






 王族の為に作られた離宮。

 その中でもひと際巨大な建物の一つに、王妃であるエリザリアーナは休養を取っていた。

 先日も倒れたばかりで、病み上がりの身体を休めるためにも公務から離れ、宮殿の一室でお茶の時間を楽しんでいる。


 倒れた影響を忘れているかの如く、身体の調子は頗る良かった。


 そんな中、一つの書類を持った侍女が戻って来た。



「王妃殿下。任務を受けた暗部が戻ってまいりました。こちらがその報告書になります」

「見せなさい」


 侍女が持って来た報告書を待ちわびてたかのように受け取ると、すぐさま読み始め、一字一句見逃すまいと目を皿のように見開き、商会長エルがどのような人物像か読み解こうと必死になっていた。


 請求書の発行元である、角猛牛亭ミスティオ店まで行って来た暗部は、エル商会と商会長について、精度の高い情報を手に入れていた。



「報告によると、ウィリアムに請求された食事には、希少な食材が使われてたのは間違い無さそうですね」

「でしたらあのとんでもない請求額は……」

「正当な金額という可能性が高まったわね」



 サナトスベアという魔物肉。

 王家でもオークションで辛うじて入手できた代物で、口にした事もあるけど凄まじく美味しい肉で、癖のあるところが後味を高め、永遠に食べたくなると感じさせる魔物肉だった。年甲斐も無くマナーも忘れ、あっという間に食べきってしまうくらい、あの肉の虜になっていた。


 ただ、それほど美味しい肉であっても、オークションの落札額に比べたら、遥かに高い金額を請求されていた。

 請求額に『希少肉である可能性が高まった』という評価をせざるを得ないのは、その落札額との差に明確な理由が無ければ、『正当な金額』と評価を下せない。

 現時点では、概ね正確だろう。という評価に留めるしかない。



「わたくしがお腹を痛めて産んだ子。あの時は手放すしか無かった我が子が、生きてる可能性がここに記されているのね……」



 王家が放逐するのなら、わたくしの生家であるボーセル伯爵家で養子として引き取る事も頭をよぎりました。


 しかし……


 先代の父が当主を務める時代であれば、喜んで迎え入れてくださったでしょう。ですが、次期当主である嫡男の兄は、野心的な印象が強い。

 陛下と婚姻を結び、王家の一員として迎え入れられた以上、多少の事であれば実家を優遇するのは吝かではありません。しかしながら、兄はそれ以上を求めて来ます。たとえ、対立派閥との軋轢が生じようともです。

 それほどの野心を抱えた人間が、王家の直系、それも現国王の子を秘密裏に養子に迎えれば、何かしらの陰謀を目論む可能性があります。最悪の場合、国が割れるような事態に発展します。

 それも、裸一貫から商会を立ち上げる程の才覚を持ち合わせていれば、兄がそれを利用しない訳がありません。


 ……いえ、間違いなく利用するでしょう。


 わたくしが体調を崩しているのも、実家だから兄だからと便宜を図れと迫る、そんな精神的圧力も一因なのかもしれません。


 この報告書の内容が正しければ、以前、カタリナが送って来たゴーク商会暗躍の報告は、エルがカタリナに宛てた手紙だと想定できます。

 それが正しければ、現在のウエルネイス伯爵家との関係から、エル商会は我が子のエルが経営する商会だと思われます。


 物心がつく前の0歳児の時点で孤児院に送ったのです、エル本人が王家の血筋を引いているとは知り得ないでしょう。もちろんカタリナが教えるはずもありませんものね。

 ミスティオで活動しているエルと、仲が良いと思われるウエルネイス伯爵に尋ねても、エルが王家の血を引いているなんて知るはずもありません。



「カタリナに手紙を送ります! 最速で送りたいですわ」

「それでしたら、最近、郵便物を取り扱っている、ウエルネイス伯爵家に依頼されますか?」

「ウエルネイス伯爵家は郵便配達をするのですか?」

「いえ、そこに間借りしている【最速の紅ラピッドレッド】と呼ばれる客人が、配達を受け付けております。王家も会員登録されておりますので、王妃殿下も利用できるかと」



 ウエルネイス伯爵家は新しい家具を作ったりと、新しい取り組みを始めていますし、その中でも一風変わった事業を始めているのですね。領地の経営も好調なようですし、現伯爵は非常に優秀な才能を持ち合わせているのでしょう。



「その【最速の紅ラピッドレッド】とやらは、名に恥じない程、手紙の配達も早いのでしょうね?」

「もちろんでございます、王妃殿下。グリフォンに騎乗して届けるそうで、遥か遠方でも、たった一日で配達すると噂されております」



 ウォーホースで伝令を走らせたとしても、遠方へは通常の半分程度の日数にしか縮まらない。宿泊場所や替え馬の位置によっては、半分よりも多い日数になったりする。

 それが一日で届けられるなら、【最速の紅ラピッドレッド】の名に偽りなしといえましょう。



「分かりました。その【最速の紅ラピッドレッド】に依頼しましょう。手紙を認めますので、先触れだけでも走らせておきなさい」

「かしこまりました」



 陛下は商会長を呼ぶ事に注力しているようですが、こちらで把握している金額の正当性を示す情報も渡しておきましょう。

 エルに関する情報を省いて、書き直さねばなりませんね。


 それと、カタリナに手紙を出して、以前、ゴーク商会に関連した貴族達を、捕縛するに至った情報を誰から齎されたのか明確な返答をもらい、エル商会と我が子のエルの関連を正確に把握しましょう。


 王領の中でも辺境の地であるトーアレドは、ダンジョンを保有した街。ダンジョンに異変があった際、王家に緊急連絡が届けられる魔道具がありますわ。

 ダンジョンから発掘された貴重品で、瞬時に連絡できるとはいえ大量に魔石を消費する上、魔道具と対になる部品は一つしか無く、それをこちらに置く事で連絡を王都へ届けられますが、それも一方通行です。

 そんな理由もあって頻繁に活用できませんが、緊急連絡用としては優秀な魔道具です。

 カタリナから送られる報告は、その魔道具を使用する許可を与えておきましょう。








 コスティカ・フォン・ウエルネイス前伯爵夫人side






 まさか王家が、郵便事業の会員権を購入するとは思わなかったわ。


 エルくんとの会話の中で、王家もグリフォンを入手しているとあれば、ラナのグリフォン便を利用するとは思えなかった。


 何しろ、王家の手紙ともなれば、機密文書を扱う事も多いでしょう。


 それ故に、エルくんは街壁で警備する門番に手渡す手法を取っているのです。手紙の配達に余人を介す事で、手紙の内容が他人に露見したとしても、ラナが罰せられる事の無いような手段を選んでいますわ。

 数人の手を渡るという事は、どこかで内容を盗み取られる、もしくは紛失するという可能性を孕んでいます。


 その為、あまり重要な書類を扱う事はありませんし、たとえ手紙の紛失があったとしても、ラナ以外に、門番や警備兵などの手を介しているのです。ラナだけが咎を受ける事は無いでしょう。


 元々、魔物の襲撃や盗賊などの手によって、手紙の紛失は往々にしてあることですわ。

 重要でない手紙なら、責められる謂れはありませんものね。



 そこで王家の依頼です。


 機密文書でないにしても、それなりに重要性のある手紙である可能性はあります。

 最悪、依頼をした手紙をわざと紛失しラナに責を負わせ、咎を受けぬ代わりに王家に従えと取り込む可能性もある。


 それを避けるために、会員権を販売する相手は厳選しているのですわ。



「王家から配達の打診がありますが、ラナはこの依頼を受けますこと?」

「断ってもコスティカは困らない?」

「何かしらはあるでしょうが……、ラナが心配するほどではありませんわ」

「そっかー、なら受けるよーっ」



 新たな依頼に無邪気な笑顔を見せますが、王家以外にもこれらの依頼の為にどれだけ事前調査をしているか、ラナは知らないのでしたわね。


 冒険者ギルドのように無制限に(もちろん冒険者ギルドにも一定の審査は存在する)依頼を受ける訳では無いので、事前に依頼主の人間性を調査する期間が必要になりますわ。

 その時間を作り出す為に、会員権の購入という準備段階が必要な商法を生み出したエルくんは、先見の明があると思いますわ。



「受けるのですわね、そのように連絡をしますわ。届け先はミスティオのさらに先、トーアレドになりますわ」

「分かったよーっ」


「一日では戻れ無いでしょう。ミスティオに泊って来ると良いですわ」

「はーいっ」



 こちらの心配も知らずに、ラナは元気ですわね。


 エルくんから預かった大事な子ですから、依頼にも十分な配慮をしませんとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る