第347話 それなら郵便の仕事かな?
「そういえばエルくんが留守にしてる間に、騎士団の人が訪ねて来てたわよ?」
昼食を済ませ部屋に戻ろうとしたところで、ゾラさんがそんな声をかけて来た。
「騎士団……ですか?」
「依頼で留守にしてると伝えたら、伝言を残すでもなく引き上げて行ったわ」
「何の用だったんでしょう?」
「さあ? 分からないわ。『商会長のエルはここに滞在しているか?』って聞かれたし、多分エルくんの事でしょ? 心当たり無いの?」
「俺にもサッパリ?」
騎士団に追われるような事といえば、徴税官を嵌めた事か?
それとも貴族相手に、法外な契約を結んだ事か?
ややもすれば騎士団に追われそうとは思うが、金額はともかく適正な契約を結び、合法な範囲で行っているはずだ。
いや、ラナが攫われた時、賊を何人か始末したか……
何気に騎士団に追われそうな、危ない橋を渡ってるな。
思い当たる節が有り過ぎて、どれに絞れば良いか見当もつかない。
王都の門は普通に出入りできたし、手配書が回ってるって風でもないよね?
犯罪者として捕らえるのではなく、別の用件で探しているとしたら、余計に理由が分からなくて気味が悪い。
ゾラさんに伝言が無いという事は、こちらから騎士団詰め所に出頭する必要もないだろう。
なら、優先すべきは強制依頼に備えて、食料の確保だな。
厨房に入り浸りズワルトに調理をさせて、出来立てをアイテムボックスに収納しながら、自らも料理を始める。
「竜田揚げは好きだけど、せっかくのグリフォン肉だし、他の料理にも挑戦するか」
グリフォン肉の厚みが均一になるように切り開き、味が染み込みやすいようにフォークで穴を空けて行く。
中火で火にかけたフライパンに肉を投入し、じっくり焼き始める。焼き目が付いたら裏返して、同じように焼き目を付ける。火の通りは八分目といったところでタレを投入する。
タレは醤油、酒、砂糖で、残念ながらみりんは無い。なので酒と砂糖は気持ち多めだ。
焼きながらスプーンで掬ったタレを肉にかけ、肉に火を通しながらタレを纏わせる。タレが煮詰まって肉の上に留まるようになったら火を止める。
みりんが無いせいか輝くような照りが生まれるはずが、どことなくくすんで見える。
取り合えずの試作だから、味を確かめるかと切り分ける為に包丁を手にする。視線を感じて顔を上げると、ズワルト達の視線が照り焼きを凝視していた。
「エルくん、すごくい美味しそうな香りがするんだけど、それは何かな?」
「グリフォン肉の照り焼きの試作だけど……、ズワルト達も味見するか?」
「いいのかい?!」
「その手元の料理に、ケリを付けてからならね」
「待ってて! 今仕上げるから!」
醤油が焦げた匂いは、暴力的に食欲をそそられるので、ズワルト達料理人は照り焼きに興味が注がれ、注目の的になっていた。
試食の許可を出すと、一斉に手を動かし始め、取り掛かってる料理の仕上げに入っている。
早く食べたいのか、普段の動きより倍ほど早い気がするな。
食材への火の通りが、心配になって来る……
冷めても美味しい照り焼きは、味を馴染ませるのに多少時間を置いた方がいいから、この待ち時間はちょうどいいかも知れない。
料理人達が仕上げた料理を、出来立てアツアツの内にアイテムボックスに収納していく。
「それじゃあ、さっそくいただくね」
ズワルトが切り分けた照り焼きにフォークを伸ばす。
先ほどまで散々匂いを嗅いでいたから、見た目を確かめる余裕も無く一気に口に放り込む。
「美味しい! 凄い美味しいよ!」
「「「美味しいです!!」」」
甘辛いタレを味わうのは初めてなのか、ズワルトは興奮気味に言い放ち、他の料理人達にも好評だった。
それを見て俺も一切れ口にする。
煮詰まってドロリとした濃厚なタレが舌を刺激し、焦げた醤油の香りが鼻から抜ける。
まず初めに甘辛いタレの味を感じ、顎を動かすと焼き目の硬い感触のあと、グリフォン肉のふっくらとした柔らかい感触が歯触り良く嚙み切れる。
その圧力でぶつりと千切れたグリフォン肉から、うま味と肉の脂が滲み出て、タレと絡み合い口の中で混然一体となった旨味が肉の美味さを一層引き立てる。
幸せの味だな……
思わず吐息が漏れそうなほど、口の中が極上の味に包まれる。
これだけ美味しいのに皮が付いて無いのが残念なところだ。
だがしかし、鞣して革鎧か獣皮紙の素材になるだろうし、実際皮ごと調理したとしても、あの巨体の皮なら厚みも強度もあるだろうし頑丈そうだ。
そんな皮を焼いてもゴムみたいに硬くなりそうだし、ステーキくらいの厚みもあって、絶対に噛み切れず永遠に咀嚼させられそう。
顎が鍛えられるかも知れないが、『美味しい』からは遠ざかりそうだな。
グリフォン肉は、皮は無い方が正解だな。
「エルくん! これ、店で出せないかな?!」
「ヒノミコ国の調味料が無いと、照り焼きは作れ無いだろ」
照り焼きの美味さにやられたズワルトが、そんな提案をしてくるが、あっさりとぶった切る。
いくら料理を作りたいからといって、持続出来ない料理をメニューに入れようとするのは止めるんだ!
醤油もグリフォン肉も、俺から提供が無ければ作れ無いのだから、諦めて欲しい。
それに、ザックさんが調理したいのなら喜んで提供するが、この角猛牛亭は俺の店じゃ無いから、土産程度に調味料を渡すぐらいしか手伝わないぞ?
調味料の殆どは港町の店に卸してるから、お土産を渡したら俺の分が少々多めに残るだけだしね。
「そっかぁ、それなら仕方ないね。でも調理方法は教えて欲しい」
それくらいなら構わないかと、グリフォン肉の照り焼きの指導をしながら、俺の野営用料理のストックを増やして行く。
タレをかけながら焼くという技法は、油やバター(この世界ではバターは俺しか使ってないけど)でも応用できる訳だし、表面をカリカリにしつつ中をふっくらとさせる調理法で使われる。
たしか、ポワレとかいう技法だったかな? いやアロゼか? 違いが良く分からん。
角猛牛亭で新たな料理が生まれるかもしれないと期待しつつ、ズワルトに調理方法を教えて行った。
あれからひたすら料理を続け、肉を調達できなかったからと代わりに野菜を大量に仕入れたズワルトの為に、痛む前に野菜の消費に貢献してあげた。
照り焼きのタレに、生野菜を絡めて食べるのも美味しいからね。付け合わせの野菜もふんだんに使ってる。
夕方が近くなると、冒険者ギルドに残り13匹分のグリフォン肉の引き取りを行った。
「明日も解体に出すなら、30匹まで受け付けるぞ」
「是非お願いしたいです。できれば10匹はラッシュブルを解体してください。こちらも肉は引き取ります」
全部グリフォン肉じゃ、同じ料理ばかりで食べ飽きるしね。
「昨日みたいに、途中で引き取りに来たりするか?」
「ええ、午前中にラッシュブル肉を少々いただきたいです」
「解体に預けたら、一時間後に取りに来な」
大量の解体から疲労は見えるが、溌溂とした表情のグゼムさんが、ニヤリと口角を上げ引き取り時間を教えてくれた。
受け取ったグリフォン肉の内、一塊をグゼムさんに手渡した。
王都から肉が消えてるくらいだから、お礼に渡せば喜ばれるだろう。
「こちら、いつものお礼です。みなさんで食べてください」
「おう、ありがとよ! それより、これだけ肉を引き取るんだ、角猛牛亭にも渡してんだろ。肉料理は食えるのか?」
「グリフォン肉を渡したので、今夜は大丈夫ですよ」
「そうか、それは楽しみだ」
グゼムさんも、肉が食べたくて堪らないようだ。一時期王都から肉が消えていたから、肉への欲求が高まるのも仕方がない。
嬉しそうにするグゼムさんの様子を見るに、仲間を誘って角猛牛亭に食べに来そうだ。今夜の角猛牛亭は、大忙しになる予感がする。
俺の野営料理で食事時でないにもかかわらず、肉を焼く匂いが角猛牛亭から漂っていれば、肉を求める客が殺到するだろうしね。
「それと、ワルトナーが呼んでたぞ」
「えっ? 何の用ですかね? なんで俺が来ると知ってたんです?」
「ダンジョンが封鎖されてるのに、解体場に獲物を持って来るのはエルくらいしか居ないからだろう。ギルドマスターの部屋からは、解体場の様子も見やすいからな。あと、用件は知らん。さっさと行ってこい」
お礼をいって解体場を後にした。
夕方だから混み始めるかと思ったが、ダンジョンを封鎖されていては、ダンジョン支部へ来る冒険者も数少ない。
閑散としたロビーに入り、人気のない受付カウンターに立ち、コーデリアさんに声をかける。
「こんにちは、コーデリアさん。きょうも髪型が決まってますね」
「ふふっ、エルくんありがとう」
昼間に会ってるから、この程度じゃ狼狽えないコーデリアさん。
受付嬢は皆さん容姿が美しいから、褒められ慣れてるだろうしね。
ワルトナーさんの呼び出しが気になるし、コーデリアさんを揶揄うのは諦めて、さっそく本題に取り掛かる。
「ワルトナーさんが呼んでいると聞いたので、ギルドマスターの部屋までお願いします」
「かしこまりました」
同僚に声をかけるでもなく、そのままカウンターから出て来たコーデリアさんは、俺をギルドマスターの部屋まで先導するように歩き始めた。
冒険者も殆どおらず、受付業務も開店休業みたいなもんだから、代わりに受付に立つ人はたくさんいるし、一人欠けても問題無いしね。
ほどなくして俺はギルドマスター室のソファーに座っていた。
「呼び出したのは、強制依頼についてだ」
「はあ…。どんな内容になるんですか?」
「11階層から23階層までの調査だ。それに合わせてグリフォン狩りの冒険者パーティーの先導も同時に依頼する」
「ダンジョンの異変とか聞きましたが、安全が確保されていない内から、大規模に冒険者を派遣するんですか?」
「既に10階層までの調査隊を派遣してある。そいつらから適宜報告をうけていて、それによると……。魔物の配置や地形やらには変化が無く、ダンジョンの入退場が便利になった。という結果だ」
マスターコアであるライマルに、そのような変化を指示したからね。
予想通りの結果が得られたようだ。
「そこでダンジョンカードは持っているか?」
「持っていますよ」
「無くして無いなら良い。今後のダンジョンはそれが必須になってくるようだ。それと10階層のボスを倒したら、1階層から移動ができるようになるらしい」
「らしい。……ですか?」
「調査しながらだからな、そこまで辿り着くのは明日になる」
「なるほど」
「そこまで調査が済んだら、10階層までダンジョンを解放する予定だ。従って、それ以降の階層の調査を明後日から行う」
「ラナも参加するんですか?」
「何やら別の依頼を受けているらしく、参加できないと連絡が来た」
それなら郵便の仕事かな?
基本的に予約制になっているから、空いてれば仕事を受けるだろうが、事前に連絡を受けていたら依頼中と見做して、後から来た強制依頼は断れるのかも知れない。
いくら強制依頼といっても、依頼中の冒険者に仕事を放り出させてまでは強制されないようだ。
俺も依頼を受けて王都を出たって?
俺は依頼を受けて無いよ。ノイフェスが見習い仕事を受けただけで、俺は付き添いで付いて行っただけだ。
「まあ、話は逸れたが、11階層以降の調査隊を派遣する。明後日の早朝にダンジョン前に集合だ」
「分かりました。準備しておきます」
「それと、明日には10階層への移動が簡単になるか、結果が出る。初めは10階層のボスを倒さなければならないが、エルなら大丈夫だろう」
「ボスを倒す?」
「ああ。今のダンジョンカードの記録は全て消え、また新たに階層の更新をしなければならない」
「な、なるほど」
それでも一度ボスを倒せば、次回からボスの次の階層へとショートカットできるなら、今までよりも遥かに便利に違いない。脱出はどの階層からでも出られるしね。
ワルトナーさんは、新たな変化に戸惑いつつも、確りと調査隊を運用して、ダンジョンの情報を逐一入手しているようだ。
「そういう訳だから、下で依頼を受けて明後日に備えろ」
「分かりました」
そういってワルトナーさんに挨拶をし、強制依頼に加えてグリフォン関係の依頼と先導の依頼を受けて、冒険者ギルドを後にした。
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