第340話 シールドバッシュか?

 しばらく待つと、戻って来たコーデリアさんにお邪魔虫が一人追加されていた。


 いや、お邪魔虫とは語弊があるが、血相を変えたワルトナーさんが一緒に現れた。



「ワルトナーさん、こんにちは。どうかしましたか?」

「どうかしましたか?じゃねえ! ダンジョンに異変が生じたんだ! エルもダンジョンに居たよな? 何か知らねぇか?」



 冒険者の強制排出を聞きつけて、ダンジョンに異常事態が発生したと考えたのか?

 たしかに、今まで問題無くダンジョンを利用していたのに、急にそんな事態に陥ったら、責任者としては緊急事態と判断せざるを得ないだろう。



「俺が認識してるのは、23階層に居たのに光に包まれたと思ったら、いつの間にか外に出てたという事だけです」

「エルくん、そんな報告はしなかったわよね?」

「グリフォン狩りの依頼には、関係ありませんしね」

「ダンジョンに変調を感じたり、街の外で想定外の事態に陥ったら、たとえ些細な事でも、冒険者には報告義務があります!」



 コーデリアさんが割って入って来て、ギルド規約を盾に叱り付けられた。

 義務といわれたら、確かにそれは報告して無いな。責められるのも止む無しだ。



「エル、詳しく聞いてもいいか?」

「詳しくといわれても、先ほどの回答以上は出て来ませんよ。せいぜいダンジョン前の騎士団に、あれこれ聞かれて足止めを受けた程度です。他の冒険者は何かいってましたか?」

「話しを聞くに、基本的にエルとほぼ同じだが、ダンジョンに戻ろうにも入れなかったという証言がある。代わりに入り口に文字が浮かび上がり、『本施設は工事中に付き立入り禁止。終了まで一両日お待ちください』と記されてたそうだ」



 ライマルは、丁寧に事情説明をしてあったのか。


 現時点で既に夕方を迎えており、一両日という事は、明日の夕方か明後日にはダンジョンに入れるようになる。



「ワルトナーさんの用件はそれだけですか?」

「いや、まだあるぞ。グリフォンの大規模パーティーが近々組めそうだ。エルには先導する心積もりをしていてくれ。連絡先は角猛牛亭でいいな?」

「ええ。いつ頃になりそうですか?」

「ダンジョンに入れるようになり次第、10階層までの調査隊を組む予定だ。順当に行けば四日後には結果が出るだろう。それ次第でグリフォンの大規模パーティーを出発させるか決める」

「四日後ですね、分かりました」



 ワルトナーさんはボヤキながら、吐き捨てるように用件を伝えて来た。

 変化次第で地域の産業に使えなくなるし、食肉の調達が不可能になる可能性もはらんでいる。

 最悪の結末として、王都市街地での魔物氾濫スタンピードも想定しておかないといけないため、ダンジョンがどう変わるか気が気でないといったところだ。


 そんな中の良い事として、俺が王都に来てる事と、普段はダンジョンに籠って滅多に遭遇する事の無い高ランクパーティーが、強制排出で一斉に地上に戻ったため、グリフォン狩りへの出発時期を合わせやすく、大規模パーティー編成の一助となっていたところだ。



「ああ、それと内容は被るが、10層ボス以降の調査を頼みたい。グリフォン狩りの先導と並行して行ってくれ」

「ギルドマスター。エルくんには危険過ぎる依頼じゃないですか?」



 ノイフェスと冒険者登録を勧めていたコーデリアさんは、俺とワルトナーさんの会話を聞いていて、未知への挑戦の危険性を説いた。



「ダンジョンは誰にとっても危険な仕事だ! 放っておけば街にも被害が及ぶかも知れん。それだけは避けなければならない。それに、高ランクにしか頼めない依頼で、今回の調査は重要且つ強制依頼だ!」

「……ギルドマスターがそこまで仰るなら、意見を取り下げます。差し出口、申し訳ありません」

「コーデリアさんが気を使って下さるのは分かりますが、強制依頼では仕方ないですね。調査依頼を受け入れますよ」

「頼むぞ、エル。グリフォン狩りの他のパーティーにも依頼するから、協力して調査にあたってくれ(不測の事態が起きても人手があれば乗り越えられるし、地上との連絡に、引き返すパーティーと分ける事もできるからな)」



 俺が依頼を受けると伝えた事で、安堵の表情を浮かべたワルトナーさんは、まだまだ混乱して騒めいているロビーに向かい、調査隊と組むと声を張り上げているのが、ここまで聞こえて来た。


 騒めきは静まり始めているが、調査隊を組むという事は、それが終わるまではダンジョンに入れないと理解しているのか甚だ疑問だ。



 それにしても強制依頼か……



 強制排出と立ち入り禁止、それに『工事中』と明確に表記された事で、ダンジョンが変調をきたしていると判断でき、ギルドも本腰を入れて調査をする計画を立てている。

 集めた高ランク冒険者で、ついでにグリフォン狩りの依頼も熟す計画だろう。


 ラナも高ランク冒険者として、強制依頼に駆り出されそうだな。



「コーデリアさん、ノイフェスの冒険者登録はどうなりましたか?」

「あとは下で登録手続きを行えば終わりよ」

「そうですか、では見習いができる仕事で、割と早く終わる依頼を見繕って欲しいのですが」

「う~ん……。王都内の依頼は子供達に優先して振り分けるから、大人のノイフェスさんには、近隣の村の依頼を受けてもらいたいのだけど……」



 コーデリアさんは、やんわりと大変そうな依頼を受けて欲しいといいだした。

 近隣の村に行くには野営道具とか必要になって来るし、成人前の子供冒険者に王都の外に出る依頼は任せられない。


 この世界で成人年齢は15歳。

 見た目は大人で20歳ほどに見えるノイフェスは、女神カードの記載は18歳にしてある。俺と5歳差というのが覚えやすいかと思って、見た目年齢にはしていないのだ。


 女神カード上では成人済みとなっているので、王都内の見習い依頼は、子供たちに残してくれとの事だ。


 ラナが冒険者登録したときも、王都内の依頼は受けられなかったな。



「分かりました、エンダール村関連で依頼があれば、そちらをお願いします」

「少し待ってて、探してみるわ」



 そういって席を立ち、見習い向けの依頼を探しに部屋を出て行くコーデリアさん。


 エンダール村の依頼を指定したのは、ミルキーバッファローを飼育している村なので、チーズや牛乳を補充する事ができるからだ。

 お年寄りが多い村だし、乳しぼりの仕事なら絞った量で依頼が終わるはず。効率よくやれば、一日で何件か依頼を熟せる。


 ノイフェスの見習い冒険者期間を、手早く卒業させたい。



「そういえばノイフェスは魔法は使えるのか?」



 女神カードに保有する属性を書き込むのを忘れていた。というよりノイフェスに確認してなかった。



「身体強化魔法なら使えますデス。ただ、ベース素体がアイアンゴーレムなので、魔法に頼らずとも人間より腕力はありますデス」



 ノイフェスはとても強いらしく、身体強化を使えば他者を圧倒出来そうだ。

 それなら近接戦闘で戦闘評価試験を受けさせようかな?


 見習いFランク冒険者を卒業してもEランクで、ダンジョンに入るにはDランクになるか荷物持ちポーターとして入るしかない。

 戦闘評価でDランク以上と診断されたら、見習い冒険者卒業と同時に、ダンジョンへ入る事が可能になる。


 ノイフェスの性能を確認してたら、コーデリアさんが依頼書を抱えて戻って来た。



「エンダール村の依頼はいくつかあったわ。Eランクの依頼も混ざってるけど、今回は特別に良いでしょう。ジェロッドさん宛ての手紙の配達、ミルキーバッファローの乳しぼりが数件あるわ」

「見習いを卒業できるだけの、手紙の配達と乳しぼりを受けます」

「それでは、その依頼の受け付け処理をします」



 混雑しているロビーに、美しき美貌を備えたノイフェスを連れて降りる事は、血に飢えた狼の群れの中に、か弱い羊を放り込むようなものだと理解しているコーデリアさんは、登録手続きや依頼の処理を自ら勝って出ているようだ。

 普通はどちらも受付カウンターで処理する業務だからね。


 ノイフェスの隣に屈強で強面な男が立っていれば問題は無かったかもしれないが、俺の見た目じゃその役は荷が勝ちすぎる。

 コーデリアさんの配慮が身に染みて有難い。



「待ってください、コーデリアさん! 近接戦闘でノイフェスの戦闘評価を受けたいです!」

「分かったわ、それも手配しておきます(Aランク冒険者としてエルくんが対応しても良いけど、身内だから手加減を疑われるものね)」



 席を立とうとするコーデリアさんを呼び止め、対戦相手を見繕うようお願いした。




 準備ができたとコーデリアさんが呼びに来て、こっそりと裏口から外に出て、試験官の待つ訓練場へとやって来た。

 たまたま?ワルトナーさんの演説中だったので、ロビーにごった返した冒険者に、ナンパじみた声掛けを受けることも無く一安心だ。


 そこには長さのある木剣を肩に構えた中年男性が立っており、身に付けた革鎧は使い込まれた傷跡が無数に刻まれていた。



「ピユゥ~~ッ」



 訓練場にやって来た俺達を見て、その男は口笛を吹き鳴らし、片側だけ口角を上げた軽薄そうな笑みを浮かべていた。



「どっちが俺の相手だ?」

「こちらの女性が戦闘評価試験を希望しています」

「いい女じゃねえか。俺の女になれば戦わなくても高評価を入れてやるぜ」

「レンツォピラーさん。そういった評価は困ります」



 レンツォピラーというのが試験官を務めるらしい。

 軽薄そうな男だが、試験官を任されるくらい戦闘技術を持っているのだろう。油断の出来ない相手だと思う。

 真面目なコーデリアさんが選んだ相手だしね。



「ノイフェス。あそこから模擬戦用の武器を選んで来い」

「ラジャーデス。あれを叩きのめせば良いのデスね?」

「端的にいえば、そうだね」



 訓練場に用意されている模擬専用の武器から長剣と大盾を選び、軽々と扱って見せていた。まあ木製武器だしね……

 金属製の武器だとしてもアイアンゴーレム由来の膂力があれば、余裕で扱えそうだな。



「いい女が相手でも、そこまでいわれちゃ本気を出すしかねえな……」



 ノイフェスとの会話は、相手を挑発したに過ぎなかったようだ。

 見た目で油断を誘うのは、今さら無理だと思われる。

 取り合えず、善戦してDランクの戦闘評価でも捥ぎ取ってくれれば十分だ。



「それじゃ、始めるぜ!」

「いつでもどうぞデス」



 装備からして、どちらも近接戦闘に特化している。

 試合開始と共に走り出したレンツォピラーが距離を詰め、剣の間合いに入ったところで肩に担いだ長剣をノイフェス目掛けて振り下ろした。


 カンッ!!


 盾で受けると思われたが予想に反して、片手で持つ剣を横に構え、頭上から降る剣を受け止めた。



「くっ?! 両手の振り降ろしを片手で止めただと?!」



 レンツォピラー試験官には予想外だったようで、驚きが隠せない。

 剣を受け止めたまま一歩踏み込んだノイフェスは、狭めた間合いから遊んでる盾を踏み出した勢いに乗せて突き出した。



「シールドバッシュか?!」



 試験官の反応が僅かに早く、バックステップで飛び退き危機を脱した。直前まで居た空間を、ノイフェスの盾が唸りをあげて通り抜ける。

 空振りしたノイフェスは体勢が崩れたとはいえ、前方に突き出した盾が邪魔となり、試験官が攻める隙を与えない。

 相手を仕留めるというより、負けない戦いを選んでいるように見える。


 体勢を整えた二人の距離は、試合開始直後と似たような距離で、一合の手合わせから振出しに戻った。


 先ほどとは打って変わって、中段から突くように剣を構えたノイフェスが、試験官に襲い掛かる。

 シールドバッシュを警戒しつつも、剣を振り抜き難い方向(盾を持つ側)へと位置取りしつつ、円を描くように移動していた。

 試験官に気付かれないように気を払っているのか、地味に訓練場の壁がある側へと追いやっている。

 ノイフェスの動きを崩そうと試験官が剣を振るうが、盾に阻まれ有効打は打たれない。


 試験官が攻めあぐねているところに、ノイフェスが突如横にシールドを突き出し、試験官の進行方向を潰そうとした。



「今だッ!!」



 持久戦を嫌って奇抜な行動にでた隙を見逃さず、盾が開きノイフェスの正面が空いたと判断した試験官は、この機を逃すまいと素早く前方へ踏み込み剣を突き出す。


「(この間合いなら盾は戻せない、こちらの方が一歩早い! 取った!!)」


 その動きを読んでいた…、いや、むしろ誘い込んだノイフェスは、盾を引き戻しつつ中段に構えていた剣を小さく振り上げ、人間以上の膂力を以って試験官の剣を易々と下から跳ね上げた。



「なにっ?!」



 乾坤一擲の突きを放ったと思っていた試験官は、剣ごと腕が持ち上がり、無防備に胴体を晒したところへ、ノイフェスの盾が眼前に迫る。



「やべぇ!(ここに来てシールドバッシュか!)」


 ゴスッ!!


「ぐべっ?!」



 不運にもノイフェスが押し出した盾の上端が試験官の顎に直撃し、身体が流れていては防御しようにも力が入らず、想像以上の衝撃を受けた試験官は、魔石が切れた魔道具のように意識がプツリと途切れて行った。

 鈍い衝撃音と共に、カエルが潰れたような声を上げた試験官は、仰向けに倒れ白目を剥いて微動だにしない。



 模擬戦はノイフェスが勝利を収めた。

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