第339話 メイドさんを冒険者に、ですか?

 グリフォン狩りを終えて野営を始める頃合いだった事もあり、ダンジョンから強制排出された頃には、仕事を終えた冒険者が冒険者ギルドに戻り、混み合い始めていた。


 人が多いからサンダを抱え、マーヴィはリュックに飛び乗り、シャイフは影に潜っている。

 フェロウだけは仕方なく、他の人に蹴られたりしないよう警戒しながら、俺の足下で一緒に並んでる。

 俺とノイフェスに挟まれているから安全といえば安全だが、ノイフェスの美貌が人目を引く上、メイド服というのも興味を持たれる。あとで冒険者に声をかけられ、面倒ごとに発展しないか心配でもある。


 そんな俺の心配を他所に、人間に興味のあるノイフェスは、冒険者ギルドが初めてとあって見る物すべてが珍しく、あちこちに視線を向けては興味深そうに観察していた。




 朝の混雑より夕方の混雑の方が、冒険者を処理するのに時間がかかる。


 なぜなら、こんなやり取りがなされているからである。



「聞いてくれよ、コーデリアちゃん」

「依頼の報告でしたらお伺い致します」

「タングトードの皮10枚。取って来るのは大変だったさぁ。なんてったって人が多い! 獲物にありつけねぇから、二階層で戦ったんだ」



 タングトードは舌がゴムの代わりに使われているし、剥いだ皮は防水布として使われる。可食部分もあり、低ランクでも倒せて金になる人気の魔物だが、グライムダンジョンでは最弱に位置する。


 それを自慢げに語るこいつは、うだつの上がらない低ランク冒険者という事だ。

 見た目の年齢的には、Cランクに上がってそうな貫禄はあるけどね。



「二階層は何と! 湿地帯で足を取られて動きにくいし、タングトードは水の中に隠れるしで、戦いにくいっちゃありゃしない。そんな中でようやっと依頼分の皮を集めて来たんだ。なあ、報酬を上げてくれてもいいんじゃないか?」

「成果は変わりませんので、依頼書通りの報酬になります」

「なぁ、本当に大変だったし、苦労もした。ちょっとくらい上乗せしてくれてもいいだろう? ダメならこの後一緒に食事でもしてしっぽりと行こうぜ」

「こちらが清算書になります。報酬はあちらで受け取り下さい」



 こうして自慢話かナンパという冒険譚を語り、余計な手間をかけさせる冒険者のお蔭で、依頼の処理に時間がかかり列の進みも遅くなっている。

 自慢話に耳を傾けずバッサリと切り捨て、冷静沈着に淡々と依頼を処理して行くタイプだな。


 コーデリアさんのナンパに失敗した男は、肩を落としながら受け取った清算書を片手に、清算窓口へと歩いて行った。

 あちらの窓口ではお金のやり取りをするから、武装した冒険者が暴れても、対応できるだけの実力がある元冒険者が警備している。

 その佇まいだけで威圧感が半端無く、支払いに文句を付ける冒険者は居ない。顔見知りであればなおの事、文句は付けられない。

 だから受付嬢にあれこれ言って、報酬の上乗せを求めて来るのだろう。


 先ほどの冒険者は弓を担いでいたし、足元も大して汚れていなかった。一階層で魔物と十分な距離を取り、離れた位置からタングトードを射抜いてたのだろう。

 二階層での苦労話は、作り話か過去の実体験といったところだ。



「お待たせしました。お次の方どうぞ」

「こんにちは、コーデリアさん。嘘つき冒険者を華麗に処理する姿も、凛としていて素敵ですね」

「えっ?! エルくん?! ……今の見てたの?」



 ええ、特等席で見させてもらいましたよ。


 コーデリアさんは恥ずかしそうに上気した頬を押さえ、顔を俯けながら身が縮こまっていた。



「依頼の報告なんですが、例の依頼なので個室でお願いしたいのですが……」

「かしこまりました、あちらへどうぞ。スカラ、ここの列もお願いね」

「ちょっと、コーデリア?! これから忙しくなる時間帯じゃないっ! ってこの子が来てたら仕方ないわね。貸しとくから、今度奢ってよ」



 貸しも何も、受付嬢の一般的な業務じゃないのか?

 あと、奢ってよの台詞を口にしながらこちらを見ていたから、俺に奢れといいたかったのか?


 俺の後ろに並んでた冒険者達から舌打ちや罵倒が聞こえてきたが、受け取る報酬が高額になるのだから仕方ないだろう。大人しく他の列に並び直してくれ。

 支払窓口に目を光らせ、大金を得た冒険者に悪さを働こうとする連中もいるのだから、冒険者を守る為にも高額な報酬の受け渡しを見られないよう配慮するのも、ギルド職員としての業務の一環だ。



「エルくん、こっちよ」



 コーデリアさんの後に続き、報告や打ち合わせ用の個室への案内を受ける。


 打ち合わせ用のテーブルと長椅子が置かれており、徐にそこに着席する。



「それでは討伐部位を出してください」



 コーデリアさんの指示に従い、グリフォンを一日10匹、一週間で60匹分の討伐証明となる、尻尾6束をテーブルの上に乗せた。

 グリフォンの尻尾10本を一束にまとめ、それを6束。つまり、一週間の狩りを行ったという証明になる。


 手元にある未解体のグリフォンの尻尾を切って討伐証明として出しても良かったんだが、何か良く分からない魔道具で審議判定とかされても困るから、今回のダンジョン探索で、きっちり60匹仕留めてある。


 それらを一つ一つ確かめるように、丁寧に数えて行くコーデリアさん。



「討伐部位のグリフォンの尾を60本、たしかに確認致しました。報酬を持ってまいりますので少々お待ちください」



 討伐部位を手にしたコーデリアさんは、室内に俺を残して部屋を出て、階下へと降りて行った。



「よし! ノイフェス。いまの内に女神カードを作るぞ」

「かしこまりました。何をすればよろしいのでしょうか?」



 特にノイフェスにやってもらう事は無かったな。

 女神様に手紙を送り、未記入の女神カードを受け取るだけか。

 指示があるまで待っててくれと伝え、女神フェルミエーナ様宛に手紙を書き連ねる。

 前回の失敗を教訓に、保護責任者は『エル』と明記してもらうとか注意点も書き出しておいた。

 何も指定せずに未記入の女神カードを送ってもらうと、ノイフェスが登録した時に、エルリアーナと俺の本名?(本来付けられる予定だった名前)と表記されるしね。


 登録地は王都であるグライムで、年齢は見た目から18歳で指定した。

 実年齢が表記されたら0歳児だし、ダンジョンコア時代も加算されたら、何百歳、何千歳になるか分からないしね。


 よくよく考えたら女神カードの登録には、血液を流して登録する方式だった。



 ……人型接続用端末に血液を流す機能なんてあるのだろうか?



 コーデリアさんが戻って来る前に、ノイフェスに女神カードを渡したい俺は、記載事項を全て手紙に書き連ね、それを元にノイフェス用の女神カードを作成してもらう事にした。

 アイテムボックス経由で手紙を送れば、速攻で返事が送られて来た。


『やっほー、エルくん! ライマルとノイフェスの調子はどうかな~?

 エルくんの役に立つと思うけど、ノイフェスは人に紛れて生活するのを希望してたんだねー。さっそくノイフェス用に登録済みの女神カードを作ったから送るよー! ノイフェスが触れば光るようになってるから、本人証明にもばっちり使えるよー!』



 一所に送られて来た女神カードをアイテムボックスから取り出し、表と裏、両面に書かれている内容に不備が無いか確かめ、問題無かったのでノイフェスに手渡した。



「これが女神カードだ。身分証明にも使うから、魔力を流して光らせる事はできるか?」

「魔力を流す機能は搭載されております。それにより、魔道具の使用も可能デス」



 この世界で生きてく上で必要な機能として、標準装備されているのか。

 実際に試させると、ノイフェスの魔力に反応して、女神カードが鈍く光を放っていた。



「……問題無さそうだな。女神パスケースの在庫はあるから、首から下げておくか?」

「いいえ、マジックバッグを搭載しているので、収納しておきますデス」



 そういってノイフェスが手に持つ女神カードは、手品のように一瞬で消えてしまった。



「マジックバッグ搭載ってのは何だ?」

「マスターが使用する事の無いマジックバッグがあると、女神フェルミエーナ様が人型接続用端末の製作時に利用しておりますデス」



 確かに使わないマジックバッグはあるよ、帝国の紋章が刺繍されたマジックバッグがね。

 容量は大きいらしいけど、美容魔法使いが報酬で受け取った物だから、エルとしては使えない。

 そんな事情だからアイテムボックスの肥やしになっているけど、魔道具は素材に使わないと指定してあったよね?



「便利になるからと、女神フェルミエーナ様が独断で使用したそうデス。着用している衣装も、アラミド繊維?とやらで作られておりますデス」



 どうせ使わないから別にいいけど、事後承諾でもいいから一言あっても良かったんじゃ無いかな?! 別にいいけどっ。

 かなり前に出した反物の一つだね。その存在を忘れてたけど……

 防刃素材で出来てるメイド服なら、刃物相手なら十分な強度がありそうだ。



 そんな事を話していたら、報酬の入った革袋をトレイに乗せて、コーデリアさんが戻って来た。



「お待たせ致しました。こちらが報酬になります」



 トレイをテーブルに置き、俺の前に差し出した。

 革袋を掴み上げ、中身を確かめずにリュックに入れる振りをしながら、アイテムボックスへと収納した。



「それでエルくん。そちらの美しい女性はどなたかな?」



 にこやかな笑顔を浮かべつつも目が座っているコーデリアさんから、質問を投げかけられた。


 ノイフェスとは初対面だから、コーデリアさんも気になるのだろう。

 まあ、産まれたばかりだから、街の誰しもが初対面になるけどね。



「彼女はノイフェス。とある御方女神フェルミエーナ様から預け眷属化させられています」

「ノイフェスと申します。マスターにお仕えしておりますデス」

「そうだったんですね(メイド服を着てますし、ウエルネイス伯爵様からお世話係が派遣されているのかしら?)」

「それで、ノイフェスにも冒険者登録をさせようと思います」

「えっ?! メイドさんを冒険者に、ですか?! それって……。とある御方ウエルネイス伯爵の許可とか、大丈夫なのですか?」



 いつになく慌てて、しっかりと確認を取るコーデリアさん。


 ノイフェスは…、というか本体のライマルは俺の眷属になってるし、その端末であるノイフェスが、人間で無いという点を覗けば、何の問題も無いはずだ。

 多分、『人間以外は冒険者登録できない』なんてギルド規約は無いだろうし、そもそも想定してないと思う。

 例外的に、俺が変わった生き物?人形?機械?の登録を試しているだけだね。


 それに、ノイフェスの希望である人々の営みを観察する事にも、冒険者登録してあれば、アイテムボックスに収納されっぱなしにならないし、外に出ている機会も増える。

 ノイフェスの美貌で面倒事が増えるようだったら、流石に俺もアイテムボックスに入れっぱなしにするからね。

 そんな事態に陥ろうものなら、女神様に外見の変更を希望するし、ノイフェスの希望より俺の快適な生活を優先する。



「ノイフェスも冒険者登録しても構わないよな?」

「マスターがお望みなら、ご希望に従いますデス」

「分かりました、登録用紙を取ってまいります。女神カードを出しておいてください」



 ため息をつくように大きく息を吐き、コーデリアさんは冒険者登録の準備を進めてくれた。



 しばらく待つと、書類を戻って来たコーデリアさんにお邪魔虫が一人追加されていた。

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