第336話 前世以上に便利かも?
その日の野営中に、アイテムボックスに届いた女神からの手紙を取り出した。
『やっほー、エルくん! 元気にやってるか~い?』
読み始めると、相変わらず緩いノリで書き始められていた。
『グライムダンジョンコアは難敵だったよー! なかなか上手く調整できなかったー。
ダンジョンコアの機能を残しつつ眷属化するのに四苦八苦、七転八倒、艱難辛苦って感じだったよ~』
とにかく大変だったと表現したいのだな。
似たような意味の四字熟語を並べている事から、女神様の苦労が伺える。
『それで、エルくんが移動手段に困ってたから、グライムコアちゃんをそっちに送るよ!』
ん?
ダンジョンコアを送られても、移動手段にならないんじゃ?
たしか、人型のダンジョンコアだったから、お姫様抱っことか背負われろって事か?
それでも移動は徒歩相当だろうし、万が一爆走するようだったら、小刻みに上下に揺れて乗り心地は最悪だと思う。
『詳しい説明は、グライムコアちゃんに聞いてね! またね~!』
という訳で、何の説明にもなってない手紙が送られてきて、アイテムボックスの脳内リストを検索すると、『【使徒エルの眷属】グライムコア』との表記を見つけた。
いや、何もしてないのに俺の眷属って?!
配信スペースのような女神空間で独りぼっちだから、ダンジョンコアを送って話し相手にする予定だったのに、俺のところに送ってどうするんだ?
人型だったダンジョンコアが移動手段といわれてもピンと来ず、しかしながら、移動手段という文言に引っかかりを覚え、明日広い場所で確かめようと野営コンテナの中で出すのは止め、きょうのところは就寝する事にした。
翌朝を迎え、野営コンテナを片付け魔力探知を飛ばし襲い来る魔物が居ないか確認し、安全を確保する。
階層の出入口付近は魔物に襲われ難いし、広々とした草原が広がるダンジョン内であれば、大きなものが出ても支障は無いはず。
さっそくアイテムボックスから【エルの眷属】グライムコアを取り出してみる。
女神フェルミエーナ様が調整したグライムコアは、男爵の邸宅ほどありそうな巨大な建造物に見え、白色に塗装された無機質な壁面は、下側に向かうにつれて内向きに湾曲しており、継ぎ目の見えない構造になっている。
周囲を一周してみると葉っぱのような形をしていた。
先端が鋭角に切れ上がっており、中央部分がずんぐりと膨らみ、後ろ側は壁のような断面になっている。
総合的に判断すると、ずんぐりとした船舶のような形状で、船底の部分は喫水線のあたりで平らになっているようだ。
「船みたいな形をしてるけど、入り口らしき場所が見つからない。どこから入るんだ?」
『搭乗口は側面及び後方に出現しマス』
女性っぽくもあるが、どこか機械的に合成されたような音声が、この船のようなグライムコアから聞こえてきた。
一応、俺の眷属らしいから、指示を出したら動くのか?
最初に出した位置は側面に該当するようで、一周回って確かめた限り、いま立ってる位置の右手が船首のように尖っているから、船でいうところの右舷に立っている。
「それなら、ここから一番近い入り口を出してくれ」
目の前のグライムコアに向け、確かめるように声を出す。
『ラジャー』
パシュッ!!
空気が一瞬で噴き出すような音が聞こえた。
内部と外気に圧力差が生じてるのか?
グライムコアの応答と共に右舷の一部が跳ね橋のように開き、回転するように開いた上端が地面に到達すると、乗り込みやすい階段になっていた。
開かれた内部は明るく照らされており、体感として三階程度の高さを上った先の通路は、上下左右が白い壁で作られ、どこか近未来的な構造は、この世界とは明らかに技術レベルが違っていた。
『この区画は居住区となっておりマス』
少し進んだ先で右に曲がると、通路の両側にはたくさんの扉が見え、その中の一つを開けてみると、それほど広くない部屋に二段ベッドとソファーとテーブルが備え付けられており、移動中の一時的な居住空間としては十分な設備が備わっていた。
前方へ進むと扉の間隔が広くなり、個室の空間が広く取られているのだろう。
等級の高い部屋なのかも知れない。
広い部屋も確認したが、先ほどの部屋に加えてバス、トイレやキッチンまで備わっており、一部屋で生活に必要な物が完結するようになっていた。
俺が使うとしたらこの辺りの部屋になるかな?
居住区域を一通り見て回ったところ、乗客を50人乗せてもベッドの数は十分足りそうなほど部屋数があった。
船尾に近い側の客室は、二段ベッドが二つある四人部屋になってたしね。
船首に向かう程、良い部屋になっている。
「居住空間以外にどんな設備があるか教えてくれ」
『操舵室、展望室、収納庫、船長室、大食堂、厨房がありますデス』
あ、多分、
「操舵室に案内してくれ」
操舵室っていうから、海洋船か飛行船ってとこか?
これは移動手段として期待できそうだな。
音声案内に従い歩いて行くと、途中で階段を上った先に扉があり、ドアノブも無く開け方が分からない。
パシュッ!
扉の前に立つと空気が勢いよく噴き出すような音が鳴り、扉が自動的に引き戸のように横に動き、操舵室へと入る事ができた。
「取っ手の無い扉は、どういった基準で開けてるんだ?」
『認証制御扉は、マスターとマスターの許可がある者しか入れません。テイムモンスターはマスターの許可がある物と判断しますデス』
重要な場所は、関係者以外立ち入り禁止となるのか。
不穏な搭乗者に、グライムコアの制御が奪われないようにしてるんだろうな。
操舵室に入るといくつかの椅子が配置されており、船長席や操舵席、観測席や助手席などになってるのだろう。
操舵室は船の中でも一番高い位置に作られており、窓ガラスのようなパネルから眼下を見下ろせば船の甲板が一望でき、いくつか席が用意されている事から、甲板は展望室と呼ばれていると推測できる。
舷縁から立ち上がっている、ほぼ透明の膜で球体状に覆われており、あれが外気を遮断したり、潜航時に展望室を保護しているのだろう。
中央の椅子の前に、子供の頭ほどの大きさの水晶玉が台座に固定されているのが目を引く。
「この水晶玉みたいなのは何だ?」
『手動制御用の宝玉デス。手を当てて流した魔力を操作すると、飛行船を自在に動かせますデス。近くにあるスイッチで扉の開閉を行うデス。通常は音声入力で操作されると良いデス』
「音声入力というのは、グライムコアに行先を告げれば動き出すのか?」
『そうデス』
なるほど……。操作しなくても良いなら、音声入力は便利そうだな。
「試しに動かしたいけど、どの程度動ける?」
『最高高度3万メートル、時速6,000キロメートルで飛行可能デス。海上移動や潜航も可能デス。巡航時は、高度1万メートル、時速1,000キロメートルを推奨しますデス』
淡々と答えるグライムコアに耳を傾ける。
いざとなれば戦闘機並みの機動力を有し、巡航速度はジェット旅客機並みということか。
おまけに海上海中移動も可能と。
凄く性能が良いけど、確認しておかなくてはならない事がある。
「グライムコアの強度はどれくらいあるんだ?」
『マスターの圧縮魔法を受けても、傷一つ付かないデス』
それってかなりの強度があるって事では?
このグリフォンの階層で飛行しても、魔物に攻撃を受けて落とされるどころか、傷一つ付かないようだ。
これで気兼ねなく動かせる!
「それじゃ、グリフォンが飛行する高度まで浮上!」
高度何メートルに浮上せよ。という明確な指示ではなく、曖昧な指示でも狙い通りに動くかさっそく試す。
『ラジャー』
フォンッ!
グライムコアの返答と共に軽い浮遊感を感じ、操舵室の窓から見える外の景色が、視界の下方へと沈んでいく。
同時に手動操縦用の水晶玉が固定してある台座に、モニターらしき部分に映像が映し出される。
どうやら正面方向と、操舵室からの死角になる部分が映し出されたようだ。
船の真下を移すモニターには、船底の形をしたレティクルのような物が描かれており、地上が離れて行くに従いレティクルは小さくなっていく。
恐らくこれは、着地時に必要な空間を示しているようだ。
船が空中で移動を停止したのを感じたが、周辺を見渡してもグリフォンは居なかった……
そりゃ、安全を確認してから乗り込んだから、周辺にグリフォンの姿なんて見える訳ないよね!
失敗しと思いつつも、曖昧な指示でも自己判断で移動すると思われた。
「この階層の中心部に移動しろ」
『ラジャー』
この階層の広さは把握してないし、24階層へ抜ける出口も見つけていない。ただ、広いという事だけは分かっている。
そんな階層の中心部から高い位置で見下ろせば、24階層への出口が見つかるかも知れない。
そんな指示を出してから「出口まで移動しろ」といえばよかったと、後から思い至った。
移動中に、遠くに飛んでるグリフォンを発見でき、最初に出した曖昧な指示通りに動く事が判明した。
何度か指示を出しながらグライムコアの性能を試し、元の野営地に戻って内部の探索を済ませた。
「グライムコアは高性能だな!」
『お褒めいただき、ありがとうデス』
高性能且つ便利な移動手段を手に入れ、興奮冷めやらぬ感情がこみ上げる。
あとで女神様にお礼の手紙を書いておこう。
前世にあった似たような物は、音楽を流したり連携している家電を動かすくらいしかできなかった
前世以上に便利かも?!
あ?!
こいつがあれば、大規模パーティーの先導も楽になりそうだ!
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