第335話 お前、いつの間に?

 馬車に揺られてウエルネイス伯爵邸へと、ほぼほぼ強制連行される。

 気分は売られる子牛のようだが、ホウライ商会の商材を預けるという目的もあって、コスティカ様に面会できるのはありがたい。


 いつものように応接室に案内され、侍女の入れたお茶を飲みながらコスティカ様の到着を待つ。

 カップのお茶が半分ほどに減ったところで扉を叩く音が聞こえ、コスティカ様がやってきた。


「こんにちは、エルくん」

「コスティカ様、こんにちは」


 挨拶を交わした後、さっそくとばかりに本題に入る。


「きょう来てもらったのは、ヒノミコ国の商品についてよ。お友達に披露したら、とても興味を持たれたわ」

「それは良かったです」

「さっそくなのだけど、販売用に在庫が欲しいわ」

「かなりの量がありますが、どこに出しますか?」


 ホウライ商会の船が輸送してきた半分が在庫として保管している。

 それなりの量がある事を説明し、酒類の保管場所に関しては、温度が一定に保たれた冷暗所が望ましい。


 そのような説明を付け加えると。


「他のお酒と同じように、地下室がいいわね。反物などは、直射日光が当たらないようカーテンを閉めた部屋に入れましょう。それで価格はいくらになりますか?」


 酒類以外の商品は、いくつもある客室の一つを潰して倉庫代わりに使うようだ。

 コスティカ様がお友達を呼んだ際、要請に応じて在庫をすぐに持ち運べるよう、近くに在庫を置きたいのだろうか?


「ホウライ商会から買い取った原価が、こちらになります」


 ルドルスから受けった、買い取り原価が書かれた一覧を書き写した物を提示する。

 一覧を受け取り一通り目を通したあと、コスティカ様が徐に口を開く。



「こんな大切な物を見せて、よろしくて?」

「初めて扱う商材ですし顧客の情報を知らないので、初回取り引きとしての販売価格については、コスティカ様にお任せしようかと」


 コスティカ様相手に、阿漕な商売をしたい訳じゃ無い。

 調味料目的で取引しているから、他の商品についてはあまり拘りが無いんだよね。それに商談でギリギリの価格を攻めて、何度も折衝したりと時間を割くのも遠慮したい。


「エルくんの信頼に応えられるようにするわ。……この一覧よりも高い値を付けたお友達になら、販売してもよろしいわね」

「そうですね。その販売価格の粗利を折半でいかがですか?」

「その中から輸送費用なんかも捻出する訳よね……。エルくんが問題なければ、それでいいわ。二倍以上で売れれば困る事は無いでしょうし」

「ありがとうございます」

「お酒は全てウエルネイス伯爵家で買い取りますわ。我が家の売りになるし、手土産にも良いですわ」


 コスティカ様も気を使って下さって、こっちにも十分な利益が出るように配慮してくれたようだ。

 輸送費やその他の経費が掛かったとしても、税金が免除される分こっちの負担は少ないから問題ないだろう。

 そして、こちらに分配された利益から、コスティカ様が販売した価格が予想できる。

 それらを参考に、次回からの販売価格を取り決めれば良いだろう。


「無理に売り切らなくても構いません。売れ残りはミスティオの店で販売します」

「そうなのね。分かったわ」


 委託販売の形だね。

 売れた分だけコスティカ様に利益が入り、半年後の仕入れまで在庫が残れば、そこから判断してコスティカ様に預ける量を調整する形だ。


「ああ、それから…。ラナは依頼を受けているから、留守にしてるわ」

「そうですか。ではラナに、伝言をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「いいわ」


 コスティカ様の了承を得られたので、グリフォンの依頼で十日ほどダンジョンに籠る事と、その後に大規模な編成を組んでグリフォン関連の依頼に向かうから、それに参加しないか伝えて欲しいとお願いした。

 ラナの女神カードに女神のご褒美が追加されていて、土魔法を放っても魔力切れを起こさないようになったか、確認してからだけどね。



 その後、執事さんの案内で酒類を地下室へ、その他の商材を一室に納め、ウエルネイス伯爵邸を後にした。





 伯爵家から馬車で送り出され市場で馬車を降り、ダンジョンに備えてホットドッグや食材を買い漁っていた。


 そんな休息と次の依頼への準備期間を経て、三日後にはグライムダンジョンを訪れていた。


「よし! 入場料も払ったし、ダンジョンに入るぞ!」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」


 普段は俺の影の中で隠れてるシャイフも、これからダンジョンに潜るのだから、不測の事態に備えて外に出ていてもらった。

 何が起こるか定かでは無いから、安全策を取って行きたい。

 ダンジョンと影魔法が、変に干渉し合っても困るしね。



 気合を入れた俺達はダンジョン前の騎士達に会釈をして、意気揚々とダンジョンへと身を投じる。


 朝からダンジョンに入ったとはいえ、先客によって既に通路二層への最短ルート付近の魔物は倒されており、周辺にも低ランク冒険者がタングトードを屠っていた。

 各階層を順路通りに進むと、殆ど戦闘する事も無く昼頃にはウォーホースが出る7階層へと辿り着いた。順調な滑り出しだ。


 ここまで来れば【黒鉄の鉄槌】と遭遇するかと思ったが、タイミングが合わなかったのかすれ違っているのか、とにかくダンジョンで偶然再会する事は無かった。

 キーロン達に会えなかったのは残念だけど、約束して無いのだからこればっかりは運が絡む。

 昼食を済ませて再出発だ。


 その日はダンジョン内を歩き通してヒポグリフの階層を抜け、ラッシュブルが出る15階層まで辿り着いたところで野営にした。ここまでは予定通りで、怪我も無く順調に一日を終えた。



 翌朝を迎え、美味しい肉確保のためにも、目についたラッシュブルは討伐しつつ魔物の亡骸を回収し、次の階層へと突き進む。

 15、16階層で十分な量のラッシュブルを得た後、次の階層へとひたすら進み、20階層のセーフゾーンへ到達した。


「ここで野営してる人、初めて見たな」


 広い空間がただ広がり、何も無いセーフゾーンにポツンとテントが立てられいるのが酷く目を引いていた。

 三角形の頂点が緩やかな曲線を描き、入り口は閉じられている。6人パーティーで利用しても、寝るだけのスペースは確保できそうな大きさがある。

 冒険者に良く使われるテントで、防水効果のある魔物の皮で覆われた一層構造になっている。全天候で使用でき、荷物も軽くできる点が人気の商品となっている。


 その入り口の前で火を起こし、見張りでもするかのように焚火にあたってる男が一人いた。


「あれが、クロススピアディアの群れを抜けられない冒険者パーティーか……」


 これからグリフォンの階層に行くと知られたら付きまとわれそうだし、面倒ごとは避けたいのでこちらからは声をかけず、遠巻きにするように距離を取り、ボス部屋の扉を目指して歩き続ける。



「ん? お、おい! お前、いつの間に?!」


 こんな深い階層に、誰も来ないと思っていたのか油断をしていた男は、こちらに気付きビクッと身体を震わせてから声を上げた。


 距離を取りつつ男の前を通り過ぎていた俺は、チラリと横目に視線を合わせた後、会釈をして足早にその場を立ち去った。


「ちょっと待てって! おい! 待てよ!!」


 その男は、声を上げるが見張りの役割もある為その場を離れられず、ただひたすらに声をかけて来る。


 会釈の後は完全に無視し、後半は駆け足のままボス部屋に突撃した。


 ボス部屋に入ると、部屋の中央にある魔法陣が眩しく光り輝き、光量が落ちて来るとゆっくりとアイアンゴーレムが姿を現す。

 ボスの登場に緊張した空気が広がるが、何度も倒してる事もあって、身が引き締まる程度の程よい緊張感となっている。


 ギギギギギーーーッ!


 金属が軋むような音を立てながら、アイアンゴーレムは動き出す。


 移動速度の遅いゴーレムと程よく距離を取り、離れた位置からゴーレムの身体に土魔法をまとわりつかせ、簡単には外せないよう拘束する土魔法に十分な魔力を注ぎ込む。


 足を動かす事も腕を振るう事もできなくなったゴーレムに対し、すかさず背後に回り込む。背中に隠された魔石ボックスを開け、ゴーレムの動力となる魔石を抜き取る。


 ガッ、ズシッ!!


 土魔法の拘束を解くと、これといった傷の無いゴーレムは、膝から崩れ落ち力なく正面から倒れ、胸部を地面に打ち付けていた。


「流石に何度も戦ってるから、倒し方も変わらないな」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」


 フェロウ達と感想を語り合い、アイアンゴーレムを回収した後宝珠を探し、次の階層へと旅立った。



 21階層からのクロススピアディアの群れを蹴散らしつつ、23階層に入ったところで二日目の野営に入る。



 グリフォン狩りを初めて数日が経過し、そろそろ目標の60匹に到達したんじゃないかと思われた頃、俺達の他に誰も居ない筈なのに、ふと頭の中に前世で聞いたような短い着信音が鳴り響いた。

 グリフォンとの戦闘中だった事もあり、恐らく女神からの手紙だろうと判断し、アイテムボックスを確かめるのは後回しにした。


 女神の手紙に気を取られて、不覚を取って死亡したとか、死んでも死にきれない死因だしね。



 その日の野営中に、アイテムボックスに届いた女神からの手紙を取り出した。

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