第333話 閑話 可能性が高い?

 暗部ボニーside







 それから数日を経て。


 失敗しました!

 大失態です!!



 角猛牛亭での食事があまりにも美味しくて、冒険者の姿で利用しているから問題無いと何度も店に足を運び、すっかり常連になっていた。


 話し好きの受付の娘から情報は引き出せますが、無駄話が多く有益な情報も少なく、むしろ、時間を取られて厄介といえます。


 遅々として【エル商会】の足取りが掴めないまま、時間ばかりが過ぎて行く。



 そんな中、エルネストとフランシーヌのチームが、ギルド職員から【エル商会】の場所を聞き出すという大きな成果を上げた。


 ようやく【エル商会】の所在を掴んだ時には、角猛牛亭こそが【エル商会】だとは思わず、ミスティオに乗り込んだ暗部が全員、従業員に顔を覚えられてしまっていたた。


 時すでに遅しとはこの事か……



 暗部の任務の中で、最大限に失態といえます!!!



 角猛牛亭で働く従業員は若い女性が多く、宿という割に最低限の人員で回していると思われた。不自然無くすり替われる若い暗部の人員はおらず、無理に入れ替われば、成り済ましがすぐに露見してしまう。

 商業ギルドを経由した新規従業員の採用枠も無く、雇われて潜入するという手法も取れない。


 食堂に通っていた感覚では、悪徳商会という素振りは一切見せず、常連と思われているのを逆手に取り、閉店間際まで酒を飲み交わして食堂に居座っていても、怪し気な取引の兆候すら無かった。


 真っ白な容疑者相手に手荒な手段は取れず、調査も八方ふさがりと思われた。





 そんな中、エル商会の商会長の顔を確認するため、食堂内で飲食をしながら張り込みという役得な任務に付いていると、受付に座るジェシカとある騎士の会話が耳へと飛び込んできた。


「ここはエル商会で間違い無いか?」

「………あ。はい、そうです」

「では、商会長に会いたいのだが、呼んで来てくれないか?」

「出掛けてるので、おりません」

「いつ頃戻られるのか?」

「さあ? 早くても一か月、遅ければ半年とか一年とか、それ以上?」


 エル商会は商会長が不在で、いつ戻るかもはっきりしない。

 有益な情報が得られ、食堂で張り込んでいた甲斐も有ったようだ。


 騎士が鍵を受け取り階段を上って行ったあと、受付に座る女性、ジェシカに声をかけた。


「騎士さんも大変ねぇ、さっき話してた商会長って何してるの?」


「冒険者が本業だ! っていつもいってるよ。商会の事は殆どわたし達に任せっきりね」


 商会長といっても経営には携わっていないのね、商会を立ち上げる資金力があるとなると……、高ランク冒険者かしら?


「へえ~、そうなんだ。有名な冒険者なの?」


「冒険者が戦ってるところはエル達しか見た事無いけど、ミスティオじゃ有名みたいよ? 冒険者ギルドのギルドマスターや同じ冒険者の方が知ってるんじゃないかしら?」


「そうなのね、ありがとう~」


 まさか調査対象が冒険者だったなんて、全くの想定外ね。

 尻尾の掴めない商会長と思っていたけど、留守な上に、調べる方向が冒険者側だったとはね。

 商会長の名はエルと判明したし、噂好きな冒険者なら情報を引き出すのも容易いわね。


 冒険者エルの情報と、高額請求のからくりを確かめれば、ようやく任務も完了するわ。





 翌日になり、さっそく冒険者ギルドへ情報収集に向かう。


 ギルドでの情報収集は、ギルド職員と仲の良いエルネストとフランシーヌに任せ、わたしはアレックスと昼間っから管を巻いている、それなりに情報を耳にしている経験年数のありそうな中年男性の冒険者を捕まえ、酒を奢る事で冒険者エルの噂話に水を向ける。


「ここいいかしら?」

「…んあ? よう、姉ちゃん。座るんなら酌をしな」

「酌はしないけど、一杯奢るわ」

「はんッ。話が分かるじゃねえか、座んな」


 わたしが座るとアレックスも同じテーブルに着く。


「けっ、男女コンビの冒険者かよっ」


 当てが外れたように顔を顰める冒険者。

 酒が回っているのか感情の制御が利かず、露骨な態度を露わにする。


「それで、何が聞きたいんだ?」

「冒険者エルについてよ、知ってるかしら?」


 その名を聞いた冒険者は、酔った赤い顔をどす黒く染め上げ、残されたエールを一気にあおり飲み干すと、空のジョッキをテーブルに叩きつけた。


「あのくそったれなガキか!!」


 エルとの記憶を思い出したのか眼光鋭く睨みつける。

 わたし達には、八つ当たりでしかない。


 でも…、さっそく当たりを引いたわ!


 それにしても、商会を立ち上げるくらい稼いでいるのに、……ガキとは?

 これも新情報かしら?


「………何があったのよ?」


 少しでも冷静さを取り戻せるように、慎重、且つ、探るように静かに話しかける。


「アイツのせいでオレは!」


 酒場の店員がジョッキを壊されては堪らないと、酔った男から分捕っていった。

 その際お金を渡し、わたし達の分と彼に奢るといった一杯を注文した。


 新しいエールが運ばれてくる頃には、多少落ち着きを見せた冒険者は、胸の内に抱えていた感情を、ぽつりぽつりと言葉にして行った。


「オレは王都でもそこそこ稼ぐ冒険者だった…」


 新しいエールをゴクリと一口注ぎ、のどを潤してから話しを続けた。


「仲間内からは、昇格も間近じゃないかといわれていたCランク冒険者だった。実際稼いでいたし、パーティーで戦っても真っ先に魔物を倒せるくらいの実力はあった」


「…さすがね」


「そんな時、あのガキですら高ランク冒険者っていうじゃねえか!!」


 やはり商会長のエルは、高ランク冒険者なのね。

 資金力もそれなりにありそうね。


「…しらなかったわ」


「だったら、オレだって高ランク冒険者になれるはずじゃねえか! だからエルとかいうヤツに模擬戦を挑んだんだ!」


 高ぶった感情を鎮めるかのようにジョッキを傾け、グビリとエールを流し込み、乱暴にテーブルに叩きつけるかのようにジョッキを置く。


 またアイツか。と、店員に向けられる視線が痛々しい。


 とりあえず合いの手を入れて、話を続けさせる。


「…すごいわ」


「手も足も出ないまま一方的にやられたオレは、周りから【失格者ウォーター】って呼ばれちまったさ」


「…センスいいわ」


「王都に居辛くなったオレは、稼ぎのいいダンジョンがあると、こうしてミスティオまでやってきたら、あのガキの拠点だなんていい出すヤツがいやがる! ったく、腹立たしい!!」


「…そうなんだ」


「お前もオレを馬鹿にするのか?!」


 わたしの態度に不満を覚えた彼は、握った両手をテーブルに叩きつけていた。

 流石、荒くれ者が集う酒場。頑丈なテーブルが置かれてるわ。


 彼から得られた情報は、調査対象が有名で実力のある高ランク冒険者という事くらいで、想定していた裏付けが取れただけで、とても有益な情報とはいい難かった。

 話の後半からは、相槌もいい加減で、適当に聞き流してたわ。


 気分を損ねた彼のテーブルを早々に立ち去り、次なる獲物を物色して行く。





 酒場での情報収集を終え、拠点で得られた情報をすり合わせた。


 調査対象が冒険者だけあって、冒険者ギルドで有益な情報が得られた。


 逆に、商会名は全く知れ渡っておらず、エル商会の名を出しても情報収集の足掛かりにもならず、冒険者エルの名だと冒険者界隈では有名で、知名度の落差が呆れるほど激しい。


「それでは情報をまとめてくれ。ボニー!」


「調査対象はトーアレド出身、Aランク冒険者で名前はエル。二つ名は【番狂わせアプセット】。年齢13。同い年のラナという女の子とパーティーを組んで居るわ。こちらも二つ名持ちね、【最速の紅ラピッドレッド】。パーティー名は【最速の番狂わせ】、以前のパーティー名は【昇格試験】というらしいわ、どういった意味合いかまでは分からなかったわ」


「出身地とAランクという以外は、田舎から出て来た冒険者に、良く居る組み合わせだな。だがしかし二人とも二つ名持ちか…、接触には極力注意しよう、お前達も気を付けろ」


「「「おう!」」」


個人情報パーソナルデータはそのくらいで良いだろう、活動内容について頼む」


「ミスティオで得られた活動内容は、街道で騎士団の手助けをし、魔物を討伐する。その際、ウエルネイス伯爵家令嬢キャロル様を助け、知見を得る。街近郊の街道でホーンバイソンと遭遇し、単独で撃破する」


「はあ、それだけでも騎士に取り立てられそうな戦功だな。……続けてくれ」


「ミスティオダンジョンでホーンバイソンと再び遭遇、パーティーで撃破。ダンジョン深部で変異ボス、サナトスベアを討伐。その結果、魔物氾濫スタンピードの予兆が終息する」


「……英雄じゃないか。幼いながらも、Aランクというのも頷ける。その内容は、商会を立ち上げるに十分な資金を示唆してるな。肝心の、高額請求の正当性が問題だ」


 実際に一部の有識者は、英雄扱いをしているらしいわ。

 ただ、冒険者ギルドから討伐者が発表されない事で、エル個人の評価は上がっていない。


 それなのに、Aランクまで上り詰めているのは、相応に実力があり依頼を熟している事を示していた。


「冒険者エルは大容量のマジックバッグを保有しており、一度に十数匹の魔物を解体に出す事もざらにある。更に、【状態保存】か【時間停止】の機能が確認されており、魔物の鮮度は保たれているそうです。その為、解体に出した魔物は、肉だけ引き取る事例が多々あるそうです」


 これらの情報は、エルネストが解体場のギルド職員と友誼を結び、フランシーヌが受付嬢と仲良くなった結果、得られた情報です。二人のお手柄ですね。


「そのマジックバッグに、サナトスベアの肉やホーンバイソンの肉が保管されてたとすれば、第一王子殿下が食された可能性が高い?」


「一時期、オークションで話題になった肉が再度出品される事も無く、一年以上経過してから口にすることができたなら……」


「……高額請求となるのも当然か」




 神妙な面持ちで、アレックスはそう結論付けた。




「追加情報ですが……」


「まだあるのか。……報告を頼む」


「エル商会の名で孤児院の支援をしており、それをウエルネイス伯爵家が承認しております。角猛牛亭の従業員が、孤児に料理を指導しています。そのメニューは、将来的に孤児院が出店する屋台専用となるよう、ウエルネイス伯爵家が後押しをし、領内に布告されるそうです」


 クロードとダニエルが、角猛牛亭に従業員を多く派遣している孤児院に接触する際、寄付をするついでに仕入れてきた情報だ。


「弱者救済とは、ご立派な事だな」


「以上となります。調査対象は王都でも活動していたそうで、王都に戻れば更なる情報を得る事ができます」


「今回の任務で最重要なのは、王家に請求された食事代の確認だ。その調査の上で調査対象の個人情報パーソナルデータ入手がある。

 目的は達した。これ以上の調査は不要とする。

 全員ご苦労だった、明日には王都へ出立する!」


「「「はっ!!」」」


 大きく返事をし、任務に携わった全員が重圧から解放され、晴れやかな笑顔を浮かべていた。


 急いで撤収作業に移り、拠点の解約を行ったあと、王都に向け帰還の旅路へと身を委ねた。

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