第315話 半額サービスするべき?

 ロウレスから新居のメモを受け取った翌日、冒険者ギルドの解体場に来ている。

 もちろんグリフォンの在庫処理とラッシュブルの解体の為だ。


 あとで商業ギルドにも寄るのだけど、ロウレス達の新居の鍵を受け取ったら、解体済みの肉を引き取りに来るついでに、フレデリカさんに新居の鍵を渡せるからね。




 因みに、今朝はモーニングコールがあって、起こしに来たのは例の如くザックさんだった。


 理由は明白。


「おい、エル! 起きてくれ! あの肉をまた頼む!!」

「エルくん起きて! 売り上げが凄いのよ!!」



 ゼノビアさん、お前もか……



 起き抜けに突っ込み脳にさせるのは、マジで勘弁してほしい。

 もっとオーナーをリスペクトして欲しい。いや…、いいんだけどね。


 竜田揚げが提供されると、それに合わせてエールが良く出て、王都の角猛牛亭同様、ミスティオ店でも売り切れたらしい。


 うん、知ってた。


 その呼びに来た理由の一つに、ザックさんにお土産で渡した片栗粉が、昨晩の竜田揚げ祭りで使い切ったらしい。


 仕方がないので小麦粉で代用可能だと説明し、さっそく作ってみると張り切ったザックさんは、朝から元気に竜田揚げを揚げていた。

 片栗粉が無くなった時点で竜田揚げを作るのを止めたらしく、グリフォン肉はそこそこ余ってたらしい。


 お陰様で練習で揚げた竜田揚げが朝食のおまけに付いて来て、朝から揚げ物の洗礼を受けて、少々胃が重たい。


 どうやら、産まれてこの方揚げ物を口にしない生活が続いていたから、朝食での揚げ物は身体に負担が大きかったようだ。

 夜の食事で揚げ物は平気だったのに、朝から重たい食事は俺の体質に合わないらしい。




 場所を商業ギルドに移して、手の空いてる受付嬢を探し声をかける。


「こんにちは、空き家物件を調べて欲しいんですけど」


「いらっしゃいませ、そちらの席にお掛けください。どのような物件をお探しでしょうか?」


 お手本のような営業スマイルを浮かべて、柔らかい口調で受付嬢が質問してくる。

 受付嬢に事情を説明し、ロウレスから渡された獣皮紙を見せる。


「こちらの物件でしたら把握しております。三年分の家賃のお支払いですね?」


「それなんだけど……。賃貸でなく、購入する事はできますか?」


「もちろん購入可能ですが、相応の資金が必要ですよ?」


 背の低い俺が子供っぽく見えたとしても、交渉の入り口から無理だろうと断って来たりしないらしい。

 この受付嬢は、相手の見た目で判断しない、冷静さを持ち合わせているようだ。

 商業ギルドの職員らしく、判断基準がお金なのかも知れないけどね。


「手持ちの資産で購入できるか検討したいので、まずは必要な金額を教えてください」


「かしこまりました。こちらの家賃大銀貨5枚50万ゴルドの物件を購入なさる場合、大金貨20枚2億ゴルド必要になります」


 平民の持ち家として2億ゴルドの邸宅は相当立派だろうが、家賃50万ゴルドを36年ローンの支払いと考えると、ずっと家賃を払い続けるより、買った方が圧倒的に安上がりだ。


 俺の下した決断は、この一言で表せられる。


「買います!」


 席に着いた時に足元に降ろしたリュックから、お金を取り出そうとしたら、慌てた声音で受付嬢から制止の声がかけられた。


「お待ちくださいお客様! 別室にご案内致しますので少々お待ちください」


 美容魔法とかグリフォンの出る緑色の宝珠の依頼で大金貨を見慣れてしまって、今さら2億ゴルドなんて端金感が強すぎて、衆人環視の中で大金を出してしまうところだった。


 そりゃ、受付嬢も流石に止めるよね。


 俺はお金を渡して鍵を受け取るだけだから、財布を出しても問題無いかと思ったけど、子供が大金を持っていると思われたら、誘拐を目論む人も現れるかもしれないね。


 それでなくても『幸運をもたらす壷を買いませんか?』とかの、霊感商法の勧誘が多発するかもしれない。

 魔力のある世界だし、胡散臭い商売は魔感商法とでもいうのかな?



 益体も無い事を考えながら移動していたら、商談用の個室に案内された。


「お客様。2億ゴルドもの大金を、あのような場所で出すのはお控えください」


 ソファーに腰掛けるよう手で合図をして、座ったと同時に苦言を呈された。


「大金を持ってると思われると、碌に効果も無い護符アミュレットを売りつける、神官商法に合いますよ」


 お金の飛び交う商業ギルドだけあって、ロビーでお布施を強請る神官が、目を光らせてたりするらしい。


 わー、女神教会の神官が『女神フェルミエーナ様の有難いお守りです』とかいって、護符アミュレットの押し売りをして来るのか……


 そういった商売の事を神官商法というのか。


 勉強になったなー。(棒読み)


「それで、持ち井戸がある物件になりますので、取得にあたって諸々の税と手数料が必要です」


 土地や不動産の購入に税がかかるのは分かるけど、井戸にも税金がかかるのね。取水税とかあるのかな?

 かすかな前世の記憶に、ミネラルウォーター税とかいう似たような税があった気がする。


 でもそんなの関係ねぇ!


 とばかりに【税金免除】が記された書類を、受付嬢に見せつける。


「このような物をお持ちの方がいらっしゃるとは思いませんでした。ですが、わたくしでは真偽が判別できませんので、別の者を連れてまいります、少々お待ちください」


 さまざまな書類を見慣れている受付嬢でも、流石に税金免除の書類は見た事が無く、顔を近づけて穴が開くほど眺め、顔を上げた時にそう述べた。


 個室を出た受付嬢は、しばらくすると壮年の男性職員を連れて戻って来た。


「こいつが免税の書類を持って来たって?」


 来て早々、俺を見るなり胡乱げな眼差しを向け、次の台詞を続けた。


「なんでこんなガキが、国璽の押された免税書類なんて代物を持ってるんだ。偽物じゃ無いのか?」


 テーブルに置かれた免税書類をひったくり、ソファーに座って本物かどうかを確認し始めた。


 書かれていた文面に一通り目を通し、内容を把握したら国王のサインと国璽を入念に確認し始めた。


「こりゃ偽物だな、持ってたら訴えられるぞ。こっちで処分しておいてやる。感謝しろよ」


 席を立ち部屋を出ようと歩き出しながら、書類を片手で持ちひらひらと靡かせ、ドアノブに手をかけてそんな事をいい始めた。


 そういえば商業ギルドで思い出した事がある。

 以前、商業ギルドに優秀な人材と称して、ゴミを送り付けられたことがあった。

 コッコ舎を立ち上げたばかりの頃で、ゼノビアさんも忙しかったから、会計や管理ができる人材を商業ギルドに頼んで、やって来た人材はコストカッターという名の給金泥棒だった。


 そいつのせいで、せっかく育てた人材を、伯爵家イードルのコッコ舎に取られてしまったんだよね。


 ミスティオの商業ギルドは、あまりよろしくない連中の集まりか?

 ゴーク商会が君臨していた時の悪影響を受けて、腐りきってたとか?


 その割に、受付嬢さんは真面そうだったけど……


「訴えたいなら好きにしろ。その書類は返してもらう。それを持ったまま部屋を出たら、盗賊と判断して攻撃する」


「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」


 そういって俺も立ち上がり、フェロウ達も臨戦態勢に入る。


 剣呑な空気を読んだのか壮年のギルド職員は足を止め、国璽の押された書類を揺らめかせるのを止めていた。


 敵意を剥き出しにしたフェロウ達に睨まれ、恐怖のあまりじりじりと後退り、冷や汗をかいているのか若干顔色が悪い壮年のギルド職員に、土魔法で手足を拘束するよう魔法を放つ。


「ぐえっ?!」


 バタッ!


「キャ―――ッ!!」


 拘束された足ではバランスが取れずに倒れ、それを見て受付嬢が悲鳴をあげた。


 部屋を出て無いのに攻撃したのは何故かって?

 それは持ち出す盗賊行為をして無くても、書類が偽造だと決めつけ、税金免除の書類を騙し取る詐欺行為は行ってたしね。

 商人の活動を支援する商業ギルドが詐欺師に牛耳られてたら、商人だけじゃなく領主や領民にも迷惑だし、捕らえてもらうのが一番の解決策だな。


 倒れたギルド職員から免税許可の書類を取り戻し、悲鳴をあげてる受付嬢にウエルネイス伯爵家の騎士メダルを見せる。


「俺はこういう物を持ってる者で、この書類が本物かどうかは領主様に聞け。こいつは詐欺師として拘束する」


「ええぇぇぇ―――ッ?!」


 受付嬢を落ち着かせようと騎士メダルを見せて、説明を始めたらまた大声を上げられた。


 ドタバタと廊下が五月蠅くなったと思ったら、扉を叩くことも無く突如部屋の扉が開かれ、商業ギルドに雇われている警備員が押しかけて来た。


 部屋を見渡し現状を確認した警備員は、俺に向かって何かを突きつけ一斉に声を上げた。


「「「何事だ! 無駄な抵抗は止めろ!!」」」


 冒険者のような武装した者たちと違い、商売人が相手とあって、警備員が手にしてる物は、金属製の警棒だった。


 メイスのように上端に重りが付いてる訳じゃ無く、ただの金属でできた棒だが、前世にあった鉄パイプと違い、中身が詰まってるから十分な重量があり、鈍器としても、打撃力、強度、耐久性が揃った優秀な武器だ。


 突然の闖入者に思考が止まった受付嬢に代わり、事態の説明をしようと口を開く。


「取り押さえようとする相手が違うぞ、そこに倒れてるヤツが犯罪者だ」


 訝し気な視線を向けた後、足元に転がってる壮年の職員を見て、首を傾げる警備員。


「こちらの方が?」


 どうにも腑に落ちないという表情を見せるが、受付嬢の方に視線を移すと、コクコクと頷いていた。


「そいつは詐欺と強盗を働いたから拘束した、街の警備詰め所へ連れて行け」


「わ、分かりました」


 壮年の職員の事は警備員も知ってる人物なのだろう。

 納得いかない様子だったが、受付嬢が頷いていたから、取り合えず部屋の外へと運んで行った。


 こちらの方というくらいだったから、商業ギルドでも地位の高い人物である可能性が高い。

 だからこそ、子供相手に自身が持つ権力を行使すれば、免税許可の書類をだまし取れるとして、今回のような騒ぎを起こしたのだろう。


 何せ、免税許可の書類には所有者の名前が明記されておらず、所持している者が免税の恩恵を受ける事ができる。


 商業ギルドという巨大組織に所属していたら免税されないという条件はあるが、書類自体を誰かに売りつけるなど、活用方法は多岐に渡る。


 しっかりと目を通したからこそ、壮年のギルド職員が悪の道へ手を染めたのだろう。

 国璽を判別できる人材が本物だと知った上で、偽物と嘘をついてまで強奪しようとしたのだから、同情の余地は全く無い。


 やって良い事と悪い事の判別は付かなかったようだな。



 警備員が出て行き、静寂を取り戻した個室で、物件購入の手続きを再開する。


「先ほどの書類が偽物と思うなら、税金なども支払いますが、のちのち領主様に確認を取って本物だと判明したら、商業ギルドを訴えますからね」


 あの壮年のギルド職員が『訴えられるぞ』と脅して来たのだから、同じことをやり返される覚悟もあるはずだし、それについては容赦する気は無い。

 それに、書類の真偽を確認した上で犯行に及んだのだから、弱気な態度を見せたらケツの毛まで毟り取られそうだ。


「わたしの独断ではできませんが、税金を免除した物として処理します。後日、税金の支払いが必要になったら、改めて請求します」


「では、そのように処理してください」


 税金問題でごたついて入居が遅れるようなら、いくらか値引きを引き出そうかと思ったのに、実に残念だ。


 いくつかの書類にサインし、大金貨20枚を支払い、手数料に金貨2枚を支払って、ようやくロウレス達の新居の鍵を三本手に入れた。


 一本は大家の俺が預かり、残り二本をロウレスとフレデリカさんに渡そう。



 鍵の受け取りまで済ませた頃、街の警備兵がやって来て、俺と受付嬢は事情聴取されていた。


 こういう時こそ役に立つだろうと、騎士メダルを見せてから事情聴取に入り、全面的に俺の説明を信じてくれたようだ。

 免税許可は領主様に確認が取れると説明したら、王家に確認を取らずに済んだ事が嬉しいらしく、騎士メダル効果もあってか、割とスムーズに事情聴取を終える事ができた。



 それでも時間はそれなりにかかり、時刻は解体した肉を引き取りに行く時間が迫っていた。

 慌てて冒険者ギルドに向かい、グリフォン肉とラッシュブル肉を引き取り、ロウレス達の新居の鍵を渡して来た。

 商業ギルドで面倒ごとに巻き込まれたが、新居の鍵を手渡した時の、フレデリカさんの心の底から喜ぶ笑顔に救われた気がした。


 この笑顔を見せられたら、ロウレスが一途に惚れるのも無理は無い。




 三年後から始まる家賃の徴収、半額サービスするべき?

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