第316話 一緒にやっていけそう?
ミスティオに戻って数日が過ぎたが、毎日何かしらの用事があって、気の休まる暇がない。
きょうも商業ギルドで面倒ごとに巻き込まれたが、新居の鍵を手渡した時、フレデリカさんの心の底から喜ぶ笑顔に救われた気がした。
角猛牛亭に戻ってザックさんにグリフォン肉とラッシュブル肉を渡し、いつもの頼み事をお願いする。
「また、野営料理をお願いしますね」
「分かってる。スープとメインの料理だろ? 任せろ!」
心得てるとばかりにザックさんは胸を一つ叩き、今朝の様子から一転して、鼻歌混じりのご機嫌な様子で冷蔵庫の魔道具に、受け取った肉を収納して行った。
良い人なのだが、料理が絡むと時々暴走するな。
ゼノビアさんが暴走したのは初めてだけど、食堂の売り上げが絡むとああなるのか?
「竜田揚げを作る時は出来立てを収納したいので、俺が居る時にお願いします」
「何か理由があるのか?」
「小麦粉で衣を作ると、揚げたてはカリッとした食感を楽しめるのですが、時間が経つとしっとりとした食感になるんです」
「何もしなくても、食感の変化を楽しめる料理になるのか。面白いな!」
食堂で出すと出来立てを食べるから、いつでもカリッとした衣になるけど、お弁当にすると、食べる頃にはしっとり食感に変化してる。
スープなら温め直してもそれほど味の変化は無いが、肉料理を温め直すと、硬くなったりパサついたりするから、出来立てをアイテムボックスに収納したいからね。
食堂で夕食を済ませたあと部屋に戻り、王都のウエルネイス伯爵邸で受け取った、隣国の皇后からの手紙を確認する事にした。
数枚に書かれた手紙を読み進めていくと、季節の挨拶のような斜め上からの表現から入り、貴族らしい長ったらしい文章が続き、普段聞きなれない言葉が多く、本文に入るまでの前置きを読むだけで疲れて来る。
例えば『太陽が踊りあかし、園遊会を開いてるかのような日々』は、『暑い日が続きますね』くらいの意味だろう。
迂遠な言い回しを書き連ねた文章は、読み進めながら脳内で簡潔に翻訳しないといけないので普段の倍以上脳味噌を使うし、読み終えても前置きだったから、むしろ読み飛ばすのが正解だったと徒労感が半端ない。
二枚目以降は、最後の文章三行を読んでから、必要そうなところに目を通して行った結果、読み取れた内容なこんな感じだった。
『顔の治療と美容魔法ありがとう。施術費用を送ります。食前食後の祈りは法令化しましたが、強制で無く罰則も無い為、帝国全域の民衆に馴染むまで時間がかかります。四公の領地では、浸透しないかもしれません』
この程度の内容が、句点の数だけ手紙の枚数があり、分厚い手紙を受け取った時に、ちらりと流し読みした結果、しっかりと目を通すのを先延ばしにするのも仕方がない。
手紙一つでこんなに文章を書き連ねないといけないなんて、俺には絶対貴族は向いてないな。
俺の目的としてる【食前食後のお祈り】の習慣化が、一応帝国でも広まるようで一安心だが、法令化したと記されているだけで、どのようにして民衆に公布や詳しい説明をするかは明記されていない。
皇后の働きで、女神フェルミエーナ様が力を取り戻せるかは微妙なところだ。
因みに手紙にある四公というのは、昔、帝国を築いた勇者パーティーの五人メンバーで、勇者が皇帝となり中央を治め、他のメンバーが公爵となり、それぞれ東西南北の方角を自治領とし、外敵からの盾と成るべく、領内の貴族を取りまとめている。
領地の広さは皇族直轄領と大差なく、皇帝に次ぐ発言力を持っている。
元々、皇族の領地を治めていた神託体質の一族は、魔物に対抗する力が無かった為勇者に領地を譲り、宰相として皇帝を補佐している。
隣国の事でもこれだけの事を理解しているのは、学院で学んだ成果だな。
翌朝を迎え、身支度と朝食を済ませたら、例の如く冒険者ギルドに魔物の解体を任せに出掛ける。
いつものようにグゼムさんにグリフォンやラッシュブルを預け、夕方に取りに戻る約束を取り付ける。
きょうの予定は、そろそろ旅の疲れも癒えただろうから、ベルナデットと待ち合わせて、菓子店の予定地を見に行くつもりだ。
お供は、元実家の購入を決めたルドルフォだ。
角猛牛亭の食堂で、朝食を済ませた後そのまま客席に座って待っていると、そろそろ朝の混雑が解消されたという頃に、ベルナデットがやって来た。
「おはよう、ベルナデット。慣れない旅の疲れは取れた?」
「おはようございます。馬車移動でしたので大丈夫です」
光属性の適性を持っていたため、あまり自宅から出歩かなかったベルナデットには、体力的な心配があった。
キャロル様も一緒という事もあって無理の無い旅程だったため、ベルナデットの表情も柔らかく旅の疲れは感じられない。
「それでは購入した物件までご案内致します」
ルドルフォが先導して道を歩く。
元実家というだけあって所在を把握しており、慣れ親しんだ道並みを進む足取りにも迷いがない。
案内された建物は、お世辞にも元商会が保有していた建物とは言い難く、ルドルフォ達五人兄弟がいる家庭には狭そうな家だ。
そこに店舗が併設しており、個人商店のような建物だった。
店舗に入ると、雑貨屋か道具屋といった雰囲気で、商品を並べる陳列棚が所狭しと並べられている。居抜き物件だったようだ。
「店舗部分はこじんまりとしてるけど、イートインを作らず店頭販売だけに絞れば十分な広さだな。余ったスペースには、ホウライ商会から買い取った商品をディスプレイすればいいか」
陳列棚の大半は撤去し、先日宝珠から出した冷蔵対面ショーケースの魔道具を奥側に配置すれば、店に入ってすぐにお菓子が目に入るだろう。
その左右の壁際に陳列棚を残し、ヒノミコ国産の商品を並べる感じだ。
調味料などの消費期限のある物は、俺が個人的に使ったり宿屋で消費すればいいし、菓子店に配置する物は、消費期限の無い物に限定しよう。反物とか竹細工とかの小物だね。
菓子店には冷蔵庫の魔道具も置く予定だし、冷蔵保存できるから、お酒も少しくらいは置いてみるか?
店の構想が決まったので、それをルドルフォとベルナデットに伝え、特に反論も無かったから、邪魔になる陳列棚をアイテムボックスに収納して行った。
そしたら、収納した陳列棚の向こう側から、美少女が二人現れた?!
「えっ、誰?」
「「え、えっ?!」」
箒や雑巾を握った少女は、陳列棚が突如消えた事に驚き、目を見開いたまま固まっている。
「す、すみません、オーナー! 彼女たちはこの菓子店で働く予定の子で、事前に掃除をさせてました」
「そうなんだ、店員は二人だけ?」
「いえ、他に二人おります。君たち、オーナーに自己紹介して!」
慌てた様子でルドルフォが少女たちの素性を明らかにし、不法侵入者では無い事を力説していた。
「孤児院出身のモアナです」
「同じくミルティアです」
箒を握ってたのがモアナで、雑巾を持ってたのがミルティアと名乗ってお辞儀をしていた。
孤児院出身という割には、清潔感のある身なりをしている。
「身体も清めてるみたいだし、服装も整ってるね」
「コッコ舎で孤児を雇っている繋がりで、彼女たちも雇い入れております。成人が近いので、仕事があるなら働きたいそうです。
オーナーがいらっしゃるまで、ザックさんの下で仕込みの手伝いをさせていましたので、日頃から清潔にするよう命じてます」
開店前から雇ってるのか。
菓子店で働くのだから、清潔感は大事だ。
本業に付く前のトレーニングと思えば、見習い程度の給金を支払って練習させるのは理にかなってる。
前世で言うところの
この世界で就職しようと思ったら、基本的に家業を継ぐのは身内だし、人手不足なら真っ先に親戚から人手を得るし、赤の他人が入り込める余地は無い。
後ろ盾や身元を保証するという意味合いで、紹介が無いと職を得るのが難しく、孤児院出身者が行きつく先は、冒険者か娼婦、はたまた悪の道へ進むのがお約束になっている。
そんな中、紹介も無しに雇ってくれる万年人手不足のエル商会は、孤児院にとっての希望の光みたいなものらしい。
伝手が無くて娼婦に身を窶すくらいなら、他に取られる前に人材を確保するのは、先走り気味なルドルフォに別段文句を付ける事じゃないね。
「それなら、一回陳列棚を全部退かすから、先に床掃除を済ませてくれる?」
「「わかりました!」」
怒られないと分かって、彼女たちは元気よく返事をした。
掃除するのに邪魔なものを全て収納し、店内を一望できるようになったところで、店の奥へと移動する。
案内された厨房は、こじんまりとした一般家庭の台所だった。
要するに、店舗併設の自宅で、自宅用のキッチンでしか無かった。
そこで掃除をする美少女が二人いる。先ほど説明にあった、二人の従業員だろう。
こちらも自己紹介を受け、メローニャとマルシェラと名乗った。
こちらの二人は、お菓子作りを希望しており、それもあって台所の掃除を命じられていたそうだ。
「ここの掃除はいいから、店舗側の掃除を手伝って」
「「はーい」」
指示に従い台所を出る少女を見送り、ルドルフォに苦言を呈す。
「流石にこの厨房では狭すぎる、すぐに改装を頼んで、厨房を今の10倍くらいに大きくして!」
竈一つに幅1メートルの奥行50センチメートルほどの作業スペース。おまけに水瓶がすぐ脇に置いてある。
お菓子作りには狭すぎるだろっ!!
趣味で料理する程度なら十分だろうけど、商売で使うキッチンなら、生地を伸ばしたりする作業スペースは欲しいし、冷蔵庫やオーブンの魔道具を置く場所も欲しい。
竈の代わりにIHコンロの魔道具を置く場所も必要だし、厨房は要大改装だ!
すぐには菓子店として開店できないけど、ヒノミコ国の雑貨や反物を販売する事はできるから、店自体はオープンしても良いと許可を出しておいた。
店員が女の子しか居ないと、何か問題が起きる気がするから、倉庫の警備のついでに、店内保安要員を雇うよう指示しておく。
「従業員が歳の近い女の子ばかりだけど、一緒にやっていけそう?」
「うん、大丈夫だと思う。エルくん、ありがとう」
店に来たときは緊張した様子だったが、一緒に働く子達と会った事で、ベルナデットが抱えていた不安は解消されたようだ。
人見知り気味のベルナデットも、学院に通う事で同年代の少年少女との接し方を覚えたようで、王都での濃密な一年は、ベルナデットに変革を齎したようだ。
「それじゃあ、厨房の改装が終わるまで、午前中は角猛牛亭でお菓子作りの練習と、午後からは伯爵家に戻って業務を熟してくれ」
ベルナデットを借り受けるのに、午後からは回復魔法の為に待機を命じられている。
怪我を見るのが苦手なベルナデットでも、伯爵家としては騎士の命は救いたいと、最低限でも良いからと、回復魔法の使用を頼まれているらしい。
当面はマヨネーズ作りの消毒係り兼、お菓子の開発者として働いてもらい、菓子店の運営はルドルフォ、生産と販売は孤児院の女の子たちにお任せだ。
マヨネーズだけでなく、マヨネーズの派生として定番のタルタルソースや、トマトソースを混ぜたオーロラソース、それにレモンの果汁を加えたレモンマヨソースなどのバリエーションも、ミスティオまでの移動中に教えてあるけど、味のバランスや配合の調整はベルナデットに任せるつもりだ。
それらに加えて、メレンゲクッキーやプリン、シフォンケーキなどの卵を使うお菓子も移動中の野営時間で教えてあるから、何度も練習を重ねればお客さんに出せる物に仕上がるだろう。
だから練習が必要だし、お菓子作りにもナッツや乾燥フルーツを混ぜたバリエーションの追加など、事前にやるべきことはあるからね。
厨房に置く魔道具はルドルフォに預け、店舗の掃除が終わったら倉庫の掃除を指示しておく。
その間に店舗に冷蔵対面ショーケースの魔道具を配置したり、両サイドの壁際に陳列棚を並べて行く。
倉庫に商品をしまいこむのは、警備員を雇ってからだな。
一通りの作業を終え、角猛牛亭へと帰って行った。
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