第314話 甲斐性が心配だぞ?
ルドルファイの片腕欠損治療を済ませて宿に戻ると、珍しくロウレスとフレデリカさんが、仲良く腕を組んで角猛牛亭に入るところを目撃した。
彼らは表から食堂に入ったが、俺達は宿の近くに行くまで表通りを歩いていたから目撃したが、従業員は裏口から宿に入る為、声をかけるに至らなかった。
「オーナー。この後は仕事に戻ります。腕の治療、本当にありがとうございました!」
「治療じゃなくてエリクサーな。そこんとこ間違えないように!」
諦めていた腕を、取り戻した事に興奮冷めやらぬルドルファイは、こんな調子で何度も何度もお礼をいわれ、挙句、『オーナーの為に粉骨砕身働きます!』と謎の意気込みを語り出したり、『一週間の休暇を返上して働きます!』等と、言い出す始末。
「働いても良いけど、せめて明日は休め」
腕が治って俺の役に立ちたいのか、働く意欲が最高潮に高まっており、この調子だと休ませる方が身体に悪そうだから、休日返上の許可は出したけど、翌日は休んで、更に数日以内に連休を取れと念を押した。
欠損治療で忠誠心を上げるという目的は果たせたが、想定以上に爆上がりし、ルドルファイの変化にこちらが戸惑うばかりである。
よく訓練された社畜の爆誕か?!
コッコ舎部門をまとめる人物が社畜なのはどうかと思うが、大赤字を出さなければ好きなようにやってくれて構わない。
他の従業員を、社畜に育成しなければ良いね……。
そうならないよう、女神様にお祈りしておこう。
だが、ルドルファイの積極的な営業活動もあって、とある一件から警備の人員を増やしても黒字が確定しているし、人件費と不動産以外の支出に乏しいから、利益率も高くて赤字になりようがない。
コッコ舎と角猛牛亭ミスティオ店が好調なのは置いといて、ルドルファイと別れ食堂に入り、お役として食べに来たロウレスとフレデリカさんの姿を探す。
穏やかに食事を楽しむ客で埋め尽くされた食堂は、お酒を手にする客も少ないようで、冒険者がバカ騒ぎをする姿は見られない。
「ロウレスとフレデリカさんはどこかな?」
頻りに視線を動かしている俺に気付いたのか、人目を引く不審者だと思われたのか、ちょうど入り口側を向いて座っているフレデリカさんと目が合った。
となると、背中を向けて座っているのがロウレスだな。
「ロウレス、フレデリカさん、いらっしゃい。相席いいかな?」
「エルか! いいぞ、ちょうど探してたんだ。フレデリカも構わないよな?」
「ええ。……いらっしゃい?」
繁盛していて他に席が空いて無いから、ロウレスとフレデリカさんの了承を得て席に着く。
ロウレスは呼び捨てか……
フレデリカさんはダーリンと呼んでいたよな?
愛称で呼んだりしないのか。
フレデリカさんは、俺の『いらっしゃい』の台詞が気にかかるようだ。
それに気づいたロウレスが、彼女に説明をしていた。
「フレデリカは、ここがエルの店って知らなかったのか?」
「え?! エルくんのお店なの?」
「まあね。王都で宿屋を開いてた大将が、移住を希望してそうなったよ」
これだけでは端折り過ぎて分からないので、注文した料理が運ばれてくるのを待つ間に、ザックさんが移住を決め、俺の商会で宿屋を運営する事になった経緯を詳しく説明した。
「そうだったのか?!」
「ダーリンも知らなかったの?」
「エルの店って事は知ってたぞ!」
それだけかよっ!
ロウレスとフレデリカさんが張り合ってるが、赤の他人がそれだけ知ってれば十分か。
「食事の前に喧嘩するなよ」
「「してない(ません)!!」」
息ピッタリだな、仲良しかよっ。
いや、夫婦だった?!
「それで、俺を探してたってことは、新居を決めて来たのか?」
「そうそう。市場の近くの空き家で、部屋数も多いんだ」
「それもあって、お家賃が高いのだけど……。本当にエルくんにお願いしても大丈夫なの?」
少し高いとかじゃないんだ、フレデリカさん金銭感覚で高いと思える家賃なんだね。
「新婚祝いと、少し早いけど出産祝いですから、気にせず受け取ってください。新居はロウレスが選びました? それともフレデリカさんが選びましたか?」
「フレデリカが気に入ったところにしたぞ。オレの意見は却下された」
「それなら物件の詳細は聞かないよ。場所と家賃と商業ギルドの担当を教えてくれる?」
ロウレスが決めた物件じゃないなら大丈夫だろう。
市場が近いっていってたし、フレデリカさんが暮らしやすい物件と信じて、明日にでも商業ギルドに行って来るかな。
「エルの事は説明してあるから、商業ギルドの職員が
「明日にでも商業ギルドに行って来るよ。鍵を預かる事になったら、冒険者ギルドでフレデリカさんに渡しますね」
「分かりました、お待ちしてます」
ロウレスが渡して来た
それに、王都の角猛牛亭に一か月滞在する料金より高いとなれば、家賃の高さも相当なものだ。
「かなり高いけど、お祝いで家賃を出すのは三年分だけだぞ? それ以降の支払いは大丈夫なのか?」
俺はロウレスの甲斐性が心配だぞ?
「王都みたいな一攫千金は望めないけど、マジックバッグがあればラッシュブルで十分稼げるさ!」
ウォーホースの出る緑色の宝珠で一攫千金を目論んでいたことを追想し、嬉しそうにしているロウレス。
いや、最後の資金は俺が提供しただろ?!
王都のダンジョンだと、ウォーホースの階層に行くまでに半日かかるが、ミスティオのダンジョンなら、稼げる階層に行くのにそれほど時間は掛からない。
移動の時間が短い分、討伐にかける時間が多く取れ、尚且つ、マジックバッグで大量輸送が可能だから、王都に居るより稼ぎが良いか。
Bランク冒険者でもあるロウレスの実力なら、酒場で散財せずに真っ直ぐ家に帰れば、貯蓄も増えて行くのだろう。
フレデリカさんは高い家賃を押し付けたのが不安なようだが、ロウレスがそれだけの甲斐性を見せるのなら、俺にも似たような
ロウレスは図々しさもあるだろうけど、世間知らずなところもあるようだ。
美味しそうな香りと共に、注文した料理が運ばれて来た。
運ばれて来たのは竜田揚げ定食。
もちろんグリフォン肉を使っているから、俺が滞在している時限定だな。
冷蔵庫があるから滞在後の数日は出せるけど、それは誤差みたいなものだからね。
竜田揚げは揚げたてで湯気が立っており、油のはじける音が今にも聞こえてきそうなほど、キツネ色の衣が輝いている。
「エル! お薦めされたのを注文したけど、美味そうだな!」
「本当! いい香りね」
竜田揚げの第一印象は、二人とも好感触だな。
「ミスティオじゃ、決して手に入らない肉を使ってるから、食べられるのは今だけだぞ。冷めない内に食べよう」
三人で女神様への祈りを唱え、いただきますと唱和して食事を始めた。
さっそくロウレスがフォークで竜田揚げを刺し、バリッという衣を突き破る音と共に流れ出す肉汁に驚いていた。
「うおっ?! 肉汁が凄い出る! 勿体無い!」
すかさず口元に運び一口齧る。
「あちっ?! でも美味っ!! 肉も柔らかっ!!」
そりゃ、高温の油で揚げて湯気の出てる竜田揚げは、中の温度も凄い事になってるだろうね。
衣がカリッと小気味良い音を立て、肉の柔らかさと衣の歯応えを楽しみながら、溢れる肉汁が口いっぱいに広がり、暴力的な旨味にロウレスはノックアウト寸前だった。
その様子を見ていたフレデリカさんは、吐息を吹きかけ冷ましてから口に運んでいた。
「このお肉柔らかくて食べやすいのに、もの凄い美味しいわ! エルくん、何のお肉なのかしら?」
「王都のダンジョンに出現する魔物肉ですよ。期間限定の料理だから、お薦めされたと思うよ」
二人とも少年のように目を輝かせて、競い合うかのように、竜田揚げを頬張るように楽しんでいた。
一人一皿あるから誰も取らないし、そんなに急いで食べなくても良いぞ?
格安でザックさんに提供しているのには訳がある。
もちろん、野営中の食事を大量に作ってもらう為だ!
王都では急な出発だったから、時間が無くてズワルトに作らせる料理も少なかったし、ミスティオに来るまでに殆ど消費してしまった。
屋台で買ったホットドッグや冒険者メシなら残ってるけど、こちらはフェロウ達の食事に残してある分だから、消費しないように気を付けている。
キャロル様の護衛には復路もあるから、帰り道の分も兼ねて、俺がダンジョンで野営する分もストックしておきたいのだ。
竜田揚げに舌鼓を打ち、食事が終わったら早々に食堂を出た。
この先の時間帯は、冒険者という荒くれ者が、浴びるほど酒を飲んでバカ騒ぎをする時間に入る。
王都でも評判になった竜田揚げが出てるのだ。
エールを飲み尽くすほど、大量に出て酔っ払いの屍が量産されるからね。
「女性には危険だから、ロウレスはフレデリカさんをしっかり自宅まで送って来い」
「ああ、分かってる」
その頼もしい台詞を聞いて、腕を絡めてるフレデリカさんの頬も、ほのかに赤らめていた。
はいはい、ごちそうさま。
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