第313話 街に繰り出してみませんか?

 ウィリアム・フォン・ローゼグライムside






 既に愛馬となったローグリフに跨り、王都から北へ伸びる街道を進んでいる。


 今回の外出は学院の進級祝いも兼ね、観光名所として有名なレージング湖があるレージングの街へと向かっている。

 謹慎中の身ではあるが、馬とヒポグリフの比較という王命に従い、検証旅行とでもいうべき旅だ。


 王城の敷地ではできる事も限られ、実証実験は必要な措置だからと、父上を説得するまでに一か月はかかり、ようやく出発する事ができた。


 周囲には私を警護する騎士達や兵士が居並び、馬車が数台列を成している。


 王子という身分であれば、護衛に囲まれ馬車の中で大人しくしておくものだが、ローグリフが魔物に遭遇した際、どのような反応を示すか確かめる為にも必要な措置だ。

 本来は臆病な馬なら逃げ出してしまうような事態でも、訓練された軍馬であれば、騎手の指示に従い落ち着いた行動をする等、テイムモンスターであるヒポグリフローグリフにも、同様な能力を求められている。


 それを確かめるには実際に街道を進み、野生の魔物と遭遇させて反応を見るのが一番であり、ローグリフと信頼関係が一番結べているのが私だから、馬車を降りて手綱を握っている。


 この度、新たに開発したヒポグリフ/グリフォン専用手綱の実証実験も兼ねているから、父上より旅行の許可が下りたのだ。

 戦闘力の検証だけでは、父上の剣幕からいって、間違いなく許可は下りなかっただろう。

 王子としての立場から身を案じているのかも知れないけど、父上の心配する気持ちは素直に嬉しい。



 それでも……



 学院のダンジョン研修での出来事を思い出すと、自分自身の力不足を実感し、失った命は取り戻せないのだと後悔しきりである。

 私にもラナさんのような力があればと、己の無力さを恥じる思いだ。


「ウィリアム殿下、このあたりからラヴァレット侯爵領に入ります。先行した部隊から、魔物発見の報告も来るでしょう」


 彼は今回の私の旅の護衛を務める、近衛騎士小隊長のアンデベルリだ。


 王族を守る最後の砦。

 近衛騎士は騎士の中でも最精鋭で、鎧の上からでも分かるほど鍛え上げられた肉体は巌のように重厚で、槍を振るう腕は丸太のように筋肉で膨れ上がっている。


 私の護衛に近衛騎士から一小隊、全体の護衛に騎士団から人員を派遣されており、指揮権は小隊長のアンデベルリが握っている。


「アンデベルリ小隊長。先ほども話したが私も先行部隊に混ざり、魔物との遭遇時の反応を確かめたいのだが?」


「陛下を筆頭に、殿下がた王族をお守りするのが我ら近衛騎士の役目。危険があると分かっている場所へ、殿下を向かわせる訳にはまいりません」


 それは理解しているけど、こちらも王命を受けているのだから、魔物の出現率が少ない、即ち危険が少ない内に検証しておきたいんだよ!


 といっても、この頑固な小隊長は融通が利かず、いかんともし難い……



 そんな押し問答を何度か続け、結局、検証ができないままラヴァレット侯爵領の難所といわれる場所が近づいて来た。


「殿下、これより盗賊の襲撃が頻発する地帯に入ります」


「盗賊が居るのが分かっているなら、ラヴァレット侯爵が討伐に向かうのではないのか?」


「いえ、盗賊が確認されている訳では無く、襲撃を受けやすい地形という事です。それに、何度殲滅しても、どこからともなく盗賊達は湧いて来るのです」


「そうなのか?」


「この先に領地を持つウエルネイス伯爵が、道すがら盗賊退治を行いましたが、しばらくしたら大規模な盗賊団が住み着き、一年ほど前に冒険者が殲滅しております。……ですが油断は禁物です」


「それから日が空いてるから、盗賊が住み着いてるかも知れないという事だな?」


「的確な推察です、殿下。魔物と違い盗賊は弓を使います。騎乗時に射かけられたらお守りできません。馬車へとお移りください」


 そう進言する近衛騎士小隊長は、神妙な面持ちで力強い目力で訴えている。


 ここで馬車に移っては、これ以降に騎乗する機会は失いそうだ。

 だが、近衛騎士小隊長の言も最もだ。


「分かった、馬車に移ろう。だが難所を抜けるまでだ! ローグリフの能力を検証していないのだからな。こちらも王命を抱えている事を、頭の片隅にでも記憶しておくように」


 謹慎中の私が出掛けられるのは、王命を受けて公務を全うするためであり、ただ観光地に遊びに行く訳では無い。

 そこをはき違えると、謹慎中のみで遊び惚けていると評判も悪くなるし、お叱りを受けるのは間違いない。


 ローグリフに馬車の後を付いて来るように指示し、王家の家紋を掲げた馬車に乗り込んだ。

 パレードに使うような豪華に飾り立てた馬車ではなく、実用性を重視した質素な外観で、しかしながら揺れも少なく座席のクッション性も高く、乗り心地は素晴らしい物に仕上がっている。


「お帰りなさい、殿下」


 正面の座席に座り、労いの言葉をかけて来たのは、宰相令息である同い年のダストンだ。

 彼と一緒にヒポグリフの検証を行っている。


「アンデベルリ小隊長も、頑ななまでに王族を守る近衛騎士として、魔物と遭遇しないよう、最大限気を配ってるようだ」


「やはりそうですか……。レージングの街につくまで、検証はできそうにありませんね」


「騎乗していても馬車に遅れず付いて来られる、速度と持久力がある事が分かったくらいかな」


「謹慎期間中では、長時間負荷をかける検証ができませんからね、良い機会に恵まれたと思いましょう」


「そうだな」


 と締めくくり、後方の覗き窓を開け、ローグリフが走行する馬車を追いかけている姿を見て、騎乗していなくても指示に従っている事を確認した。


 ラヴァレット侯爵領にある、難所と呼ばれる山と森に挟まれた街道を抜け、数日の後、一行はウエルネイス伯爵領に足を踏み入れた。


 それ以降は、魔物との遭遇が頻発すると理由を述べ、ローグリフに騎乗する機会は失われた。







 ウィリアム殿下を乗せた一行は、北へ北へと馬車を走らせ、ミスティオで一泊した後、三日を費やしてレージングの街へと辿り着いた。


 王家が保有する別荘はレージング湖に面した位置に建てられ、さっそく庭に出てレージング湖の眺望を楽しんだ。



 レージング湖が風で波打ち、水面がキラキラと太陽光を反射するさまが美しく、湖の北側に迫る森の新緑が、鮮やかなコントラストを醸し出している。

 森から流れて来る新緑の風を浴びながら、かすかな木の香りが鼻腔を擽り、気持ちを穏やかにさせる。


 ずっと見ていると心が洗われるようだ。


 風光明媚な観光地として、人気を博すのも頷ける。


「殿下、旅の疲れを癒したら、ここでしかできないローグリフの検証を始めましょう」


 レージング湖から視線を外さず、ダストンの言葉に耳を傾け静かに頷いた。





 レージングの街の滞在中に、護衛を伴い街の外に出て、魔物との遭遇や戦闘試験を行っていく。


 グライムダンジョンのウォーホースの階層より深い階層に生息する魔物だけあって、街道でよく見かけるウルフ系の魔物は、鉤爪になった前足で文字通り一蹴していた。


 街道に良く出る魔物であれば、体当たりで戦うウォーホースよりも戦闘力があるヒポグリフの方が、騎乗して移動するなら向いていると思われた。


 馬車を引かせる事も可能だが、ラナさんがいうようにヒポグリフの長所を潰してしまうから、騎乗で使う方が緊急事態にも対処しやすいだろう。



 検証とは別だがアンデベルリ小隊長より指摘された問題点が……



「現状、ヒポグリフをテイムしているのは殿下しかおりません。王家の家紋が付けられた馬車とヒポグリフが合わさると、間違いなくウィリアム殿下が乗られていると簡単に判明します」


「それは仕方の無い事だろう」


「ですから、殿下の安全のためにも、陛下にヒポグリフのテイマーを増やすよう、進言する必要があります」


 それは確かにその通りだ。


 近接戦闘に弱い宮廷魔導士にテイムさせるのが良さそうだ。


 近付いて来る敵は魔法で打ち倒し、接近されたらヒポグリフで一蹴する。

 テイムモンスターであれば、馬の操縦が未熟でも指示通りに動くだろうし、弓騎馬のように、ヒポグリフを走らせながら魔法を放つ事も可能になるだろう。


「私からも、父上に進言してみよう」


 これも、今回の旅行で得られた一つの結果であり、王族の護衛に必要な措置と思われる。




 検証と骨休めを重ね、帰る日が近づいて来たある日。


「殿下! 一泊しただけの領都ミスティオですが、近頃、美味しい料理が増えていると噂を聞きました!」


「そうなのか?」


「ええ。ですから、王都で食べられない物もあるらしく、是非ともミスティオに滞在し、街に繰り出してみませんか?」


「逗留先のウエルネイス伯爵がご迷惑でなければ、しばらく滞在しても良いだろう」


「楽しみですね、殿下!」


 まだ、ダストンも夜会に参加するような年齢では無いから、晩餐会で出てくるような美食を味わった事が無いのだろう。

 私も公務以外で参加する事が無いが、夕食に晩餐会と同じメニューが出される事もあるから、それなりに美食を味わっている。


 詳しく聞くと、平民が提供している食堂が評判だという話だ。


 王家の晩餐会より美味しい物と、そうそう出会うはずも無い。

 必要以上に期待するのは止めておこう。


 ダストンにもその事に釘を刺しておこう。

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