第312話 新居も決まり?
フレデリカside
わたしはミスティオ支部の冒険者ギルドで、受付嬢をやっています。
きょうは、ようやくダーリンのロウレスが重い腰を上げて、新居探しに踏み切ってくれました。
いつもは『実家で寝泊まりすれば、お金も貯まるから』とか、『オレだけ休みを取ると【大地の咆哮】のメンバーに悪いから』とか、何かしら理由を付けて二人の新居探しをしてくれなかった。
急に『家を探すぞ!』だなんて、どういう風の吹き回しかしら?
「ダーリンお待たせ、待った?」
「おう! 待ちかねたぞ!」
そこは『いま来たとこ』っていって欲しかったわ。
いえ、ダメね。
目に付く悪いところを
わたしを優しく気遣ってくれるところもあるし、冒険者の剣士として活動してるから、力強くて頼もしいわ。
感情を素直に表すのは、良いところなのかしら……?
家探しなのだから商業ギルドの近くで待ち合わせ、さっそく商業ギルドの大きな建物に入って行く。
商業ギルドのロビーは広々としており、商談スペースには身形の整った商人や、その使いと思しき人物が会話に華を咲かせていた。
お金持ちが大勢いる中、わたし達は場違い感に居心地の悪さを覚えつつ、奥へと進み受付カウンターへと足を運ぶ。
彼が新居探しに二の足を踏んでいるのは、この空気に飲まれてしまうからなのね。二人で来て良かったわ。
「ようこそお越しくださいました、ご用件を承ります」
にこやかに微笑む受付嬢にダーリンが鼻の下を伸ばし、絡めてる彼の腕をこっそり抓りながら、訪問理由を口にする。
「結婚したので、新居を探しに来ました」
「購入なさいますか、賃貸になさいますか、ご予算はお幾らしょうか?」
「予算は気にせず、気に入った物件を賃貸で!」
わたしが受付嬢に声をかけると、こちらの希望を聞いて来た受付嬢に、ダーリンが負けじと大きな声で希望をいい放つ。
冒険者ギルドじゃないのだから、そんなに大声を張り上げて威圧しなくても、商業ギルドの受付嬢はしっかり聞いてくれますよ!
ロウレスのさまに苦笑を返した受付嬢は、次の条件の確認に入る。
「家の大きさはどれくらいがご希望ですか?」
「一般的な庶民の家で、これから家族が増えるので部屋数が多い方がいいわ。初めてで分からないので、おすすめの物件をいくつか見せてください」
「かしこまりました、該当する物件を見繕ってきます。少々お待ちください」
そういって受付嬢は席を立ち、奥へと資料を取りに行った。
冒険者ギルドと勝手の違いに戸惑い、緊張で表情も強張り、ダーリンの口は真一文字に結ばれていた。
ダーリンの緊張を解そうと、新居や商業ギルドを意識しないように、全く関係の無い雑談をしていると、資料を抱えた受付嬢が戻って来た。
「お待たせいたしました。いくつか希望に沿った空き物件を、ご紹介させていただきます」
間取りの書かれた獣皮紙を一枚、見やすい位置に広げ、概要の説明に入る。
「お見かけしたところ、旦那様は冒険者でございますよね?」
「ええ、そうです」
「でしたらこちらの物件がご利用になり易いと思われます。
冒険者ギルドとダンジョン側へ抜ける門との間に位置し、以前の利用者は、パーティーハウスとして冒険者が利用しておりました。部屋数も多くてご希望に添え物件かと」
「凄く良さそうだね! 立地が良い!」
ダーリンは凄く乗り気な様子。
でもよく考えて欲しい。
冒険者に人気の物件という事は、周辺を借りてる物件も冒険者が多いという事。
普段から冒険者に接していて、家に帰ってもご近所さんは冒険者だらけ。
むさ苦しい環境。
とまでは言わないけど、これから生まれてくる子供には、あまり良くない環境に思えるわ。
それに、子供が生まれたら、子連れで市場へ買い物に行くのよ。
家から遠いのは不便だし、子供が疲れてぐずってしまうわ。
以前の利用者は料理をしなかったのか、台所の付いていない物件だわ。
とてもじゃないけど、新婚生活には不向きな物件ね。
「フレデリカ、良さそうな物件じゃないか。ここにしないか?」
「キッチンも無くて不便そうな物件よ。わたし達にはこの物件は厳しいわ」
「……そうか、他の物件も見せてくれ(そういえばエルが、物件はフレデリカの意見を反映しろっていってたな、あまり口を出さない方が良さそうだ)」
いくつかの物件を見せてもらい、今のところどれもピンと来る物件は無い。
ダーリンの顔にも疲れが見え始める。
「それでしたら、少し家賃が上がりますが、こちらの物件はいかがでしょうか?
表通りから一本、裏通りに入り、人の流れもそれなりに多いですが市場に近く、冒険者ギルド寄りの物件になります。
庭も付いておりますので、お子さんが生まれても、目に付くところで安全に遊ばせる事ができますよ」
間取りを見せられた物件はリビングやダイニングが広く取られ、キッチンが続き間になってる事で、食事の支度をしながら子供の様子が見れるようになっている。
水回りも一階にまとめられ、自宅に井戸まで付いている。
一階には他に客間があって二階の部屋数も多く、子供が増えても十分対応可能な広さがあるわ。
紹介にあった、庭付きなのも良いポイントね。
「この物件を内見させてもらう事はできますか?」
「ええ、かまいませんよ。鍵を持って参りますので少々お待ちください」
再びカウンターの奥へと消えた受付嬢は、ほどなくして別の職員を連れて戻って来た。
「現地までは彼が案内を致します」
「初めまして、よろしくお願いします」
どうやら受付嬢は内部勤務のみの担当で、外回りは男性のギルド職員が担当するらしく、にこやかな笑顔で挨拶を交わした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしく」
男性職員に連れられて案内された場所は、商業ギルドから徒歩で行ける範囲で、昼間という事もあって、市場も近い大通りは賑やかな声が聞こえ、街の活気に溢れていた。
物件のある裏通りに来ると、大通りの喧騒が嘘のように鳴りを潜め、人通りが途切れている訳でもなく、閑静な住宅街といった雰囲気だ。
「静かでいいところね、治安も悪く無さそうだわ」
「そうだな、大通りに警備兵が巡回していたし、何かあればすぐに飛んで来てくれそうだ」
「お客様が仰るように、女性も安心して暮らせるほど、この辺りの治安は素晴らしいですよ」
実際に暮らすなら、周辺の治安も大事なポイントよね。
ダーリンが同意し、男性職員もそれに追従する形になったわ。
これがセールストークじゃなくて、率直な意見なら安心できるのだけども……
「こちらがその物件になります」
敷地の境界を示すように低い煉瓦の壁に囲まれ、庭のある物件は二階建ての建物を中心に玄関前のスペースに、馬車を停める事もできそうなくらいの広さがある。
白く清潔感のある壁に、赤茶けた煉瓦の屋根が人目を引く。
空き家というほど古ぼけた印象は無く、どちらかと言うと手入れの行き届いた建物だ。
建物の中を見ても、一階は広々としており開放的に感じられ、残された家具はそれほど使い古された感じはしない。
全体的にこれといった不快感は無く、少し味が出て来たといった良い印象しかないわ。
いまのところ欠点は無く、むしろここに住みたいとさえ思えて来た。
「ダーリン、この物件凄く気に入ったわ」
「フレデリカが気に入ったなら、ここに決めようか?」
「そうしたいけど、どうしてこんないい物件が残っていたのかしら?」
「どうしてだ?」
何か問題がありはしないか、ダーリンと二人で男性職員の反応をうかがう。
「こちらの物件は、とある資産家が終の棲家として新築した物で、完成後にしばらく生活していましたが、二年近く前のダンジョンの異変を聞きつけ、即座に売却して王都に戻って行ったのです」
実際にダンジョンの異変はあったわね。
他所の支部から高ランクパーティーを呼び寄せ、あっという間に解決はしていたわ。
いくら大金を持っていても、
「資産家の家という事でそれなりに大きく、しかしながらお金持ちには小規模の家で使い勝手が悪く、売れない割に一般的な共働きのご家庭でも家賃が高いのです」
「家賃がお幾らかお伺いしても?」
「一か月
庶民の一般的な月給が大銀貨2~3枚で、共働きでも家賃を払ったら、大して手元に残らない。
流石にこの家賃では、良い家であっても借り手はなかなか付かないわね。
資産家に押し付けられた物件を買い取ったは良いけど、商業ギルドも持て余しているのね。
以前の家主に問題が無く、建物にも問題が無い事が分かり、安心してこの物件を借りる事ができそうだわ。
「ダーリン、この物件に決めましょう!」
「分かった。 エルにここに決めたと報告しに行こう!」
「ありがとうございます!」
不良債権とでもいうべき物件に借り手が付くと分かり、男性職員の挨拶も気合が入り、お辞儀も貴族相手にしているかのように、人一倍丁寧に行っていた。
丁寧にお礼を言う男性職員には、新婚祝いに友人が家賃の支払いをしてくれる事を、移動中の雑談で話してある。
物件のメモと担当者の名前が書かれた獣皮紙が既に用意されており、「ご友人にこちらを持って商業ギルドに来てください」と手渡された。
「きょうは疲れたし、エルにこれを渡したいから、少し早いけど角猛牛亭で夕食にしないか?」
「いいわね! 角猛牛亭のご飯は美味しいものっ」
夕食にはお酒の入った冒険者も多いけど、ダーリンと一緒なら守ってもらえるから大丈夫よね?
Bランクパーティー【大地の咆哮】のメンバーで、本人もBランク冒険者の剣士だもの。
きょうの目的であった新居も決まり?茜色の空の下、ダーリンと腕を組み、晴れやかな気分で角猛牛亭に歩みを進めるわ。
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