第311話 誓えるか?

 ルドルファイに休暇を取らせ、夕方になってから一緒に街の外に出て来てる。


 元冒険者だけあって、危険な魔物が跋扈する街の外に出ても、落ち着いて行動している。


 といっても、ダンジョンに向かう方角から外に出たから、冒険者が良く通り、近辺の魔物は排除されており、外といっても割と安全な方だ。



 ルドルファイと一緒に来ているのは、もちろん腕の治療の為だ。



 治療自体は魔力放出を兼ねて寝る前にやるつもりだから、二泊三日の外泊となる。


 エリクサーは見せたけど俺の回復ヒールで治すから、他人に知られ無いよう確り口止めをしておかないとね。


「ルドルファイ、街の外に出るのは久しぶりだろうけど、不安は無いか?」


「オーナーの冒険者ランクを知っていますし、フェロウ達が警戒してくれてますので、全く不安はありません」


 俺に全幅の信頼を寄せているのか、にこやかに答えるルドルファイの顔には、不安な様子は微塵も感じられなかった。


 ミスティオの東門を出て、ダンジョンに通う冒険者で踏み固められた道を逸れ、他の冒険者に見られない場所まで、藪をかき分けながら道なき道を突き進む。


「この辺りで野営にするぞ」


「分かりました、何をしましょう」


「特に必要無いかな」


 野営に協力的なルドルファイの申し出を断り、土魔法で藪の下の地面を波立たせるように操作し、波が崩れるように隆起した土を押し倒す事で、ミステリーサークルのように草をなぎ倒し、ある程度広さのある空間を作り出す。


 土魔法じゃ草刈はできないけど、草を倒すくらいの事はできるんだな。

 初めてやってみたけど、野営地作りに色々応用が利きそうだ。


 野営コンテナは、草が生えてても気にせずその上に乗せるから、いままで整地みたいな事はしてこなかった。


「手頃なスペースができましたけど、地面も見えませんし、草のままじゃ焚火は起こせませんよ?」


「別にここにテントを張る訳じゃ無いんだ」


 どうするつもりか理解していないルドルファイは、不思議そうに俺を見つめる。


 実物を見せた方が分かり易いだろうと、リュックを降ろしてマジックバッグのように片手を突っ込み、中身を取り出すような動きを見せて、草が伸び散らかしてる場所に、外側が岩に偽装した野営コンテナを設置する。


「こ、これは何ですか?!」


「これは、俺が普段使ってる野営コンテナ。腕が治るまでここで寝泊まりするぞ」


「でしたら、このスペースは何のために作ったのですか?」


「それは、ここで宝珠を開封する為の空間だ!」


 それを聞いて呆気にとられたような表情を浮かべ、思わず思考を停止していたルドルファイ。


 グリフォンが出る緑色の宝珠を二個出す前、ボス部屋や途中の階層でもいくつもの宝珠を拾っているが、ホウライ商会の取り引きとか徴税官のあれこれで、バタバタしていてすっかり開封の議をするのを忘れていたんだよね。


「それじゃあ開封していくから、周辺の警戒を頼むぞ」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」


 フェロウ達は『わたしにまかせろ!』と、頼もしそうに元気な返事をしているが……


 サンダにそんな能力は無いだろっ!


 取り合えず、実績豊富なフェロウが居るから索敵は任せ、アイテムボックスから宝珠を取り出し、色分けして開ける順番を決めて行く。


「俺は青色と赤色を開けて行くから、ルドルファイは黄色を開封してくれ」


「分かりました」


 人数も居る事だし、暗くなる前に手分けして開封の議を済ませよう。


 七割近くは黄色の宝珠が占めているが、開けて実用的な物が出るのは、やはり青色の宝珠や赤色の宝珠だ。

 黄色の宝珠からも、エリクサーや希少金属のインゴットなどの貴重品も出るが、それは稀過ぎて当てにはならない。


 調味料が入った甕とかの割れ物が出る事もあるから、地面に近いところで開けろと注意事項を伝達し、二人して宝珠の開封を行う。


 赤色の宝珠をパカパカとテンポよく開ける。


 汎用品の武器や、いったい誰が使うのか分からないようなフルプレートの金属鎧など、そこそこ腕のいい武器屋を覗けば、店頭に並んでそうな武器防具ばかりが出て、アイテムボックスの肥やしになりそうだ。


 何度かボス部屋を攻略しているから、そこで拾った宝珠もあるし、そこそこ良い物が出ると思っていたが、どれもこれも赤色の宝珠は完膚なきまでにハズレと化した。


 赤色の宝珠の開封が終わったところで、ルドルファイの様子を見る。


 調味料が入ってそうな大きな甕が並びつつ、彼の足元には羽根ペンなどの文房具や小物が並び、几帳面な性格なのか、分類ごとに整理整頓されていた。


「色々出ているけど、良い物は出たか?」


「半分ほど開封しましたが、日用品ばかりで、これといった物は出て無いと思います」


 近付いて声をかけたが、ルドルファイ視点でも良い物は無さそうだ。

 せっかく整理してあるから、革袋を取り出し細かい雑貨は分類ごとに一まとめにしてアイテムボックスに回収する。


 大きな甕は予想通り、塩や砂糖にコショウといった調味料関係だった。

 それに加えて卓上調味料というべき、小さな壷に入った調味料も回収する。


「大きな甕も収納したから、まだやれるな?」


「場所を作っていただき、ありがとうございます」


 俺が雇い主という意識もあるのか丁寧にお辞儀をし、開封作業の続きを始めている。




 俺も気を取り直して、青色の宝珠の開封に移る。



 こちらは魔道具という便利道具が確定しているから、よほど運が悪く無ければ、惨敗という羽目には陥らないはず。


 一つ目を開けると良く出る灯りの魔道具。

 魔石交換型でなく永久稼働型のところが当たりといえるだろう。



 二つ目はIHコンロの魔道具。

 初めて出した魔道具と同じやつだが、俺が使っているヤツよりも大きくコンロの数も多い。こちらも永久稼働型だ。

 これは当たりの魔道具といえるし、業務用サイズだからお菓子屋で使うのに向いている。

 五徳コンロの魔道具と違い低温加熱にも使えるから、一定の温度を保ちながらの調理(飴の加工)や、逆に冷却にも使えるから、アイス作りなどのお菓子作りで重宝するはず。



 三つ目は横長の大きな構造物。

 ガラスのような透明な物でつくられており、高さは立って接客する際の受付カウンターほどで、一メートルを少し超えるくらい。

 横幅は大人二人が横になったほどの大きさ、四メートル近くはあるだろう。

 奥行きは60センチメートルほどで、片側は斜面のように斜めになっており、上から見下ろした時に中に入れられたものが見やすい造りになっている。


 まんま、対面式ショーケースだな。


 従業員が立つ側がスライド式に開閉でき、魔道具を起動させると明るく照らされ、内部がひんやりとしていた。


 冷蔵機能付きか?!


 内部の湿度次第だけど、シフォンケーキの展示や保存にも良さそうだ。

 これもお菓子屋行きだな。



 四つ目は灯りの魔道具。

 こちらは魔石交換型だ。

 便利そうな魔道具が続くと、ありふれた魔道具が逆にホッとする。



 五つ目は灯りの魔道具。

 懐中電灯タイプで魔石交換型だ。

 これは、アイテムボックスの肥やしになるかな?



 六つ目は、……ハンドブレンダーか?

 魔石が見当たらないので、恐らく永久稼働型だ。

 縦して使う魔道具のようで、持ちて部分にいくつかスイッチが付いており、柄の先には軸の先端が逆さにしたカップ状になって、この先端を混ぜたい物に押し付けるのだろう。


 実際に試してみようと、コッコ卵の卵白をボウルに入れ、メレンゲが手軽に作れるか試してみる。


 持ち手の部分にレバーが付いており、絞り込むようにレバーを押すと、魔道具が起動する。

 ボウルの中の卵白が静かに波打ち、混ざる遠心力でボウルの外側に押されているのが分かるが、混ざるだけで泡立たない。


 いま使ってる機能は、混ぜ合わせるだけのようだ。


 持ち手に付いてるスイッチを切り替えると、ようやくシャバシャバと音を立てて泡立ち始め、見る見るうちにメレンゲが完成した。

 余りにもあっという間にメレンゲができるから、メレンゲの硬さを調節するのに、レバーの握り込みの強弱を使って、微妙な調節をする必要がありそうだ。


 他にもスイッチがあるから、みじん切りとかにも使えそうだけど、お菓子作りには混ぜると泡立てるが分かれば、とりあえずは十分だろう。


 ブレンダーの魔道具と命名しよう。



 七つ目はオーブンの魔道具だ。

 俺が持ってる、表がオーブン、裏がレンジの魔道具と違い、片面の機能しか無い。

 その代わり、俺のはローマ数字で表記されていて使い勝手が悪いが、このオーブンの魔道具はこの世界で使われている数字で表されており、尚且つ、秒単位の設定までできる優れモノだ。


 ……オーブンで秒単位の設定が必要かは少々疑問だが。



 八つ目は持ち手の付いた板だ。

 大きさとしては畳一畳分くらいの大きさで真っ平。

 短辺側から垂直に日本の棒が立ち上がり、腰のあたりで左右が繋がり外側に向かって折れ曲がり、そこが持ち手になっているようだ。

 持ち手の部分に魔道具の起動スイッチがあるようで、握り込むと板が地上から10センチ程浮かび上がる。


 これは台車か?!


 コッコ卵の運搬に便利だし、地面の振動が伝わらないから、運搬中に割れる心配も減る。これは素晴らしい魔道具だ。


 フローティングボードの魔道具と付けたいけど、長いから台車の魔道具と名付けよう。



 以上で青色の宝珠の開封も完了だ。



「こっちの宝珠の開封は終ったけど、そっちはどうだ?」


「こちらも終わりました、目ぼしい物はミスリルのインゴットが三個出ました」


 ロックゴーレム、アイアンゴーレムを合わせて、ボス戦を8戦したから、そこで取れた宝珠から良い物がでたのだろう。


「それはルドルファイが預かっててくれ。何かの交渉で使えそうだったら、商会の為に使ってくれて構わない」


「分かりました、大切に保管しておきます」


 俺が持ってても仕方ない。


 アイテムボックスに在庫はあるし、魔法剣があるから武器に使わない。

 防具も魔法防具で頑丈な革鎧があるから、ミスリルの使い道が無いんだよね。


 台車の魔道具を説明しながらルドルファイを乗せて実演したら、コッコ舎を任せられた責任者として非常に喜んでいた。



 開封の議で日も暮れそうになったので、野営コンテナに入り夕食にする。

 もちろんメニューは、アイテムボックスにあるズワルトの料理だ。


 ルドルファイは毎日ザックさんの料理ばかりで食べ飽きてるだろうから、たまにはズワルトの料理を楽しんで欲しいからね。


「オーナー! この料理も凄く美味しいですね!」


 ミスティオから出た事が無いのか、王都の味を味わえるとルドルファイにも好評で、興奮気味にピザや馬骨スープのポトフを楽しんでいた。



 就寝前にこれから始める事について硬く口止めをする。


「これからやる事は他言無用、機密厳守だ。誓えるか?」


「オーナーの秘密は洩らしません。もちろん商会の秘匿するべき事柄もです。女神フェルミエーナ様に誓って」


 真剣な眼差しでこちらを見るルドルファイ。

 施術前に念を押したけど、信頼しても良さそうだ。


 ベッドに横になりルドルファイの治療を始める。



 もちろん横になるのは俺で、ルドルファイはベッドの脇に座らせ、欠損した腕を出させている。



 魔力枯渇でぶっ倒れるからね!!



 治療を受ける側のルドルファイは、特に倒れたりしないし、施術が終わってから自力でベッドに戻れるからね。


回復ヒール!!」


 骨や細胞、血管や皮膚が、細胞の遺伝子情報を読み取り増殖するイメージを送り、欠損部分が魔力に包まれ、ルドルファイの腕の再生が始まる。


 むず痒いのか違和感を感じている再生部分に、空いてる手で触れようとしつつも治療個所に触れないよう堪え、片手が行ったり来たりと宙を掻いてる。


 ほどなくして魔力の尽きた俺は、気絶と就寝のコンボで朝までぐっすりと眠り、翌朝朝食を食べてから、半分ほど伸びた腕を再度治療し、次に意識を取り戻したのは昼を回った頃であった。


「オーナー、目が覚めましたか?! 見てくださいオレの手が元通りに!!」


 上気した頬に涙を流した跡が見られ、興奮冷めやらぬルドルファイが、年甲斐も無くはしゃいでいる。

 朝の治療をした時点で腕の再建は終ってるはずだから、今の今までそのテンションを保ち続けていたのだろうか?


 実は陽気な人物だったのか?


 どれだけスタミナがあるのやら。


「ああ、うん。良かったね。でもエリクサーを飲んで治療したって、聞かれたら答えておいてね」


「それはもちろん! ご迷惑をおかけしないように致します! この度は誠にありがとうございました!!」


 ルドルファイのテンションに押され気味だが、再度秘匿する事に同意を得た。


 俺自身の治療のように、二泊三日必要かと思ったが、他人の治療の場合は、俺自身の体力回復が必要ない分、魔力が回復したらすぐに追加の治療に移れて、一泊だけで施術は完了した。



「「グキュルルルルゥ……」」



 昼過ぎともあって、俺達二人の腹の虫が盛大に鳴き出し、フェロウ達も、どことなくお腹を空かせているようだ。


「少し遅い昼飯を食べたら、遅くなる前に街に戻るか」


「はい、オーナー」


 腹の虫が催促したお蔭でルドルファイも冷静さを取り戻し、乾いた涙の跡を袖口で擦りながら、いつものトーンで返事をした。


 果実水と冒険者メシで簡単に昼食を済ませ、あれだけ興奮していたのだから、ルドルファイの忠誠心も上がっただろうと、意気揚々と街へと戻った。

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