第310話 閑話 徴税官は居ない?

 とある商会長side






 いま私は冒険者ギルドのオークション会場に来ている。


 途轍もなく個人的な、オークションの目玉は……




 あの忌々しい徴税官に関する出品物だ!!



 信頼できる筋からの情報が入り、今回のオークションの参加を決めたのだ。


 経理や会計は従業員に任せているとはいえ、売り上げに応じた税務処理は包み隠さず確実に行っていたはず。

 私の商会は、清廉潔癖、明朗会計、正直運営を地で行く、真っ当な経営をしている。


 にもかかわらず、取り扱い商品が宝飾品であることから、傷物だとか、カットが歪だとか、難癖をつけて品物を高価に見せて販売していると言い出し。


 挙句の果ては、高額販売をした利益から税金を徴収すると言い出し、会計書類を見もしないで現金や現物を次から次へと奪って行った。


 それはまるで、街中で盗賊の襲撃を受けたようだった。



 他者の助けもあり今でこそ持ち直したが、当時は従業員諸共、一家で首をくくらなければならないとまで、思い悩むほどだった。


 あの忌まわしき記憶は、いまでも時折夢に見て苦しまされている。



 私はいま、オークションの目録を手にし、目当ての出品物が何番目に登場するのか確認し、今か今かと待ち侘びている。


 オークショニアが商品の宣伝文句を謳い、開始価格を発表すると共に、次から次へと上げられる札を読み上げ、流れるような進行でハンマープライスを叩き出す。


 目当ての物では無いが、いま競売にかけられている品が終われば、いよいよ目的の品の一つが登場する。




「次の品は、このオークションには珍しい、金券とでも言うべき品。とある方へ向けた【賃借契約書】です!! 開始価格は額面以上、なんとも強気な出品物! 金貨70枚からのスタートです!!」


 オークショニアの合図を皮切りに、思いの外、札が上げられる。


「はい! 金貨71枚。そちらは73枚。あちらのお客様74枚。他ありませんか、他ありませんか?」


 オークショニアはキリの良い数字を読み上げている。


 開始価格が額面以上という事もあって、小刻みに金額が刻まれているが、札を揚げてる人達は『絶対に落札してやる!!』という気迫を感じる。



 それは私もだが……



 札を掲げてるライバルを見渡すと、直接の取り引きは無くとも私ですら知っている人物ばかりだ。

 顔も名も知れ渡ってる大商会の会長が殆どだ。

 彼らも私と同じように、徴税官の徴発に苦しめられた人達なのだろう。


 中規模や小規模の商会長が居ないのは、私同様、首をくくる思いをして、閉店にまで追い込まれたのだろう。



 カンッ!!


 札を上げる勢いが止まったところで、木槌を叩く音が会場内に響き渡った。


「金貨78枚でハンマープライス!!」


 落札したのは繊維と陶器の食器を扱う大商会、【アムベルリオ商会】だ。


 貴族向けの服飾オートクチュールがメインだが、着古した物を買い取るという商法が受け、庶民でも新品の既製服プレタポルテを購入しやすいと評判の大商会だ。


 着古した状態の良い物は中古品として販売し、芳しく無い物はバラシて他の製品に縫い直したり、孤児院へ寄付したりしている優良な大商会だ。


 そしてどうにもならない古着は特に手を加えず、陶器の品を運搬する際の緩衝材に利用しているそうだ。



 実に無駄がない。



 陶器の食器は、割られやすいが故に高級品が多く、貴族との取引も多い事から、それで多くの売り上げを上げていると徴税官に目を付けられ、商会が傾く程の徴発を受けた事は、風の噂に聞こえてくる。




 最初の品は逃したが、目録によれば同じ品が10件ある。

 私にもまだまだチャンスは残されている!




「次の品も先ほどと同じく【賃借契約書】の第二弾です! 開始価格は金貨70枚です!!」


 先ほど同様競り合いが始まり、会場を見渡すと、札を上げているのは先ほどと同じ人物ばかりだ。


 第一弾を落札した【アムベルリオ商会】も参加しており、流石に大商会と競り合う勇気がない私は、早々に諦め札を上げるのを止めた。


「金貨76枚でハンマープライス!!」


 今回も【アムベルリオ商会】が落札し、第三弾も同様に金貨74枚での落札となった。


 大商会ともなると被害額と比例して、怒りも人一倍なのかもしれない。


 三つ落札したところで【アムベルリオ商会】の会長も怒りが収まったのか、冷静さを取り戻したのか、以降の【賃借契約書】に札を上げる事は無かった。



 ようやく私も参戦できそうですね!



 第四弾も大商会が落札し、第五弾も同様に著名な商会が落札していた。


 あの徴税官はどれだけ恨みを買っているのか……



 第十弾で、ようやく落札のチャンスが回って来て、金貨71枚で落札できた。


 他の入札者が殆ど居なくなってからだが……


 だがしかし、これでようやく大手を振ってあの忌々しい徴税官に、合法的に詰め寄る事が可能になった!

 徴税官の自宅を訪れる際には、なるべく顔の怖い護衛を多数雇い、迫力で徴税官を慄かせながら【賃借契約書】の額面を請求してやる!!


 利子があまり付かない契約になっているのが実に残念だ……


 徴税官だけあって、その辺りはしっかり交渉していたようだ。

 不当な利子がついている【賃借契約書】で、契約無効にならないだけマシか。




「次の品は今回しか見られないであろう、珍品中の珍品! 徴税官に送られる【任命書】です!!」


 あの徴税官に恨みのある人間なら、意趣返しに是非手に入れたい一品だ。

 債務の取り立てに行くついでに見せびらかせば、取り戻したい徴税官の暴力行為を誘発して、取り押さえて警備兵に突き出せそうだ。


 私にも一発くらい、殴る機会が巡って来るのを夢見てしまう。


「国王から徴税官に送られる【任命書】。本来ならこのような場所に出品される事はあり得ませんが、正式な手続きを踏んで出品者に譲渡された品。この機会を逃したら手に入れる事は叶いません! 開始価格は金貨100枚からのスタートです!!」


 オークショニアの煽り文句に乗せられて、次々に札があげられる。


 先ほどの【賃借契約書】で札を上げていた商人達が真っ先に札を上げ、貴族、それも大貴族と呼ばれる私でも知っている有名人たちも参戦していた。

 当然ながら【任命書】を入手できる機会など、この機を逃せば二度とないと思われ、資産家のコレクターも当然の如く参加している。


 オークション開始前の展示でも確認したが、何やら食事代を取りに行く間の担保として渡した物だと書かれていた。

 大事な【任命書】を担保にしなければならない食事代って、余程の金額だろうし、どれだけ贅沢をしたのか想像も付かない。


 徴税官としての権力を使って踏み倒すのでなく、支払いを免れようとしたという事は、出品者は相当な権力者か?

 これだけの事があれば、多少なりとも噂になるはずだが、商人の耳にも上らないお食事処という事は、高貴な人たちが密会し、黙約を交わす場なのかもしれない。


 出品者が匿名なのも頷ける。


 札を上げている面々を見て、早々に戦線離脱を決め込んだ私は、競い合う人たちを冷静に眺める。


 札を上げる大商人は、徴税官に恨みのある人物だろう。


 貴族も参戦しているのは高位貴族ばかりで、重税を課すとして有名な貴族が札を上げているのは、【任命書】があれば徴税ができると考え、手に入れようとしているのだろう。


 良識ある王族派の貴族が落札しようと参加しているのは、【任命書】を手土産に王家に便宜を図ってもらう為だろう。

 先に述べた貴族のように、【任命書】を悪事に使われないよう確保し、それを王家に献上すれば、恩が売れるのは間違いない。



 なにせ、王家と宰相家はオークションの参加停止期間中で、手出しができないからだ。

 国内に余計な波乱を起こさないためにも、王家としても【任命書】は回収しておきたいと、誰しもが想定できる品物だ。


 貴族にとって、金貨100枚以上に価値のある出品物で、互いに牽制し合いながらも、牙を剥き出し闘志を燃やし、溢れる情熱で一歩も引く様子は見られない。


「あちらの方が金貨320枚! 330枚、331枚! 一気に上がりました400枚!!」


 白熱するせめぎ合いにオークショニアの声にも熱がこもり、会場の空気が興奮の坩堝と化し、参加者は熱にうなされたかのように札を上げる手が留まる事を知らない。


 加熱し競り上がる金額に、当初持ち合わせていた予算を超え、次第に振り落とされる人々が続出し、今回の目玉商品がまだ後に控えているというのに、それでも残った面々は、強気な攻めを見せていた。



「もうありませんか? もうありませんか? 金貨3,330枚でハンマープライスです!!」


 白熱した競売も終わりを迎え、周囲の人の会話に耳を傾けると、王家に連なる大貴族が大枚をはたいて落札した模様。


 商人の立場としては、悪事に利用される事は無さそうで、安堵の気持ちと共にホッと一息付く事ができた。



 これ以降はただの観客として、オークションの成り行きを見守るだけになる。




 オークション終了後に、落札額を支払い【賃借契約書】を受け取り会場を後にした。

 落札は初めてで、オークショニアへの手数料は、落札額に加えてこちらが支払う物だったとはつゆ知らず、用意した金額が不足したかと心臓が早鐘を打っていた。

 持ち合わせた細かい貨幣を寄せ集め、ギリギリ支払い額に間に合い事なきを得た。


 あの場で銀貨や銅貨まで使って支払いをしていたのは私だけで、予想外に恥をかいてしまった。

 オークションに参加するなら知っておくべき事だろうけど、徴税官の恨みばかり募らせて、事前の情報収集が甘かったようだ。反省すべき点だな。







 後日、護衛という人手を雇って、徴税官の屋敷へと突撃したら……


「徴税官は居ない?! なぜです?!」


「旦那様は、罪人として捕らえられ、裁判を待つ身ですので拘留されております」


 応対した徴税官の使用人は、主人の不在を告げるであった。


 そういえば【任命書】は食い逃げにならないように、資金調達する猶予を与える担保でした……


 それがオークションに出品されているのですから、徴税官は支払いを踏み倒しているのは明らかですね。

 そうなれば、食い逃げ犯として捕縛されるのも当然ですか……


 徴税官の悔しがる姿を見るのを楽しみにしていたのですが、裁判にかけられ罰を与えられるのであれば、少しは留飲も下がるというものです。


 ですが、せめて【賃借契約書】の額面通りの金額や現物は押収して帰りましょう。


「こちらに明記された【賃借契約書】に基づき、相当額を支払っていただきましょう」


 使用人は屋敷の執事に報告し、大金貨5枚をトレイに乗せた執事が戻って来た。


 食い逃げをしたほどなので資金繰りに困っているのかと、他の商会に先んじて財産を押さえにきたのですが、大金貨5枚程度なら、易々と支払えるだけの財産は残っていたのですね。


『ザマァみろ!』


 と言えるだけの結果にはなりませんでしたが、裁判の結果次第で徴税官に不幸が降り注ぐ。という情報を得ただけでも良しとしますか。




 恨みを募らせるだけでは、物事は上手く行きませんね。


 ……はぁ。


 これからも真面目に商売を頑張りましょう。

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