第307話 所有していた建物か?
角猛牛亭の風呂を堪能した翌日、朝の仕込みの最中、厨房へと足を運んだ。
「ザックさん、おはよう」
「おう! エル、早いな。昨日着いたんだって?」
「そうですよ。ザックさんが気に入りそうな、お土産を持って来ました」
そういってヒノミコ国の調味料を、半年使っても十分足りそうな量を並べて行く。
これだけ置いておけば、ザックさんも料理開発に手を出せるだろう。
「この黒いのとかは匂いからして調味料だと思うんだが、この
「それはスープが美味しくなる元ですね」
実際に出汁を取りながら、鰹節や昆布の使い方を説明していく。
ついでにアイテムボックスにある手打ちうどんを取り出し、取った出汁から醤油を混ぜたりお酒を入れてうどんスープを作り、茹でた麵を器に入れて一皿作る。
「これがうどんという料理です。食べてみてください」
「おう、いただくぜ」
スープ用の深い器を受け取り、パスタのようにフォークで絡めてうどんを頬張るザックさん。
「牛骨スープと全く違う味わいだが、あっさりとしてるのに塩味をしっかり感じるし、何より香りが良い。それにもっちりとした麺が柔らかく、喉ごしも良い。
肉を食べると胃もたれしそうな時は、あっさりとしたこのうどんという料理は、ちょうど良いぞ!」
食べてもらったのは素うどんだが、スープの味わいと麺の触感に、ザックさんは満足しているようだ。
それに加えて、うどんの種類をいくつか説明する。
「薄切り肉を乗せた肉うどんや、コッコ卵でとじた卵とじうどんとか、発想次第でバリエーションは豊富ですよ。鉄板で焼いた、焼うどんというのも作れますしね」
でも、流石に月見うどんは不採用になりそうだな。
コッコ卵が大きすぎて、スープが冷めそうだし卵も温まり切らなさそう。
そして何より、食中毒が怖いから、卵はなるべく加熱調理したものを使いたい。
「上に乗せる物で、種類が増やせるのか……」
奥が深いと、うどんの器をじっと見つめるザックさん。
どうやらヒノミコ国の調味料や出汁の文化に興味を持ったようだ。
ここの厨房には冷蔵庫があるから、メニューの種類を増やしても食材の確保に関しては問題は無い。
料理の研究開発は、情熱溢れるザックさんにお任せして、宿の事務所に場所を移す。
宿の二階の一室を事務所として利用しており、ゼノビアさんは大体この場所に陣取っている。
「おはようございます」
「あらエルくん、いらっしゃい。何の御用かしら?」
「オーナー、おはようございます」
「おはようございます」
ゼノビアさんと共に、コッコ舎を任せているルドルファイと、黄色い髪をした奴隷のルドルフォもこの部屋で事務処理をしていたようだ。
「三人に確認しておきたい事があります。まずはゼノビアさんから、経営状況を聞かせてください」
「ええ、分かったわ。宿も食堂も順調よ。お昼だけの予約席もそれなりに稼働してるわ。お風呂が好評な分、洗濯サービスの利用客も多いわ」
リートンさんに持ち掛けられた、『商人さんが食事を楽しみながら商談しやすい個室』というのを試しに始めてみたら、意外と好評なようだ。
客層に
風呂上りのサッパリしたところに、汗をかいた下着を付けたくない気持ちは分かるな。
洗濯は魔道具であっという間に綺麗になるから、利用客が増えても問題無いだろう。
お客の服を取り違えないよう、注意を払うくらいかな?
他に問題が無いか意見をすり合わせた後、お土産があるから後ほどジェシカと一緒に選んで欲しいとゼノビアさんとの報告を締めた。
「次はルドルファイ」
「はい、オーナー。コッコ舎は契約店も増え、売り上げも伸びてます。数を作れませんが、羽毛布団に予約が殺到してます。チョークの方は、残念ながら然程の売り上げにはなっておりません」
「順調なのは良いが、チョークはともかく、羽毛布団はウエルネイス伯爵家に技術提供して、貴族関係だけでもあちらに任せるというのはどうかな?」
羽毛布団が貴族に知られたら、今以上の圧力がかかるのが目に見えてる。
平民がオーナーの商会なんて、貴族の圧力に太刀打ちできないし、貴族は貴族同士で勝手にやってて欲しいからね。
仲の悪い貴族や、派閥の違う貴族の予約が流れてきそうだけど……
「宜しいのですか? 大切な技術を流出させても……?」
不安そうな表情でルドルファイが聞いて来が、俺はそれほど大した技術じゃないと思ってる。
精々、羽根の中でも硬い部分を取り除き、軽く柔らかい綿毛のような部分を使うというくらいだしね。
前世の技術ではもっと凄い知識や精度の高い技術が使われているのだろうけど、こちらの世界じゃ手作業になるから、その範囲でできる事は限られてるしね。
「布団を破けば中に何が詰まってるかなんてすぐに分かるし、なんなら特許でも申請しとけばいいんじゃないか?
そんな事より、お貴族様を相手にする方が大変だろう?
技術提供の条件として、貴族を対象にした販路と、平民を対象にした販売店として住み分けてもらおう」
どんな客でも相手にするほど、こちらに余裕は無い。
『俺貴族! 予約待ちだと? 何とかしろ!』みたいなのが来て、権威を振りかざして圧力をかけられたら、面倒になる事請け合いだしね。
そういった連中は、グレムスに丸投げしたい。
イードルの街に雇用が増えるし、コッコ舎作りに協力しておいて良かったな。
「分かりました、特許もしくは実用新案を得てから、伯爵家に打診してみます」
「それと、ルドルファイのお土産はこれだ」
虹色の液体が入った小瓶を取り出し、この場に居る三人に見せつける。
「エルくん、それってまさか……」
「オーナー、最上位ポーションの……」
「ッ?!」
「そう、これはエリクサーだ。黄色の宝珠を開けたら出た。これでルドルファイの腕を治す……のだが、治す前に急ぎではないが2、3日休暇を取って俺に付き合って欲しい」
「は、はい! 仕事を調整して時間を作ります!」
欠損治療のできるエリクサーを目の当たりにして、ルドルファイの期待も最高潮に高まっている。
でも勿体無いからこれは見せるだけで、実のところは俺の光魔法で治療するんだけどね。
エリクサーを所持していた事実と、ルドルファイの腕が治る事で、使用済みだという事を明確にしたいだけだ。
「最後はルドルフォだな。菓子店の候補は見つかったか?」
「………」
「それなんですがオーナー…」
言い難そうにしているルドルフォに代わり、ルドルファイが口を挟んできた。
奴隷の身分じゃ言い難い事か?
「ルドルファイも把握してる事なら、代わりに報告しても構わないぞ」
「ありがとうございます。店舗候補に選んだ場所はこちらになります」
ルドルファイが広げた地図によると、大通りから逸れて一つ裏手にある割と大き目な建物を押さえたようだ。
俺はこじんまりとした菓子店を想定していたが、大きいなら大きいで建物に合わせた業務形態を取ればいいだけで、それほど問題があるようにも思えない。
いい難い理由は別の問題か?
「特に問題は無さそうだが?」
「それが……、先走って既に購入済みで、この建物、実は実家でして……」
俺の金で実家を買い戻したから、非常に報告し辛いのか。
「名義が俺になってるなら、特に問題無いぞ」
「ッ?!」
「ありがとうございます! オーナー!!
ただ、隣接している倉庫も購入したので……」
そりゃ、
しかも許しを得てから、ネガティブな追加情報とか……
ルドルファイよ、悪徳商人にならないようにな。
「それも実家が所有していた建物か?」
「……そうなります」
「別に構わんぞ、その倉庫も使い道があるからな。ただ、これからもそんな勝手が許される訳じゃ無いから、ルドルファイがきっちり教育しておくように!」
「は、はい! 良く言って聞かせます!!」
二人は平身低頭に頭を下げ、何度もお礼の言葉を口にした。
ルドルツ、ルドルス、ルドルフォの三つ子は、ルドルファイの兄弟で間違いないようだし、頃合いを見て奴隷から解放しようかと思ってたが、今回の一件で、頃合いの期間をもう数年伸ばそうと結論付けた。
菓子店とホウライ商会の商品を並べる事を説明し、在庫品置き場として倉庫を活用する予定を伝えた。
「それでしたら倉庫も無駄になりませんね」
結果的にね!!
俺だから口頭注意で済んでいるが(奴隷解放までの期間延長という、シークレットな実刑はある)、この世界の商会なら、解雇どころか借金を背負わされるくらいの問題じゃないのか?
今回は辛うじて許容範囲内だが……
気を回した先行投資なら許容範囲だが、暴走した無駄遣いは許容できないからね。しっかりと覚えておいて欲しい。
二人は反省しながら仕事を進めており、対してゼノビアさんとジェシカはきゃいきゃい言いながら、ホウライ商会の商品というお土産を、一品ずつ吟味していた。
「エルくん、こんなに布製品がたくさんあるなら、孤児院出身の子達にも分けてあげる事はできないかしら?」
「流石に輸入品だから値が張るし、寄付するのは無理かな」
そういえばシャイフ目当てに王都のダンジョンに籠った時に得た宝珠は、まだ開封してなかったな。
それらを空けたら、孤児院に寄付できるような物が出てくるかも知れないな。
ルドルファイの治療を街の外でやるから、その時にでも宝珠を開封してくるか。
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