第306話 お土産は無いの?

 天候にも恵まれ、旅路はとても順調だ。


 途中、ラヴァレット侯爵領にある二つの街は素通りし、今日中には伯爵領、領都ミスティオに着く予定だ。

 伯爵家の一行なら、本来は挨拶に寄ったりするんだろうけど、グレムスウエルネイス伯爵家当主も立ち寄らなかったし、俺も、というより誰も寄りたくないから満場一致で素通りが決まった。


 キャロル様も隣の領主に挨拶とか面倒だったんだろうね。



「わふわふっ」


 ピクリと耳を動かしたフェロウが、魔物を発見した時の鳴き声を上げた。


「馬車を停めてください、魔物が出たようです」


 中に乗る人に衝撃を与えない程度に素早く停車した馬車から、俺とフェロウが飛び降りた。


「わふぅ~」


 フェロウはすかさず臨戦態勢に……、とはならず、ミレーヌに変な体勢で囚われて身体が凝ったのか、まず伸びをするところから始めている。



 戦闘前の準備運動かよっ!



 俺も馬車から飛び降り、着地したところで魔力探知を行い、右前方に五つの反応を見つけたから、どうやら小規模なグレイウルフの群れがお出ましのようだ。

 この辺りの街道周辺で良く出る魔物だね。


 ミスティオ近くにもなると、街道から見える草原も草の丈が伸び、グレイウルフの背丈じゃ雑草に紛れて姿は見えない。

 草原の草をなぎ倒しながら、ガサガサとけたたましく警鐘を鳴らすかのように、草を揺らす音が近づいて来る。


 馬車が襲われないように先頭の馬より前に立ち、ウルフが姿を見せるのを待ち構える。


「「「グルルゥッ!」」」


 前衛なのか手始めに、三匹の横一列に並んだウルフが、藪を抜け街道に姿を現した。


「わふぅ~」

 パリパリパリッ!!


 フェロウの短い角から青白い稲光が一直線に伸び、左端のウルフに直撃した。


「きゃうんッ?!」


 ウルフ対決はフェロウに軍配が上がったな。


 俺も負けじと散弾の土魔法を放ち、二匹をまとめて葬り去る。


 少し遅れて後詰?の二匹も姿を見せ、先頭の三匹がやられているのを見て、足を緩めつつ警戒しながらも、にじり寄るように少しずつ距離を詰めて来た。


 仕上げに散弾の土魔法を放とうかと思ったら、シャイフが嘶く声が聞こえて来た。


「ピーッ!!」


 一瞬グレイウルフの背が縮んだかのように見えたが、良く見ると足が中ほどまで地面に嵌り、身動きが取れ無いようで必死にもがいていた。

 良く見るとグレイウルフの足元の影が、いつもより色濃くなっているように見える。


「「グルゥ……ッ?!」」


 グレイウルフの力じゃ抜け出せないようで、弱弱しく嘶き街道の中で立ち往生している。


「ピーッ!!」


 そこにシャイフが襲い掛かり、前半身の爪の一撃で二匹の首をまとめて切り飛ばした!


 首が落ちたウルフは地面からせり上がるように、影に飲まれた足を地上に現し、全身の筋肉を弛緩させ、糸が切れるかのようにバタリと地に倒れ伏した。


「シャイフは影を操る魔法が使えるのか?」


「ピッ!」


 シャドウグリフォンの名に恥じない魔法を使えるのが分かり、シャイフも強いなと改めて実感したところで、傍に来たシャイフの頭を撫でていると、翼を広げずにパタパタと嬉しさを表現していた。


「他に影で何かできるのか?」


「ピッ!」


 一声鳴くと撫でていた頭を下げ、地面にくちばしを突き入れるかのように勢いをつけ、そのまま俺の足下へシャイフの全身が飲み込まれた。


「影の中に入れるのか?!」


「ピッ」


 俺の影の中から顔だけを出して、『ここに居るよ』といわんばかりに鳴き声を上げていた。


 そうなると、先ほどのウルフが動けなくなったのも、シャイフが影の中にウルフの脚を引き摺り込み、拘束したので間違いなさそうだ。


 移動の脚にグリフォンを求めたけど、上位種のシャイフともなれば影魔法を使いこなせ、旅の友としても戦力としても、思わぬ掘り出し物だったのかも知れない。


 キャロル様をミスティオの本宅まで送ったら、シャイフの能力も確認しないといけないね。



 倒したウルフをアイテムボックスに回収し、脅威は去ったと馬車に乗り込む。

 シャイフはそのまま俺の影にひそんでいる。


 ずっと走らせていたから、影に入れるのなら、そのまま休憩させてやりたいしね。



「エルさん、ご苦労様ですわ」


 マーヴィを撫でながらキャロル様が労いの言葉を投げかける。

 車内にマーヴィを残していたのは、キャロル様の最終防衛ラインだからだ。


「仕事ですから、お気になさらず」


 いつもより座る位置が近い気がする。

 肩が触れる距離だ……


 キャロル様の方を見ると、美しい顔立ちに笑みが零れ、興奮気味にうっすらと頬を赤らめていた。


 恥ずかしいなら、無理に近づかなくても良いのですよ?



 魔物退治の方は魔力探知と散弾魔法を一発撃っただけだし、実のところあまり疲れてはいない。移動中は馬車に乗って、雑談してるだけだしね。

 ずっと走り続けている(時々空を飛んで先回りしてるけど)シャイフの方が疲れてる気がする。


 北に進むにつれ魔物との遭遇も増え、商人が荷物を運ぶ荷馬車を抜かしているのもあり、先頭を走っていると思われる俺達は、度々魔物と遭遇して足を止めていた。


 そのすべてを駆逐しながら、日暮れ前にはミスティオの街壁が見える位置までやって来た。


「お嬢様、ミスティオの街壁が見えてきました!」


「もう一息ですね、気を緩めず頑張って行きましょう」


「はい! お嬢様!」


 御者をする女性護衛騎士からの報告を受け、キャロル様の表情がほころび、顔色も少し赤みが指しているようだ。


 王都からの長旅だし、ようやく高い壁に囲まれた安全な屋敷で休めるのだから、嬉しくなるのも当然だな。



 街の周辺ともなると、冒険者の日帰り圏内というのもあり、ある程度の魔物は駆逐されている。

 街の壁が見える位置なら、魔物と遭遇する確率もかなり下がり、検問を受ける街道周辺は、安全のためにもミスティオの騎士団が巡回をしている。


 検問の列に並んでる間に魔物の襲撃を受ければ、その街に訪れる訪問客が減るのが目に見えるから、安全確保は十分になされているだろう。



 キャロル様が乗る馬車は、その後は魔物の襲撃を受けること無く、貴族側の検問を受け、大きな問題も起きず、無事、伯爵邸に辿り着いた。



 もちろん俺は伯爵邸の前で降りている。


 キャロル様とグレムスの感動の親子の対面を見る気も無いし、万が一、ボーセル前伯爵じいさん前伯爵夫人ばあさんが滞在していては、俺の顔で見咎められる可能性があるからね。


 馬車を降りる際に、キャロル様から屋敷に寄るよう強く言われたがきっぱりと断り、先述の通り、身バレ回避の為にも近寄る訳には行かないのだ。



 伯爵邸を背にし、角猛牛亭ミスティオ店に向かい歩を進める。


 角猛牛亭に入ると、夕食の時間帯に入り掛けていることもあり、食堂の喧騒が聞こえてくる。

 相変わらず、ザックさんの料理は評判が良いみたいだね。


「ただいま~」


「あー! おかえり、エル。すっごい久しぶりな気がするわ」


 受け付けにジェシカが座っており、このやり取りにも懐かしさを感じてしまう。


 ゾロゾロと連れているフェロウ達を見て、ジェシカは疑問を口にした。


「あれ? テイムモンスターが増えてるようだけど、トロンはどうしたの? まさかコッコのトロンがこんなに大きくなった訳じゃ無いわよね?」


 王都での出来事だから、ミスティオの連中は知らないか。

 ラナが攫われコッコのトロンが殺害された事を説明した



「そっかぁ、ラナちゃんは無事だったの?」


「ラナはぴんぴんしてるよ、いまは魔力不足に悩まされてるけどね」


「どういう事?」


 ラナもテイムモンスターを手に入れたが、必要魔力量を満たせず、魔法を撃つ事ができなくなったと説明した。


「ねぇ、どうにかならないの?」


「どうにもならないだろ」


 神頼みするくらいしか解決方法は無いんじゃないか?


「あっ?! 神頼み!!」


 よく考えたらこの世界には女神フェルミエーナ様が実在するんだった。

 俺の魔力量が増えた時、女神のご褒美を作為的に送られて来てたよな。


 それを利用すれば、ラナにも魔力枯渇の対策になるような、女神のご褒美が送られるんじゃないのか?



「ジェシカありがとう! 何か光明が見えた気がするよ」


「どうにかできそうなのね。良かったわ。それならお礼代わりにお土産は無いの?」


 ジェシカもミスティオの生活に慣れたというか、俺に一切遠慮しなくなったな。


「調味料で良ければやるぞ」


「要らないわよ! お父さんにあげて!」


 じっとりとした目で、心底嫌そうにねめつけて来た。


 そういえば急な出発だったから、王都土産は用意して無いな。


「ゼノビアさんと一緒の時に、反物や竹細工の中から、好きなのを選ばせてやるよ」


「ホント?! 嬉しい!」


 現金な奴めっ。


 心底嬉しそうに満面の笑みを見せるが、そういう表情は恋人に見せてやれよ。


 アイテムボックスに収納したままのホウライ商会の商品。

 コスティカ様に、見本だけ預けたのが逆に良かったのかも知れない。



 ザックさんにお土産を渡そうかと思ったけど、旅の汚れを落としてないから、取り合えずジェシカから部屋の鍵を受け取り、自室で浄化クリーンをかけてからじゃないと、厨房に入るのは衛生的にも不味いよね。


 一先ず部屋に戻り、身体を綺麗にしてから宿の風呂で旅の疲れを癒す事にした。


 お土産渡したりとか、全ての事は明日に先送りだ。

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