第305話 煩悩が暴走してる?

 朝のひんやりとした爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込み、体の目覚めと共に意識をはっきりと覚醒させる。


 なぜそのような事をしているかというと、王都の北門で伯爵家一行を待っている間が暇なのだ。


 フェロウ達を一列に並べお行儀よく座らせ、大人しく待たせる。


 フェロウが雷魔法を使えるようになったし、マーヴィも戦闘力が高いみたいだけど、いままで戦力として数えて無いのが当たり前だったから、テイマーのように魔物を戦わせる冒険者みたいに振舞えないんだよね。


 俺の指示は大体守るし、大人しくできるし獣より賢い。


 きちんと仕込めば芸も可能か?


 ふわふわの毛並みとか、ぷにぷにの肉球とか、さらりとした羽根触りとか、戦闘以外にも良いところはある。

 デメリットは、ちょっと食費がかかる程度と、泊まれる宿が少ないくらいだ。


 泊まれる宿が少ないなら、専用の宿を作ればいいよね。

 唸るほどある資金力で、各地にテイムモンスター可の宿を運営するか?

 家を買って管理する使用人を雇ってもいいけど、お金が出て行くばかりになるから、宿を営業すれば雇用費用を捻出できるしね。



 手広く商売をする気は無いから、ホテル王みたいな事はしませんよ!



 益体も無い妄想にふけっていると、一台の馬車が俺の目の前で停車していた。



「おはようございます、エルさん。お待たせ致しましたわ」


 馬車の車窓から紅掛花色の髪を揺らしながらキャロル様が顔を覗かせ、嬉しそうに微笑んで朝の挨拶を投げかけてきた。


「おはようございます、キャロル様」


「どうぞ、お乗りくださいませ」


 専属侍女のミレーヌが馬車の中から扉を開けて、俺達を車内へ招き入れた。


 マーヴィはすかさずキャロル様の膝の上を陣取り、サンダは俺が抱えたまま乗り込み、シャイフは身体が大きいから徒歩で付いてくる形だ。

 フェロウも身体が大きくなって来たから、ミレーヌの膝の上は無理そうだったが、諦めきれないミレーヌが、上半身だけ膝の上に乗せお尻は床に着けた体勢を取らされていた。


 なんだか酷く疲れそうな姿勢を取らされてるけど、フェロウは長時間の馬車の旅を乗り切れるのか?


 車内には専属侍女のミレーヌとベルナデットが後ろ向きに座る前方の席に座っており、キャロル様が正面向きに座る後方の席に着いていた。


「エルさんは、こちらへどうぞ」


 扉側から奥の席に腰を移動させたキャロル様が、手招きするように隣の席へと誘導している。


 専属侍女とベルナデットは使用人だからその座席なのは分かるけど、護衛の依頼を受けてる俺が、雇用主側の横に座るのもどうかと思う。

 どちらかといえば俺が一番格下になるから、座席も一番下座が相応しいと思う。

 まあ、それでも魔物が出た時に一番外に出やすい扉付近に座るのだから、座席を選べるほど広々とした車内じゃ無いし、この対応もやむを得ないか……


「キャロル様、隣を失礼します」


 キャロル様と馬車に乗る機会なんて滅多にないが、イードルの街にコッコ舎を作りに行く依頼を受けて以来かな?


「イードルの街でコッコ舎を作って以来ですね」


 キャロル様も同じことを考えていたようだ。


「そうですね。イードルの街のコッコ舎は順調ですか?」


「王都に来てしまったので最近は分かりませんが、コッコは卵を産んで数を順調に増やしていましたわ」


「そうですか、依頼を受けた甲斐もありますね」


 キャロル様の距離が近すぎる気がするけど、車内を和やかな雰囲気が包み、そのまま貴族側の検問を受けて王都を出発した。


 因みにキャロル様の護衛は女性騎士が二名で、御者席に座り交互に馬を操る役割だ。

 俺は馬に乗ったことも無いし御者の経験も皆無だから、俺に馬の操縦は期待しないでくれ。


 ミスティオとイードル間の三日間の旅でも思ったけど、ウエルネイス伯爵家は、ご令嬢に付ける護衛が少な過ぎやしないか?


 いや、でも…、初めて会った時は、もっと護衛の騎士を付けていたか……




 王都周辺の街道は魔物が居ないので順調な滑り出しをし、退屈な社内では専ら学院に関する話題で持ちきりだった。


 お貴族様と共通する話題が、それくらいしか思いつかないからね。



「エルさんは、なぜ学院を退学なさったのですか? ラナやベルナデットは理由が分かりましたが、エルさんの理由は聞いおりませんわ」


 キャロル様は俺の方を向き、小首を傾げるように質問してきた。


 貴族らしい裏のあるいい方でも無いようだし、素直に疑問に思っているだけのようだ。


 誰かに聞かれるとは思ったけど、このタイミングで聞かれるとは思わなかったな。

 大した理由でも無いし、包み隠さず正直に話すか。


「いくつか理由はありますが、一番の理由はという事が恥ずかしいからですね」


「学院を卒業するのは、名誉ある事だと思いますが?」


「貴族であればそうかもしれませんが、学院の評価基準が職業や属性で偏った判断をされるからですね」


「そのような事がありましたの?」


 それを聞いて表情を曇らせるキャロル様。

 学院か教師に問題があるだけ、キャロル様が思い悩む必要はありませんよ。


 入試の時点で使える魔法属性によってそれが顕著に現れ、魔法学科の卒業試験に於いても再試験という扱い。

 ついでにダンジョン研修で土魔法で作った壁を、その教師は破壊する事すら出来なかったのも付け加えた。


 一通り説明すると、キャロル様に加えてベルナデットまで神妙な面持ちになっている。


 ベルナデットは同じクラスだったから、それなりに知ってるだろっ。



「学科に関しては試験の数値で判断できるので、問題無く卒業単位は取れてますよ」


「それではエルさんは再試験を断って無ければ、卒業資格を得ていたのですか?!」


「一応そうなります。かといって卒業したい訳では無いので、ウエルネイス伯爵家が学院に働きかける必要はありませんからね」


 これだけは明確にしておかないと、貴族の特権とか圧力で、予期せぬ卒業をさせられてしまうからね!


 あと、国王から卒業後の勧誘を受けてるし、と詰められると面倒だ。

 高い評価を受けて嬉しいから『有難き幸せ』と返事しただけで、役人への勧誘が嬉しい訳では無い。



 国の駒になる意図は全く無い!



 雑談に華を咲かせ、適度に休憩を挟みながら、旅路は順調な滑り出しを見せ、初日の野営を迎えていた。


 ベルナデット以外はイードルの街に旅に出たメンバーだから、エル式の野営にも慣れたもので、予定通り街道脇に馬車を停め、そこを囲うようにアイテムボックスから野営用の壁を取り出した。


「エルさんとの旅は、安心感が違いますね」


 周囲を高い壁に囲まれて、キャロル様はそういった。


 墨俣の一夜城とでもいうべき簡易的な砦を一瞬で作り出すから、外敵に襲われる危険性が少なくなり、丈夫な壁に囲まれていると安心感が沸き上がる。


「お褒めいただき光栄です」


 定型文のような返事を返す。


 ちゃぶ台を並べたりと夕食の準備を進めているから、忙しくておざなりに返すのも仕方がない。

 護衛の仕事か?とか思うけど、たとえ野営といえども美味しいものが食べたいし、俺だけ一人で良い物を食べていると周りの視線が痛くなるから、全員同じものを提供する。


 お昼は冒険者メシと果実水で簡単に済ませたから、きょうの夕食は豪華に、昨夜作った竜田揚げがメインだ。


 冒険者ギルドでグリフォン肉を受け取ってきたら、ズワルトがその場で調味液に漬け込み始めて、食堂用と野営用にたっぷりと準備してくれたからね。


 あと、俺の魔道具でピザがすぐ焼けるのを知って、料理の数を増やすのにピザを大量に焼かされたな。

 具材載せて二分焼くだけだから、ものの数分で一品できるからね。


 ズワルト達料理人にオーブン/レンジの魔道具を触らせると、抱え込んで戻って来なくなりそうな気がしたから、死守する為にずっと俺がピザ係りをやってたしね。


「夕食の用意ができました! 席に着いて下さい!」


「エルさんありがとう。美味しそうな匂いで待ち切れませんわ」


 キャロル様は伯爵家令嬢だから、護衛といえども使用人達は別テーブルで食事ができるようにちゃぶ台を二つ並べており、キャロル様が座るちゃぶ台に俺も座り、もう一つのちゃぶ台にベルナデットも含めた使用人が四人で座っている。


 専属侍女のミレーヌくらいはこちらに来て、キャロル様の給仕をすれば良いものを……


 仕方ないからキャロル様の前に座って、飲み物注いだりピザを取り分けたりと、俺が侍女の代わりをしていた。


 その専属侍女のミレーヌは、ちゃっかりフェロウ用のホットドッグを乗せた皿を自分の隣に移動させ、フェロウを撫でながら嬉しそうに食事をしてた。



 キャロル様の前でも隠さなくなったから、煩悩が暴走してる?!



 その涎は食事のせいか?

 それともフェロウのせいか?



「エルさん、この竜田揚げ。美味しそうな香りもさることながら、カリッとした衣の中から出てくるお肉は、噛み応えも柔らかくて美味しいですわ。噛めば噛むほどジューシーなお肉から肉汁が溢れ、口いっぱいにお肉のうま味が広がって、とっても幸せな気分ですわ。

 一つでも食べてしまったら、美味しさのあまり止まらなくなりそうですわ」


 相変わらず美味しい物を口にすると、食レポが止まらなくなるよね。


 熱にうなされたような恍惚とした表情を浮かべ、キャロル様は竜田揚げの魅力に取りつかれてしまったようだ。


 グリフォンの前半身の肉は、鶏肉のように水分量が多いから揚げ物に向いているようで、醤油で下味を付けた竜田揚げは、グリフォン肉の美味しさも加わってこれ以上ないくらい極上の品になっている。


 それが出来立てアツアツで食べられるのだから、竜田揚げの虜になるのもやむを得ないだろう。


「エルさん、こんなに美味しい食事をありがとうございます」


「いえいえ、お粗末さまでした」




 王都周辺の危険の少ない野営に大した不安も無く、楽しく食事を済ませた面々は、片づけを済ませた頃には周囲を照らす太陽は沈み、明かりを灯さなければ何も見えない程の暗がりになっていた。


 光属性を持つベルナデットが居るから灯りに困らないし、食器洗いも浄化クリーンで簡単に済ませた。


 水魔法で洗い流して、寝る前に人知れずこっそりと浄化クリーンをかけるつもりだったけど、手間が省けて助かってる。

 ベルナデットにはマヨネーズ作りで俺の光属性は知られているけど、護衛の女騎士には教えてないから、彼女らが居るところでは使いたく無いんだよね。



 すっかり周囲は暗くなったので、野営コンテナを出して初日の護衛は終了した。

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