第304話 ピザが焼けたの?
俺達と料理人を乗せた馬車は、伯爵邸を出発し、あれよあれよという間に角猛牛亭に到着した。
流石に伯爵家の馬車だから広さにゆとりがあり、今回乗せられなかったシャイフだけ、後ろから走って付いて来ていた。
宝珠生まれの魔物だからか、フェロウやマーヴィと違って成長が早いみたいで、産まれた時は俺の腰の高さに頭があったが、いまは臍の上まで成長している。
「ゾラさんただいま。厨房借りるね」
「おかえり、エルくん。唐突よね」
受け付けに居たゾラさんに一声かけて、料理人を連れて厨房へと向かう。
時間もあまり無いし、ちょっと強引だったせいもあって、ゾラさんに不審がられてしまったかも……
「ズワルト、厨房を借りるよ。あとウエルネイス伯爵家から料理人を連れて来たから、調理の指示を出してくれ」
ズワルトと料理人の返事を聞く前から、五徳の付いたコンロの魔道具を並べて行き、野菜の仕込みと煮込み料理を優先してくれと指定する。
それに合わせて、寸胴やお皿など必要な物を準備しておく。
「エルくん、いつもの料理のストックかい?」
「明日の朝には出発だから、それまでにたくさん作りたいんだ。このあと市場に買い出しに行くから、料理の完成が遅いやつから作り始めてくれ。あとこれ港町のお土産」
ホウライ商会から買い取った調味料のいくつかを取り出し、パントリー内に並べて行く。
また料理を大量に作らされると分かってるズワルトは、慣れた様子で伯爵家の料理人に何ができるか質問してから、次の作業の指示を出していた。
厨房を預かる料理長だし、何人か料理人を雇っているから、指示を出すのも慣れたものだね。
こちらは任せても大丈夫そうだと思い、厨房を出ようとするとズワルトから静止の声をかけられた。
「ちょっと待ってエルくん!」
「急いでるんだけど何?」
「グリフォン肉を多めに貰うからね!」
「はいはい、分かりましたよ。夕方にギルドに取りに行くから、後で話そう」
もうすぐお昼の忙しい時間帯になる時に、急に大量注文後入れられ、更に知らない料理人を連れて来られては、流石のズワルトも気に食わないだろうし、特急料金とでもいうべき対価を要求するのは正当な権利だよね。
時間は惜しんで金は惜しまずの精神で、グリフォン肉を多く取られようとも、大量の料理を手に入れる方が俺としては助かるのが本音だ。
それに、グリフォン肉が欲しければ、またダンジョンに潜れば済む事だしね。
今は何より時間が惜しい。
厨房を出たあとゾラさんに詳細を説明し、宿に三部屋取ってもらい、市場へと繰り出した。
きょうは伯爵邸に帰れなくなる、夜までガッツリ働いてもらうからね!
伯爵家の料理人を、死ぬほどコキ使う気満々である。
きょうだけはブラックな労働環境になるけど諦めてくれ。
市場に併設された屋台広場では、これから昼食の時間帯とあって、あちこちから美味しいそうな匂いが立ち込めていた。
「おお、坊主、久しぶりだな」
「ああ、こんにちは。いつものように買えるだけ買います」
「すぐ調理するから、先に他を回ってきな」
屋台の親父が俺の事を覚えていて声をかけてくれたから、それに応えるように買い占めに走る。
多少の配慮はするが、今しか買う時間が取れ無いから、できる限りを予約する。
「ありがとう」
お礼を言ってその場を離れようとしたが、屋台の親父は言葉を続けた。
「いつも連れてた黒い鳥、いつの間にかでっかくなったなぁ~」
料理する手を止めず、チラチラと目立つシャイフに視線を向けていた。
ちゃうねん。
初代トロンと違ってシャイフは別個体やねん!
そうなんです~。
ともいえずに、『あは、あはは…』と適当に誤魔化しつつ次の屋台へと足を向けた。
そんな感じで何件かの屋台を回り、料理している間に市場の方で野菜や調味料など、必要な物を買い占める勢いで買い漁って行く。
俺が買い占めているのを見かけて太客だと思ったのか、雑貨を並べてる屋台の店番が、頻りに声をかけてきたりもした。
大量買いはしてるけど、食料品しか買ってないだろっ!
チラリと商品を見やるが、農家が空き時間で作った手慰みといった民芸品ばかりで、ホウライ商会が持って来たヒノミコ国の雑貨と造りを比べたら、雲泥の差がある。
ホウライ商会の雑貨も大量に所持しているのに、新たに民芸品を買う余裕なんてまるでない。
一つ一つ手に取って出来栄えを確認してから値段交渉して……、そんなやり取りをする時間が勿体ないからね。
食料品を取り扱ってる露店以外見向きもせず、一通り回ったところで屋台の料理を回収しに回る。
市場と屋台広場を一周したところで角猛牛亭に戻り、ズワルトに食材を渡して行く。
角猛牛亭が用意していた食材だけじゃ足らない恐れがあるし、たくさん渡しても食堂で消費しきれるだろうし、多いに越した事は無いだろう。
手の空いてる料理人にパン生地を捏ねてもらい、その間にフェロウ達を宿の庭に出して、屋台で買って来た物で手早く昼食を済ませる。
昼食後に捏ねてもらったパン生地を受け取り、それをベースにピザ生地として薄く広げる。
オーブン/レンジの魔道具で過熱したジャガイモを皮を剥いて潰し、マヨネーズであえてポテマヨを作る。
トマトソースを生地に塗り広げ、生地へと乗せる。
そこに、輪切りにしたソーセージを散らし、モッツアレラチーズを乗せて準備完了だ。
仕上げにオーブン/レンジの魔道具のオーブン側を350℃に設定し、二分の加熱でポテマヨソーセージピザの完成だ。
ピザを焼くには400~500℃で90秒の加熱が適してるけど、この魔道具は分単位でしか加熱時間を調節できないから、調理時間に熱量を合わせるのが正しい使い方となる。
この時間と温度を割り出すのに、何度失敗を重ねた事か……
それに、王都には卵が無いからマヨネーズが作れず、ズワルト達にとっても食べた事の無い味になるはずだ。
「賄いにピザを焼いたから、手の空いた人から昼食にしてね!」
「ピザだって?!」
俺の言葉に真っ先に食いついたのは、予想通りズワルトだった。
多少手を離せる料理を担当していたのか、調理場を離れて俺の傍までやって来た。
「ピザ窯に火を入れて無いよね?! どうやってピザが焼けたの?!」
庭まで顔を覗かせ、周囲を見渡し、ピザ窯に火が入って無いのを確認したのち、俺に視線を向けてそんな言葉を吐いていた。
ズワルトに魔道具を知られてしまうけど仕方がない。
興味を持たれても明日には出発するし、逃げ切れるはず!
「オーブン/レンジの魔道具で焼いたんだよ。薪も使わないし二分で焼ける。あと大事な魔道具だから人にはやらない」
最後の一言を、念押し気味に強調して発言する。
一応使い方としてピザを焼いて見せるが、最後の一枚だったから魔道具はさっさと片付ける。
好奇の目で魔道具を見ていたズワルトは、予想通りの台詞を吐いた。
「……凄い魔道具だね。僕に売ってくれたりは「しない!」」
問答無用で食い気味に断りを入れる。
確かにピザ窯を使うには、窯の温度を上げるまでにも時間がかかるし、薪代だって馬鹿にならない。
ピザが焼けるのは一瞬なのに、見えないところで手間暇かかってるんだよね。
売る気は全く無いし、この魔道具はお菓子屋で使う事になりそうだしね。
いいからズワルトは、厨房で調理中の作業に戻れよっ。
野営用の料理作りは夜の営業が終わるまで続き、その作業に付き合ってる俺は、出来立ての料理をアツアツの内に、時間停止効果のあるアイテムボックスに収納して行った。
途中で冒険者ギルドに解体に出していた肉を引き取りに行ったりもして、その結果、緊急の料理依頼という事で、がっつりグリフォン肉を要求されたけどね。
そしてギルドでのちょっとした出来事。
解体場でグリフォン肉とラッシュブル肉を受け取り、ボルティヌの街に居た時に食材集めの依頼を出したから、そのお礼を伝えにワルトナーさんに挨拶に向かった。
混み始める前にギルドを訪れた甲斐もあって、手早くコーデリアさんにギルドマスターの部屋へ案内され、ワルトナーさんにお礼を伝えた。
「先日、食材集めの依頼を手配してくれて、ありがとうございました」
「それが冒険者ギルドの役割だから気にするな。それよりも、王家が依頼を出しているグリフォン関連の依頼を、偶には受けてもらいたいんだが……」
「生憎、明日にはミスティオへ向け出発するので、俺は対応できません。その依頼は他の冒険者に振ってください」
「それはグリフォンの依頼より優先度が高いのか?」
「既に依頼を受けているので無理ですよ、それに俺は王都の冒険者では無いのですから、そういった長期依頼は、地元の高ランク冒険者にやらせてください」
「はあ……。他の依頼を受けているし、地元に帰るんじゃしゃあねぇなぁ」
こちらにも依頼を選ぶ権利はあるしね。
指名依頼で無いなら、無理に受ける気はしない。
「それに、【飛行許可証】のおまけも有りませんしね」
商会用に【飛行許可証】が得られるのなら、宝珠が出るまで頑張らないでもない。
でも疲れるから、一年に一回くらいならね!
そんな感じで、グリフォン関連の依頼を押し付けられる前に、冒険者ギルドを逃げ出すように宿に戻った。
翌朝になり、伯爵家の馬車が迎えに来て、以前と同じように北門の前で降ろされた。
キャロル様が乗る馬車も必ず北門を通るから、ここで待ち合わせると言う事だ。
ちなみに伯爵家の料理人は、迎えは昼過ぎに来るよう手紙を出しておいたから、角猛牛亭で昼までゆっくり寝ているはずだ。
俺の出発と一緒に朝早くから迎えに来ないよう、こき使った分配慮してあるんだからね!
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