第303話 返品可能ですか?

「ラナの件はそれでいいわ。次はベルナデットね」


 ベルナデットに何かあったっけ?

 普通に進級しただけじゃないのか?


 ベルナデットの方を向くが、顔を見ても特に思い当たる事は無い。


「ベルナデットが中級までの光魔法を覚えたわ」


 それだけいってコスティカ様は口を閉じた。


「それだけじゃ分からないのですが?」


「伝わらなかったかしら、ごめんなさいね。

 学院で教えられる光魔法は中級までなのよ。上級は女神教会に所属しなくては習得する事ができないわ」


 なるほど、ベルナデットは俺とお菓子屋さんをする予定だから、学院を卒業する必要は無い。

 特待生として公共機関に奉公する必要があるが、ベルナデットはウエルネイス伯爵家のメダルを所持している事もあって、ミスティオの伯爵家で働く事が決まっている。


 必要な技能は習得済みだから、とっとと自主退学させて俺の店で働かせ、お菓子屋のノウハウを吸い上げ、イードルの街(伯爵領領都ミスティオの隣街)でも活用させたいのか。お菓子屋というよりマヨネーズ作りのノウハウだったかな?


「それではベルナデットは伯爵家に籍を置いたまま、俺の商会で働くという事でよろしいでしょうか?」


「ええ。それでミスティオまで彼女を護衛してもらいたいわ」


「そういう事でしたら喜んでお受けします」


 ベルナデットがやりたい事に協力するだけなんだけど、将来的にも売り上げが見込めるだろうし、俺、ベルナデット、伯爵家の三方得になる話しだからね。




 卵に付くサルモネラ菌が怖くて、食中毒回避のためにも浄化クリーンが欠かせないが、俺が一般販売用のマヨネーズにまで浄化クリーンを担当する訳にいかない。

 光魔法を隠したいから、その代役にベルナデットが担当する事で俺は得をする。それに、お菓子作りもベルナデットが担当するから、その売り上げもある。



 怪我人を見るのが苦手なベルナデットは、伯爵に命じられて回復ヒール人形にならなくて済むし、大好きなお菓子作りに専念できる。

 まあ、伯爵家から呼び出されたら、回復ヒールを使わざるを得ないのは避けられないだろうが……


 その為に特待生としたのだから、午後からは伯爵家の為に働いてもらおう。



 伯爵家はベルナデットからの報告でマヨネーズ作りのノウハウを得る事ができ、その技術をイードルの街でも生かせば新たな産業が生まれ、雇用や消費で得をする。

 新たに伯爵領になったレージングの街は、コッコ舎を作って無いからマヨネーズ戦略からは外されている。




「それに加えて、一時的にキャロルもミスティオに戻るから、一緒に護衛をして欲しいわ。ただし、新学期までに戻って来れるよう、ミスティオでの滞在期間は注意してちょうだい」


「エルさん、よろしくお願いしますね」


 こちらは往復の依頼、進級するのだから当たり前か。


 キャロル様は紅掛花色の髪を揺らしながら、髪色に負けない上品な雰囲気を醸し出しながら、整った顔立ちでにこやかに微笑んでいた。

 初めて会った11歳の頃の幼い印象は薄れ、13歳ともなれば身体つきも大人の色香を漂わせ始めている。


 二年も経てば美少女の面影を残しつつ、美女へと変貌を遂げるほど変化があるようだね。


 これが栄養と遺伝子の差か、ラナとは大違いだな。


 護衛を任せる為に、俺が王都に戻るのを待ち構えていたのかな?


「こちらこそ宜しくお願いします。ベルナデットもよろしくね」


「はい、よろしくお願い致します」


 こちらは相変わらず控え目でおしとやかな感じなのも、学院時代と変わらないな。


 二人の護衛だけじゃ無くて、キャロル様の専属侍女と専属の女性騎士がつくだろうから、食料のストックを増やしておかないと、ミスティオまでの食料が圧倒的に不足してる。


「それでエルくん。いつ頃出発できそうかしら? なるべく早い方がいいのだけど……」


 うん、そうだね。

 俺が王都に戻るのに時間がかかったから、ミスティオの滞在時間がますます減っていくんだよね。


 それなら俺を待たずに、普通に伯爵家の戦力でミスティオに戻れば良かったんじゃないのか?


「二、三日は食料調達に時間を費やしたいのですが?」


「もう少し早くならないかしら?」


 めちゃめちゃ急かすなっ。

 何か理由があるのだろうか?


 人数分の食料が調達できれば済む話しだから、コスティカ様にお願いしてみるか。


「それでしたら料理人をお借り出来ませんか? 角猛牛亭で調理を手伝ってもらえば、旅程分に見合う料理が確保できると思います」


「でしたらこの後料理人を手配します、戻る時に連れて行きなさい」


 このゴリ押し感、明日にでも出発させるつもりなのだろうか?

 キャロル様達の準備は間に合うのか?


 朝っぱらからお迎えが来てたから、この時間からでも人海戦術で料理を作りまくってもらえれば、明日にでも出発できるかも知れない。


「協力していただけるのであれば、翌朝に出発は可能かと存じます」


「ではそのように。ベルナデットはミスティオに帰る事になるのですから、部屋に戻って荷物を片付けてらっしゃいな」


「かしこまりました、大奥様」


 コスティカ様は使用人にいくつか指示を出し、一礼したベルナデットの退室と共に、用事を命じられた使用人も出て行き、その指示の中に、料理人をロビーで待たせる内容も含まれていた。




「これで、エルくんのを知る者だけが残ったわね」


 コスティカ様は、悪だくみでも始めるかのように、茶目っ気を半分加えたような悪戯混じりの笑みを浮かべ、内緒話を始めようとしていた。


 秘密のお仕事とはアレ美容魔法の事か?


「リュトヴィッツ帝国の皇后陛下より、施術の報酬がようやく送られてきましたわ」


 コスティカ様の台詞を聞き、後ろで控えていた執事が、皇后より送られて来た物をテーブルに並べて行った。


 施術費の大金貨10枚に加え、【飛行許可証】が二枚と手紙、それとお詫びの品?にマジックバッグが添えられていた。


 だが一つ問題がある!


「このマジックバッグに刻まれている紋章は、もしかしてリュトヴィッツ帝国皇室の紋章ですか?」


「そうなのよねぇ。エルくん、これ使ったら美容魔法使いってバレてしまうわね。でも大容量らしいわ」


 皇室の紋章付きのマジックバッグなんて持ち歩いてたら、事情を知っている者にとっては、美容魔法使いと特定する為の罠魔道具になるじゃないですかー!


 しかも、事情を知らない皇室の紋章が分かる警備兵からしたら、職務質問の対象になる事間違いなし!

 その帝国の紋章が付いたマジックバッグを平民が持ち歩いてたら、下賜された物とは思われず盗品と見做され、留置所まで問答無用に引っ張られそうだよ。


 添えられてる手紙が下賜された証明になるのだろうけど、宛名が美容魔法使いになっているから、俺が美容魔法使いと判明すること請け合いだな。


 どちらにしても永久封印指定の魔道具だ……




 ………皇后、使えねぇ。




「エルくん、このマジックバッグ使うのかしら?」


 使えません!


 むしろクーリングオフしたいです!


「返品可能ですか?」


「それは絶対に無理ね。仮に返品したとしても、別の品物が送られてきますわ。それも皇室の紋章付きで」


 送り返しても、違う封印指定の品物が送られてくるだけか……


 諦めて受け入れる、それしか選択肢は無いようだ。



「わたくしの用件は終りましたが、エルくんから何かありますか?」


 ようやく俺のターンが回って来たぞ。


 用件はあります、あります!


「先日、港町で仕入れたヒノミコ国の商品を、コスティカ様の伝手で販売していただきたいのです」


 そういってアイテムボックスから見本としていくつかの商品を取り出し、テーブルの上に並べて行った。


 反物や帯などの布製品、大吟醸などの酒類、竹細工などの工芸品を珍しいものを見る目で興味深く観察している。


「今回は時間が無いので、商品の見本を置いて行きます。お酒に関しては飲まれても構いません。ミスティオから戻ったら、相談に乗ってくださいね」


「見た事無い物もありますわね。これらの品であれば、興味を持たれるお友達もいることでしょう」


 とはいえ、あまり無理に販売を勧めると友達を無くすやつだから、程々で良いんだけどね。

 売れ残ったらミスティオの菓子店に雑貨として置けばいいし。

 調味料以外なら消費期限も長いし、廃棄するようなものじゃ無いから、その内売れるという軽い希望で、店の賑やかしになっても構わない。


 ダメそうならリートンさんに相談するか、利益度外視で販売すれば在庫処分もできるだろう。

 飛行許可証も手に入れたから、帝国に持ち込んで販売してみる。という手も使えるしね。


 それよりも、港町で在庫が殆ど無くなったから、明日の朝の出発に間に合うよう急いで食料調達をしないと、今回のミスティオへの旅は人数も多い分、旅の途中で飢える事になる。


 コスティカ様にお礼を言って、きょうの集まりはお終いだな。




 玄関ロビーに向かうと料理人が三名待っており、その方たちを連れて角猛牛亭へと帰って行った。

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