第302話 最速の紅?
いつもの事とはいえ、いつも以上にお迎えが速い。
せめて朝食を食べる猶予は下さい!
それとも焦って迎えを寄越すほど、コスティカ様を待たせるような事してたっけ?
…………あッ?!
ラナの進路だ!!
そりゃ、急ぎで相談したい案件だから、俺が出掛ける前に身柄を確保しておきたくなるよね。
取り合えず、ウエルネイス伯爵家の御者さんに、朝食を済ませたら冒険者ギルドに行きたいと伝え、そちらで待ってもらうように頼み込んだ。
貴族であるコスティカ様を待たせても良いのかって?
いいんだよ待たせておけば。
とまではいわないけど、こんな朝早くから行ってもコスティカ様の身支度が済んでないだろうし、俺をウエルネイス伯爵家に連れて行くのが目的なのだから、少しくらい遅れて訪問しても構わないだろう。
早く連れて行く、っていうのが目的じゃないからね。
約束通り朝食後は、ラッシュブル2匹と大量にあるグリフォン10匹を解体に出し、いつも通り夕方に肉の引き取りに戻るとヴォールスさんに伝えて冒険者ギルドを後にする。
ギルド前で待機してもらった御者にお礼をいって、馬車に乗り込み伯爵邸へと連れて行かれた。
門を
いつも通りといったところか。
侍女がお茶と茶菓子を用意し、紅茶の香りを楽しみ終え、たっぷりと時間が過ぎた頃にコスティカ様が、キャロル様、ベルナデット、ラナを連れて応接室に現れた。もちろん執事や侍女さんも連れているけどね。
きょうは何だか大勢だな。
「エルくんお待たせ。帰ってくるのが随分遅かったわね」
コスティカ様は不機嫌そうな面持ちで、貴族然とした雰囲気を醸し出し、威圧的な視線で俺を見ていた。
どうやら不機嫌な様子だが、特に謝る理由はな……、あるか。あったな。
ボルティヌの街にラナをひとっ飛びさせたくらいだし、余程お待ちかねだったのだろう。
「申し訳ございません」
こういう時の女性には、釈明の台詞は口にせず、素直に謝罪の言葉を紡ぎ出す。
「はあ…。ラナから少しは聞きましたが、大変だったそうですわね」
「いえ、お陰様で無事解決しました」
ヒタミ亭で妨害工作があったが、なんか、後手後手に場当たり的に対処していただけなのに、相手が打った手で自滅したというか、効果を発揮しなかったというか、周囲の力でいつの間にか解決してた感じだな。
俺が居なくなったことで格安魔物肉販売が無くなるから、通常営業に戻るとはいえ客の期待感を失っている事で、これからの経営はドナート達の踏ん張りにかかっている。
食堂が赤字になったとしても、宿の営業を始めるとかで多少は巻き返せるだろうし、あまり心配はしていない。
コスティカ様が席に着くまでの短い会話で険が取れたようで、落ち着いた表情でソファーに腰かけている。
キャロル様はともかく、どうやらベルナデットやラナも会話に加わるようで、俺の隣にラナが座り、対面にキャロル様とベルナデットが座り、お誕生日席にコスティカ様が座っている。
「随分と期間が開きましたが、ラナの今後についてお話しします」
侍女達がお茶の用意をしながら、カチャカチャと食器を慣らす音が小さく聞こえる中、コスティカ様が本日呼び出した議題を口にした。
学院の一年生の期間は終了しているはずで、学力の追い付かないラナがどうなったのか、俺はまだ聞かされていない。
ラナがやりたい仕事は冒険者で、トロンとも一緒に居たい。
トロンと暮らす事がラナの中では優先され、仕事の希望は二の次だったが、いままで冒険者としての生活しか学んでいないから、伯爵家の侍女の仕事はなかなか身に付かなかった。
「エルくんの許可もあるという事で、ラナは学院を退学しました。当家の見習い侍女としての仕事も学んでいますが、その成績も芳しくありませんわ」
どの仕事も初めてやる事ばかりだから、懇切丁寧に説明されないと、失敗ばかりになる気がするな。
言葉遣いに関しては、人生の大半は奴隷生活をしてたのもあるし、貴族と関わる機会も無く、丁寧な言葉を耳にする機会が無かったしね。
なかなか改善されないのは、その辺りが背景にあるからだろう。
「そこで、ラナには客室と厩舎を与え、当家の配達人として働いてもらいます。配達作業が無い日は、冒険者としての活動を許可します」
専属の伝令係か。
ミスティオの往復が日帰りで行けるし、マジックバッグを持たばそれなりの運搬能力も確保できるし、この国交通事情では最速の郵便屋さんになれるな。
「ラナはそれで納得してるの?」
「トロンと一緒だからいいよーっ」
嬉しそうにいってるけど、仕事は別にしても、最近の生活環境が変わらないから受け入れてるだけじゃないのか?
「ラナが納得してるなら構いませんが、保護責任者として確認すべき事はあります」
「何かしら、エルくん?」
「ラナのやる仕事は分かりましたが、発送先はウエルネイス伯爵領だけですか?」
「どういう事かしら?」
王都とミスティオでやり取りするだけなら、前回もやったから問題ないだろうけど、ウエルネイス伯爵家として招待状を送ったり返事を書いたりと、他家にもラナが配達に向かうケースもあるだろう。
その際、王都の南門を入る時に攻撃を受けた事件を踏まえると、魔法を行使すると倒れるラナの、生存率が絶望的に思える。
攻撃にも防御にも、土魔法を使ったら魔力枯渇で倒れてしまう。
事前にラナの事を周知してもらないと、配達に行った先で命懸け。って事態になりかねない。
それに、ラナの配達が噂になれば、ウエルネイス伯爵家と仲の良い他家からも、依頼が舞い込む可能性がある。
そうなるとラナの休日が無くなる可能性があるし、配達先で攻撃を仕掛けられトロンが反撃したら、それを罪状にラナが捕らえられるというケースも考慮しなければならなくなる。
その後は『当家専属で配達人をすれば恩赦を与える』とかの、自作自演の引き抜きがあるかも知れない。
そういった事を丁寧に説明し、コスティカ様には一定の理解を得られた。
「グレムスとの連絡にしか考えていなかったけど、エルくんが想定しているようなケースは、これから起こり得る可能性があるのよね。どう対策したら良いかしら?」
それも俺が考えるのかよっ。
「高位貴族の圧力を避けるためにも、あらかじめ商売として成立させた方が良いかもしれませんね」
ラナが被害を受けないような約款を作り、グリフォン便の事前通達を徹底してもらうとか、諸々の約束を明記し、いっその事、利用するには会員権を購入してもらうとかかな?
ゴルフ場とかで良くあるやつだ。
どの配達物も原則先着順で、より高価な会員権には予約とか割り込みの権利を付与して、もちろん譲渡不可で爵位のように継承可だな。矛盾してる気もするがそんな感じだ。
継承可なら年会費も取った方がいいな。
利用するかはともかく、貴族の見栄で購入する可能性は高い。
王都近郊の街なら、ウォーホースの早馬を走らせれば丸二日で着くから、グリフォン便を利用するメリットは少ないしね。
「そうなると……。当家の事業じゃなくて、エルくんの事業にした方が良さそうね」
「それはどちらでも構いませんが、窓口はウエルネイス伯爵家でやってくださいよ?」
「それくらいは受け持つから、安心するといいわ」
せめて直接貴族と対峙しないように、防波堤になってくれ。
事業とするのは、伯爵家が窓口として郵便の依頼は受け付けるが、当家の事業ではないから契約に基づいた対応しかできない。
そんな感じの、高位貴族の圧力を回避する理由付けだな。
っていうか、ラナが商会長でもいいと思うが、全てを管理する優秀な人材でも居ない限り、不安しか無いよな。
「聞いてたと思うけど、ラナはそれでいいのか?」
「いいよーっ、エルと一緒なんでしょ?」
……まあそうだが。所在地が違うぞ?
ひまわりのような笑顔を見せるが、感想がざっくりし過ぎて、理解してるのか不安である。
何にせよ、ラナは王都の伯爵邸で暮らし、郵便屋さんで生活費を稼ぐ感じに収まりそうだ。
この生活ならラナがダンジョンに行くタイミングも減るし、【黒鉄の鉄槌】の指名依頼もまだまだ続きそうだな。
ラナに関する部分は……
・週に一回休日を設ける
(ブラックな労働環境、ダメ絶対!)
・発送先は領都の門番に渡すまで
(知らない街で配達先なんて探してられない!)
(ついでに機密文書を受け付けない理由にもなる。責任ある仕事の回避)
(あと、言葉遣いが改善されないから、貴族と対面しない苦肉の策でもある)
・手紙以外の荷物は、永久稼働型のマジックバッグごと運搬する
(壊れやすい物を預かっても、マジックバッグの中なら壊れないから安心。もちろんマジックバッグは先方負担)
・グリフォン便の利用は一回
(早く届くという利便性を価格に反映。これはラナの報酬で、依頼料はもっと高い)
・王都からの片道のみの配達(ウエルネイス伯爵家除く)
(返事を書くから部屋で待てといわれて、囲われる可能性を排除。魔法の使えないラナの護衛でもあるトロンと離される事態を回避)
(信頼できる依頼主と受け取り側であれば、多少の配慮は可能とするが、基本的に不許可)
・どんなに急ぎの品であっても、出発は翌朝
(日帰り任務で、帰還する事でラナの無事を確認する)
・雨天欠便
(風邪ひいたら大変だしね!)
ざっくりと決まった内容は、こんな感じだ。
俺の予想では、利用者はそれほど伸びないと思ってる。
急いで手紙を届けるような緊急事態は早々無いだろうし、貴族らしく
王都内の貴族に送るなら、そもそもグリフォン便なんて使うはずが無い。
それに、グリフォンが出る緑色の宝珠を一つ王家が買い取ってるし、こっちがやっていれば王家もその内真似をするだろう。本格的に参入して来たら、ラナだけじゃ王家という大資本に競り負けるから、顧客も減っていくだろうしね。
そんな未来が予想できるからこそ、グリフォン便の会員権というぼったくりの、初期投資を設けているといっても過言ではない。
詳細を細かく詰める必要はあるけど、大筋は決まったので、一旦持ち帰ってコスティカ様と互いに精査する事にした。
コスティカ様の中では、ラナが駆るグリフォン便は、稼働する事が決定しているようだ。
ウエルネイス伯爵家が利用するだけでも、その利便性は計り知れないからね。
グリフォン便が稼働し始め、会員数も増えた頃。
「手紙を届けにいってくるよーっ」
いつものようにトロンと一緒で、嬉しそうに笑顔が零れるラナ。
王都の上空を飛び回るラナの髪とトロンの羽毛も相まって、【
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