9章

第301話 調味料は要るか?

 心臓の鼓動が早鐘を打ち鳴らし、緊張した面持ちで王都の門へ近づいて行く。


 前回、南門から王都に入ろうとしたら、問答無用で矢を射かけられたから、緊張し警戒するのも当然だ。


 射かけられた理由がトロンバーニンググリフォンを連れていたからだしね。


 今回も、シャイフシャドウグリフォンを連れているから、最悪の事態を想定しておかないと、矢が当たって即死する可能性は捨てきれない。


 幸い、南の街道を襲撃していたバーニンググリフォンが排除され、王都と港街との交通が再開したから王都に向かう馬車も多く、グリフォンを連れている事も列に紛れて気付かれ難く助かっている。


 ただ、グリフォンとはいえ生まれて数か月だからか、馬車の近くを通ると、馬が怯えてビクッとなる程度で済んでいる。

 未熟な御者だと制御しきれず、馬が暴走しそうで心配になるね。


 そんな検査を待つ列を尻目に、貴族側の検査の列に並んでいる。


 こちら側は馬車や馬に騎乗してる人ばかりだから、徒歩の俺は逆に目立っている気がする。


 一番大きなシャイフの背にサンダが乗っかり、時々マーヴィも乗ってたりするから、どこかの動物音楽隊のような姿になっていた。


 徒歩で目立つから、変な貴族が馬車を寄せて詰めて来たりするかと思ったが、シャイフのお蔭で馬が嫌がって前に進まず、適度に間隔を空けてお行儀よく並んでいた。


 後ろの馬車が騒がしかったから、多分そんな貴族が居たと思う。

 実害は無かったけどね。


 列が進み警備兵の検査を受けたが、半年前の事(トロンバーニンググリフォンを連れて王都に入ろうとしたら、副隊長の指示で攻撃を受けた)を覚えている警備兵もいたようで、ビクビクしながら落ち着かない様子で俺の荷物を検査していた。


 副隊長の暴走だから、俺にビクつかれてもどうにもならない。



 無事、検査をパスして王都に到着したが、ここは南門。

 角猛牛亭までは辻馬車を拾わないと、流石に徒歩移動では少し遠い。




 王都に来た人を歓迎しているのか待ち構えているのか、大通りに停車している辻馬車を見かけたので、これから乗れるか交渉に入る。

 荷台は空だし、希望の行先に乗せてもらえそうだ。


「こんにちは、客待ちの辻馬車ですか?」


「ああそうだよ、お客さんかい?」


「ええ、ダンジョンの方までお願いします」


 テイムモンスターも居る事を伝えると銀貨3枚で乗れたが、フェロウとシャイフはそれなりに大きいから、同乗を拒否されてしまった。

 マーヴィとサンダの運賃は多少取られている模様。


 ここでもシャイフが馬に近づくと落ち着きが無くなるから、荷台に乗るのは端から無理そうだしね。


「フェロウとシャイフは後から付いて来てくれ、二人だけ徒歩で悪いな」


「わふっ」「ピッ!」


 そう伝えるとフェロウは機嫌よく尻尾を振り、シャイフは嬉しそうに翼をバタつかせる。

 気にしてない様子だが、いつもより多くもふもふなでなでをして、二匹の機嫌を取ってから辻馬車に乗り込む。


「もう少しお客が乗ったら出発するよ、しばらく待ってくれるかい?」


「分かりました。マーヴィ、サンダ、こっちにおいで」


 辻馬車も商売だから、相乗り客を増やして一度の運行でより多く稼ぎたいのだろう。

 王都は人が多いから、しばらく待てばその内乗客もくるだろう。


 相乗りになりそうだし、フェロウ達の様子を見るためにも、クッションを敷いて最後尾の座席を陣取る事にした。


 夕暮れも近いし早く出発して欲しいと思いながら待っていると、ほどなくして座席の半分以上が埋まり、対面に腰かけた女の子の前にささっとマーヴィが座り込み、「なぁ~お」と甘えるような鳴き声を上げていた。


「ねこちゃんだー!」


 年のころは10歳ほどの女の子が、マーヴィの鳴き声に気付き頬を緩める。すかさず抱え上げ優しく頬ずりをし、膝の上に座らせて背中を撫で始めた。


 チラリとこちらを見て自慢気な顔をしたと思ったら、丸まって寝る態勢に入っている。

 その表情は、『女の子の膝の上を確保するくらい、お手の物よ』とでも言わんばかりであった。


 手慣れたものだなと感心していると、辻馬車の御者が出発の声を上げていた。


「それでは王城の北側まで出発しまーす! それぞれの目的地付近で馬車を停めるので、近くに来たら声をかけてください」


「フェロウ、シャイフ、出発だぞ」

「わふっ」「ピッ!」


 馬車の後方で座り込んでた二匹ものそりと立ち上がり、辻馬車が進む速度に歩調を合わせて一行は進む。





 大通りはその名に恥じない程道幅は広い。

 道路脇には辻馬車や商会の荷馬車などが路上駐車して、それらを除いても馬車四台が十分すれ違えるだけの幅がある。


 ガラガラと音を立てながら辻馬車は進み、王城と貴族街を迂回して王都北側の大通りに出る。


 その辺りからポツポツと停車を求める声が上がり、マーヴィを膝に乗せていた女の子も降りていた。貴族街付近だから、裕福な家庭の子だったのかも知れない。

 母親も一緒に乗っていたけど、自家用馬車は旦那が使っているのかな?

 それとも馬車の所有が難しいご家庭かな?


 俺が最後の乗客だったら角猛牛亭まで乗せてもらおうかと思ったけど、他にも乗客が残っていたから途中で御者に降車を告げて、角猛牛亭までは徒歩で向かった。



「ゾラさん、ただいま」


「おかえりなさい、エルくん。随分時間がかかったのね」


 いつものように受付に座り、爽やかな笑顔で迎えてくれたゾラさんは、港町の往復とだけ伝えて出発したのを覚えており、それが二か月近くも部屋を空けるとは思ってなかったようだ。


 もちろん俺もそんなにかかると思ってなかった。普通に商談と往復するだけなら二週間ちょっとで済むからね。


「色々あったんだよ。帰って来た事をウエルネイス伯爵邸に伝えたいから、また手紙を届けて欲しいんだけど」


「いつものお手紙ね。書き上がったらまた来てちょうだい」


 部屋の鍵を受け取り、一旦部屋に上がりコスティカ様への手紙を書き上げる。


 受け付けに戻りゾラさんに手紙を渡していると、まだ夕方の仕込みで忙しいはずのズワルトがやって来た。


「エルくん、お帰り。例の肉、またお願いできないかな?」


 竜田揚げに味を占めたズワルトが、グリフォン肉の催促にやって来たようだ。


 いや、味を占めたのは客の方か?

 売れ行き好調だしね。


 どちらにしてもヒタミ亭に全て置いて来たから、手元にグリフォン肉は一かけらも無い。


「明日解体に出すから、グリフォン肉が手に入るのは明日の夕方になるよ」


「それでも構わないから、分けてくれないかな?」


 夕方にグリフォン肉を受け取って、すぐに仕込みに取り掛かるつもりか……


 厨房は戦場になりそうだな。


「分かったよ、明日な明日。それと、お土産に持って来たけど、ヒノミコ国の調味料は要るか?」


「要るよ! 要る要る!」


 もの凄い食いつきだな?!


 ヒノミコ国の調味料の魅力に、ズワルトも取りつかれたか。


「塩竜田揚げばかりじゃ無くて、醤油味の竜田揚げが、ようやくお客さんに味わってもらえるんだね……」


 その時食べた分だけでも、よっぽど美味しかった記憶が残ってるのか、調味料のお土産は、喉から手が出るほど欲しいみたいだ。


 ローゼグライム王国での販売実績が無い商品で、ホウライ商会もお試しで持って来た調味料で量も少なかったから、ズワルトにお裾分けするにも試食分くらいしか無かったんだよね。


「じゃあ、いつものようにたくさん調理してくれよな」


「分かってる。任せてよ!」


 大量の料理を作る事がまるで苦じゃないみたいで、むしろ料理が生き甲斐といわんばかりに、心の底から楽しんでいるようだ。


 グリフォンの緑色の宝珠を取りに行ったし、ヒタミ亭で食材を提供したから、俺のアイテムボックスに食材のストックが殆ど無いんだよね。


 サナトスベアとかホーンバイソンの塊肉なら残ってるけど、ヒタミ亭で出すような肉じゃないし、成人してから魔力を伸ばすのに使おうと残しておきたい魔物肉なのだ。


 魔力が成長限界に達していなければ、強い魔物の肉を食べる事で、僅かに最大魔力が上昇する。

 キロとかトンもある魔物肉を、たかだか200g食べても極々僅かな成長に留めるが、毎日食べれば塵も積もれば何とやらと、多少は成長の足しになる。


 トロンのテイムで魔力不足のラナに毎日食べさせたいところだけど、今の環境じゃラナに食べさせようと思ったら、コスティカ様や他の使用人にも食べさせないといけないだろうから、相対的にラナが食べる量が減り効果が見込めないんだよね。





 角猛牛亭の食堂で夕食を済ませ、部屋に戻り旅で疲れた体を休め、翌朝を迎える。



 食堂に降りると開口一番ゾラさんが……


「エルくん、いつものお迎えが来てるよ」


「ゾラさん、おはよう。そしてありがとう」



 うん、分かってた。




 最近のコスティカ様は、手紙の返事より迎えの馬車の方が早く来るからね!

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