第300話 金は持ってるのか?

「始めッ!!」


 ヴィラさんが高々と上げていた手が一気に振り下ろされ、それを合図に【輝く魔銀】も動き始める。


 三馬鹿は筋力が足りて無いのか片手剣を両手持ちにして、右肩に担ぎ上げるかのように振りかぶり、その構えのまま走り始めた。


 どうやら近づいたら、俺の頭上に一気に振り下ろすつもりらしい。


 一気に詰め寄るのではなく、三方から襲い掛かるように、中央は少し足を遅らせ、左右が少し前に出るようにタイミングを合わせて近づいて来る。


 あとから加わった三名は、中衛と後衛らしく弓が一人と槍が二人で、槍二人は三馬鹿の間から槍を突き出せるように、一緒に前に向かって詰め寄っている。


 近接武器を構えた五人がちょうど壁のようになって、弓を持った後衛の姿を隠していた。


 その場で待機して弓の曲射で狙い打たれるのも面白く無いので、前衛中衛が壁になっている内に後方寄りの左方向に駆け出す。

 五人が包囲するタイミングを崩す事になるし、三馬鹿の一人が一番前に来る事になるし、同時に槍の穂先が三馬鹿の背中で突けなくなるしね。


 まずは手前の一人の足元を狙い、効果時間の短い小さな土壁を立ち上げ、転倒を狙う。


「ぐべっ?!」


 見事に足を引っかけ、勢いよくすっころんだ三馬鹿の一人は、両手で剣を握ってたせいもあって、両手で受け身を取ろうと地面に手を突こうとして握ってた剣を手放し、ぶん投げるように片手剣が飛んできた。


「あぶねっ?!」


 縦に回転しながら飛んでくる剣は軌道が読めず、頭から前方に倒れ込み滑り込むように必死に回避した。


 あんなのでも当たれば死亡判定になる。


 Dランクが相手だと思い、俺も相手を舐めていたようだ。


「 コケた奴は死亡!」

「なんでだ?! くそっ!!」


 ヴィラさんの判定が無情にも響き渡る。

 三馬鹿の一人は、倒れた姿勢のまま悔しそうに地面を殴りつけていた。


「あいつも地面を滑ってたじゃねぇか! 死亡判定じゃないのか?!」


 ヴィラさんには『~ッス』発言してたのに、こういう時は普通に喋るのな。


 土壁で体勢を崩しても死亡判定になったのに気を良くし、さりとて予想外の攻撃に気を引き締める。


 弓に狙われないようにすかさず立ち上がり、さらに左に移動する。


 シュッ!!


 先ほどまで立っていた位置を、先端に布を巻きつけられた矢が射貫いて行った。

 弓使いの狙いは正確なようだ。


 俺を追いかけようとする前衛と中衛の四人が、一塊になったところへ手加減した散弾魔法をぶっ放す。


「「「ぐぽっ?!」」」


「今攻撃受けた三名は死亡だ!」


 結果を見ないで更に左へ移動しながら、前衛が減り狙い易くなった弓使いを見定め、球体の土魔法で狙い打つ。


 構えた弓を巻き込みながら、弓使いの腹部に土魔法が突き刺さる。


 メキメキッ!!

「ぐぶわっ?!」


「弓使いは死亡!」


 模擬戦の弓は自前で、矢だけが模擬戦用か?

 弓が壊れた分赤字だな。


 模擬戦を仕掛けて来た側に同情する気は無いが、まだ終わった訳じゃ無いから、最後の一人を探す。


 カランッ


「………降参だ」


「そこまで! 勝者エル!!」


 散弾魔法に巻き込まれた三馬鹿の残り二人と槍使いが一人が死亡判定を受け、弓使いも倒された事で、残る一人の槍使いだけじゃ勝機が見込めないと判断し、俺の魔法を受ける前に槍を手放し降参を宣言していた。


「くそっ! なんで六対一で負けるんだよ?!」

「ガキに負けるなんて【輝く魔銀】弱すぎだろ!」

「誰だよ『テイムモンスターが強いだけの冒険者』なんて言ったヤツは!」


 一応作戦立てて連携していたし、弱いって訳じゃないんだろうけど、魔物相手の作戦だったし、対人戦の経験が少ないんじゃないかな?


 魔物が相手なら突っ込んで来るから、取り囲むように攻めるのは間違っていないと思うし、先に後衛の弓を当てて動きを阻害してから前衛が攻撃に移ればもっと良くなるけど、俺が指導するような事じゃ無いな。


「良く聞けお前等! 【輝く魔銀】は情報収集もしていたようだが、相手の見た目で侮り、油断したから負けたんだ!」


「確かに本人が強いなんて噂は聞かなかったッス……」


 前回のスタンピードでそれなりに活躍したはずだが、冒険者ギルドでは噂になったりしなかったんだろうか?


 冒険者ギルドに立ち寄らず、代官様から直接依頼で仕事を受けたけど……


「それにエルは、王都では名の知れた二つ名持ちの冒険者だ! 【番狂わせアプセット】や【昇格試験】と呼ばれている! まともに情報収集してる冒険者なら、安易に喧嘩を売ったりしないだろう」


 ヴィラさんが、俺に喧嘩を売らないよう冒険者達に説明しているけど、二つ離れた街にあたる王都の噂なんて、ここまで入って来ないんじゃないのか?


 それを聞いて野次馬たちが、騒めき始める。


「二つ名持ちだと?!」

「くそっ! 知ってたらガキに張ったのに!!」


「知ってたら売らなかったッス。……完敗ッス」


 乱闘する様子も無かったし、イキって模擬戦仕掛けて来ただけだから、高級肉代は手加減しておいてやるか。

 高級肉の代金払わせたら確実に借金奴隷行きだし、反抗的なDランク冒険者なんて、誠意も実力も無さそうで雇う気も失せる。

 持ち合わせも少ないっていってたし、自腹で払える範囲の肉を出す事にするか。


「それで【輝く魔銀】はヒタミ亭で食事できる程度に、金は持ってるのか?」


 金ないから模擬戦で肉食わせろ!

 という状況だったが、全くの文無しという訳じゃ無いだろう。

 懐具合を確認しておこう。


「多少はあったッス。けど、模擬戦の賭けで無くなったッス」


「………」


 一文無しかよっ!!


「エル、こいつ等はギルドで何とかする。なるべく安い食事で勘弁してやってくれ」


 冒険者ギルドが立て替えて、借金返済の間に塩漬け依頼でも熟させる、ギルドにとって便利に使える駒にするのか。


 ヴィラさんは俺への不用意な干渉を減らす為と、ギルドの利益の為に模擬戦に誘導したのか。


 上手く使われてしまったようだね。


「ヴィラさんがそういうならお任せします。あと賭けの元金だけ返してください。残りはヴィラさんに預けるので、冒険者に飯でも奢ってやってください。【輝く魔銀】が自腹なのは変わりませんけどね」


「よし、お前等聞いての通りだ! 今夜はヒタミ亭でタダ酒を振舞ってやる! 俺の儲けもつぎ込むから、たらふく食って飲んで騒げよ!」


「「「おう!」」」

「やったぜ!」

「ギルマスは話が分かるぜ!」

「飲むぞー!!」


 賭けに負けているのも忘れて、盛り上がり出す冒険者達。



 元をたどれば、お前達から巻き上げた金だけどね!



 あとヒタミ亭で遅くまで大騒ぎするのはやめてね。

 俺が寝れなくなる。




 熱気冷めやらない訓練場を後にし帰ろうとしたら、話があるからとヴィラさんに捕まってしまい、ギルド長室まで連行されてしまった。


「それで話ってなんですか?」


「警備隊から治安に関する連絡を受けてな……、エルにも関係する内容だから聞いてくれ」


「分かりました、聞かせてください」


「簡単に説明すると、ヒタミ亭に襲撃をした【暁月の竜】の主要メンバーが捕まった。尋問の末、複数のアジトを潰し壊滅させたそうだ。検挙を逃れた残党が居るかも知れないが、目立つような組織的な動きはできないだろう」


「ヒタミ亭に危険が迫らなくなるなら良かったです」


「それらを主導していた【プージョル商会】も、関係性が発覚し領軍も動いて一斉に捕縛された。商会を運営していた上層部が居なくなり、事実上閉店に追いやられた。こいつらがヒタミ亭に嫌がらせをしていた大元だな」


 ヒタミ亭を取り巻く環境が、改善したようで良かった。

 妨害を受けてパンを売らなくなった店や、肉を売らなくなった店と再取引きするかはドナート達任せよう。

 パンを購入したら、パン粉とホットドッグを再販できるくらいか。


 嫌がらせを受けてから米を使うようになったし、パン粉がすぐ切れたから、素麺を代用してカダイフ天使の髪のように巻きつけ、揚げ衣代わりに纏わせたりしてたしね。

 パンを使うメニューは減らさざるを得ない状況になってた。


 ヴィラさんの説明で、ヒタミ亭の安全が確保される事が分かり、後の事はドナート達に任せても大丈夫そうだ。




 これで俺も、ようやくこの街を離れる事ができる。




 ヴィラさんが連れて来た冒険者達が、大騒ぎしてから数日が経つ。

 ヒタミ亭に嫌がらせにくる破落戸も襲撃者も居なくなったようで、そろそろ王都に戻る支度を始めた。




 そして王都へ出発の日を迎え……


「エル、王都に行っても元気でな」


「ああ。ドナートもヒタミ亭を頼んだぞ」


「おう!」


 オレに任せろと胸を軽く叩くドナートと握手し、困難を乗り越え成長と頼もしさを感じながらヒタミ亭を出発した。

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