第299話 エルは殺すなよ?

 奴隷を購入してから数日が経ったある日の夕方。


 冒険者ギルドで解体に出したグリフォンの前半身の肉塊を預かり、買取査定が書かれた獣皮紙を解体場で受け取った。


 買取清算書には、魔石や後半身の肉を買い取るといくらになるかが書いてある。それを持って清算カウンターでお金をもらうのだが、王都のダンジョン支部のように冒険者が多いギルドと違って、この街では受付嬢が清算も行っている。


「いらっしゃいませ。ご用件は?」


「こんにちは。清算をお願いします」


 受付カウンターに近づき、解体場で受け取った査定額が書かれた紙を受付嬢に渡す。


「畏まりました、お預かり致します」


 ヒタミ亭のグリフォン肉の消費に合わせて、2、3日で解体を任せにギルドに来ているが、この受付嬢が一番丁寧に対応してくれるから、最近はずっとこの人にお願いしているのだ。


 査定に基づいて代金を受け取り、踵を返して出口に向かおうとすると、道を塞ぐように革鎧を身に纏った冒険者が三人並び立つ。


「お前さん、見てたが羽振りがよさそうじゃねえか」

「依頼も受けて無いのに、なに金を受け取ってるんだ。賄賂か?」

「ガキが生意気なんだよ!」


 俺が清算してるところを見て、子供が大金をせしめてるとでも思ったのだろうが、ギルド内でやるような事じゃ無いぞ?


 チンピラがカツアゲに来たとしか思えないんだが?


「お前達には関係ないだろ、邪魔だから退いてくれ」


「知ってるぞ、お前美味い肉を出す店のヤツだろ」

「俺達にも美味い肉食わせろや!」

「極上の肉をな!」


 どこかで噂を聞いたのか、サナトスベアの肉が目当てのようだ。


 でも、こいつ等じゃ金払えそうに無いだろうし、適当な肉を大銀貨数枚で出して誤魔化すか?


 あと微妙に話が通じるところがムカつくな。


 刃物を見せびらかすでもなく、手を出して来そうに無くて、乱闘にならなくて良さそうだけど……


 この手の連中と話し合いとか、長くなりそうで面倒だな!


「食いたいなら金を払え。あと店に行けよ」


 取り合えず要求を突っぱねて、相手の出方を見定める。


 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、肉が食いたい欲求を露わにする三人組。

 周囲の冒険者も、待合いスペースで賭け事の相談でもしてるのか、チラチラとこちらを見ながら何やら話し合っている。


 ここの冒険者ギルドには、か弱い少年に手助けしてくれるような、正義感が溢れた冒険者は居無さそうだ。


 まあ、自由が売りの冒険者だし、全ての物事は自己責任とはいえ、街中でのルールは守ってもらわないと、非道な行いに対して反撃するのも自由だからね。


 そろそろ暴れたそうにフェロウが唸り声を上げたところで、聞き覚えのある声がロビーに響き渡った。


「お前等そこまでだ!!」


 魔力を身に纏い身体強化の魔法をかけ、気休め程度には防御を固めてから、チラリと声がする方に目線を向けると、そこにはギルドマスターになったヴィラさんが、二階の手摺から身を乗り出して制止の声を上げたようだ。

 その傍らにいつもの受付嬢さんが控えている。


 どうやら諍いになりそうだからと、ヴィラさんを呼びに行ってくれたようだ。



 正義の使者はここに居たか。



 視線を戻し気を引き締めるが、三人の視線はヴィラさんに注目したままだった。



 隙だらけだし、これは殴っていいのか?



 注意を引き付けるためにワザと足音を大きくあげ、ヴィラさんがこちらに近づいて来た。


「お前等、ギルドで暴力沙汰を起こす気か?」


 迫力のある顔を近づけ、怒気の混ざった声音で三人組に迫り寄るヴィラさん。


 流石にギルマス………というか巨漢にそんな風に迫られたら、三人組も腰が引けていた。


「ち、違います! こいつに美味い肉を食わせろ! って言っただけッス!」

「「そ、そうだっ」」


「そうなのか、エル?」


「今のところはそうですが、ギルドを出るのを邪魔してるのは変わらないですね」


「お前等子供に絡むな、退いてやれ」


「美味い肉を食わせてくれるなら退くッス」


 先ほどまでと違い、下っ端感たっぷりの口調で、ヴィラさんに返事をしている三人組。


 そんなに食べたいなら、お金を払えば食えるだろっ。


「だとよ、エルどうする?」


 暴力沙汰にはなら無いと判断したヴィラさんは、落ち着いた声音に戻し、俺に判断を委ねて来た。


 俺は当たり前の返事を返す。


「店に来てお金を払うなら、いくらでも食べて行って下さい」


「模擬戦で勝ったら食わせろ!」


 何だそれ?


 俺に受けるメリットが一つも無いんだが?


「エル、面倒くせぇから受けとけ。あと、お前等は負けたら借金奴隷にでもなって金払って食え」


「はあ、分かりました。ヴィラさんがそこまで言うなら、模擬戦やりますよ」


 腑に落ちないが、向こうもある程度納得しなければ、ギルドから出るのを延々と邪魔されそうだしね。


 訓練場に場所を移し、模擬戦を始める事になった。


「よっしゃー! 模擬戦の成立だ!! お前等どっちに賭ける?!」

「子供相手に【輝く魔銀】だろ、賭けが成立するのか?」

「どっちもどっちだろ、止めとけ」


 冒険者三人組は、実力が知られているパーティーのようだ。



 ……強く無い方向で。



「魔物を出すなよ? 人間同士の模擬戦だからな?!」

「魔物の攻撃が凄いらしいからな!!」

「子供だけなら勝てるぜ!!」


 フェロウが参加せず俺だけが相手なら、余裕で倒せる自信があるようだ。


 模擬戦が成立してから条件出して来るのは、おかしく無いか?


 美味しい魔物肉を出してるとか、フェロウが強いとか、それなりに情報収集はしているようだ。

 その対策が、模擬戦にテイムモンスター抜きで、っていうのが対策といえるか知らんけど。


「エル、テイムモンスター抜きで相手してやれ」


「分かりましたよ」


 ため息が漏れそうになるが、野次馬たちの間では、ようやく賭けが成立したようだ。


 もちろんテイムモンスター抜きで戦う、俺のオッズが高いようだが?


「お前等【輝く魔銀】だったな? 面倒くせぇから全員まとめて出て来い。一度で終わらせる」


「「「は?!」」」


 道を塞いでた三人の冒険者が、呆気にとられた顔している。


 それもそのはず、子供だけが相手で余裕だった思っているところに、子供一人対【輝く魔銀】全員で袋叩きにしろと、ギルドマスターが指示してるんだからね。


「ヒャッハーッ!」

「ギルマスは気前がいいぜ!」

「俺達に有利な条件を付けてくれたぜ!」


 自分たちが有利な条件がますます増えると、一気に気勢を発揮する道を塞いだ冒険者達。


 三人の冒険者、いやもう三馬鹿でいいや。

 三馬鹿が調子に乗るのも当然だな。数が多い方が有利なのは自然の摂理だ。


「お前達! これでも賭けねぇのか?!」

「オレは【輝く魔銀】に大銅貨1枚賭ける!!」

「【輝く魔銀】で決まりだな! こっちは銀貨1枚だ!!」

「これで賭けが成立するのか? 【輝く魔銀】に手堅く賭けるがな」


 野次馬たちが次々と【輝く魔銀】側に賭けている。


「賭けにならねぇぞ! 誰かガキに賭けるヤツはいねぇのか?」


「賭けが成立するように助けてやるよ。自分に張るよ」


 外野で待つフェロウ達のところに置いたリュックに近づき、リュックを漁る振りをして金貨を一枚取り出す。

 それをヴィラさんに放り投げて渡した。


「ヴィラさん、俺の方に張ってください」


「分かった。ならオレもエルに乗ってやるよ。金貨二枚エルに賭ける!」


 ヴィラさんが金貨二枚を野次馬たちに見えるように掲げ、胴元をやってる冒険者に手渡している。


「新しいギルマスが、気前よく奮発してくれたぞ! これでも賭けねえヤツはギャンブルなんて止めちまえー!!」


 いや、ギャンブルやらないから、初めから賭けないんだろっ。


 前提が違うっ。


 ヴィラさんが一段と盛り上げたから、賭ける冒険者も増えたが、その殆どが【輝く魔銀】側に賭けていた。


 ミスティオの冒険者ギルドのヘイダルさんのように、攻撃魔法禁止とかいわれて無いし、三馬鹿相手なら余裕がありそうだな。


「それじゃ始めるぞ。【輝く魔銀】は全員横に並べ」


 ヴィラさんの指示で、三馬鹿が訓練場の中央付近の俺と対面する位置に立ち、野次馬の中からぞろぞろと、木剣を手にした三人が混ざって来た。


 俺が不思議に思ってると、審判をやりに前に出たヴィラさんが口を開いた。


「こいつ等、Dランクパーティー【輝く魔銀】は六人組なんだ。一人ずつ六回も戦闘するの面倒だろ?」


「それはそうですが……」


 一度に片付くのはいいけど、人数多くね?


 賭けで外野がざわついてる。

 金貨二枚を俺側に投入しても、最終的には【輝く魔銀】優勢で成立しているようだ。


「よし! 武器を落としたり一撃を受けたら死亡判定だ。降参は武器を捨てて自ら宣言しろ。あとエルは殺すなよ?」


 審判役のヴィラさんが、模擬戦のルールを説明してる中で、『エルは殺すなよ?』っていうのは【輝く魔銀】に『袋叩きにするにしても加減しろよ』って意味じゃ無いよな?


 俺に手加減しろという意味でいったのなら問題無いが、【輝く魔銀】がDランクだけど影の実力者だったりしたら、俺の負けフラグになるぞ……


 いや、でも、ヴィラさんは俺の方に賭けてたし、その線は薄いかも。





 まあ、なんにせよ、俺達の戦いはこれからだ!

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