第298話 10人も必要か?

 襲撃者をマーヴィが返り討ちにしてから数日が経ったある日、警備隊から手紙が届けられた。


 内容を確認すると、徴税官が連れていた護衛が王都へ移送されるという内容だ。



 被害者向けの優先購入権らしい。



 というより借金の額が多すぎて返済不能になるから、買取って、殺す以外の方法で好きに恨みを晴らしなさい。という配慮か?



 捕縛した護衛達は、食い逃げについては借金奴隷になるという事で話が付いてるから、『踏み倒そうとして暴れた』という理由での拘留だ。

 要するに、酔っ払いが喧嘩して『一晩反省しなさい!』と警備兵に連れて行かれて留置所に放り込まれた状態にあたる。


 示談に基づいて奴隷になるのだが、首輪を付けるのに一度王都に運ぶ必要があるらしい。

 首輪の付いた奴隷の名義変更はこの街でも可能だが、新規奴隷は王都に限定されている。

 手間を増やして安易に奴隷を増やさないという、王国エロ大王の方針だね。



「よし! ドナート、出掛けるぞ!」


「おう。いってらっしゃい」


「いや、おまえもだ!」


「オレも?!」


 食堂の主という役割が板についたのか、自然といってらっしゃいを口にするドナート。

 彼を連れて、警備隊本部へと手続きに向かう。



 白亜の城。

 では無いが、白を基調とした建物で、警備隊の誠実さを表しているようだ。


「でっかい建物だなぁ」


 その荘厳な建物を見上げて、思わずぽっかりと口が開いてしまい、放心したように見つめるドナート。


 この街を守る隊員は、かなりの人数に上るだろう。

 それだけの人員を抱える建物は、それなりに大きくなるのは当たり前だ。

 何せ、門を守るだけじゃなく、貿易港として海外の玄関口にあたる訳だし、その警備も厳重になるというものだ。


「見とれてないで、中に入るぞ」


「お、おう」


 中に入ると小さな受付窓口のような場所があり、誰がどう見ても無人になっていた。


 そりゃあ、商業ギルドや冒険者ギルドのように人の出入りが激しくて、何を処理するにも受付嬢と対面して手続きをするのと違い、警備隊は事件が起きてから始まる仕事だ。

 警備隊が詰めている場所に駆けこんで来る人が居ない方が、街は平和だってことだね。


「このベルを鳴らすんじゃねえのか?」


「そうみたいだな」


 チリンチリンチリン……


 受付に置かれたハンドベルを目ざとく見つけたドナートは、さっそく呼び出そうとベルの柄を握りしめた。


 釣り鐘状の本体の内部にある、振ると動くクラッパーが鐘を叩き、金属を打ち鳴らす高音が、弾けるような綺麗な音色を奏でている。


「はいはいはい、聞こえてますよ~」


 受け付けの裏に事務室でもあったのか、ベルの音が聞こえた事務員が窓口までやって来た。


「いらっしゃいませ。事件ですか、事故ですか?」


 営業スマイルを浮かべた、まだ若そうな女性事務員が、定型文でも定められているのか、滑らかな口調で慣れた台詞を口にしていた。


「俺達は呼び出されたから来たんだ。担当の人を紹介してください」


「あなた達を呼び出し?」


 子供を呼び出すなんであり得ない。とでもいいたげな表情で小首を傾げているから、ヒタミ亭に届けられた警備隊からの手紙を取り出す。


「こちらをご覧ください」


「拝見します………。たしかに呼び出されてますね。この案件でしたら私が処理できます」


 徴税官の護衛達と対面しながら手続きをするんじゃないのか。

 事務手続きだけなら、ドナートは連れて来なくても良かったかな?


「さっそく手続きをしたいのですが?」


「資料を取って来るので、少々お待ちください」


 一言断って、女性事務員は事務所に書類を取りに引き返して行った。


 事務員だからといって、関係書類を全て覚えている訳じゃ無いしね。

 お金が関わる事だから、間違いが起きないように必要な資料を取り寄せるくらい待ちますよ。


「なかなか戻って来ないな……」


 連れて来られた理由が分からないから、ドナートが退屈そうにボヤいている。


 連れて来た理由を説明して無いしね!


 ヒタミ亭に嫌がらせをしていた破落戸を、大量に警備詰め所に送り込んでいるから、それ関連の書類に忙殺されてるんだろう。


「お待たせしました。借金奴隷に同意している10名が該当します、いかがなさいますか?」


「全員購入します。ここに居るドナートの名義で」


「はあッ?!」


 目を剥き顎が外れるんじゃないかというくらい大口を開け、麻痺魔法にでもかかったかのように動きを止め、小刻みに震えるドナート。


 期待以上の驚愕フェイスを見せてくれて嬉しいよ。


「畏まりました。優先購入権の行使という事で、本来、一人当たり大金貨12枚のところ、11枚でお買い求め可能です。どなたを購入なさいますか?」


「10名全員購入します」


「おい、エル! どこからそんな大金が出てくるんだよ?! それにオレがその奴隷を使うのか?!」


「戦闘経験のある奴隷は普通に高値が付くだろうし、ヒタミ亭の警備も必要だろ。奴隷なら裏切られる心配も減るし、安心して任せられるだろ?」


「いやまあそうだが……、10人も必要か?」


「10人もいたら反りが合わないヤツとか、使えないヤツとかも居るだろ?

 ドナートが駄目だと判断したヤツは、地引網漁の人足にでも回せばいいさ」


「それならまあ……、やってみるか」


「お話しは済みましたか? 全部で大金貨110枚11億ゴルドになります」


「ああ、その前に、その人達は大金貨5枚5,000万ゴルドの証文を所持してますよね?」


「資料を確認します。………確かに所有してます」


「それを額面通りで買い取りたいので、本人と交渉していただけませんか?」


 徴税官が半分強奪したサナトスベアの肉は、罪を軽くするために食事代の半額負担という証文を書いて、護衛達からの訴えを取り下げさせている。


 その証文を買い取って、借金奴隷になる前に負担を減らそうという配慮だ。

 もちろん本人の同意が無ければ買い取れないけど、借金の返済額が減るんだから普通に飛びつくだろう。


 俺がその証文を買い取るのは、方々ほうぼうで恨みを買ってそうな徴税官に、地味な嫌がらせをする為だ。

 その証文をオークションに出品すれば、恨みのある金持ちが買うんじゃないかという想定だ。


 証文を形に、多数の護衛を引き連れて、盛大に威圧しつつ返済を求めるとかね。

 どれくらい資産を保有してるか知らないけど、資金が尽きたら徴税官も借金奴隷になるだろうし、金額に見合う程度には楽しめるだろう。


 喜んで買うんじゃないだろうか?




 そんな事を考えていたら、戻って来た女性事務員の手元には、大金貨5枚の証文が10枚揃っていた。


「10名全員、証文の買い取りに同意なさいました。証文の購入に大金貨50枚と、奴隷の購入に大金貨55枚。合わせて大金貨105枚になります」


 大金貨100枚の入った革袋一つと、大金貨5枚を事務員に手渡す。


 枚数が多いので数え間違えないよう、慎重に作業をしている。


 奴隷購入費用が5,000万ゴルドも安くなったな。

 借金の額が多かったせいもあるけど、手数料だけでどんだけ取られてるのやら。


「本当にエルは金持ってるんだな……」


「命懸けの冒険してるからね」


 決め顔流し目で僅かにドナートの方に顔を向けたら、胡散臭そうな目で見返された……



 はい、嘘です。


 所持金の大半は、貴族を嵌めてせしめましたよ!



 奴隷一人一人の購入済みを証明する書類を受け取り、諸々の手続きが終わったところでヒタミ亭へと戻る事にした。

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