第297話 証言をしますか?

 ボルティヌの街の代官ガルドルクside






 警備隊からの報告書は、『ヒタミ亭を襲撃した実行犯、【暁月の竜】の潜伏先を特定し捕縛した。現在尋問を行い背後関係を調査している』と簡潔に記されていた。


「ヒタミ亭か……。先日徴税官が押し入って、それらも捕縛されていたな。ヒタミ亭に何があるというのだ……」


 美味い飯に希少な肉もあるか。


 先日、料理長に調理させたサナトスベアの肉は、魔物肉というのもこの街では珍しくやや癖はあるが、今までの会食の中でも至高の肉と呼べる程、極上に美味い肉であった。


「あの肉が味わえるとなれば、目の色を変えて襲うかもしれんな」


 一度、尋問の様子を確認しておくか。


「警備隊の視察に出る」


「行ってらっしゃいませ」


 執事に行先を告げ、先ぶれと馬車の手配を済ませ、代官屋敷から警備隊本部に向け出立する。

 各詰め所にも留置所はあるが、一時的な拘留に対応した設備でしかなく、牢に収容されているなら本部しかない。


 しばらく馬車を走らせると、警備隊本部の建物が見えて来る。


 敷地は高く立派な塀に囲まれており、収容した罪人を絶対に逃さないという、強い意思が感じられる。



 警備隊本部の建物に入り、先ぶれを出してある事もあり、名前を告げると警備隊長の下へと案内された。


「こちらが隊長室になります」


 案内人がそう説明し部屋の扉をノックし、中の人間に向け声をかけた。


「代官様がご到着されました」

「入ってもらいなさい」

「畏まりました」


 短い会話の末、命じられるまま扉を開き、隊長室へと入った。


 警備隊本部に用のある貴人は居ない。


 居たとしても私のような代官か、領主のベッテンドルフ伯爵くらいのものだ。領政に関わる者しか訪れない。

 要するに身内の訪問しかないのだから、飾り立てる必要性は全く無いのだ。

 したがって、隊長室の備品も簡素なものが採用され、殺風景な部屋に執務机と、客人を持て成したり打ち合わせができるテーブルとソファーが配置されていた。



 ソファーに腰を降ろし、警備隊長と対面する。


「こんにちは、代官様。本日はどのような用件でしょうか?」


「ああ、ご苦労。警備隊長、ここに足を運んだのは徴税官とその護衛、それに【暁月の竜】を捕縛したと報告が来ていた。その後の尋問の結果を聞きたい。事件の経緯を詳しく説明してくれたまえ」


 私は警備隊長に、詳細の説明を求めた。


「徴税官については立場と爵位があるため、拘留するに留めております。その護衛達は食い逃げと暴行未遂ですが、被害者とは借金奴隷になる事で示談が付いています。

 そして護衛10名から雇い主である徴税官へ、強盗の被害届が出されています。

 最後に【暁月の竜】ですが、尋問はこれからです」


「なぜ徴税官の護衛が、被害届を出すような事態になっている?」


「徴税官が全員の食事代を支払えなかった事で、護衛の食事代は個別に支払う事になりました」


「それだけでは強盗にならないだろう?」


「しかし、個別の支払いが決まる前、徴税官が護衛達のメインディッシュを半分強奪しました。本来であれば、徴税官が護衛の食事代も支払えば問題なかったのです」


「自分で支払う事になったため、メインディッシュを半分強奪した件が、強盗として処理されるのか」


「そうなります。それに徴税官といっても、その身分を示すものを持たず、今のところは自称徴税官として処理しています」


「……経歴詐称か。私が徴税官と話しても構わないか?」


「構いません、向かいますか?」


「そうしよう」


 警備隊長に罪人の収容場所へ案内され、途中、封鎖された場所を警備隊長が、一言二言看守に話しかけて扉を抜け、鉄格子の中から異臭を放つ空間へと場所を移した。


 その中に、格式高い細工が施された家具が配置された、ひと際豪華な牢があり、法衣男爵の徴税官がソファーで寝ころんでいた。

 身分の高い者を収監する、貴人専用の牢のようだ。

 どうやって狭い入り口から牢に入ったのか不思議でならないほど、まるまると太っている



 ガンッ!!



「起きろ!」


 警備隊長が目覚まし代わりに鉄格子を蹴り飛ばし、その音と声で徴税官の覚醒を促した。


「う…、うん…? ……ここは?」


 ガンッ!!




 まだ寝ぼけているのか意識がはっきりと覚醒していない徴税官に、再度鉄格子を蹴りつけ、目覚めさせた。


「はっ?! ここは…、牢屋のままか」


 ゴンッ!!


「いい加減目を覚ませ! これより尋問を始める」


 警備隊長が鉄格子を叩き、尋問の合図とした。


 取調室にでも移送してから尋問を始めるのかと思ったが、貴人用の牢屋は隔離されており、このままでも他の犯罪者に会話を聞かれ、口裏を合わせられる心配はなさそうだ。


「ベラスコイト法衣男爵。あなたは食い逃げ、恐喝、暴行幇助、詐欺、強盗、職歴詐称。以上の罪で裁かれます」


「他も覚えが無いが、私は職歴詐称なぞしていない!」


「あなたの荷物の中にあった女神カードで、法衣男爵なのは確認出来ました。ですが、徴税官を証明する物はありません」


「ヒタミ亭の小娘から【任命書】を取り戻して来い! それではっきりする!」


「ここからは私が代わります」


 警備隊長に代わり、私が彼を追い詰めてみましょう。


「はっ!!」


「という事は、貴方は【任命書】を持たず偽称を行い徴発したと、自らの証言となりますね。警備隊長、今の台詞を記録してください。

 ましてや警備隊は強盗では無いので、他人の所有物を奪い取りはしませんよ」


 畏まりましたと神妙な顔つきで、手元の資料に書き留めている。


 警備隊が徴税官の為に、【任命書】を取り戻しに行かない事を仄めかし、先ほどので刑の大小はともかく、罪人になる事は確定だ。


「ま、待て! 【任命書】が私の所有物だったと証明できればいいのだな?」


「それを証言できる人が居ますか?」


「王都の屋敷に連絡を取れば、使用人が証明する!」


「奴隷は物ですから、それ以外の使用人は居ますか?」


「……ぐぬぬ」


 使用人は全員奴隷所有物か……


 物の証言は無効だ。

 そもそも主に逆らえないのだから、たとえ嘘でも主に有利な証言しかせず、信憑性の欠片も無いから証明にはならない。


 確実に証言しそうな相手が、そこにしかいなかったのだろう。


「それなら護衛だ!」


「元護衛とはいえ、あなたが強盗した相手が、有利になるような証言をしますか? 確認して違うといわれたら、その証言を採用しますよ。被害額を補償しなければ無理じゃないですか?」


「分かった。護衛に大金貨5枚の弁済をする!」


 護衛からメインディッシュを半分強奪分の、弁済する証文を部下に用意させ、徴税官がそれにサインを済ませた。


 ただ、弁済をしたとしても護衛から恨みを買っていたら、10人全員と食い違う証言が出る可能性はある。

 その時は確証が持てず護衛の証言は無効とし、【任命書】の所持をが居なくなるだけだ。


 警備隊長に命じ、部下に護衛から証言を取らせに向かわせた。


 結果を待ったが、予想通り証言に食い違いが見られた。


「現時点では、あなたを徴税官と証明する手立ては無く、徴税官を詐称する法衣男爵として扱います」


「なんだと?!」


「警備隊長、国王陛下直属である徴税官では無いようなので、手加減は必要ありません。

 誰に指示されてヒタミ亭で徴税を行ったか背後関係の調査と、この街の他の商会などに、苛烈な租税の取り立てを行っていないか、吐かせて下さい。死ななければ問題ありません」


「ははっ!!」


 私の権限で貴族を裁く事は出来ないが、これだけ罪を重ねていれば、捜査協力という名の証言を引き出す事は可能だ。


 それが終わったら王都へ送り、徴税官の処分は国王陛下の沙汰に任せよう。






 それから数日が経過し、警備隊の尽力により徴税官、【暁月の竜】は共に、プージョル商会会長が裏で手を引いていた事が分かった。

 大商会のを相手に大捕物になる為、領軍をも動員して一斉逮捕に踏み切った。


 徴税官の苛烈な摘発により潰された商会も、プージョル商会の指示によるもので、ボルティヌの街の経済に大きなダメージを与えられていた。


「諸悪の根源の捕縛。それに【暁月の竜】の壊滅。街に蔓延る悪が排除でき、ボルティヌの街も今以上の発展が見込め、未来が楽しみだ!」



 ガルドルクの顔には、やり切った達成感と晴れやかな笑顔が浮かんでいた。

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