第296話 目が無かっただけか?

 フェロウが匂いを辿りつつ、犯人の痕跡と思しき這いずった跡を追跡すると、路地裏の一角に建てられた、周囲より大きい立派な建物に行き着いた。


「この辺りは子供が立ち入るような場所じゃ無いな。明け方で悪党共も寝静まっているのだろう、場所は覚えた。応援を呼んでから突入する、一旦戻るぞ」


「そうですね。フェロウ、もういいぞ」

「わふっ」


 念のため魔力探知で建物内を探ると、いくつかの反応があり、何者かが潜伏しているのは間違いなかった。


 道すがら泥酔した酔っ払いが道端で寝てたり、怪し気な相談をしてそうな破落戸がたむろしてたりと、この辺りの治安が悪いのは見て取れる。


 幸い、制服を着た警備兵が傍に居るから、絡まれたりはしないけどね。





 警備兵の上官と共にヒタミ亭に戻った。


「襲撃者の潜伏先を突き止めた! 検分の続きは後だ! 遺体はマジックバッグに収納し、この場は撤収するぞ」

「「「はいっ!!」」」


 上官は部下に指示を出し、次の予定の為に、この場を離れる事を伝えていた。


 あらかじめ。ドナートが通報時に遺体の事を説明してあったのだろう。

 持ち帰る為に、マジックバッグを用意してあったようだ。


 警備隊の備品らしく、魔石交換型のお安いマジックバッグだ。


 首と胴体の組み合わせなど気にしていないようで、無造作にマジックバッグに次々と放り込まれ、乾き切った血しぶきと、乾き始めた血だまりだけが残された。


「捜査協力に感謝する。非はあちらにあるのは明白だが、事情聴取する事もある。その際にはまた協力してくれたまえ」


「分かりました。その時にでも【暁月の竜】?の活動内容やヒタミ亭を襲った目的なども聞かせてください」


「ああ、君は当事者だ。望むなら、話せる範囲で事情説明はしよう」


 この後、大捕物が待っているからと、部下を連れて忙しそうに立ち去って行った。




「取り合えず、軽く水を流してから朝食にしようか」


「そうはいっても、厨房が使えないんじゃ朝飯作れ無いぞ?」


「俺の手持ちの中から軽食を出すよ、食堂で食べよう」


 血が固まる前に、俺の水魔法で大量の水を生み出し、床の血だまりをさっと押し流す。


「エルが居ると便利だな。ずっとここに居てくれてもいいんだぞ?」


「俺はヒタミ亭の経営に関わるつもりは無いから、基本的にドナートがこの店の舵取りをしてくれよな。困ったら、ルドルツにいくらでも相談してくれて構わないし」


 正直なところ、ヒタミ亭が黒字だろうが赤字を出そうが構わない。

 赤字は少ない方が良いが……って程度の認識だ。


 福祉施設を運営してるような感覚でやっているから、ドナート達が生活に困らなければ、何ら問題は無いと思ってる。


 ちょっとやそっとの赤字くらいじゃ、揺るがない程の資金はある。


 おまけにミスティオの宿屋が順調だし、コッコ舎も黒字になる見込みだ。

 夢の不労働所得を得ているしね。

 それも遊んで暮らせるほどの、十分な金額で。


 商売人としてのし上がるつもりはまるで無いから、運営方針も適当だし、基本的には口を出さない。


 ドナートはリーダーとして、ルドルツと二人三脚で頑張ってくれ。




 ドナート達と食堂へ向かい、アイテムボックスの中からホットドッグや肉串など、屋台で購入した物を大皿に盛り付けて行く。

 殆どが王都の屋台市場で購入した物で、茶色の食べ物ばかりになり、一緒に購入した果物が、多少彩に華を添えているくらいだ。


 ビュッフェ形式の食事だけど、急遽用意したという事で、多少は我慢をしてもらおう。


「それじゃあ各自で大皿から取って、朝食を済ませてね。取りに来る人は一列に並んで、押し合わず順番に持って行く事」


「「「はーい!」」」


 整列した面々は、自主的に小さい子から順番に取るように並んでおり、あれやこれやいい合いながら、それぞれの大皿から一色ずつ手に取ってテーブルに戻って行った。


 最初の方は一つずつ手にしていたが、途中から肉串ばかり取る子や、ホットドックばかり取る子が居たりと、個性を見せて来ていた。


 ダイエットでもしてるのか果物ばかり取る子には、流石にホットドッグを一つ取ってからだと注意をした。


 炭水化物も取らないと、脳に必要な栄養が不足するからね。


 ダイエットじゃ無くて……

 ……甘いものに目が無かっただけか?



 そんな感じの和気藹々とした朝食が終わり、厨房の大掃除が始まった。

 全員が厨房に入っても邪魔になるから、せっかくだからと食堂の方も大掃除をすることにしたらしい。



 頑張って午前中に掃除を終わらせて、午後からの休暇を楽しんで来いよ。













 一方その頃、警備詰め所では……





 近年、頭を悩ませ続けた【暁月の竜】の主要メンバーを捕らえる手がかりが掴め、突入作戦に動員する人手をかき集めていた。


「先ほどヒタミ亭を襲撃した賊が【暁月の竜】であると判明し、その潜伏先と思われる場所を確認した。

 こいつ等は殺人、誘拐、恐喝等、暴力行為を伴うあらゆる犯罪に手を染めている組織だ。

 最近、使い捨ての駒が数多く捕らえられたが、主要メンバーの逮捕に踏み切れるまで、切り込んだ捜査に至っていない。

 きょうの突入作戦を境に【暁月の竜】の壊滅を目指す!」


「「「おう!!」」」


 私の演説に警備兵の士気も上がり、作戦の成功を予感させていた。


「A班は正面から突入する。B班は裏口を押さえ、逃げ出す者を確実に捕えろ。余裕があれば裏口からも突入しろ。C班は周辺の監視と目的地の包囲だ。

 相手は非合法組織だ! 武器を所持している可能性があり、降伏の意思を見せたとしても絶対に油断をするな!」


「「「おう!!」」」


 目的はまだ不明だが、ヒタミ亭を襲撃しようとした実行犯が潜伏しているはずだ。

 襲撃時の武器をそのまま所持している。

 隊員の負傷を回避する為にも、警戒を怠ってはならない。


 いくつかの注意事項を伝達し、人々の活動が活発になる前に突入を行う予定だ。



 白んでいた空がすっかり青く染まり、職場に向かう人もちらほらと見かけるようになった。


「夜中に襲撃を行っていたのなら、この時間帯は寝ている可能性が高い」


「上手く行けば、被害ゼロで制圧できますね」


「そうなれば最高だが、相手は武器を所持しているのを忘れるな」


「勿論忘れていません」


「細かい事は言わないが、決して油断をするなという事だ」


「はっ!!」


 最高の結末を想定して、希望的観測を持ちたいのは分かるが、それは幻想や妄想に過ぎないのだから、しっかり現実を見て地に足の付いた対応して欲しい。


 冒険者がダンジョンに向かうように、我々も危険地帯に向かうのだと、忘れてくれるなよ。






 警備兵が乗った列になった馬車を大通りで停め、御者以外が降車し、路地裏にある【暁月の竜】のアジトへと駆け足で向かう。


 馬車に乗って来たのは、逮捕した【暁月の竜】の構成員を、護送する為に用意したのだ。



 各班が配置に付いたところで、ハンドサインで突入の合図を出す。

 人質を取られて交渉をする訳じゃ無いから、問答無用で突入だ。



 バギャッ!!



 斧を持った警備兵二名が正面の扉に力任せに打ち付け、鍵や閂の破壊を狙って中央に振り下ろし、もう一人は蝶番の破壊を狙って扉の枠付近に斧を振り下ろした。


 観音開きの正面扉が左側上部が外れ鍵も壊れ、斜めになった扉が、下側の蝶番でわずかに枠と扉を繫ぎ止めている。



 ドガッ



 一人の警備兵が外れかけの扉を蹴破り、突破口を確保した。


「よし! 突入せよ!」

「「「おう!!」」」


 玄関ロビーでたむろしていた数人と鉢合わせし、奴らは呆気にとられた顔をしていたが、警備兵の制服を見ると、慌てたように武器を取り出していた。


「今すぐ武器を捨てて投降しろ!」


 相手の体勢が整っていない内に制圧をしたい。


 警告は出しつつも【暁月の竜】の構成員に肉薄し、相手の判断に迷いが出れば切っ先も鈍るだろうと揺さぶりをかける。


 迷いを見せるメンバーに、振りかぶった剣の腹で頭部を強かに打ち付ける。



 ゴスッ!



 それが功を制して一人目は簡単に戦闘不能に陥った。


「武器を手にした者には容赦はしない!」


 機先を制して一人を倒し、人数が減ったところに投降するか戦うか武器を捨てるか、選択肢を与えてるように見える、賊を惑わす言葉を投げつける。


 行動に躊躇している内に、覚悟を決めて突入した警備兵が、腕章を付けた【暁月の竜】の構成員に襲い掛かる。


 他の警備兵も怪我をする事無く、玄関ロビーの破落戸を制圧した。


「ここまでは順調だな。ここに居た【暁月の竜】の腕章をつけてるような連中でなく、身体に入れ墨を彫っている主要メンバーを確保するぞ!」


「「「はっ!!」」」


「一人はここに待機し、C班から捕縛要員を呼び寄せろ。捕縛中は護衛に立ち、捕縛後はこちらに合流せよ」


「はい!!」


 一階を虱潰しに捜索している間に、裏口からB班も突入を開始していた。

 一階の捜索をB班に任せ、二階の捜索へと移行する。


 大抵のアジトには地下室があるはずだが、そちらは金庫や誘拐した物を閉じ込める牢になるだろう。

 見張りは居るかも知れないが、【暁月の竜】の主要メンバーがそこに居るとは思えなかった。


 二階に上がると廊下には複数の扉があり、主要メンバーなら個室が与えられていると思い、気を引き締めて二階の捜索を開始した。


 鍵の掛かってない個室の扉を、陰に隠れるように一気に開け放った。


「なんだ?!」


 室内から声が聞こえ、『この部屋は当たりか』と思いながら、盾を前面に押し出し一気に部屋へと突入する。


「何だ手前等!!」


「警備隊だ! 大人しく投降しろ!」


 ベッドの男に声をかけ、じりじりと近づきこちらに注意を引き付ける。


 ベッドの上で声を上げていた男は立ち上がる様子もなく、こちらを注視しながら、ベッド脇に配置されたナイトテーブルに必死に手を伸ばしていた。


 ナイトテーブルの反対側から回り込んだ警備兵が、構えた盾を死角から押し付けるように突撃した。



 ゴスッ!!



 ナイトテーブルに手を伸ばして体勢の悪かった男は、死角からのシールドチャージを無防備に受け、予想外の一撃で簡単に気を失っていた。


「この調子で他の部屋も制圧するぞ!」

「「「はっ!!」」」


 似たような展開で順調に制圧して行き、最後の方は突入前から異変に気付いており、何人かは刃を交える事になったが、何故かベッドから降りる様子は一切見られず、無造作に刃物を振り回すだけだった。


「凶悪犯罪集団の実行犯も、意外とあっけなく制圧できたな」


「なぜだかベッドから抜けられない様子でしたね?」


「この時間帯の二度寝は、ベッドの誘惑に抗えないからな。奴等もそうなんだろう」


「違いない」


「「「はははっ」」」



 武装集団が相手とはいえ、無事二階を制圧でき、尚且つ、A班のこちらには負傷者も出なかった為、冗談をいう余裕すらあった。



 地下室には、少なくない犯罪の証拠品を発見押収し、地下牢には攫われたと思しき女性も囚われていた。



 犯罪の全容解明にも【暁月の竜】の主犯格のメンバーを尋問し、他のアジトや構成員の名を吐かせたい。

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