第295話 潜伏先でも掴めないか?

 何かの予感があったのか夜が明けないうちに目が覚め、ハッと身を起こし周囲を見渡す。


 まだぼんやりとした頭を軽く振り、意識の覚醒を促す。


 違和感を感じ寝る前との違いを探すと、普段は枕元かお腹の上で寝ているマーヴィが居ない。それに窓が開いていた。



 あ、肌寒くて目が覚めたのね。



 窓が開いているのはマーヴィが外に出たからか。

 っていうかここは三階だぞ?

 マーヴィはこの高さから飛び降りても、着地に問題なかったのか?


 夜明け前に目覚めた理由も分かり、開けっ放しになっていた窓を閉じ、まだぬくもりの残るベッドに潜り込んで、二度目の惰眠を貪り目を閉じた。



 至福な微睡みの中、けたたましく扉を叩く音で、無理やり意識を現実に引き戻される。


 ……既視感のある起こされ方だ。


「起きてくれエル! 大変なんだ!」


 夜明け前にもかかわらず、寝ているところを叩き起こす。


 ザック一家の専売特許化と思ったら、お前もかドナート。


「起きたから扉を叩くのを止めてくれ。支度したら降りるよ」


 大きく欠伸をしながら、両手を真上に上げて猫のような伸びをする。


 眠い目をこすりながら身支度を整え、浄化クリーンを全員に掛けるとフェロウ達も起き出した。


 薄暗い中廊下を進み、階段を降りてドナートの待つ厨房へと向かう。



「ドナートお待たせ。あと、おはよう」


「ああ、エル。朝早くから悪いな。これなんだが……」


 まだ外は暗いので灯りの魔道具に照らされた厨房は、あちこちに赤い染みができており、床には四人の遺体と血の海が広がっていた。


「な、な、なんじゃこりゃー?!」


「エルでも、そういう反応するんだな」


「お、落ち着いてるな、ドナート」


「初めてみた時は、オレも同じ反応したからな」

(暗がりの中、魔道具の明かりをつけた途端こんな光景が目に入ってみろ、心臓が飛び出るかと思うくらい驚いたぞ)


 この状況を見たら、誰しも驚きを隠せないだろう。


 せめて心の準備ができるよう、前もって説明してくれよ!


 ドナートの落ち着いた様子に引っ張られ、早鐘を打つ鼓動は治まらないが、次第に感情は落ち着きを取り戻して行った。


「取り合えず片付けだな、きょうの営業は中止にしよう」


「おい、店は開けないのか?」


 流石にこれだけ血飛沫が飛び散っている現状で、衛生面の観点から、食べ物を提供するのに抵抗がある。

 死んだ襲撃者の中に病気を持つ者がいたりして、その体液を口から体内に入れると、食べた本人も病にかかる可能性がある。


 そういった事をドナートでも理解できるよう丁寧に説明し、ようやく臨時休業に納得を示した。


 それに、午前中は掃除に当てて午後から全員休みを取らせ、みんなが留守にしてる間に、こっそり浄化クリーンで雑菌除去の清掃の仕上げをしたいんだ。



「調理場に並べられている小分けした調味料は、血がかかってるかもしれないから全部廃棄な」


「勿体ねえなぁ…」


 ドナートは、先ほどの説明を頭では理解しているが、勿体ないという感情は捨てきれないようだ。


 実際、俺も勿体ないと思うしね。


 それにしてもこの押し込み強盗?は、高級肉サナトスベアの肉の噂でも聞きつけて、金目の物があると思ってやってきたのか?


 全員、物言わぬ躯だから尋問する事もできず、背後関係は知る由も無い。


「警備隊の検分を済ませないと、掃除もできないな。ドナートは警備兵を呼んで来て」


「分かった、行って来る!」


 厨房に置いてある灯りの魔道具を一つ手に持ち、裏口から出て警備詰め所へ駆けて行く。


 その間、現場保存のため厨房と食堂を繋ぐ通路に荷物を置いて塞ぎ、押し込み強盗の遺体が他の従業員の目に触れないようにする。


 ドナートが起きているのだから、当然他の従業員も起床時間になり、ぞろぞろと仕込みをしに一階に降りて来た。


「なんか荷物があって厨房に入れないんだけど?」

「誰がこんなところに荷物置いたんだろ?」

「通路を塞いで邪魔よね」


 俺の置いた荷物に、苦情の声を上げる従業員たち。


「ごめんごめん、この荷物はわざと置いてあるんだ。いま厨房が使えないから、きょうの食堂は臨時休業にするよ。あとで厨房の掃除をしてもらうから、いまは食堂で待機しててくれ」


「その声はオーナーですね、分かりました」

「「食堂で待機してます」」




 しばらくするとドナートが、警備兵を数人連れて裏口から入って来た。


「戻ったぞ、エル」


「酷い有様だな」

「襲撃者の所持品をあらためろ」

「裏口の鍵を開けて押し入ったのは、間違い無さそうだな」


「君がこの店の商会長か?」


 警備兵の中で一人だけ階級の高そうな人が、俺に話しかけて来た。

 隊長さんだろうか?


「そうです」


「到着時に正面入り口の扉も確かめたが、鍵を開ける道具が鍵穴に刺さっていた。恐らく裏口だけじゃ無く、正面からも押し入ろうとしていたようだ」


「この遺体になった四人以外にも、正面から入ろうとした別の強盗が居るのですか?」


「恐らくはな。それと、犯人を殺害した者に心当たりは?」


「寝ていたので、まるで見当がつきません」


「……そうか。また話を聞かせてもらうから、そこに居てくれ」


 それだけ聞いた警備兵は、手分けをして遺体の検分に入っていた。

 身元を示す物を持っていないか、服を引き裂いたり犯人が所持していたナイフで切り裂いたりして服を脱がせ、所持品をあらためている。


「エル! こんなところにマーヴィが居たぞ!」


 小さめの片手鍋を手にしたドナートが、こちらに近づいて来た。


「ほらここ」


 突き出された鍋の中を見ると、鍋の円形にピッタリ収まるように、丸まって寝てるマーヴィの姿がそこにあった。


 窓が開いたままの俺の部屋。

 厨房の首の無い遺体。

 猫鍋になってるマーヴィ。


 そこから推察されるのは、強盗に気付き三階の窓から飛び降りたマーヴィが、裏口に回り強盗を退治し終えて猫鍋になった。


 この線が濃厚だろう。



 番犬(番猫か?)として優秀だな。



 あれ?

 街中での殺人になるから、マーヴィの飼い主として俺ヤバいんじゃね?


 俺の心中が罪の意識に苛まれている最中、警備兵の一人が声を上げた。


「犯人の手掛かりが見つかりました!」

「何だ? 報告しろ!」


 犯人の服を脱がせていた警備兵の一人が、身元に繋がる何かを発見したようで、上官に報告をしていた。


「この左肩にある刺青を見てください、普段は服の下に隠れて見えない場所です」

「これは【暁月の竜】のエンブレムか……。中々尻尾を掴ませなかった、犯罪組織の本体のお出ましだな」

「生き残りが居ないのが残念ですが…」

「他にも手掛かりが無いか、入念に探るぞ」

「「「はっ!!」」」


 ドナートから片手鍋ごとマーヴィを受け取った俺は、隊長さんらしき人物に、正直に話そうと声をかける。


「あの~、お忙しいところ済みません」


「何だ?」


「この強盗?を倒したのは、この子だと思います」


 片手鍋を前に出し、寝ている姿のマーヴィを見せると共に、女神カードを取り出し、裏面に表記されているテイムモンスターを指し示す。


「この猫が【暁月の竜】の首を落としたと?」


「はい。首輪を見ての通り俺のテイムモンスターで、クリープキャットといいます。別名アサシンキャットです」


「この小さいのがアサシンキャットだと?!」


「そうなんです。それで俺は殺人の罪に問われますか?」


「状況から見て、武装して押し入った強盗だろう。居住者が反撃をしても何ら不思議ではない。

 犯罪者を無力化し、治安を守った者まで捕らえたりはしない。事情は聞かせてもらうがな」


「残りの犯人も早く捕まえて欲しいので、協力は惜しみません」


 裏表の両方の入り口から侵入してきたって事は、ヒタミ亭で寝てる人達を、誰一人として見逃す気は無かった可能性が高い。


 こんな襲撃があるなら、夜間の警備も必要だな。

 あとでルドルツに手配させよう。


「それなら先ほどのテイムモンスターの中に、ウルフ系の魔物が居たな? そいつで正面扉の鍵穴に残された鍵開けの道具から、匂いを辿って犯人の潜伏先でも掴めないか?」


「やってみましょう。連れて来ますね」


 厨房を封鎖していた荷物をアイテムボックスに収納し、部屋に戻ってフェロウ達を連れて戻る。


 裏口付近に居た警備兵に、一声かけて正面入り口に移動する。

 マーヴィはまだ眠ってそうだから、猫鍋の体勢まま置いて行く。


 暗がりを塗りつぶし白んだ空は、街を明るく照らし始めていた。



 周囲が明るくなり始めた中で見る正面の扉は、鍵穴に刺さっていたという鍵開けの道具は見当たらないが、代わりに地面にいくつかの血痕が残されていた。


 そして、それに続く巨大なミミズが這ったような痕跡も残されていた。


「危険だから一人で先走らないでくれ。鍵開けの道具はこちらで預かっている」


 警備兵の上官は懐からハンカチを取り出し、折りたたまれたハンカチを広げると、手のひらに収まる先端が曲がった細長い金属の棒が現れた。


「フェロウ、この道具の匂いを覚えて、同じ匂いの先を辿れるか?」


「わふっ!」


 こちらを見たフェロウは一声上げ『それぐらい簡単よ!』とでもいうかのように、余裕の表情を見せていた。


 屈んだ上官の差し出す金属に着けられた匂いを覚えようと、フェロウは鼻を近づける。



「来た時には気付かなかったが、明るい中で見ると血痕とそれに続く、人を引きづったような跡が残されているな。これを辿れば良いんじゃ無いのか?」


 上官も残された不自然な痕跡に気付き、血痕から続く犯人への手がかりを目で追っていた。


「道案内でもしてるんですかね?」


「罠を張っている可能性があるとでも?」


 これ見よがしに痕跡を残しているんだ、その可能性を考えるのは当然だ。

 それに、襲撃という目的を果たしていないのに、痕跡を残しつつ逃げ出したのなら、何か別の目的があると考えるのが妥当だろう。


 だがしかし、それとは別に血痕が残されているという事は、戦闘があって怪我を負い、這う這うの体で逃げ出した可能性も考えられるという事だ。



「行ってみれば分かりますよ」



 どの道、手がかりがこれしか見当たらない。

 襲撃者を捕らえるには、行くしかなさそうだ。

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