第294話 マーヴィの長い一日?

 あたしは猫である、名前はマーヴィ。


 座ってる女性の膝の上が、ほんのり温かくて柔らかくて、寝心地が良くてお気に入りにゃ。

 ご主人様の配下になったのが、ほんの少しだけ先になったフェロウは、ライバルなのにゃ。

 後輩のトロンとサンダは守ってやるにゃ。

 ちっとも強くにゃさそうに見えるからにゃ。

 最近入った新入りは、産まれた時から強そうにゃ。守ってやらなくても大丈夫そうにゃ。




 以前、ご主人様のラナが攫われた時、犯人一味の一人が離れて行くところをこっそり追跡したにゃ。トロンの弔い合戦にゃ。


 絶対、犯人一味の黒幕を見つけるつもりにゃ!


 見つからないように足音を立てず、その一人が行きついた先を調べ上げたにゃ。

 けど、ご主人様が別の方法で突き止めていて、調べたのは役に立たにゃかったにゃ。



 最近フェロウが、ご主人様の役に立ってるのが気に入らないにゃ。

 雷をバリバリと放って、魔物を倒したり人間を気絶させたりしてるにゃ。


 魔物はあたしでも倒せるけど、人間を気絶させるのは難しいにゃ……




 そんなある日、きょうこそ役に立てる日が来たにゃ!!



 ご主人様がまんまる人間徴税官を尾行して、行先を突き止めようとしてるにゃ。

 尾行は得意にゃ。ご主人様の代わりに追跡するにゃ。

 フェロウも匂いを辿って追跡する事は可能にゃから、先にアピールして追跡に志願するにゃ。


 ご主人様に襲い掛かろうとした人間を、バリバリ雷で気絶させたフェロウより活躍するにゃ。



「にゃにゃ~ん」


 ご主人様の正面に座り込んで、追跡に出たいとアピールするにゃ。


「どうしたマーヴィ?」


「にゃにゃっ」


「徴税官の跡を付けるのか?」


「にゃっ!」


 ご主人様は、私のやりたい事が分かってくれたにゃ。

 以心伝心にゃ。大好きにゃ!


「分かった。それじゃ尾行はマーヴィに任せる。行先を突き止めてくれ」


「にゃー」


 しっかりお役目を果たすにゃ。





 まんまる人間徴税官がヒタミ亭の外に出たにゃ。追いかけるにゃ。


 大勢の人が歩くところを後ろから追跡すると、女子供に狙われるにゃ。

 あいつ等不躾に撫でて来るにゃ。追いかけて来るにゃ。


 私の追跡の邪魔をしてくるから、追いかけられない屋根の上に避難するにゃ。


 塀の上に一息で跳び乗って、民家の屋根の上に跳び移る。


 高いところから見下ろせばまんまる人間徴税官を見つけるのも簡単にゃ。

 まんまる人間徴税官は特徴的な足音を立てて移動してるにゃ。

 見て無くても良く聞こえる耳があるから、追跡するのも簡単にゃ。



 立ち並ぶ民家の屋根を伝い、徴税官の足音を捕えて、人目につかない位置から追跡の構えを見せるマーヴィ。

 小さな追跡者が居る事に、徴税官はまるで気が付かない。

 大通りに出たところで、待たせている馬車に乗り込む。


「おい! 早く出せ!! プージョル商会へ向かえ!」


 苛立つ感情を御者にぶつけ、声を荒げて行先を告げた。




 あの馬が引く乗り物は、足が速くて追いかけるのが大変にゃ。

 遠くまで走るられると、途中で力尽きてしまうにゃ。

 このまま屋根伝いの尾行は無理にゃ、こっそり馬車の屋根に飛び移るにゃ。


 民家の屋根の上から助走をつけて跳び、徴税官や御者に気付かれないよう、関節を適切な力とタイミングで関節を曲げ、着地の衝撃を柔らかく吸収し、羽根が落ちるかのように無音の着地で馬車の屋根に跳び移った。



 完璧な着地にゃ!



 フェロウには絶対できないにゃ。

 爪を出し入れできないから、板の上を歩くときはカチャカチャ足音が五月蠅いにゃ。



 御者の操る馬車は、滑り出すように滑らかな動きで走り始め、商会が立ち並ぶ区画に入ったところで、一つの大きな建物の前で停車した。


 そこは、プージョル商会が店舗を構える商会本拠地であった。




 馬車の上からまんまる人間徴税官が建物に入って行くのを見届けたにゃ。

 行先はここの建物で間違いないにゃ。

 しっかり場所を記憶するにゃ。


 近くに女子供が居ないのを確認してから馬車を降たにゃ。

 似たような建物が多いから、間違えないように対策をしておくにゃ。


 お尻を擦り付け匂いを付ける。


 魔物は、食べた物を全て魔力に変換するから排泄はしない。

 獣のように尿をかけるマーキングができず、自分の匂いを付けて目的地を記憶する。



 マーヴィは、人目を避けるように塀を伝って帰路についた。






 ヒタミ亭に戻るとご主人様にたくさん褒められたにゃ。

 フェロウより活躍できて、最高の気分にゃ。

 いっぱい撫でてもらうにゃ~。

 ご主人様ならお腹を撫でてもいいにゃ。

 肉球をぷにぷにするのは、きょうはダメにゃ。





 翌日の道案内も、建物に匂いを付けてあるから、行先を間違えずに辿り着けたにゃ。

 あたしはご主人様の役に立つのにゃ。







 その日の深夜。


 静まり返った暗闇の中、僅かな月明かりを頼りに、闇夜に紛れるように黒ずくめの装束に身を包んだ集団が、ヒタミ亭に迫っていた。


「ここが目的地か」

「店主のガキを始末し、持っているマジックバッグを奪う仕事だ」

「たんまりと中身が詰まっているらしい」

「それなら追加報酬も期待できるな」

「あの商会は、相変わらずあくどい手段にためらいが無いな」

「オレ達がいえる立場じゃないな」

「確かにな」

「無駄口を叩くな! さっさと始めるぞ」


 返事の代わりにハンドサインで答えた黒ずくめの集団は、表と裏の二組に分かれ、鍵がかけられた扉を開こうと、細長い金属の棒を鍵穴に差し込む。





 ご主人様の泊まる宿の周囲に、良くない気配を感じるにゃ。

 耳をすませば、ヒタミ亭に近づく足音も聞こえるにゃ。

 クリープキャットは他の魔物と違って、暗闇の世界の方が得意にゃ。




 一日中明るいダンジョン内で来訪者に襲い掛かる魔物は、ダンジョンの外では陽が出ている日中を活動時間とし、夜間の活動は低下する。

 ダンジョンでは一日中活動していた魔物が、外に出たからといって暗闇の中、睡眠を取ったりはしない。

 偶にうっかり寝てしまう魔物もいるが、そのあたりの個体差はある。

 身体を休めるために休息は取るが、ただ、暗闇に慣れていないから活動は控えている。


 例外的に、元々暗闇という名の地中で生活するビックモールクリケットや、別名アサシンキャットと呼ばれるほど暗闇での脅威とされるクリープキャットは、闇の中でも日中と変わらない活動が可能だ。




 ご主人様の安眠を妨害するやつらを、懲らしめに行くにゃ。



 窓枠に飛び乗り、小さな閂のような窓の鍵を横へずらし、片側の窓を押し開ける。


 マーヴィの青い目に映った物は……


 眼下に広がる地上に、ヒタミ亭の中央にある入り口を目指す黒ずくめの集団が見えた。



 ご主人様の部屋は一番角の部屋にゃ。

 今すぐ地上に降りれば、黒ずくめ集団の後ろを取れるにゃ。



 滑り降りるように窓枠を蹴り地面に跳び、頭を下にして前足から着地を試みる。


 ……トスッ


 全身のバネを最大限活用し着地の衝撃を受け流しつつ、間近で耳を澄ましていなければ聞き取れないほど、かすかな着地音と共に地上に舞い降りた。


 扉を囲むように黒ずくめの集団が六人、風が吹きつける音が聞こえてもマーヴィが接近する音は聞こえず、気付かれ無いまま背後に迫る。



 こいつ等間抜けにゃ、一気に仕留めるにゃ。

 ……ダメにゃ、街の中では仕留めちゃいけないのにゃ。


 爪に魔力を込め、居並ぶ黒ずくめの足首を狙い、次々と切り裂いていく。


 スパッ!!


「くっ!」

「なんだ?!」

「足がっ?!」


 足首の後ろ側を骨に達するまでざっくりと切り裂かれ、三人の脚の腱を切断することにより、踏ん張りがきかず崩れ落ちる。


「誰だ?!」

「出て来い!!」


 三人が倒れた事で敵襲に気付き、残り三人の内二人が周囲を探るが、足元までは気を配れない。


 一人は鍵開けに集中していた為、襲撃への対応が一手遅れる。



 まだ気づかれて無いにゃ、余裕だにゃ。


 周囲を見渡す二人の足首も、背後から忍び寄り一息に切り裂いた。


 ビシュッ!


「足が?!」

「やられた?!」


「お前達、ポーションを飲め!」


 鍵開けの道具を投げ捨て、腰からナイフを抜き戦闘態勢を整えた最後の一人。



 でももう遅いにゃ。


 サクッ!


「がッ?!」


 他の者同様足首を切り裂かれ、満足に立てなくなった襲撃者は、手持ちのポーションを飲むが、すぐに表れる効果は止血程度しかなく、治癒力を高めたとしても傷を治すには2、3日は安静にする必要がある。


 つまり、歩け無ければ標的を仕留める事もままならず、這いずって逃げるしか選択肢は無い。



 カチッ


「よし! 開いたぞ」

「標的の位置を探る」

「音を立てるな」


 裏口から侵入を試みた黒ずくめが、扉を開けてヒタミ亭に潜入する音が、マーヴィの良く聞こえる耳に届けられた。



 急いで追いかけるにゃ!

 ご主人様の安眠を守るのにゃ!



 脚の腱を切り移動できない襲撃者を捨て置き、全力疾走で裏口に回り込む。


 厨房へと繋がる裏口が開け放たれ、音を立てぬよう慎重に歩を進める四人の黒ずくめ達。


 流石に建物の中にまで入り込まれてしまっては、ご主人様の身がより危険に晒されてしまう。


 警戒レベルを上げ、行動不能ではなく戦闘不能にするにゃ。



 夜の闇に溶け込むように黒ずくめの背後に忍び寄る。

 音も無く一息に首を刈り取り、突如命を刈り取られた襲撃者は、断末魔を上げる事もできないまま物言わぬ躯と化す。


 ドサッ


「「「ッ?!」」」


 手始めに一人が倒されるが、倒れる音でようやく襲撃に気付いたくらいだ。


 狩る側と思っていた黒ずくめ達は、自分たちが狩られる側だとは考えもしていない。

 音も無く忍び寄る襲撃者の存在に気付いたとしても、暗がりの中、小柄なマーヴィを見つける事は困難である。


 秘密裏に襲撃を行っているため、声をかけ連携を取る事もできず、近くの者と互いの背中を合わせて備えるしかできなかった。


 警戒はしていたが一人、また一人と倒されて行き、ろくに建物内に踏み込めない内に、最後の一人も命の灯火をかき消されていた。




 きょうはいっぱい働いたにゃ。

 ご主人様が起きたら褒めてもらうのにゃ。


 部屋に戻ろうにも扉が開けられないからと、良さげな寝床休憩場所を探して厨房を彷徨う。


 手頃な小鍋を見つけたので、丸まるようにそこに収まり瞼を閉じる。



 マーヴィの長い一日?も、ようやく終わりを告げたのであった。

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