第293話 なんて魔物だ?

 不在がちな領主に代わり街を治める代官屋敷に到着した俺達は、正門を警備する門番に訪問理由を告げる。


 貴族の屋敷だと平民は裏門を利用するのだが、代官様とそれなりに仲良くさせてもらってるのと、約束を取り付けて正式に訪問しているわけだから、正門に回っている。


「こんにちは。代官のガルドルク様とは約束をしてます、エルです」


「…ああ、お前か。訪問予定は聞いてる、屋敷に知らせを走らせるから、少し待ってろ」


 半年前に何度か代官屋敷を訪問しているから、その時に門番をしていたのか、朧気ながら俺の事を覚えていてくれたらしい。


 そのお陰で、平民だからと無下に扱われずに済んだな。



 屋敷から来客を知らせに走った門番が戻って来た。


「予定していた訪問客が来た事を伝えたら、屋敷に来てくれだとよ。テイムモンスターは、門番の詰め所付近でお留守番だ」


「分かりました、フェロウ達はこの辺りで待っててくれ」

「わふっ」「にゃー」「ココッ」


 当たり前のように屋敷にフェロウ達を招き入れるウエルネイス伯爵家が異常なだけであって、普通はテイムモンスターを室内へや入れないらしい。


 汚らわしい、汚れてる等の理由以前に、テイムされていようともモンスターだから危険だ。という当たり前の感覚で拒否される。



 門から少し歩き、屋敷に向かいドアノッカーを叩くと、連絡を受けているから扉がすぐに開け放たれ、使用人に出迎えられた。


 面会相手が平民の冒険者とあって、玄関ロビーで待機している。

 質素でも無く華美にならない程度に品良く調度品があしらわれた玄関ロビーは、ここで暮らす主の誠実な人柄を表しているようだ。


 代官も忙しいのだろうが、待ちくたびれる程度には待つと、ようやく代官のガルドルク様が現れた。


「待たせたね、堅苦しい挨拶と言葉遣いは良いよ。きょうは何の用で来たのかね?」


「では早速本題に入ります。俺の店に徴税官が現れました」


「エルの店に? 税金が免除されているのにか?」


 やはり代官様も、俺が税金免除されている事を覚えていた。

 プージョル商会が独断で、徴税官を動かしている事の証明でもあるな。


「ええ、不思議な事に…。それで、その徴税官は持ち合わせが足らず、飲食代を払えなくなり、【任命書】を担保に……」


 昨日の出来事を詳しく説明し、代官様に理解を得られたところで、本命の目的に誘導する。


「そういう訳で、徴税官は連れて来た護衛を見捨てた事で、護衛達からステーキ肉を強奪した罪人として捕らえられています。

 税金が免除されている俺のところに徴税官が来たのは、プージョル商会が裏で糸を引いてると思われます」


「確かに経済成長の著しい街だからか、競争に負けて潰れる商会もいくつかあるのは世の常だ。そう思っていたが……。

 徴税官による強引な徴発が行われ、資金力または競争力を失い商会が潰れて行ったのだとしたら、正常な経済活動とは言えない由々しき事態である」


「余罪の追及と称して徴税官を締め上げ、その辺りを確認して下さると助かります」


 その流れでプージョル商会に繋がる悪事が発覚すれば、何かしらの行政処分が与えられ、ヒタミ亭に向けられた嫌がらせも止まるだろう。


「昨夜、徴税官が収監されていると連絡を受け、その対処を検討していたところだったが、エルのお蔭で方針も決まった。情報を吐かせた後は王都に連行し、王都で裁判を受けさせる」


「よろしくお願いします」


「プージョル商会も、何か動きがあったら連絡をくれたまえ。こちらからも連絡を入れよう」


「取り調べの内容を外部に話して大丈夫なのですか?」


「当事者に経緯を説明するのは普通の事だ、問題無い」


「ありがとうございます」


「それとだな…、先ほど説明にあった特別な高級肉とやらが……」


 奥歯に物が挟まったように、口にしたいが出せない台詞が、浮かんでは消えているようだ。


 いや、口にしたいのはサナトスベアの肉だな。


「希少肉なので代官様のご家族分に少量のサナトスベアの肉と、使用人の分としてラッシュブルの魔物肉を厨房に運びますね」


 ボルティヌの街では魔物肉なんて中々お目にかかれない高級肉だし、一年以上前だけど、噂になったサナトスベアの肉を食べられる機会を得られるとあって、誠実を絵に書いたような代官様も、流石に我慢の限界だったようだ。


 代官様が気持ちよく仕事をする為の潤滑油だと思えば、多少の心遣いをするのも吝かではない。



 サナトスベアの肉が高価すぎて、挨拶の手土産を超えて、完全なる賄賂のような気がするけどね!



 ……商人が権力者に便宜を図って貰う為に、色々差し出す理由が分かる気がする。


 厨房に魔物肉を献上して、そのまま裏口から代官屋敷をお暇させてもらい、魔物肉のストックを増やす為、冒険者ギルドへと足を運ぶ。






 お昼も近い冒険者ギルドはがらんとしており、受付嬢達は退屈しのぎに雑談に花を咲かせ、静かなロビーに女性たちの甲高い声ソプラノボイスが響き渡っていた。


 これから行うのは雑談に咲き乱れる花を刈り取る行為。

 思わず声をかけるのも躊躇してしまうが、こちらも確認したい事があるし、勤務時間中なのだから俺を恨まないでくれと、胸の内で独り言ちる。


「こんにちは、今良いですか?」


 事務的に用件を伝えればいいのだが、相手の了承を得てから会話に入ろうと、遠慮がちに受付嬢に声をかける。


「こんにちは、可愛い冒険者さん。ご用件は何かしら?」


 確実に子供と扱いしてるな。と思いつつも、ギルドに来た用件を話す。


「ここのギルドで魔物の解体はできますか?」


 この辺りには魔物がいないから、解体作業員が常駐してない可能性も考慮し、解体場の場所を聞く前に、そもそも解体作業を受け付けているのかを確認するのが先決だ。


「魔物を解体に持ち込む冒険者は滅多にいないけど、解体作業員は一人常駐しているわ。一人で解体できないような大きな魔物じゃ無ければ、対応してもらえるはずよ?」


「分かりました、ありがとうございます。それと、解体場はどこにありますか?」


「裏手の訓練場を抜けたその先にあるわ」


 どこの冒険者ギルドも似たような造りになっているのか?


 移動の多い冒険者が、別の街のギルドでも迷わないように、態と同じ造りにしてるのかも知れない。


「行ってみます、お姉さんありがとう!」


 人生のベテラン受付嬢だったが、お礼代わりにお世辞を投げかけてロビーを後にする。


 依頼を受けていない冒険者が木剣を手に汗を流してる姿を横目に、その奥にある解体場らしき建物を目指して歩を進める。


 解体場に入ると明らかに普通と違い、他のギルドの解体場のような独特の臭気が漂っておらず、ほとんど利用されている様子は無い。


「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」


 声をかけるが応答が無い。


 解体場を担当しているのは一人しか居ないから、席を外しているのかも知れないが、一応室内をあらためる。


 解体テーブルの脇に置いてある道具は、どれも手入れが行き届いており、解体用ナイフの刃にも曇りは無い。


 カウンターを避けて奥に足を踏み入れると、人目を避けるかのように頑丈に作られた解体テーブルの陰に椅子を並べ、無防備な姿を晒して寝ている解体作業員が居た。


「解体作業員さん、起きてください」


 まるで、まな板の上の鯉のように身動ぎもせず、気持ちよさそうに寝てる解体作業員は、声をかけても一向に起きる様子がみられない。

 早く目が覚めるように湧水ウォーターで顔の上に水を出し、夢の世界から現実へと引き戻す。


 ジャバジャバジャバ……


「うわっ! ぷぺッ!! ゲホッ ごほっ。

 うわっ、なんだ?! 何しやがる! 気管に水が入ったぞ!!」


 解体作業員は、寝起きだというのに目を吊り上げ、濡れた顔から蒸気が吹き上がりそうなくらい顔を赤らめていた。


 なかなかいい目覚めだったようだ。


「勤務時間中ですよ?」


「うるせえっ! ここのギルドに魔物を解体に持ち込むヤツなんざ、いねえんだよ!」


「ここに居ますよ?」


「はっ?」


 キレかけた声音で短く返し、バカ言ってんじゃねえ。とでもいうような目で睨みつける解体作業員。


 水も掛けたし喧嘩になる前に現物を見せれば気も削がれるだろうと、解体テーブルの上にグリフォンを出す。


「なんじゃこりゃーー?!」


「解体して欲しい魔物ですよ」


 これが演技なら賞でも取れそうなくらい、大袈裟なリアクションを見せる解体作業員。

 しかし、そこは熟練の作業員なのか獲物を見る目が変わり、どのような手順で解体しようか考えているのか、まじまじと見つめている。


「見た事ねえ魔物だが、なんて魔物だ?」


「王都のダンジョン23階層にいるグリフォンです。解体できませんか?」


 初めて見るって事は解体した事の無い魔物だし、この人にはグリフォンの解体は無理そうか?


「鳥と獣の解体くらいはできらあ! 基本だ、基本。

 ただまあ、素材は何処を残せばいいのかが分からん」


「前半身の魔物肉を引き取りたいので、素材はどうでもいいですよ」


「そいういう訳にもいかねえし、一人で解体するにはちと骨だな。

 おめえさんが言うように前半身の肉だけが目当てなら、半分にぶった切って鳥の部分だけ解体するが?」


「俺はそれで構いませんよ、魔石と後半身の肉は買い取って下さいね」


「任せろ! 夕方にでも肉は引き取りに来てくれ。査定は後半身を解体してからで、明日の午後以降にしてくれ」


 持ち込んだ者として、本人確認のために女神カードを提示し、査定用紙に俺の名前を書き込んでいた。


「久しぶりの解体だ! 腕が鈍って無きゃいいがな……」


 帰り際に、不安を煽るような事を口にしないで欲しい。



 解体場を出て冒険者ギルドを後にし、夕方に街の外のホウライ商会の乗組員の解体作業を見学に行った。



「ピーーーッ!」


 流れ出たウルフの血で地面が汚れている傍に立ち、聞こえてくる鳥の鳴き声に空を見上げると、茜色に染まり始める空に黒い影が浮かび上がる。


 どうやらシャイフの初めてのお使いが終わったようだ。


 風を切る音を立てながら低空で俺達の頭上を一周し、翼を羽ばたきながら減速しつつと柔らかに地面へと降り立った。


「ピッ!」


 嬉しそうに声を上げ、俺の下へと駆け寄るシャイフを、少し腰を落として胸で受け止める。


 いや、直立したまま受け止めると、シャイフの嘴が俺のゴールデンなサン股間を直撃しそうで怖いんだよっ。


「王都までの長距離移動、お疲れ様」


「ピピッ!」


 頭を撫でると、昨日は王都で一泊したからか、長距離移動で汗をかいたか若干べとつきがあり、今夜は一番風呂ならぬ一番浄化クリーンをかけて労ってやろうと思った。



 とにかくこれで、当面の食材不足は解消されそうだな。



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