第292話 ここが目的地か?

 ヒタミ亭の食堂で、徴税官が食事代の支払いに戻るのを待ちつつ、マーヴィの無事な帰りを願っていた。


 魔物クリープキャットといっても、見た目や体格はまんま猫だし、潜みながらの追跡は得意そうだけど、小柄な分、簡単に捕まりそうに見えるから不安の種は尽きない。


 その割には見た目に反して、強力な爪の反撃は痛いだろうけど……



 そんなマーヴィが音も立てずに、静かに戸口から戻って来た。


「にゃ~ん」


 一鳴きして帰還を知らせたマーヴィの顔つきは、誇らしげに『ただいま!』といってるようであり『バッチリ行先は抑えたわ!』とでもいうかのように、元気よく胸を張っているようでもあった。


 無事な姿に安堵すると共に徴税官の行方が気になり、むず痒い感情が頭をもたげる。


「徴税官の行先は突き止められたか?」


「にゃにゃー!」


 何を言ってるか分からないけど嬉しそうにしてるから、恐らく行先は把握できたのだろう。


 取り合えず大任を果たして帰って来たマーヴィの、頭を撫でていつも以上に可愛がる。


「わふっ」「ココッ」


 その姿を見て嫉妬でもしたのか、『わたしも混ぜなさいよ!』とばかりに、フェロウとサンダも撫でられに押しかける。三つ巴の毛玉羽根玉に押し倒される。


 この中にシャイフが居ないが、王都に帰るラナと一緒に食材購入の依頼書を持って出発し、首や胴体に括り付けたマジックバッグを食材で満載にして戻って来る予定だ。


 何某かの妨害を受け、ボルティヌの街では新鮮な葉物野菜の調達が難しくなったから、さまざまな物が集まる王都で食材調達の依頼を出したけど、それが成功するかはまだ未知数で不安が残る。


 トロンがミスティオを一日で往復したのを考えると、午後から出発したシャイフの帰還は明日の夕方になるかな?

 翌日に王都で依頼を受けた冒険者が依頼の品大量の食材を揃える時間も必要だしね。





 いろいろ罠を仕掛けたが、一応徴税官が食事代を支払いに来る可能性も考え、どこにも出かけずヒタミ亭で待機していた。


 しかしながら、一向に支払いに来る気配は無い。



 いや、店の外から徴税官らしき声は聞こえていたけど、警備兵も到着を待ち張り込んでいたから、上手く罠にかかり『計画通り!』とほくそ笑んではいたが……


 あんな奴の手に【任命書】なんてあるから、悪さするんだ!


 とは思ったけど、黒幕の正体が分かればこちらとしては十分な成果であって、想定通りの行動を取らせるためには不確定要素だったから、手元からは排除させたかっただけで、取り上げる気はさらさら無かった。


 俺が持ってても仕方が無いしね。





 流石に警備兵に連行されては、営業時間内に食事代を支払いに来ることは不可能だ。


 合法的に【任命書】を手に入れる事ができてしまった。




 しかし、この国璽の押された【任命書】、どう扱ったらいいものかと。




 これを所持していたら、フリーランスの徴税官になれる?


 王家公認で白昼堂々、徴発という名の強盗ができる強盗許可証タックスコレクションライセンスか?


 もちろん上司の存在しないフリーランスだからこそ、徴発品の納入先が無い訳で、集めた税金は全て懐に仕舞われる。



 本当にヤバい書類を手に入れてしまったのかも?







 翌日を迎え、このところ日課になっている、街の外でホウライ商会の解体作業現場にウルフを出して来るという、散歩のような仕事に出掛ける。



 ヒノミコ国にはダンジョンが存在しないから、生活に便利な魔道具も無いし、それを維持する魔石も無い。


 ホウライ商会は、ヒノミコ国から余剰生産した物を輸出し、ローゼグライム王国で産出される、魔道具や魔石を主に持ち帰る仕事をしている。


 しかしながら、この街にもダンジョンはあるが、魔石は領主が全て持って行く上、全て領内での消費に消えていく。それに日常的に魔石が産出されるわけでもなく、魔道具が得られる事も無い。


 つまり、魔道具や魔石は王都近辺から運ばれてくるため、運送費用も加わり価格も割高であり、ましてやプージョル商会と取引していたのでは足元を見られ、予算内での必要数を満たす事は不可能であった。


 冒険者ギルドから直接購入できれば最良なのだが、ギルド開設の条件で、地元の商会に優先して販売される契約になっており、ホウライ商会との商取引は望めない。


 その上、外国人が交易を許されているのがこの街に限定されているため、魔石の単価を下げるため、王都まで仕入れに足を延ばす事もできない。


 貿易赤字を回避する為の策として商業権を限定するのは有効な手立てだが、それで大きな利益を上げるのはボルティヌの街に居を構える商会ばかりだ。



「エルはんのお蔭でウルフの解体で魔石も安う手に入って、少量でもありがたいわ。ほんまおおきに」


 珍しくイズミさんが街の外まで付いて来た。

 もちろん解体場で主役となる乗組員も、ぞろぞろと大勢引き連れている。


 ウルフの魔石の販売価格は、解体手数料代わりに冒険者ギルドの買い取りと同等にしてる。


 普通ならそこに冒険者ギルドの手数料が加わり、更には商業ギルドが一括して購入するから商業ギルドの手数料も加わり、商業ギルドから仕入れた小売店プージョル商会の販売価格でホウライ商会に届けられる。


 既存の流通ルートを丸ごとすっ飛ばしているから、ホウライ商会はあり得ない程の格安で仕入れる事になる。



「そんなに魔石が必要なら、ルドルスに王都まで買いに行かせようか?」


 潮の流れの関係でホウライ商会が一か月はこの地に留まるから、暇なルドルスを王都まで行かせても往復で二週間。

 冒険者ギルドで魔石を購入して、適当な魔道具屋で魔道具を仕入れて来ても、十分すぎる程の時間的余裕がある。


 ついでにホウライ商会の商品もコスティカ様の元まで運べば、行きも空荷で向かわせずに済むな。もちろん米や調味料以外ね。


「魔石もエルはんから買えたら、ほんま助かるで! こっちも勉強するさかい、まけたってや」


「経費を含めて赤字が回避できるなら、その範囲内で値下げするのは吝かではありませんよ」


 奉仕活動をする訳じゃ無いから、最低限の利益が出る額での販売だね。


「間に入る業者が減るだけでも助かるねん。エルはんと知り会ってほんま良かったわ」


「こちらも美味しい物が手に入って、非常に喜ばしいですよ。お互い様です。これからも仲良くやって行きましょう」


「こちらこそや」


 目的地に着いたのでウルフの死体を200匹を取り出し、死体処分用の穴をあける。


「それじゃ皆の衆、あんじょうたのんだで」


「「「おう!」」」


 威勢よく返事をした乗組員は、慣れた手つきでウルフの解体作業に取り掛かる。


「このあとエルはんは、どないするんや?」


「徴税官を嗾けた黒幕が誰か探って来ます。その情報を持って代官様に会いに行って、収監されている徴税官の尋問をお願いしようかと」


 流石に自分が領主に代わって治める街で、徴税官が好き勝手やって街の経済にダメージを与えていたら、貴族といえども何かしらの処罰は与えるだろう。


 それを誘導した黒幕も同様にね。


「ヒタミ亭の一大事やし、あんじょう気張りや」


「ありがとうとございます。それじゃ行ってきますね」


 ニコニコと手を振るイズミさんに見送られ、解体作業をしている場所を離れていく。


 イズミさん、商会の仕事は良いのかな?

 とか思ったけど、魔石の回収作業もホウライ商会の仕事か。

 大事な輸入品目の一つだしね。


 仕事っぷりを確認するのも仕事の内だね。




「よし、それじゃマーヴィ、案内してくれ」


「にゃ~ん」


 街に戻ると早速マーヴィに話しかけ、あのおデブな徴税官の行先を、道案内に走ってもらう。


「にゃにゃっ」


 俺達を先導する様にピシっと天に突き立った尻尾をこちらへ向け、目的地へ向け小走りに駆けだす。


 俺とは歩幅が違うから、マーヴィの小走りが俺の歩調にちょうど良い。


 一人と三匹が足並みを揃えて市街地を駆け抜け廻る。


「にゃっ!」


「ここが目的地か?」


「にゃ~ん」「わふっ」「ココッ」


 足を止め振り向いて一声鳴いたマーヴィに疑問をぶつけると、『ここがそうよ!』といわんばかりに自信あり気に胸を張った。

 フェロウ達も『『そうそう』』と同意するかのように、吼えていた。


 マーヴィの視線の先にあるのは、予想通りというか想定通りというか【プージョル商会】の店舗が見える。

 青い屋根に白い壁、扉や窓には金細工や彫刻が施され、店舗の前にはスーツを着こなし体格の良いドアマンが立ち、いかにも高級店という格調高き店舗であった。



 ここに来たということは、ここが本店になるのかな?



 徴税官が立ち寄った場所が把握できたし、このまま代官屋敷に向かおう。

 昨日の内に先ぶれを出してあるから、訪問の約束は取り付けてある。


 策が上手く行ってなくても最低限徴税はされないから、徴税官を勝手に動かした黒幕が居ると代官様に伝える予定だった。


 それらが牽制になれば、ヒタミ亭も守られるだろうしね。


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