第291話 私を訴えてるのか?
徴税官オリベラース・フォン・ベラスコイト法衣男爵side
徴税官は税金を徴収し統治者へ納める仕事だ。
内情を調査し裏付けを取るのは下々の仕事。
他の徴税官は知らぬが、私はそのようにしている。
徴税官という者は貴族も相手にする必要がある。そのためにはこちらも爵位が必要になり、陛下より男爵位を授かっている。
数年前、商業が盛んな港町であるボルティヌを仕事で訪れた際、脱税の疑いのある商会から徴税を行うよう、正式に指令を受けた。
受け取ったリストに従い、商会から必要額の徴収を行う。
その中にプージョル商会があり、徴収に向かったあの日、運命的な出会いをした!
白磁のように美しい白い肌、抱きしめたら折れてしまいそうな嫋やかな腰つき、陽光に輝く金髪、目じりの下がった柔らかな瞳、それを口にしたら、はにかむように微笑む笑顔。
華も恥じらう乙女とは、まさにこの事か?!
プージョル会長に頼み込み、娘であるパラモーナとの婚姻を取り付けた。
代わりに脱税をしていた証拠隠蔽に協力するため、盗賊の被害を受けたとでっちあげた。
……商人とは安易に脱税するものなのだな。
それならば、容赦なく税を徴収しても、なんら問題無いな。
その日を境に、オリベラース・フォン・ベラスコイトは、苛烈な徴収を行うようになった。
ある日、王都にある屋敷で寛いでいる時、義父であるプージョル会長から手紙が届けられた。
ボルティヌの街に出店しているヒタミ亭とやらが、資金の流れに不審な点があると連絡を受け、義父の顔を立て徴税官として赴く事にした。
「パラモーナ、行って来る」
「お父様の依頼ですものね、気を付けて行ってらっしゃいませ」
結婚して数年、出張の多い役人仕事ゆえ、肌を合わせる機会も少なく、まだ子宝には恵まれていないが、たおやかな妻はきょうも美しい。
パラモーナに見送られ、護衛を連れてボルティヌの街へと旅立つ。
挑発に抵抗する商会や、野盗の襲撃に備えて護衛を侍らせるのは必然だ。
裏切られぬよう給金は弾んでいる。
ボルティヌの街に着き、町一番の宿を手配する。
「私は徴税官のベラスコイト男爵である。最上級の部屋を用意しろ!」
「……畏まりました」
(また金にならない客がお出ましだ。いや金を払わないのだから客ではなく貧乏神だな)
何を考えているか分からぬが、無表情のまま笑顔を一つも見せず、部屋へと案内する支配人。
客商売なのだから、愛想笑いの一つも浮かべないと客に逃げられるぞ。と心配になるほどだ。
最上階に上がると扉は一つしかなく、ワンフロア全てが一つの客室にまとめられていた。
「ふむ。私に相応しい部屋だな。ご苦労。護衛には階下の部屋を宛がってくれ」
「……仰せのままに」
護衛をしやすいよう、近くの部屋を空けるよう支配人に指示を出す。
風呂場には湯の出る魔道具が備え付けてあり、湯を浴びて旅の垢を落とし身を清める。
サッパリとしたところで馬車を手配し、プージョル会長に挨拶に伺う。
「お久しぶりです、お義父さん」
「オリベラースくん、よく来てくれた。歓迎するよ」
お義父さんは、実の息子のように、親しみを込めて名前で呼んでくれている。
立場を超えた親戚関係というものだ。
「手紙に記されていましたが、ヒタミ亭の事をもう少し教えてください」
徴税に行くにも場所すら分からない。
ある程度の情報を頭に入れておかねば、仕事にならない。
「大通りを裏に一本入った場所にある、潰れた宿屋を利用した食堂だ。庶民向けの店のはずが、異国の貿易船の積み荷を全て買い取っている」
「それは相当な額になるでしょうね。庶民向けの店でそのような資金があるとは思えません」
「だから、資金の流れに不審があると思わないかね?」
「是非とも国の為に、徴発して来ねばなりませんね」
「異国の品は残しておいてくれたまえ」
「なぜです?」
いつもなら程々に嵩張らない物を徴発してくるのだが、残す品を指定するのは珍しいな。
「資金繰りに困ったところに、異国の品を買い取る事で救済し、恩を売るのだよ」
「そうですか、分かりました……」
打ち合わせは続き、夜は更けていく。
小太りのプージョル会長と大太りの徴税官との、密談であった。
前日までの疲れもあって睡眠が深く、広々とした部屋で目覚めた朝は、日も高く昇っており昼といっても良い時間だった。
宿が用意した部屋付きの侍女に着替えを手伝わせ、起きた事を扉の外にいる護衛に伝言させる。
護衛達が出発の準備を整えてる間に、身支度を整えて朝食を済ませる。
「大通りで馬車を停め、ヒタミ亭に向かう。護衛はもう一台の馬車に乗れ」
狭い馬車の中で、護衛のようなむさ苦しい男と同席するのは最低限に留めたい。御者席に一人と、車内に一人が護衛に就き、残りは別の馬車に乗せて出発する。
馬車の乗り降りもそうだが、大通りから裏手に一本入った道とは、徒歩で移動する事になり中々に骨の折れる作業だ。
ヒタミ亭に入ると、働いているのは子供が多い印象だ。
食堂の規模からして、商船の積み荷全てを購入できるほど売り上げがあるとは思えない。
「徴税官のベラスコイト男爵である。責任者を呼べ!」
手近な給仕に声をかけると、厨房から成人したてといった年頃の男が現れ、それを補佐するかのように中年の男が後ろに立った。
「……何かご用ですか?」
(なんでエルが居ない時に、貴族が来るんだよ! どう対応したらいいか分からないから、ルドルツさんの指示に従って奥の席に案内しよう)
「お前が責任者か?」
子供が責任者だとはお義父さんから聞いていたが、覚え違いでなければ、たしか金髪の背が低い子供だったはず。
「いえ、厨房を担当してる者です。オーナーは席を外していて、戻るまで奥の席で寛いでください」
「では、待たせてもらおう」
その後は持て成しを受けたが徴発する事ができず、もの凄い美味い肉の代金を請求されてしまった。
税金を免除されているなんて、聞いてないよ!!
そんな相手に徴税官という立場などまるで役に立たず、粛々と支払いを迫られていた。
所持金と身に着けていた宝飾品を合わせても、提示されたステーキ代には程遠く、このままでは食い逃げ犯か乱闘騒ぎを起こした者として、警備兵に捕まる未来が見えてくる。
所持金と宝飾品を渡す事で支払いの意思がある事を示し、なんとか【誓約書】に署名する事で支払期限を少しだけ引き延ばし、当面の難を逃れられそうだった。
色々書いてあったが担保に【任命書】を取り上げられた事以外、心配するような事は無いな。
それも食事代を支払えば取り戻せるから、何の問題も無い。
徴税官という立場だが、手元に【任命書】が無い状態で手近な店で徴発を行えば、万が一提示を求められた時に証明する手立てが無く、警備兵に捕まる恐れがある。
プージョル商会まで行って、資金を調達するしか無いな。
免税されているという重大な情報を、こちらに知らせなかった責任を取ってもらう!
護衛が全員捕まっていては、街歩きには危険が伴う。
ヒタミ亭を出た徴税官は、恨まれている自覚がある為、ドタドタと身体を揺らしながら急ぎ足で大通りを目指し、「ぜはぜは」と息を切らせながら、待たせてある馬車に乗り込み、プージョル商会へと馬を走らせた。
プージョル商会に着くや否や、ドスドスと荒ぶる足取りで商会長が居る部屋へ行き、開口一番怒鳴りつけた。
「お義父さん、あれはどういう事ですか!!」
「お前が怒っているのは分かるが、話が見えない。落ち着いて詳しい説明をしてくれ、オリベラース」
怒鳴声を上げつつも状況を説明し、冷静に受け流すプージョル会長と話している内に落ち着きを取り戻した。
「……という訳で食事代に請求された大金貨10枚を、今すぐご用意いただけますね?」
「仕方ない、用意しよう。誰か持って来てくれ!」
(【任命書】を持っていない徴税官では、提示を求められても応じる事ができない。それを不審に思われたら、肝心な時に潰したい商会が徴発を逃れる可能性もあるか。大金だが払えない額ではない。必要経費と思って差し出そう)
不足分は大金貨9枚だが、過剰に請求した大金貨1枚で宝飾品も取り戻せるな。
ありがとうございますと、大金貨10枚を頭を下げて受け取りながら伏せた顔は、悪だくみが成功したかのように一人悦に入りほくそ笑んでいた。
「お陰様で大切な【任命書】を取り戻せます」
「今後とも、よろしくお願いするよ」
(徴税官を呼ぶのが無駄に終わったのであれば、別の手立てを考える必要があるな)
(先ほどの話では、護衛は冒険者が取り囲んでいたと言っていた。子供ばかりで運営する食堂だ。それならば冒険者という客が居ない、営業時間外に襲撃をかけるのはどうだ?)
(手っ取り早く【暁月の竜】に襲わせ、ホウライ商会の品を運ばせるか)
それぞれの思惑を抱え、プージョル商会を後にした。
「意外と時間を食ってしまったな。おい、急いでヒタミ亭に戻れ!」
店の前に止めた馬車に乗り込み、御者に命じ、ヒタミ亭へと馬車を急がせる。
方向転換をする為にラウンドアバウトへ向かうのだが、逆方向に走る時間すら惜しく、過ぎ去る時間に焦燥感だけが膨らんでいく。
「営業時間内に店に付くように頼むぞ」
夕刻に近づいているとはいえ、まだ十分陽もあるのだが、営業時間を把握していない店に向かうには、気が逸るのも仕方がない。
大通りに馬車を停め、御者が扉を開けるのも待たずに馬車から降りようとする。
「ぶぺっ?!」
体格の事もあり、普段は御者が踏み台を置いてから馬車を降りている。
その癖が抜けず踏み台がある体で自然と身体が動き、足を踏み外して強かに地面に顔を打ち付けた。
「クソッ! 踏み台を用意しておかんか!!」
「申し訳ありません。大丈夫でございますか旦那様?」
「もういい! すぐ戻るから踏み台を置いて待っていろ!」
怒りに顔を赤らめ鼻血が出てるのも気にせず、ヒタミ亭へと小走りに進む。
少し先に見えるヒタミ亭前には、揃いの制服を着た警備兵が数人立っていた。
「護衛のあいつ等が暴れたのだ、事情徴収にでも来ているのだろう」
ヒタミ亭に近づくと、こちらを指差す警備兵が見えた。
「来たぞ、あいつに間違いない!」
「確かに証言通りの見た目をしている」
「想定された行動通りだ」
「鼻血を出してるのは何故だ?」
私を見て何やら呟いている様子。
その中の一人が近づいて来た。
「あなたが徴税官のベラスコイト男爵ですね?」
「そうだが、警備兵が何の用だ?」
「あなたには強盗を働いた容疑がかかってます。詰め所までご同行願います」
「何だそれは?! 私は知らんぞ!! どういう事だ?!」
「10人の被害者が、1億ゴルド相当の品を半分だけ強奪したと訴えています。つまり被害額が5億ゴルドに上る重大事件です」
「半分だけ強奪だと……?」
半分といえば……、ステーキを半分寄越せと護衛達から奪ったが、あれは私が支払う予定だったから取り上げただけで、強盗する気などこれっぽっちも無かった。
被害者10人というのも、捕らえられた護衛の人数と合致する……
あいつ等が私を訴えてるのか?!
いままで雇ってやった恩を忘れやがって!!
「そ、その話は分かった。だがあの店に用があるのだ、通してくれ!」
「思い当たる節があるのだな、ご同行願おう! 取り囲め!」
「「「はっ!!」」」
「あの店で用を済ませたら話を聞く! 少しだけ待ってくれ!」
「犯罪者は皆そういって、逃げる算段を目論むんだよ!」
「行かせるか!」
「絶対に逃がさない!」
「詰め所まで連れて行くぞ!」
「金を払いに行くんだ! 少し待ってくれ!」
「被害者に補償をするなら連れて行ってやる、所持金を見せてみろ」
警備兵に所持品をひったくられ、財布の中身を丁寧に確認している。
「被害額は大金貨50枚だ。それだけの金を持っているか?」
「こいつの所持金は大金貨10枚しか無いぞ」
「この期に及んで言い逃れをするつもりだったか?!」
「逃げ出す気満々じゃないか!」
「私は無実だーー!!」
徴税官の巨体を引き摺るように荒々しく引っ張り、四人の警備兵にネズミ一匹逃さないよう厳重に警備されながら、警備詰め所へと連行されて行った。
犯罪者が貴族とあっては、何日もかけて調査をした後、領主相当の権力を持つ者が直々に検分を行い、罪の重さによっては王都に運ばれ裁かれる。
少なくとも二週間以上は拘留される事になるだろう。
大切なものを取り戻す機会を失ってしまった……
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